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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章56話/学院戦争 - 17(藤川)


 連隊長と呼ばれるのにも慣れた。この配置になってからしばらくは、藤川連隊長とか呼ばれても、あれ俺とは別に藤川って奴がいたかな、――などと滑稽を演じたものだ。『俺が連隊長ねえ』とは未だに思う。柄ではない。その能力もないだろう。正直、藤川という名前をネット・メディアなどで見かける度に、俺と同姓同名の俺より遥かに偉い奴が居るらしいと変な感心をしてしまう。


『藤川君』連隊長の辞令を交付されたときのことだ。サトーは右手に辞令を持ったまま言った。『心配だわ。甚だ心配だわ。貴方に騎兵連隊を預けるのは。でも安心して。大丈夫よ。とびきりの幕僚で貴方の周りを固めてあげるから。それとも自分で何もかも決めたい?』


『決めたくても決められないよ。それに実は決めたいとも思わない』


『ならそういうことで』サトーは俺に辞令を突きつけた。『自分の役割を果たしなさい』


 ……手綱を引く。馬は急に止まれない。並足から徐々に速度を落としていく。尻を下から突き上げる振動が不規則になった。むしろ止まる瞬間の方が普通に走らせているときよりも振動が強い。装具や留め具がガチャガチャと鳴る。たてがみの辺りを撫でてやると、シャーリーンと名付けた栗毛の愛馬は、ぶるると首を振った。鼻息が僅かに荒い。このところ些か無理をさせているからだろうか。少し休ませてやるにはどうすればいいか考えた。馬は並の人間より遥かに神経質な生き物だ。軽いストレスで体調を崩す。体調を崩した馬には乗れない。


「藤川連隊長」と、幕僚長がまた呼んだ。「こちらです。お早く。時間が無いです」


 森の中の開けた一画だった。数時間前まで降っていた雪の為に銀世界と化している。充分に気を付けて観察すれば、雪の下に、なにやら埋もれているものがあることが分かる。テントの残骸らしい。参謀長はそこから何人かのプレイヤーと共に俺を呼んでいた。俺は急に寒さを自覚した。愛馬に倣って震える。クシャミもした。白く、どこまでも白い息は、凍って礫のようになってしまうのではないかと思われた。


 馬から降りる。降りるのにも(馬のストレスを軽減するための)作法がある。右手を鞍に突いて、この手に体重を預けつつ、まず左足から鐙を外す。この時点で、ただでさえ馬上は不安定なのに、身体の支えをひとつ失ったことになる。倒れないように落ちないように馬の挙動に注意する。次に右足を鐙から抜いて、前傾姿勢を取り、腹を鞍の上に乗せるようにする。


 その状態で右足を上げる。馬の身体を蹴らないように気を付けねばならない。蹴ると暴れられてしまう。上げた右足を自分の背中側へ持っていく。身体が駒のように回転する。まるで器械体操だ。こうすると馬にしがみつくような姿勢になるので、後は反動をつけて、馬体から離れたところに飛び降りる。ただし、手綱は握ったままにしておかねばならない。でないと馬が何処かへ走り去る危険がある。最後に鐙を鞍の上に上げる。こうしておかないと、何かの拍子に馬が驚いて竿立ちになったとき、鐙が横腹を強かに叩いたり、悪くすると鐙の輪に前足や後ろ足が嵌まり込んで怪我をさせてしまう。


 やたらと左側を重視するのにも理由がある。左の鐙を外さずに降りようとすると、万が一にも馬が暴れだしたとき、どこまでも引き摺られて行くことになる。そうなれば死ぬ。馬の最大時速は六〇キロにもなるのだ。運良く生き延びても長期療養は免れない。だから安全の為にもまず左から鐙を外すことになっている。乗るとき、降りるときに左側からそうするのは、一般に左側にサーベルを吊るから――だった。もし右から乗り降りするとなると、ガッシャンゴッションと、まあ煩い音を立て、しかも馬に柄だの鞘だのをぶち当てながらということになってしまう。


 尤も、時と場合によりけりではある。例えば林の中で乗り降りするとき、どうしても右にしか空間を確保できないのであれば、右からでも構わない。左右のどちらからでも乗り降り出来るように平時から訓練しておかないと、馬のバランス感覚が崩れたり、いざというときに役に立たない恐れがあるという意見もあった。


 俺は以上のような動作を酷く緩慢に行った。まだまだ馬の扱いに精通しているとは言い難い。シャーリーンの背を撫でてやる。彼は小柄だった。由来、馬体の上等な馬は北部にはおらず、南部のそれらしい馬と配合することで品種改良が進められているが、その成果はまだ上がっていない。ちなみに、彼と言ったように、シャーリーンは女性名であるけれども男だ。丁度、第一連隊で副部長とよろしくやってるジェフさんと真逆である。(まあ、余計な興奮をしないように去勢されてるんで、オスもメスもあるようでないとかいうのは極論か)


 手綱を近くの仲間に預けた。無論、手綱の持ち方にも面倒なルールがあるが、騎兵仲間であるからそれは充分に弁えている。俺は身嗜みを整えながら幕僚長の方へ歩いた。何分、馬に揺られる商売なので、ダブルブレストの軍服にせよ、首元を彩る蝶ネクタイにせよ、どうしても形が崩れがちになる。昔だったらこんなことは気にしなくても良かったのになあ、と、俺は懐古した。


「これです。軽歩兵が見付けました。焼け残っていたと。郵便士官は配属されていないので連隊長にご足労頂きました」


 幕僚長は俺が近寄るなり差し出した。何通かの手紙だった。幕僚長は俺と同い年の、えー、まあ可憐と言えなくもない女性で、それだけに関係の構築に手間取っていた。真面目なのが取り柄である。顔にもそれが表れている。


「うーん」俺は封筒を太陽に透かした。中は見えない。


「開けてご覧になっては」幕僚長は急かした。「敵軍の情報が得られるかも」


「いや」俺は頭を振った。「このままサトーに届けよう。どうせ俺が読んでも分からない。ああ、君は目を通していてもいいよ、幕僚長」


「いえまあその」幕僚長は口籠った。「連隊長が読まれないのでしたら結構です」


 オンナノコの扱いって難儀だよなあと思った。しかし、その朴念仁さこそが、恐らくは俺に求められている役割なのではないかと考えてもいた。


「とりあえず連隊主力と合流しよう。すべてはそれからだ」


 俺は銃を襷掛けにするように背負った。銃を右肩に担ぐ歩兵と異なり、騎兵が銃を背負うのは、これも馬体を傷付けないようにするための工夫だった。銃そのものにも工夫がされている。馬上で取り回しても安全で、且つ取り回し易いように、銃身が短く切り詰められているのだった。更にスリング、これは銃を担いだり背負ったりするときに使う革製のベルトで、歩兵銃であれば銃身底面に備え付けられているが、騎銃の場合は側面となっている。より背負い易くするためだった。


 ただ、どれもこれも急造品であるから、まだまだ改良の余地があるのではないかと、――思われたところで苦笑した。俺はオンナノコよりも馬の方が好きらしい。



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