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3章10話/美しくない


「駄目ですか」


 私は間髪入れずに尋ね直した。「駄目なんですか?」


「いえ」衛生兵はスッキリと否定した。兵と名のつくものの彼はプレイヤーである。プレイヤーであるからには物足りない返事であった。『コッチは本気で心配してるのにどうせお前は仕事だからな』と言いたくなるような。しかし、これぐらい簡素な態度を取り続けなければ彼の心は忽ち病んでしまうに違いなかった。戦場における医療従事者の苦労はそれだけ筆舌に尽くしがたい。


 衛生兵は処置を終えた。医療鞄にあれこれと詰め直しながら太鼓判を押した。「この分なら大丈夫です。一ヶ月は動けないでしょうが、死ぬことはない」


 私と彼はホッとした。私は、縫われたばかりの太ももを頻りに触ろうとする彼の手を握りしめることで制止した。


 第五大隊からここまで連れてきた一年生の彼だった。コチラに数倍する敵に対して彼は未熟な技量を総動員して戦った。私の言いつけた如く三人の敵を抹殺しもした。一人を殺した時点でゲロを吐いたが、それでも果敢に、洵に果敢に戦い続けた。ただ運だけが足りなかった。彼は彼を狙ったものではない弾に動脈の真隣を撃ち抜かれたのだった。まあ、それでも、足りていないだけ――で、運そのものが無かったよりかはマシなのだろう。運が無かった者は皆、とうにくたばっている。


「良かったですね」


 私は笑った。歪な笑いだったと思う。それでも、彼は無理に作った笑顔を返してくれた。どれだけ多くの人が、日々、他人のために作りたくもない笑顔を作っているのだろうと私は考えた。


「旅団長のお陰です」彼は額にビッシリと汗を浮かべていた。息が浅い。反対に私の手を握る力は強かった。


「戦闘中、何かと気を遣ってくれたじゃないですか。ありがたかった。ウチの隊長といい、自分は上司に恵まれてるみたいです」


「ですか。高学歴に褒められるのは殺す次に気分がいい」


「じゃあ褒められた上で殺せば最高に気分がいいことになりますね。やめてくださいよ」


「アイデアを出したのは貴方です」


「勘弁してください。ところで旅団長……」


 彼は咳き込んだ。私は不安になった。杞憂だった。彼は私の指や掌を擦るようにしながら言った。「一年生でも活躍した生徒には推薦が出るって話、本当なんですかね」


「本当ですよ」私は遠くで軍楽隊の演奏が始まったのを聴いた。隣に中腰で立っている頂を見る。彼女は小さく頷いた。


「なら旅団長も?」


「私は、まあ、ええ。何度かは」


「じゃあ自分にも出るかもしれないですかね。これだけ頑張ったんだから。結構、目立ったと思うんですよ。いまは特にこの辺りばかりカメラに写ってると思いますし。いや、ウチは父子家庭でしてね。ここまでずっと頑張ってオレを育ててくれたんで、ぜひ国立にでも行って親父を楽させてやるのが自分の目標――」


 発砲音がした。二秒ほど遅れてあの間抜けな音が迫ってくる。ピュー、と。音の感じからして近くに落ちる。間違いない。私は彼に覆い被さるように伏せた。


 彼は苦痛に表情を歪めながら私の身体を両腕で抱くようにした。私と彼の汚れた鼻先が触れ合った。私はポカンとした。ハッと悟った。彼は歯を見せて笑った。震えていた。着弾の寸前、彼は身を捻り、彼と私の位置関係は逆転した。予想通り敵砲弾は我々の数メートル以内に落ちた。爆ぜた。内部に詰められていた大量の金属が粉々になって周囲に飛び散る。そのひとつが彼の頭に突っ込んだ。爆ぜた。


 私はカッとなった。ぐったりとしてしまった彼の身体を跳ね除けると塹壕から身を乗り出そうとして漆原君に止められた。「旅団長! 旅団長ッ! コイツは高学歴ですよ、旅団長! 高学歴です! 死んで嬉しいことはあってもアンタが悲しむ筋合いはないッ! それにアンタが死んだら終わりですッ!」


