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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章58話/学院戦争 - 19(花見盛)

湯の花 → 番外編2章39話/うそをうそであるとみぬけるひとでないと


「窓を締めといて」と、サトーは居丈高に言った。「気が散るから」


 所はマンションの一室であった。ソトカンダは三丁目の一隅に位置する。“ゲーム外にも拠点がないと会議などに不都合があるだろうから”と、親会社から支給された補助金を使って借り上げられた部屋で、間取も内装も必要最低限である。特徴らしい特徴と言えば都心へのアクセスが良いことだけだ。親会社の指摘する通り、ブラスペの内容があれだけ複雑化し、且つ競技として一般に広く認知されるようになった以上、昔のように公民館に押しかけて会議を――とはいかない。いかないのだからもう少し補助金を増やしてくれてもいいよな、と、俺は思う。部屋は一〇人も収容すると鮨詰めになるし、清掃に明け暮れても天井の隅にカビが生えるぐらいジメジメしているし、アクセスが良いとは言い条、複数の私鉄を使い分けられるというだけで建物から駅まで自体は遠い。


 窓を閉める。遮光の分厚いカーテンも閉める。窓は往来に面しており、丁度、窓と同じ高さに信号機があるのだった。深夜であるから黄色が点滅し続けている。人通りは絶えて久しい。神田明神に詰め掛けていたお調子者達がまだ遠くで騒いでいるらしいのが微かに聴こえた。


「さて」サトーは長机の上に座り込んでいた。部屋の中央に置かれたその長机には、当然、この部屋に集まる最大人数分の椅子が用意されているが、彼女はそれを“ガタついている”とか言って嫌っていた。実際、リサイクル・ショップで買い漁った中古品で、長机とは別の品だからデザインもチグハグである。その辺りが彼女のお気に召さないらしい。室内には、サトー以下、俺に橘に藤川にあいつの部下でなんとかとかいう連隊幕僚長に荒木に井端に夏川先輩に参謀総長まで呼び出されていた。狭い。


「私に何の用か訊く前に、確認しておくけど、リーグ・レギュレーションは守ってる?」


「うん」藤川は頷いた。勉強椅子の子分みたいなのに座らされている。「情報はサトーのNPCが居る本営にも届けてある。レギュレーションには抵触しない。しないよな」


「しないですね」幕僚長は大きく頷いた。「したとしても、この中から内部告発者が居なければ、問題にはならないでしょう」


「上等」サトーは腕を組んだ。「用件は」


「敵の動向に異常がある。それから敵の野営地跡らしいもので興味深いものを見つけた。まず異常の方から報告する。配った資料を開いてくれ」


 暖房が激しく運転している。その中でパラリと紙を捲る音が連続した。資料の表紙には“騎兵連隊”の四文字が窮屈そうに並んでいた。


 ……騎兵、その強力にして機敏にして脆弱なる兵科は、我が午後の死に於いてはまだ草創期にある。と言ってもブラスペ内での馬の生活利用は――俺達も嫌になるぐらい馬車に揺られたしね――早くから行われていた。定住が開始された直後、牛の農耕への利用と同時期だから、二年以上の歴史がある。このゲームにおける二年以上とは現実での数百年以上に匹敵するから“たかが二年”と笑うことは出来ない。しかし、であるにも関わらず、馬匹の軍事転用はこのように立ち遅れている。


 まあ、突き詰めてしまうとツマラナイ話で、敵が騎兵を持っていなかったから――ということになる。かつての都市国家群、レイダー、居住地付近にリスポーンする謎部族、どの勢力も騎馬を有してはいなかった。騎馬はその飼育、維持、それから調教に莫大な費用と手間暇とを要求されるし、北部の場合、土地の大部分が森林であったこともその理由に数えられるだろうか。(馬は大きい。大きくて速い。だから木々の数十センチ間隔で生い茂る森の中ではその効力を活かせない。また飼育の為のスペースも確保し辛い)


 どちらにせよ、騎馬で武装しなければ勝てない敵が居ない以上、わざわざ金食い虫を手札に加える意義は薄い。ダババネルなんて『コストが高いから』とか言って弓矢の運用すら否定していたのだ。弓より遥かに高額な馬匹を積極的に導入したがる筈もない。ラザッペが城下に大量の火縄銃だの火薬だのを抱えていながらそれを正式採用していなかった理由もこの辺りにある。言ってしまえばブラスペ・プレイヤー、殊に最初期からの彼らは、苦労して生活の礎を築いただけあって極めて保守的なのだった。


