表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
239/239

番外編2章64話/学院戦争 - 25(花見盛)


「事故の原因、規模、影響、被害状況は?」


 サトーは頬を緊張させたまま聞き糺した。顔色に比べて声の方は悠長だった。どうせ事故は何処かで起きると達観しており、又、面識の少ない相手と話しているという自覚もあるのだろう。聞きたくない報告を聞かされたからといって癇癪を起こす皇帝の為に誰が戦いたがるのか。誰かの上に立つということは、要約してしまえば、聞きたくないことを五万と聞かされても耐え続けるということなのだ。


 伝令君の舌は過剰に縺れていた。自分の責任で事故が起きた訳でもなかろうに全ての報告を申し訳なさそうにするものだから、先を急ぎたいのをグッと我慢して、サトーは橘に水を持ってくるように命じた。その水をグイッと飲み干してようやく彼は落ち着いた。彼の肩に積もった雪は数日前より重くてベッタリとしていた。


 事故は正確に一月五日の早朝に起きていた。原因は過積載だった。サトーは舌打ちを禁じ得なかった。余りにもイージーなミスね、と、サトーはそれでも律した口調でボヤいた。突然のことで動かせる船が少なく、焦りもあるだろうし、安全対策がバッチリとは行かないのも分かるが、とはいえ、船に荷物を載せ過ぎちゃって船体のバランスが崩れてました、崩れてるのに気が付かないまま速度を稼ぐために流れの速いところに入り込んだら転覆しました、転覆したのが先頭から二番目だったもんで後のが衝突してきて大惨事です――では情けなさ過ぎる。


 責任の追求は後回しになった。そんなことで無駄な時間を食っている余裕はなかった。第一、詳細な事故状況が分からないし、立証見聞をした訳でもないから、誰の過失だと決め付ける事も出来ない。誰が悪いとか悪くないとかで揉める贅沢は戦いの後ですることになった。“戦いの後で”であって“勝った後で”とは誰も言わなかった。


 事故の影響は絶大だった。元々、首都からシュラーバッハ方面への水運路は質量共に貧弱なので、転覆したり擱座したりした五艘の船を退かすまでまともに利用出来ない。その作業は事故の規模が規模だけに数日は掛かる。ということは首都に要求した分の車軸は我々の所には絶対に届かない。勿論、車軸は全国から掻き集める用意になっていたが、首都から取り寄せる分が最も重い比重を占めていたことは言うまでもない。(事故を起こした船は輸送船の第一便で、最終的に四便までの予定があったから、二便以降のものを陸運に切り替えるという手もあるにはあった。ただ、その場合、車軸が到着する頃には敵もまた我々の眼前に到着している計算になる。お近付きの印に車軸をどーぞって配って回るか?)


「どう対応する」冬の、それも川での事故だから、被害者と死者の予想数は俺をゾッとさせた。河川そのものが受けた打撃についても溜息が出た。船団の先頭と最後尾には砲艦――臼砲を装備した小型艦――が護衛に着いていた。その最後尾の側のが事故に巻き込まれて座礁した。座礁しただけならいい。腹に積み込んでいた火薬が川に流れ出しているらしかった。その付近で生活している連中には大打撃だろう。俺はそれらの不愉快を忘れるためにサトーを促した。彼女は伝令君を下がらせて休むように言い含めると、簡明に、


「どうもしないわ」と言った。


「どうもしないって」俺は最前よりもゾッとした。「まさか、君、――」


「――そうじゃない。そうじゃないから。落ち着きなさい。貴方も水を飲む?」


 俺は肩を上下させた。いや要らない、と、上げ下ろしたばかりの肩を今度は竦めた。サトーは諸々の資料やらで立錐の余地を徐々に失いつつある暫定執務室、その暖炉の側に座り込むと、火に手を突っ込まんばかりに翳しながら、


「こういう場合の処理は中村君に任せてあるわ。位置的にも彼の方が近いし。私の仕事は別。前のプランが使えなくなったならばどうするかを考えることだから。参謀総長を呼んできて」


 悪いことをしたなと俺は自戒した。せめて俺の前でぐらいは彼女に皇帝らしい演技をさせたくなかった。増上慢も甚だしいよな。俺が参謀総長を連れて戻ると、何本か、サトーの毛が火で炙られてチリチリになっていた。彼女はそれを一本ずつ指に巻き付けて引き抜きながら参謀総長と会談した。と見こう見、壁に貼り付けられた周辺地図を見ながら、時に指差しながら、二人はああでもないこうでもないを何時間も繰り返した。


「近衛軍の一部を割譲して」参謀総長は首筋をバリバリ掻きながら言った。首からはポロポロと垢が溢れた。乙女さびるという言葉と彼女とは縁がないらしい。


「敵主力前に配置。位置に然るべき野戦築城を施して敵を遅滞するというのは」


「無理ね」サトーは丁重に撥ね付けた。丁重にというのは、参謀総長自身、その意見が無駄な進言であると弁えていることに対する礼儀だった。彼女は無駄な意見でも何かの参考や意外な閃きを麾くかもしれず、加えて、何も言わないまま場が白けて自分もサトーもやる気を喪ってしまうことを恐れているのだった。