 ゾッとした。彼の言葉を聴いて『なるほどね?』と我に返った自分に、である。


 ――囲まれつつあった。


 敵軍団司令部を壊滅させることには成功した。実際に見て確かめることはできないが、ココと予備陣地の間、第六旅団と戦っていた敵軍団主力は酷く狼狽していることだろう。


 だが片道切符、帰路に就く計画を実行するには兵力も体力も装備も時間も何もかもが足りなかった。我々は敵連隊に追いかけ回された挙げ句、あっけなく補足されて、こうしてンパ村正面のあの塹壕群に潜り込んでいる始末だ。(どうでもいいことだが第三塹壕だった。ついに戦闘そのものには使われなかったのでそれほど荒れていない)


 残兵はニ〇〇名を切っていた。頂が調べたところによれば、いまの砲撃で更に五人が死傷、七人が重傷を負って、軽傷者については計り知れない。プレイヤーも数える程にまで打ち減らされている。頼れそうなのは頂に夏川さん、それと下士官コンビぐらいか。嵐のようにやってきて風のように行方不明になった須藤さんがいれば便利だったのに。まあ意味不明なぐらい喧嘩の強い彼のことだから殺されてはいないだろう。どこかへ潜んだか逃げたか。そういえば浜千鳥君もいない。


 コチラは正直、逃げることも進むこともままならない。まず弾薬がない。かくいう私も最後の一発(ゴールデン・ドロップ)を残すばかりだ。撃ちまくったから以上に忙しく戦う間に落としてしまったからである。


 全員から集めるなり、そこらの死体から剥ぎ取るなりして再分配すれば数斉射分は確保できるかもしれないが、感情のままに我々を包囲せんとしている敵の数は三個大隊を下らなかった。集められる最大数の弾より敵の数が多い。圧倒的に。


 というよりも、そもそも弾薬を集める時間など残されているだろうか? 敵が全周包囲を完成するまでにはもうあと一五分も掛かるまい。


 次に腹具合である。我々はほぼ飲まず食わずで戦ってきた。肉体労働には適度な水分、塩分、それにカロリーの補給が不可欠である。欠かせばどうなるか。こうなる。


 塹壕内には軽度の脱水症状などで力の入らなくなる兵が続出していた。腹が減っては戦はできぬ。兵站って本当に大事ですね。いやマジで。後備部隊も持たず単独行動する部隊はこれだからいけない。否、なにを言い訳しているのか。足が遅くなるからと兵に持たせる水筒の数まで制限したのは私ではないか。


 負傷者の問題もあった。重傷者は――どうしようもなく助からない者は介錯していくしかない。だが、動けないものの命に別状はという将兵もいる。何をどうするにせよ彼らを置いていくわけにはいかない。誰かが彼らを背負うなりせねばならない。背負いながらでは戦えない。動きも大幅に掣肘される。


 この状態でどこか、敵の層の薄いところへ突っ込んだところで返り討ちに遭うのはわかりきっている。かといって、ここでジッとしていれば敵は使える砲をどんどん増やす。五分前には〇だったのがいまは一になった。更に五分が経過すれば三にはなるだろう。最大ニ〇かそこらでバカスカ撃たれた果てに敵歩兵が塹壕内に突入してきて――やっぱり皆殺しにされる。どうするべか。私は酷い動悸を自覚している。やはり無謀な計画だったろうか。コレで味方全体は勝つかもしれない。だが、そのためだけに私は何人を無駄死させたのか。否、無駄でなくとも死なせてしまったのか。


「右京と居ると何時も最終的にはこうなるのですね」


 頂が場違いなほど優しく笑った。上官の気を安らかに保つのも副管業務のひとつではある。――


 私は極めて不遜にこう思った。気休めなんてしてくれなくていい。そんなことをする暇があるのならば。ならば? なんだというのだ。彼女は優先されるべきタスクをこなしているに過ぎない。それを頭ごなしに否定するだなんて。ああもう。ああもう。ああもう。ここまで追い込まれると、人間、どうしようもなく利己的になるな。自分の気に入らないことはみんな悪か。自分のことしか考えれないのかお前は。そうですよ。ええ。そうですよ。どうせそうです。阿呆め、自己嫌悪なんて贅沢な時間の使い方をしている場合ではないぞ。脳内で二人の自分を喧嘩させて何になるってんだ。


「昔から敵が多いのですから」頂の声色は私の思考を読んでいるらしく感じられた。彼女は外見相応、実に臈長けたアルト音域を駆使している。到底、女子高生とは思われない。二人ぐらいお子さんがいそうな雰囲気である。


