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3章2話/君と僕とその他大勢で繰り広げられる政治という名のドミノ倒し


 去る六月一五日、連合生徒会・モヒートは東関東生徒会・ダイキリに対して最後通牒を突き付けた。まさか受け入れられても困る。その内容は徹底的に理不尽であからさまだった。だから二日後、ダイキリからあった回答はモヒートの望むところであり、我が愛するべき国家は長年の仇敵に対して宣戦を布告した。


 実に一五年ぶりの全面戦争である。これまでのお遊びとは違う規模に全ネットメディアが沸騰した。――と、ここまでは台本通りである。モヒートの行動にせよダイキリの対応にせよ、何れも親会社同士が綿密な打ち合わせを重ねた結果に過ぎない。決まっていないのはどちららが勝者となるかだけだった。


 一八日朝、モヒート皇帝である田中三重吉は七個旅団(四ニ〇〇〇人)を率いて親征を開始した。これらが国境を超えたのがニ五日で、街道の結集地である、約束された決戦の地――シュラーバッハへおおよその集結を果たしたのがニ九日夕刻になる。相対するのはダイキリ五個師団(八〇〇〇〇人)であった。


 場所も数もお膳立てまでシナリオ通り。となれば後は戦うだけだった。両軍は一夜を睨み合って過ごした。


 そして朝まだぎ――。我がモヒートの第三旅団で不穏が動きがあった。本来、軍左翼の中核を担うはずだった彼等は敵とではなく味方同士で諍い始めた。ある戦列歩兵連隊長が寝返りを企図したのであった。気持ちはわかる。ここだけの話、夜半、敵営から立ち上るメシを炊ぐ煙の量を見て己だってビビった。


 結局、友軍相討つにまで発展しかけた混乱はかろうじて防がれた。問題の連隊長をその副官が後ろから撃って、である。だがモヒート軍幹部らの受けた動揺は大きかった。こんな乱れた足並みで勝てるのか? 彼等は水面下でダイキリに通じた。なに、ゲームの中でなくてリアルで裏切ってしまえば誰にもわからない。


 問題は裏切りの理由だけだった。臆病風を吹かして逃げるのでは進路が潰れる。卑怯者を欲しがる大学はない。企業なら尚更だ。ならばどうするか? 彼らが捻り出した理由はこうだった。『現在の皇帝は独断専行が過ぎる。これは裏切りでない。我々を裏切った暴君への天誅である』


 裏切り者どもは手土産とばかりに我が軍の弱点を暴露した。モヒート軍右翼を構成するはずの二個旅団の片割れがまだ戦場へ到着していないのだった。手薄な右翼を守っているのは? なんとあの第ニ旅団である。散々、メディアで報道された、低学歴が指揮している史上初の旅団だ。


 七時、我が会長は敵の、やはり親征してきていた会長から遣わされた軍使を受け入れる。『お互い、ほんの少しの出血で済むように調整し合いましょう。ここで貴方たちの有望な未来を潰してしまうことはない』


 表面上、会長はパーフェクトに冷静だった。彼は決定的な言葉をこそ口にしなかったものの出来レースに前向きである旨を示した。午後にはダイキリ会長と非公式に面会の場を持ったらしい。その詳細は己にすら伏せられた。内容の想像はつく。彼等はこの戦いや離反者の処遇に関する、両陣営にとって不満のない――満足できるではなく――落とし所について模索したのだろう。


 両軍、睨み合ったまま二日目の夜がやってきた。状況は混沌としていた。『会長が自分たちを売った』という噂を信じたある一団が総司令部を襲撃した。幾つかの旅団は逃げ支度を始めた。その大まかな様子は数キロ先のダイキリ軍に観測されていた。『とっとと始めろ!』という苦情が怒涛の如く親会社に舞い込むかと思われたが、案外、その数は少なく、視聴者はこのドロドロとした保身劇を楽しんでいるようだった。


 ダイキリ軍は『ほんの少しの出血で済むように調整し合おう』を履行するだろうか。するはずがない。そもそも八百長の密談があったなど表立って公表できないのだから、会長との約束はそれとして、徹底的にモヒート軍を叩いてしまって構わない。彼等が行った会長との会談は、敵側の混乱が狂言ではないことを確認するための情報戦、その一環に過ぎない。