「貴方自身が前に指摘していたでしょ。凍結した地面に築城を施すのは至難。築城のための物資も揃っていないわ。それに敵は大隊単位ですら砲を装備している。生半可な野戦築城ならしない方がマシね。むしろ何処かで奇襲を仕掛けて運動戦に持ち込んだ方が遅滞出来る可能性があるかも」


「残念ですが」参謀総長は首を振った。ずり落ちたメガネの位置をクイッと戻す。


「奇襲出来るとしても敵先鋒だけです。大して時間は稼げません。半日か一日か。こちらは戦いで疲れてしまいます。雪の中を待機して、戦い、それから素早く引き上げるとなると一仕事ですので、休んでる間に後詰に詰められて終わりです」


「これが春なら」サトーは愚痴った。「考えてみれば、敵に戦果を少しでも与えるってのは、避けたい所よね。今は仲間割れ手前まで来ているのに、敵が居た、勝ったってなると、その勢いでまた団結されるかもしれない。やっぱり当初の予定を何とかして保ちましょう。差し当たり、自分たちの手持ちと首都以外から送られてくる車軸を活用する形で。車軸以外にも何か相手が喜んで買い付けてくれそうな物品は――」


 そこで参謀総長が大きなクシャミをした。せめて顔を手で覆いなさいよ。彼女は鼻をズズズと啜り、ゴシゴシと袖で拭っていたが、それを流石のサトーも呆れて見詰め、


「仮初めにも戦争をしている一軍の参謀長が風邪なんか引いたら駄目でしょう」


「すみません。移らないように気を付けて下さい」


「普通、そっちで気を使わない?」サトーが人に生活態度の指導をするなんて誠にレアである。


「貴方、かなり服が汚れてるけど、そうやって不衛生にしてるのがよくないのよ。ご飯食べてる?」


「食べて」ぶえっくしょん。「食べてますし、寝てもいますが、外を歩くと寒いですから。室内は暖炉があるんでマシですが」


 丁度、その暖炉の中で薪がパチパチと音を立てて爆ぜた。参謀総長はその音で却って寒さを自覚したのか身震いした。見ている俺にも身震いが伝染した。執務室ではニ四時間体制で火が焚かれているが、これは寒さ対策ばかりではなく、音はおろか光さえも吸い取ってしまう雪への対抗措置でもあった。燃やしていないと、暗くて、日中ですら手元が見えなくなる。それでは書類仕事をするのなどに酷く困ってしまう。


 遠くでドサリ――と低くて鈍い音がした。どこかの家の屋根から雪が落ちたらしい。辺りはひっそり閑としていた。執務室を置いているこの屋敷にせよ、村の中にせよ、誰かしらが働いているというのに。一月らしい静かな情緒があるといえばあるが、こういう情緒に飲み込まれて、つい悲観的になったらそれで終わりだ。


 俺が苦し紛れでもいいから何か言おうと思った矢先、部屋の扉が控え目にノックされた。サトーはどうぞと返事をした。橘が姿を見せた。騎兵連隊、敵主力が布陣する界隈への浸透を果たした彼らからの早馬伝令が届いているという。これはここ数日、何度もあったことで、連隊は既に敵軍がサトーの予想とほぼ等しい状態に置かれていることなどを報告して来ている。報告の中には、敵先鋒部隊の一部において馬車ではなく駄載が用いられていること、車軸がぶち折れて投棄されている馬車を幾つか発見したことも含まれている。


 サトーは丸められた、合わせ目に藤川のサインがしてある伝令文を受け取るとパパッと中身を検め、


「読んで」と、参謀総長にパスした。参謀総長が読んでいる間に自分でも痒くなったらしい首を掻き始めた。橘に薪を追加で持ってくるように言い付ける。


「ははあ」と、参謀総長は読み終えた紙を巻き直しながら喉を鳴らした。「“敵先鋒部隊で燃料不足が多発している模様”ですか。熱心に薪集めに精を出している割に、飯炊きにしても、雪を水に変えるのにも、薪が一向に足りていないようだと。へえ。部隊によっては、村の外壁を崩して、そこから手に入れたレンガで窯を作ったはいいが、村を出るまでついに一度も窯に火を入れなかった――か」


「分からないでしょ?」サトーはサトーは首を掻いた手のツメ先を見ていた。彼女も彼女で黒々とした垢がゴソッとツメの間に挟まっていた。「あれだけ兵站状況が整っていて燃料不足。チョット商人だって売ってくれるでしょうに。いや、その分は主力で使っちゃってるのかもしれないし、燃料なんて前線で独自に集めろって話なのかもしれないけど、だとしても森があんなに豊かなのよ。他部隊の邪魔をしようとしてある部隊が必要以上に薪を集めたとしても、たかが知れてるでしょ、絶対」


「ふむ」参謀総長は再び首をポリポリ掻き始めた。ぽつりと呟く。「知らないのかも……」


「あ」と、サトーは口を縦にまあるく開いた。彼女はツメの先を手早く軍服の裾に擦り付けて綺麗にすると、


「私、貴方のツメのアカを煎じて飲むべきかもしれないわね」


 参謀総長は自分のツメの先を見て、サトーの顔を見て、両者を見比べながら、


「いります?」


「いりません」

次回更新は11/28(土)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