「そういう性格ですからね」私は肩の力を抜いた。


「小学二年生のときを覚えていますか」


「ああ、カチューシャですか。懐かしいですね」


「あの、何君でしたか、彼にカチューシャを取られて右京は泣いていましたね」


「うん」私は少しだけ落ち着いた。一八〇名にまで擦り減らされた残兵たちは下士官コンビの努力で横列らしいものを成しつつあった。


「ずっと疑問に思ってたんですよ。あの翌日ね、どうやって、頂、貴女は彼からカチューシャを取り返して来たんですか?」


「教えて欲しいのですか」


「教えて欲しいですね」


「無事に帰れたら教えてあげましょう」頂はありきたりな台詞を用いた。


「ですか。じゃ、努力しましょう。次席副官、残存する全プレイヤーに集合を。方針を決めました」


 覚悟もね。


 集合したプレイヤー総数は一三人だった。予備陣地を出発した当初の四分の一である。私は彼らに方針を達そうとしたところで、はたと、芝村君が何かを気にしていることを見て取った。冬景色氏と戦わせたら面白いことになりそうなほど冷静無比な彼は土嚢の隙間から塹壕の外をチラチラと覗いているのだった。敵情を観察しているのではなさそうである。


「なんです」私は尋ねた。


「あれです」彼は視線で訴えた。


 塹壕の外で、一人、浜千鳥君が死体の陰に隠れて頭を抱えていた。芝村君は「可能であれば助けに行きたい思うのですが」と述べた。私は殴られたような衝撃を受けた。


『お前を愛している』――両親と兄からそう言われても私はこんなに驚かないだろう。だって、いまさら浜千鳥君など助けたところで芝村君に何の得があるのか。そもそも助けられると思っているのか。大体、これだけの人数が死んだり苦しめられたりしている中で彼一人を救ってもそれは偽善ではないのか。彼の考えの裏には何があるのか。


 ないんだろうなあ。諸々を勘案した結果、理性ではなくて本能で私は理解した。浜千鳥君を助けたいという芝村君の感情に裏は無い。コレは純然たる善意だ。私はとてもとても幸せな気分になった。だって、そうじゃないですか。これだけ愚かなことで満ちた世の中でも時には――。


「夏川さん」私は呼びかけた。そこで敵がマスケット銃を発砲した。牽制である。頭を上げさせないようにするための。弾は我々の頭上を飛び去った。土嚢に命中したものもある。当たらないとわかっていても我々は首を竦めた。


 敵弾が落ち着いたところで返事があった。「なに?」


「強襲します。いまさら、オリーブの枝(降伏宣言)を差し出したところで敵は受け入れないのだからそうする他にないでしょう。一人だろうが敵陣を突破して帰還できる方がマシです。突撃方向は西側。敵の層がまずまず薄いですし、そこを抜ければあの森へ逃げ込めます。いいですね。ああ、塹壕を出た瞬間に蜂の巣にされる心配はしなくて結構です。囮を出しますから。敵がその囮に夢中になっている間に一度だけ正面に斉射。それから突撃を仕掛けてください」


「あっそう。わかったわ」彼女はすげなかった。「でも残念、私も行くわ。断っても行く。命令されようが無視する。大丈夫でしょ? 下士官二人、優秀なのが居るんだから、後のことなんてコイツらに任せればいいのよ。私だって名前は売れてるから一人より二人の方が餌になるでしょうしね」


 泣きそうになる。渋面の、「ワガママな人たちだ」と言いたげな体育会系コンビに私は命じた。


「ということらしいです。ご両人、脱出と突撃の指揮は願います。浜千鳥君の回収も忘れずに。私は夏川連隊長と次席副官とを道連れにします」


 芝村君は黙々と命令に従った。漆原君は実際に「ワガママな人たちだ」と愚痴りながらもやることはやった。頂が腰椎に対して平行に挿したヒノモト刀を抜いた。彼女は官給品のサーベルでなくて、その、使い慣れた刀をわざわざ別の国から取り寄せて愛用しているのだった。(突撃の連続で彼女は銃を失っていた)


