3章1話/『誰にでも子供時代の素晴らしい思い出があるものだ』と疲れた顔の男は言った
場末の喫茶店、その窓際の席でウトウトしながら考えるのはウチの池ことだった。
我が家の池は偽物だ。植物だナマモノだが好きだったウチの婆様が、己も妹もちんちくりんだった時分、巨大な発砲スチロールの型を買ってきた。スコップを担いだ彼女は己と妹に玩具みたいなシャベルを渡してこう言った。『掘るよ』
砂場遊びとは訳が違う。己と妹とは直ぐにヘコたれた。婆様は己たちを『ふん!』と邪険にして自分だけで作業を続けた。だが、あのとき婆様が飲ませてくれたソーダ水は妙に辛くて美味く、頭に被らされた麦藁帽子は邪魔で仕方ないのになぜか嬉しかった。
ああ、あれも暑い初夏の日だった。太陽が眩しかった。なるほどね? いま思えば、人を殺すには悪くない理由だ。記憶の中、風鈴の鳴る縁側と、そこから差し込む光が電灯をつけない部屋の奥まで照らしている様子とがありありと蘇る。己と妹は青い畳の上、なぜか明るいところよりも、敢えて光の入らない陰の部分に蹲ってゴッコ遊びをしたのだ。『あっちに行くと溶けちゃうんだぞ! だからここでジッとしてるんだ。平気だぞ、兄さんが着いてるからな』
「灯鷹、お前はそこで待ってろ。――待たせたな」
己はハッとした。あんな日々はもう戻らない。目を擦る。
「疲れているのか?」己の向かいに腰を下ろしたスキンヘッドの男はそう尋ねた。「そうだろうな」
「問題ない」
己は差し出された右手を握り返した。悪の惑星みたいにゴツい手だが暖かかった。男は金の吸口の着いた煙草を横咥えにしながら名乗った。
「埼洲だ。埼洲絆。ダイキリ軍務省諜報局二課別室から派遣されてきた」
埼洲は両腕を広げて戯けた。「悪いが名刺交換は致しかねる」
己は別の席で鞄を抱えている小柄な少年を見やった。カバン持ちだよ、と、煙草に着火した埼洲が教えた。「我が校では珍しくない。全寮制でしかもエスカレーターだからな。縦社会なんだ。さて、メシを食う時間はあるかな? 朝食がまだなんだ」
「真夜中零時キッカリまでに帰らなきゃいけないわけじゃない」
「なら選ぶとしよう。食事をしながらゆっくり話す。それでいいな?」
「構わない」己は彼にメニューを渡した。「オススメはモーニングセットだそうだ」
「いいね。それに何か足そう。お前さんは? 食わないとこれから体力が持たないぞ。っていうか、お前さん、随分と線が細いが、最近はメシ、食えてるんだろうな? 体力以上に精神勝負なところもあるからな、コレは。で、精神は健全な体にしか宿らん。健全な体はメシを食わんと養えない」
埼洲はあくまでもメニューから目を離さないまま言った。気さくな調子だった。「裏切るんだろ? 連合生徒会」