 それに、現代社会において、重ねて言えば農耕社会において、馬を乗りこなせる奴なんて滅多に居ない。況や馬上戦闘をこなせる奴においてをや。一応、現実の馬に比べれば、ブラスペの馬は遥かに扱い易いそうだが、ブラスペがブラスペである限り、使い物になるまでには数ヶ月以上は掛かる。その教育に投じねばならないコストも馬鹿にはならない。馬だけに。


 使い物になってしまえばなってしまったで、サトー風に言えば『特権階級が生まれてしまうでしょ』という懸念もある。サトーは武力でダババネルを奪った。奪ってからの政権確保にも武力を活用した。騎馬を自在に操る騎士、そんなものが誕生してしまうと、保守派が大多数を占めていた当時の都市国家群において目の上のタンコブになるのは知れている。(余談ながらブラスペ世界には封建制が存在しない。封建制をスキップして絶対主義的な中央集権が開始された。これはレイダー脅威のために封建制に必須の領土拡張が不可能であったこと、ゲーム開始から時を置かず現代的な価値観に基いて貨幣の利用が開始されてしかも根付いたこと、これも現代的な価値観の影響でガチガチの上下関係をPCが嫌ったこと、関所を設けてもPCはログ・インしないという方法でNPCは謎のバグで逃走するので人を土地に縛り付けておけないこと、サトーという絶大なカリスマ性とキャラクター性を持つアレが登極したこと、それから最後に騎士階級が発達しなかったことが原因だとされる。されると言うように俺ではなくてゲームを評論してるオッサンらが言っている。何時の間にかこのゲームも評論なんてされるようになりました)


 閑話休題とする。藤川の騎兵連隊は、一刻も早く騎兵の戦力化を急ぐサトーによって、考え付く限り全ての実験的要素を担わされていた。その主軸は身軽さを活かした捜索と索敵と砲撃と擾乱であった。敵陣に突撃して遮二無二戦うことに関しては、我が国の運用思想においては、そんなに重視されていない。馬体の都合もあれば前に述べたような地形上の都合もあった。兎に角、学院戦争と渾名されつつあるこの戦争においても、開戦劈頭から、藤川の連隊は敵主力の位置や規模や状況に纏わる情報を集め続けている。藤川が笑って語った所によれば『粘着質で進出気僕なストーカーみたいな仕事だよ』だそうだ。


「敵の進撃速度が遅れている?」サトーは資料にザッと目を通した。


「そうなんだよ」藤川はコンビニで買ってきたらしい炭酸飲料の蓋を捻った。プシュッと音がする。参謀総長がいいなと呟いた。


「ここに来て凄く遅れているんだ。どうしてかはまだ掴めていない。疲れが出始めたのかもしれない」


 南部連合群の動員と展開は事前想定よりも一割増しで速かった。南部商人だけではなくチョット商人までもが(驚いたことに)連合軍に加担したからだった。『どんな好条件を突き付けられたのかしらね』とサトーは訝しんでいた。


 由来、冬場の戦争はキツい。まず寒さがキツい。俺達はそれをラデンプール入植の際に嫌という程に味わっている。寒さは最初に腹を蝕む。腹が痛むと人は満足に歩けなくなる。少なくとも行軍速度についていくことは出来なくなる。冬場の行軍速度は平時と比較して六割から七割にまで落ち込んでいるがそれでもついていけない。まさかソイツのために行軍速度を落とすことも出来ない。こうして腹を下した奴は部隊から離れる。部隊の戦力が低下する。下痢なんてした日には、その処理を適切にしないと、ニオイで敵に部隊の位置を勘付かれるとか、それでなくとも赤痢などが流行する恐れがある。言うまでもなく、赤痢に罹患した兵隊どもも行軍速度についていくことは出来ず、続々と離脱する。部隊戦力が大幅に低下する。


 そうならないようにするには暖かくする他にない。しかし、防寒着は依然として高級品で、兵卒に与えられるものなんて質量共にアレである。とすれば、三度の食事を暖かいものにして、食材も献立も工夫して、身体の中からホカホカにすることが望まれる。ところが、兵に暖かいものを食わせるには(ついでに述べるなら飲料水を確保するためにも)火を炊かねばならない。食材も水も下手をすれば河川まで凍るからである。火を炊くには燃料が欠かせない。その燃料とは薪だ。薪は拾わねばならない。拾いに行くのは誰だ。兵だ。雪の中で薪を拾い集めるのはタダゴトではない。これも俺達はラザッペの難民対処のときに味わっている。で、もし集めに行かせた兵が腹を下したら?