 準備は直ぐに終わった。準備するべき兵の数がそう多くないからだった。敵砲はニ門に増えた。直撃弾は無かった。


「では行ってきます」私は塹壕の斜面に身を乗り出しながら言った。


「浜千鳥君によろしく。また逢いましょう」


 芝村君と漆原君の敬礼はこれ以上にないほど見事だった。返礼をした私は敵の射撃の合間を盗んで塹壕から飛び出した。頂と夏川さんが続いた。


 全力疾走する。このぐらいの速度で走れば一斉射、もしかすると当たらずに済むかもしれない。その分だけ多く時間が稼げる。我々は東側へ突っ込んだ。


「左右来宮だ! 撃て、撃てッ!」がなる敵がいた。


「待て、アレは囮だ! 発砲するなッ!」怒鳴る敵がいた。


「夏川だ!」と喚いた敵には閉口した。私でなくて夏川さんに着眼するのはどうしてなのか。私を狙え。


 我々の正面で約二個中隊が発砲した。側面からも。背後からも。私の肩甲骨辺りを何かが強い力で叩いた。ここまでかと観念したが違った。私は突き飛ばされたのだった。誰に。頂に。私は顔面から地面に倒れ込んだ。弾丸が一秒前まで私の頭のあった位置を通過した。倒れた周辺には敵味方の死体が無秩序に散乱していた。


 転瞬(いっしゅん)、何が起こったかわからなかった。背中に倒れ込んできた頂と浴びた温かい液体で全てを察した。あのときと同じだ。あの、キラー・エリートが潰されたときと。今度は先輩たちでなく頂か。いつもこうだ。私より価値のある人々だけが私より先に死んでいく。私なんかを庇って死んでいく。


 第ニ射である。頂の身体が震えた。私自身も脇腹を軽く抉られた。どうだっていい。私は頂の胸の中で藻掻いた。彼女の下から這い出す。頂がキツく咳き込んだ。見れば、彼女は腕と脚とに集中的に弾丸を食らっていた。(ただ、直ぐに軍医に診せねば失血死するだろうことは間違いなかった。ココに軍医はいない)


 夏川さんを探す。鎖骨を撃ち抜かれたらしい彼女は私の後方、六メートルほどで「殺してやる」と叫んでいた。


 第三射は我々に向けられなかった。塹壕を飛び出した我が大隊に浴びせられた。だが敵の大半が我々を狙っており、その狙いを急に変えたものだから、大隊の損害は微々たるものだった。


 敵中隊へ突撃を掛ける大隊の最後尾、芝村君と突き進む浜千鳥君を見付けた私はもう思い残すことがなくなった。


 疲れた。もう立ち上がることすらできそうになかった。頂の身体を完全に除けることもできない。私はそれまで身体に染み付いた習慣のために手放さなかった銃を捨てようとした。どういうわけか捨てられなかった。


 足音が近付いてきた。敵のプレイヤーたちが自らの手で私の息の根を止めるべくやってきたのだった。


 私は彼等の方を見なかった。敵中隊を突破した大隊の背に手を振りたかった。

 

「間違いない、左右来宮右京子だ」無視した。苦労して首を動かす。夏川さんの様子を確認するためだった。何人かのプレイヤーが彼女の軍服に手を掛けていた。


「おい、コイツはもしかしたらまだ助かるかもしれないぞ」


 敵の一人が頂のことを案じた。無論、その間接的な提案は他のプレイヤーによって権高に否定された。「だからどうしたんだ? 殺っちまおう」


 まず銃を取り上げられた。私は目を閉じた。直ぐに開けねばならなくなった。自分で開けたのではなかった。敵が私を頂の下から引き摺り出して瞼を抉じ開けたのだった。私は見た。見させられた。


 騎兵だ。頭痛がした。騎兵だ。どこからだ? どこに潜んでいた? いや、私はなぜその可能性に気がつけなかった。


 大隊が森に入る寸前であった。どこからか現れた騎兵が大隊めがけて襲歩突撃を行った。時速六〇キロで走る五〇〇キロの怪物たち――敵騎兵に踏み荒らされて私の大隊はグチャグチャになってしまった。