 会長とても馬鹿ではない。敵の動きを知っていて何らかの策を打っているらしい。あの会談に出席したのは、会長にとって、生き残り工作のための時間稼ぎだったのだろう。だが遅い。もう間に合わない。ダイキリ軍の攻撃はあと数時間で始まってしまう。――



「学閥の強さは」


 サンドイッチを片付けた埼洲は自分と灯貴少年に珈琲のおかわりを注文しながら言った。「それへ参加する学校間の連帯意識に依存する。そして、それは長くとも一年しか持続しない。――サトーの言葉だ。よく言ったもんさ。だろ? このゲームには他のゲームみたいに選手のドラフトがない。所属する学閥は学校ごとに不文律で決まってる。それはまあ、色々、そうなった理由はあるんだろうが、この仕組みには限界がある。一年毎、皇帝が変わる度に連帯意識ってのは変化しちまう。昨日の味方は今日の敵さ」


「だから己のようなのも出てくる」己はカップの縁を指で撫で回した。


「そうさな。さて、そろそろ、お前さんの提案とその背景を訊いていいかな?」


 埼洲の声色はどこまでも気安い。己はカップの中の黒さを見つめた。未だ、そこから立ち上る湯気が眼鏡を曇らせた。


「己はお前に情報を売る。兵站部長でしか知りえない内部情報だ。代わりに己と妹とをそちらで引き取って欲しい。己と妹がそちらへ転校するなら話題性があるぞ」


「ホゥ」代わりの珈琲がやってきた。丁寧に、埼洲は外国人ウェイトレスに礼を述べた。「それは構わんよ。ウチの親会社も学校もそれを認めている。特に我が校は親会社からかなりの資金援助を貰ってるからな。だが妹までとはね。もう少し掘り下げてくれないか?」


「己はアイツに負い目がある」


 己は出来るだけ深刻ぶらずに言った。


「家庭環境が複雑だったんでな。アイツ、幸せに育ったわけではない。己はずっとアイツを助けてやろう、助けてやろう、と思いながらついに何もしてこなかった。気がつけば低学歴だ馬鹿だクズだとアイツは酷い言われようでな。今度の第ニ旅団長就任以来、パワハラもセクハラも受けまくってるし、何度かは家まで脅しと嫌がらせが来た。もう嫌なんだよ」


 己の目が自然と潤んだ。「出来ればアイツをまともな道へ戻してやりたい。そうして守ってやりたいんだ。それが願いだ。この戦い、妹の第ニ旅団は間違いなく潰される。敵が潰さなくても味方が潰す。だがそのことで妹がまた傷付けられるのを見ていられない。そういうことだ」


 埼洲は己の顔をジッと見つめた。彼の瞳は奇妙なほど透き通っていた。


「そうか」埼洲はおしぼりで丹念に顔を拭いた。それから、これまでティーシャツの襟元に引っ掛けてあったサングラスを掛けて表情を隠した。「誤魔化したくない。先に教えておく。我が校も楽園じゃない。エスカレーターにはエスカレーター特有の問題がある。早くから理系と文系で分かれるんで、その対立が激しい。中学や高校から入ってきた連中を疎む傾向もある。それに、如何に長らく東関東生徒会の中心校であるとはいえ、青春学園の力と目が及ぶ範囲は決して広くない。わかるだろ? 表面上はともかく、お前さんたちへの風当たりは弱くないだろう。だが、だとしても俺が全力でお前と妹を後押しする。約束だ」


 埼洲は強調した。「約束だ。誰が何と言おうと俺だけはお前たち兄妹を歓迎する。出来るだけ普通の学校生活が送れるようにも努力しよう。仕事柄、あちこちに顔は効くからなんとかなる。それでいいか?」


 己は改めて差し出された埼洲の右手を両手で握り返した。別れるときに彼は言った。


「失うなよ? お前、自分を失うなよ。誰かを裏切ったとか売ったとかその程度のことで良心を食い潰されるなよ。どうせ、社会の上に行くには誰かをコケにしなけりゃあならないんだ」



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