 部隊の手持ちの食料が尽きたらどうする。馬匹に依存しているが故に輸送力の限界が低く、武器弾薬を運ぶのだけでもやっとな現状、それは往々にして起きることだ。自国領内ならまだいいが、敵国領内であれば、現地調達するしかない。しかし、現地調達しようにも雪が行く手を阻む。自国領内ならまだいいが、敵国領内である場合、農村からの徴発が成功するとは限らない。下手をすれば農民相手の戦闘になるだろう。成功したところで数日分だ。村から部隊へ持ち帰る際にも雪が行く手を阻む。


 ひとつのミスが連鎖する。薪の手配が遅れれば兵が凍える。凍えた兵は薪を取りに行けない。薪も取りに行けない兵が食い物を集められる筈もない。こうなれば凍死する兵も現れる。冬場に戦争などするものではない。(南部がこの時期に戦争を始めたのは受験期が差し迫っているからだ)


 南部本国から長細く伸びる補給線、それだけでは賄い切れない細々とした連合軍内の需要を、チョットに備蓄されていた武器弾薬食料雑貨品が補っている。チョットは中継貿易で潤っていた国だから輸送力には不足が無く、奴らと連合軍との距離が近い――輸送に要する時間が短い――ことも手伝って、連合軍はこの寒空の下で旺盛な士気と健康状態を保っていた筈だ。


「それから前衛です」幕僚長が言った。「敵軍は戦力を五つに分割しています。内、主力を成す三つの部隊は常に隣接して行動していますが、その三つともが別々に前衛を張り出しています。軽歩兵部隊です。常識に則るならば、特に冬季ですし、兵の無駄な損耗を避ける為にも前衛は隣接部隊で共有すべきな筈です」


「どうせ三つの前衛部隊を張り出したところで捜索範囲が劇的に広がる訳でもないからなあ。謎だよ」


 藤川はキャップに炭酸飲料を注いでオットットとか言っている。「それで最後にその書簡だ。どこかの部隊からどこかの部隊宛てで。さっきも言ったけど、敵後方に潜り込んで、野営地の跡地で見付けた。焼き残されていたんだ」


「焼き残されていた?」サトーは尋ね返した。返事を待たずに続ける。「劣勢でもないのに部隊間の郵便を焼いている時点で怪しいわね。そんなに極秘連絡が多いのかしら」


「そういう風ではありません」幕僚長が補足した。「むしろ敵軍の文書による連絡は、我々が観測している限り、やや少ないぐらいでして」


 サトーは目を細めた。書簡の内容とやらを仔細げに読み込む。「“現金による食料徴発を行った旨の連隊兵站参謀発軍司令部宛報告書”。それも第八報?」


「だそうで」藤川は小首を傾げた。「悪いけど俺は深く読み込んでない。判断はサトーや参謀総長の仕事だ。俺たちは現場を駆けずり回るだけ」


 幕僚長は若干ながら不満そうな顔色を閃かせた。俺はそれを脳裏のメモに書き留めた。サトーは腕を組んだ。唸る。食料は現状でも足りている筈だし、支払いには軍票、手形の一種を使うのが習わしとなっていた。わざわざどうして食料を、それも各部隊が僅かにしか持たされていないだろう貴重な現金を投じて、買い集めているのか?