「よーく見ろよ」私を羽交い締めにしている青年が調子の狂った笑い声をあげながら言った。


「ホラホラ、騎兵、ユーターンしてくるぞ。逃さねえぞ。一人も残さねえぞ。お前も俺もアイツらもここで死のう。そうしよう!」


 四方八方から私は笑われた。残念だったなあと何回も言われた。私の頬が叩かれた。腹を殴られた。私は呻くことも泣くことも叫ぶことも痛がることすら出来なかった。


 そのうち彼等も私への虐待に飽きた。私の前にやってきた一人がマスケット銃を構えた。「それでもお前、大学へ行けるんだろうな。これだけやったんだから。いいなあ。俺と俺のダチは皆、工事現場行きだろうってのにな。いいなあ。世の中は不平等だな? 理不尽だよなあ?」


 確かに、それから起きたことはまったき理不尽であった。ピュー、と、間の抜けた音がした。私を囲む人々の顔色が失せた。正面の彼が私を撃ち殺そうとした。間に合わなかった。彼の背後に落ちた榴弾の破片が彼の背から胸を貫いた。着弾の衝撃で、私を羽交い締めにしていたプレイヤーが私を抱いたまま吹き飛んだ。


 榴弾と円弾とは雨のように降り注いだ。何も聴こえない。何も見えない。何も感じられない。――気が付いたとき、私は地面に倒れていた。周囲には酷い悪臭と黒煙とが立ち籠めていた。あちらでもこちらでも人が死んでいた。中には火の着いている死体もあった。


 条件反射的に落ちていた銃を手繰り寄せた。ダイキリ軍のだ。モヒートのよりも短くて軽い。手足はまだ着いていた。脇腹から出ていた血が止まっている。銃を杖にして立ち上がった。フラつく。


 背後に人の気配を感じた。あの、私を拘束していた彼がヨロヨロと立ち上がったのだった。汚れてはいるが彼も五体満足だった。彼は私の武装していることに気が付くと、先程とは裏腹に熱心な命乞いを始めた。私は彼に銃剣をぶちこもうとして逡巡した。銃を降ろした。とっとと逃げろと身振り手振りで示した。


 しかし、彼は死んだ。煙の中から現れた漆原君が銃剣で刺して殺したのだった。


 私は周囲を見渡した。私が大切に思ったり、素晴らしいと思っていた人たちが瀕死の敵プレイヤーを拷問して回っていた。


「痛いだろ? 痛いだろ? でも楽には死なせないぞ。おっと、ログアウトもだ。まず指から切り落としてやる。アイツの仇だ」


 例外もいる。あるプレイヤーはまだ助かるだろう敵を介抱していた。そこへ別のプレイヤーがやってきた。彼は「敵だぞ?」と敵の頭を撃ち抜いた。そうして、敵を助けようとしていた者と殺した者とで同士討ちが始まった。


 どうせ殺すなら。私は思った。その程度では駄目だ。痛め付け方が坊っちゃんだ。私に代われ。高学歴の殺し方を教えてやる。よくも私の部下を殺しやがって。


 もうウンザリだ。私は思った。こんなことをいつまで続けるのか。もうなにもかもがどうでもいい。どいつもこいつもどうでもいい。懲り懲りだ。


「生きてる?」


 後ろから声を掛けられた。私は緩慢な動作で振り向いた。そこには見るも無残な姿で夏川さんが立っていた。


 彼女の表情が急激に移ろった。季節のように。この間まで暖かかったのに急に寒くなってきたね。彼女は私の表情を見て絶句していた。表情?


 私はいまどんな表情をしているのだろうか。夏川さんは何かを決定的に誤解したようだった。





 私にとってのシュラーバッハ会戦はこうして終わった。


 モヒート軍はこの戦闘に七個旅団・四ニ〇〇〇人を投入した。戦死者数はニ八ニ八名で、中、プレイヤーは七六名であった。持ち込んだ騎馬と砲は全体の一割強を損失したに留まる。


 対するダイキリ側は五個師団・八〇〇〇〇人を投入している。戦死者数はニ六ニ〇〇名で、中、プレイヤーは六ニニ名であった。持ち込んだ騎馬と砲は全体の六割超を損失しており、この他、ダイキリ軍は実に一八〇〇〇人に及ぶ捕虜を出している。


 両軍合計して六九八名の高校生が職を失った。六九八人はこの一五年間、モヒートとダイキリ間で行われていた小競り合いで戦死したプレイヤーの総数に等しい。


 彼等の三割は高校生という肩書まで失うことになり、更に、そのうちの数名はこの世からも消え失せた。 


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