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3章4話/焦燥

 複数のテント群から形成される軍総司令部は騒然としている。己はその熱気の中でつい感情的になっていた。「わからないだと? わからないから質問しているのは己だ。なのになんでお前の返事もわからないなんだ? 犬のおまわりさんじゃないんだぞ。なぜ、第ニ旅団への輸送効率がこんなに落ち込んでる? 事故か? ヒューマン・エラーか? 敵襲か? なんなんだ?」


 叱られた三課長(輸送課長)は冷汗三斗の態だ。彼の背後では軍兵站部の五五人がそれぞれの机に向かって烈火の如く働いていた。一秒の暇もない。そうでなければ四万人など管理できるはずもない。否、既に管理できなくなりつつある。戦闘開始からたったの一時間で兵站状況が悪化しているのだった。


 兵站部の仕事は簡潔である。


 延々、本国からシュラーバッハに至るまで構築される兵站線については既に触れた。我々の、その血を吐きながら続ける悲しいピストン運行は我が軍の後方ニ〇キロで一区切りが着く。兵站末地だ。末地にはこの会戦に必要だと見込まれている弾丸や砲弾がありったけ集められている。(各旅団の兵站地には必要最低限の弾丸や砲弾しか送付されない。貴重品である砲弾丸は中央で一括管理する方が安全だからだ)


 末地からこのテント群の直ぐ裏手、軍物資集積場に運び込まれた大量の物資は軍兵站部直轄の後備部隊が取り扱う。彼ら直轄後備部隊は一輌辺り、約五〇〇キロを積み込める馬車を三ニ〇台保有している。それを牽引する馬は予備を含めて一五〇〇頭にも上った。彼等はその輸送能力をフル活用して補給命令――あの旅団へコレをコレぐらいこの時間までに届けてくれ――を実行する。この命令は兵站部の各課から挙げられる様々な情報を基に己が立案、会長の裁可を経て発令されたものである。(参謀はあくまでも意見具申が仕事、命令を出すために必要な指揮権は持たない)


 物資を受け取った各旅団兵站部も同じことを繰り返す。


 旅団物資集積に揚げられた大量の荷物を旅団後備部隊が検品する。その荷物の使い道を、戦況に合わせて旅団兵站部が決定、後備部隊が備える六〇台の馬車を稼働させて前線の連隊へ送り込むのだ。


 送り込まれた連隊でも、連隊長が兵站幕僚の補佐を受け、やはり連隊後備部隊を使って各大隊へ物資を分配する。大隊でも中隊でも戦闘に並行して同じようなことが行われる。


 面倒だが兵站を怠れば戦闘など続けられるものではない。旅団が保有する旅団砲兵は常時、砲一門につき一七〇からニ〇〇発の砲弾をプールしているが、それとてもニ時間すれば射耗してしまう。歩兵ならば? 彼等は一人につき三五発の弾丸を有しているが、コレは一時間、防御戦闘を続ければ撃ち尽くしてしまう。


 砲と歩兵が満足な戦闘を続けるためには、事前に立案されている補給計画、それを七割以上の効率で稼働させる必要がある。四課(輸送状況の管理を担当)がさきほど提出してきた報告書によれば、運び出されている物資の量、現地でやり取りされる受け取り伝票の数、馬車の稼働状況、気球観測による砲撃の遠距離確認などからして、第ニ旅団への輸送効率は三割を割り込んでいた。そして、その原因が、なにしろこの霧と、総司令部と輸送路との距離のため、なかなか判明していない。無線も電話もないというのはこういうことだ。何かあった現場の状況を確認、対応するのにとんでもない時間と手数が掛かる。


 それにしたって。己は手にしたペンを折りかけた。この三課長の手際は悪い。悪すぎる。あれだけ時間をやったのに。どうして輸送状況悪化の原因ひとつ究明できないのか。結局、己たちはどれだけ粋がったところで学生、その能力の限界は低いということなのだろうか。


「あのですね」三課長は額の汗を拭うことも忘れて弁明を始めた。「現在、第八気球観測中隊に問い合わせをしておりますところでして、はい、あの、根本的理由と申しますか正確な情報が掴めていない以上、無責任な回答をするわけにも私としてはいけませんわけで――」


 官僚主義はコレだからいけない。どいつもこいつも責任回避のオベンチャラをばかり蝶々とする。己は可搬式の机の表面をぶん殴りかけた。もし、「三課長!」と一年生が割って入ってこなければ遠慮なくぶん殴って拳を傷めていただろう。


「三課長!」彼自身も三課である一年生は息せき切らせながら報告した。「気球観測中隊からようやくのことで返信がありました。ええと、第ニ旅団への兵站輸送路、三つあるうちの二つで大規模な玉突き事故が起きたようです。詳細はコレです」


 己は三課長に手渡されるべき書面を横からさらった。「憲兵が既に対処中なのか。なら、なぜウチに報告が上がって来てないんだ。現場の混乱だと? だとしても連中、どうして手順を守りやがらないんだ。ひとつ、情報があるかないかだけで次の対処が変わっちまうんだぞ!」


 怒鳴ってから気が付いた。なんてみっともないのだろう。事故が起きたのも憲兵が手順を守らないのも、この一年のせいでも三課長のせいでもない。


「悪かった。取り乱したのも感情的になったのもだ。現場の憲兵に直ぐ連絡する。奴らの親玉の法務部にもな。いま書類を用意するから、いや、それだと二度手間か。副部長! 副部長! ああ、声が通らん、古、副部長を呼べ」