 サトーは口を掌で覆った。俺達は、最初の数分はサトーの発言を待っていたが、そのうち疲れて自堕落になり始めた。疾うに新年を迎えている。元日からこんな下らないことで煩わされる高校生も俺達ぐらいだろうと悲嘆に暮れるフリをしたりしていた。


 サトーは硬直したまま沈黙している。参謀総長がその傍らで固唾を飲んでいる。俺達は、解散を命ぜられてもいないし、室内でぶらぶらし始めた。雑談でもしていなければ気が気でなかった。誰かが気を紛らわす為にテレビを付けた。深夜のニュースが耳を澄ませば聴こえなくもないような音量で読み上げられる。俺はそのニュースを聞き流しながら、テレビ台に飾られている可愛らしいビニール袋、その中に入っている粉状のものをボーッと見ていた。


 湯の花である。サトーがシズオカで買い込んだ品で、アチコチに記念品としてお裾分け、この会議室にも『見てるとあの旅を思い出して和むから』とか言って飾ってあるのだった。随分とロマンチックである。尤も、俺はその濁った結晶を見ながら、あんな楽しい時期もあったのになあと思っていた。


『信用金庫の』――と、ニュース・キャスターが一月一日だというのに不景気なことを言い始めた。どこかの信用金庫が潰れたらしい。大変な時代だと俺は唸った。室内の全員が自分達の未来とこの国の将来とを勝手にトレースして暗い気持ちになった。副部長ですらその笑顔がどうも機械的である。


「あれじゃないスか」荒木が何か言い出した。彼女も湯の花を見詰めている。「シズオカなんかでも大変なことになるんじゃないスか。宿泊産業とか小売とかやってくの大変でしょーに。信用金庫なんて潰れられた日には一発アウトじゃないスか?」


「そうだろうねえ」荒木の話相手を引き受けたのは藤川だった。「まあ、でも、あの旅館なんか色々とやってたろ。客を確保するために」


「なんかやってましたっスっけ?」


「なんかアニメとかとコラボしてたな。今までの客層が途絶えても新規客を呼び込むためとか何とか。女将さんが言ってた」


「ほえー」荒木は椅子に逆向きに座っていた。背凭れに頬杖を突いていたのだが、そこから立ち上がろうとしたとき、椅子がギシギシと鳴った。「コイツ、寿命ですよ、寿命。もうちとマトモな椅子に代えんとそろそろ壊れちゃいまスよ。ただでさえ湿気で傷んでるとこに冬の寒さで追い打ちが掛かってるんスから。ったく。親会社も私らのことを考えてるムーブするのはいいっスけどね。あれでスよね。あれ。全然足りてねーっつう話ですわ」


 そのときだった。サトーは、


「いま、なんて言った?」――と鋭く尋ねた。


 荒木は目をパチクリさせた。「親会社も私らのことを考えてるムーブするのはいいっスけどねって」


「違う」サトーは机の上に立ち上がった。瞬間、照明に頭をぶつけて“いたっ!”と叫んだが、米上の辺りを抑えながら、


「その前よ!」


「……。……。……。椅子を代えた方がいいスよ、って」


「更にその前は?」サトーは藤川を睨んだ。


「あの旅館は新規客を呼び込むためにアニメとコラボしてたって話だったけど」


「旅館って。旅館。そういえばアタガワって凄く霧に包まれてなかった?」


「霧というか」俺は困惑しながら答えた。「まあ視界は湯煙で悪かったな」


「エウレカ」サトーは頭の痛みを忘れたように呟いた。むしろ呆然とした表情だった。数秒置いて派手に口元をニヤけさせた。ムフフフフと気持ち悪く笑い始めた。ところが、一同を代表して、暗黙の了解的に俺がどうしたと尋ねようとした矢先、いきなり膝を突いて、ああでもダメかと落ち込み始めた。なんなんだ。


 今度こそ、俺がどうしたと尋ねようとしたとき、サトーは一人で、


「あ!」と叫んで立ち上がった。また側頭部を照明に打ち付けてその場で地団駄を踏んだ。今度はなんだ。なんなんだ。マジで。サトーは湯の花を指差して『あれがあったわね』と言った。それからハッとして机の上から床に飛び降りた。サトーに上手な着地が出来るべくもない。転ぶ。べたーんと顔から床に打ち付けられた。動かなくなった。死んだ。おい、平気かと恐る恐る尋ねると、返事もしないまま跳ね起きて、窓に飛び付くとカーテンを開け放った。信号機がチカチカと点滅している。


 俺は荒木や井端や部長や副部長らと素早く目線を交換した。頭の救急車を呼ぶべきだろうか?


 もしかすると呼ぶべきだったのかもしれない。それでも俺たちは呼ばなかった。何故ならば、サトーが、


「勝ったかも」――などと言い始めたからである。勝ったかも?





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