 副部長が来る前にザッと考える。とりあえず現状、各課から上がってきている報告書、分析書、意見書、各数十枚ずつを統合して考えるに、第五と第三旅団への輸送は瑕瑾無く進んでいる。全ての課が満場一致で危惧している第ニ旅団の方はいまから解決する。


 一、四、七が行動を開始したらどの旅団への補給を優先するべきか。計画では第一旅団の被害と消耗が最も大きくなるはずだからソコだ。四と七へは状況に応じて。この状況に応じてが難しい。各旅団兵站部からの補給要請は同時に来るとは限らない。第四旅団に補給の手配をした後に第七旅団から深刻な悲鳴が届くかもわからないのだ。そして、備蓄物資と輸送力には限りがある。


 高学歴を絵に書いたような副部長がやってきた。その彼に言い付ける。「一時、ココを任せる。中央集団が高所を制圧した後の兵站管理については今、方針を纏めるからそれに従って行動するように」


 副部長はどこか釈然としない表情だった。「どちらへ?」


「事故現場だ。質問や命令を送られたり送られたりでは手間が掛かりすぎる。自分が行ってまとめて解決する」


「なにも部長でなくともよろしいのでは」


 面目の丸潰れた三課長が手を揉み合わせながら言った。彼は出世の遅い三年生だった。ここでも政治だ。己からの印象を悪くしないように努めている。律儀だ。健気でもある。


 己は古を会長のところへ走らせてから説明した。「自分でなくては駄目だ。君らの能力をとやかく言うのではなくて、現場で求められる判断が自分でしかできないからだ。後で報告書にもそう記す。いいな?」


「はい」と、三課長と副部長とはそれぞれの発音と態度で以て応じた。わざと、己は彼らの表情を見なかった。


 総司令部はいまや沸騰していた。己が横切ったり、通り過ぎたり、すり抜けた他部署は全て喧々囂々、


「左翼の第五と第三旅団司令部から騎兵伝令。五度目の騎馬突撃を迎撃。損害は軽微なり」


「当たり前だ、肝入り防御プランを与えてやったんだぞ。そう簡単に弾かれてたまるか。その程度の自慢は送って来なくていいと返せ、馬鹿め!」


「すみません、情報部から作戦部へ問い合わせがあるんですが、四課はこのテントですか?」


「第六旅団司令部への伝書鳩、もう届いてるはずだな? 返事は?」


「一時間前のが最後です。天候不順のためシュラーバッハへの到着が――」


「いい加減にしろ、あの(放送禁止用語)め! 低学歴どもですら戦ってるんだぞ? あ、カメラが回ってる?」


「あの、作戦部四課は……」


「衛生部より兵站部へ嘆願へ参りました。二課長はおられますか」


「自分です。なんです? 燃料? 残念だが工面できない。お帰りください」


「そういうわけにはいきません。自分は死んでも燃料を割譲して頂けと衛生部長より――」


「第一、第七、及び第四旅団司令部から旅団長発会長宛で連絡です。計画より早く高地へ向けて進発したいと」


「阿呆、計画を守れと伝えろ。それと会長宛なんてふざけた連絡はもう二度と取り次ぐな! もし来たら構わねえ、文書をひっちゃぶっちまって、それでもまだ来るようなら届けてきた奴をぶちのめせ! 殺せ! 殺してフード・プロセッサーにぶちこんでパイにしちまって家族に送りつけろ、畜生が!」


「書類、書類、書類! 会長のとこへこの書類をいますぐ持ってけ! 走れ走れ走れ走れ走れ! コケるな、ノロマァ!」


「コッチもだ、書類! 一年! 走れ! 馬鹿、貰いに行くんじゃない、この気象予想図を作戦部へ届けるの!」


「だからその作戦部はどこなのよ!?」


「ならば衛生部長を呼ばせて頂きます! 何人ものプレイヤーアバターがロストするかどうかの瀬戸際なんですよ!?」


「軍砲兵より連絡、騎馬榴弾砲を主軸とするニ〇五門の移動準備を完了したそうです。徒歩砲兵も士気旺盛とのこと」


 活気と言うべきか、それとも剣幕と言うべきか? どちらにしたって凄まじい。テント群を抜けるとまだ霧が濃かった。周囲が林だから本当に何も見えない。耳を澄ませば、遠く、砲声らしきものが聴こえる。或いはコレは悲鳴かと思われるものも。


 コレが戦争か、と、前線に来るのが初めてな身だから、思う。


 わかっている。本物ではない。遊びであり、ゲームであり、誰かの娯楽になる戦争だ。だが、ここで死んだ敵味方の内、何パーセントかはマジものの将来を失う。


 兵站部の、そこで働く部下どもの、己の、些細なミスが誰かを殺す。誰かね。胃が痛い。不特定多数の将来を自分の行動が決定するなど勘弁して欲しい。


 妹よ、それでも己はやることをやっている。やろうとはしている。そのつもりではある。――畜生め、脳内で婆様の声がリフレインしているんだ。『お前は逃げるよ。いざとなったら自分だけ可愛くて妹を置いて逃げるのさ。卑怯者だよ』


 お前はどうだ?



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