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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章50話/学院戦争 - 11(花見盛)


 呼び出された会議の場で荒木が憤慨していた。「ふざけんじゃあないスよ。甘く見やがってー。私なら裏切るとでも思ったんスかね。そういう人相してます?」


「してる」サトーはにべもなく決めつけた。「してる。してる。超してる」――――


 遡ること一時間前である。俺は“工房”での用件を済ませて皇居へ戻ろうとしていた。滑らないように気を配っている。帝都は雪だった。積りつつある。歩道の側面には三階から五回建ての石造りのビルが軒を連ねる。その合間合間に工事現場が見て取れた。仮組みされた木製の足場を、元はその筋のバイトでもしていたのだろう、慣れた様子でPCどもが歩く。NPCどもも歩いている。具に観察すれば、建てられたばかりだろうに、既存のビルの中にも拡大や拡張や業務変更のために内装外装を工事しているものがあった。俺は、外国に旅行しに来ているだっけ、錯覚を弄んだ。


 かつて、サトーの名を不朽に普及させたレイダー戦の舞台、あの平野を切り拓いた場所に我らの帝都は置かれている。都の名はライダーテーレといった。ご多分に漏れずサトーの命名である。であるからには由来であるとか所以であるとかはない。『勘と音の響きとフィーリング的なもので決めたのよ』だそうだ。サトーでも女の勘が働くのかね。そもそも彼女は女かね。いや、生物学的な意味ではそれは女だろうけれども、そういうことではなくて、淑女の嗜み的な意味でだね。まあいい。彼女が女なのは俺がいちばん知っている。(幾ら何でも“彼女を女にしたのは俺である”とは言えない。言わない。なんて考えてる時点で下衆い。ま、お年頃ですよ、ボクも)


 立ち止まる。同じように何人かのPCとNPCとが立ち止まった。横断歩道の前なのだった。勿論、信号機なんて洒落たものはないから、車道の中央に設けられた台の上でPCが旗を掲げている。青なら馬車が進んで歩行者が止まる。赤ならその逆だ。現実と変わらない。変えても混乱するだけだしな。


 車道も歩道も石で丁寧に畳まれている。お陰で足元から冷える。足踏みしたいのを、みっともない、堪えながらコートのポケットに手を突っ込んだ。眼前をガラゴロと音を立てながら馬車が()しる。一頭立て、二頭立て、四頭立て、時によると六頭立てが連なって走る様は、一年前ならさぞ壮観に思えたろう。俺の鼻先を急いで通過していった辻馬車からは笑い声が溢れていた。


 輸送力を動物で以て贖う。その必然として生じるニオイと糞尿のリスクに、これも潔癖症な現代人らしく、対策されていた。車道脇を歩くNPCは背中にカゴを持っている。手にはトングらしきものだ。それらで糞を拾って集める。夏場であれば、屎尿が路上で蒸発したり、太陽光で焼かれてさながら目玉焼きのように焦げ付くのを避けるために、要所要所に水を溜めたバケツが備えられる。いまは時期が時期だから、水の代わりに、バケツには塩が満載されていた。雪がこれから本格的に降り積るのであれば、数時間後には、帝都道路交通局が除雪を始めるだろう。そのとき、バケツの塩は盛大に道路にぶちまけられて、凍結やスリップの防止剤として機能する。


 例の傍を掲げているPCがホイッスルを手にした。首から紐でぶら下げたそれはキセルのような形状をしている。甲高い音がした。旗の色が赤になった。ただし、直ぐには渡れない。車以上に馬車は急には止まれないからだ。更に一分程待つ。俺の直ぐ傍に立ち止まった馬と目があった。運命かしら。恋に発展するかしら。お元気ですかとウィンクをした。馬は返事をしない。失礼な奴だ。失礼所ではない。ヤツはブルブルと身震いをした。ジョーと何やら水音がする。黄色い湯気が彼の足元から立ち上った。百年の恋も冷めた。俺は足早に横断歩道を渡った。ホイッスルの音が再び甲高く響いた。


 同じような横断歩道を、五、六回も切り抜けて、更に裏道まで用いてようやく皇居へ着いた。直線移動距離は一キロもない。なのに実際の移動距離が長いのは都市のスプロール化によるものだ、――と指摘されている。一口で言えば、『あそこにはこれが必要だから建てよう』という近眼視的で性急な都市計画、それによって町並みが複雑化してしまっているのだった。(数十メートル置きに工事現場があるのがその証左である。既存の建物が改修されているのも、建て始めた時には必要な筈だったけど完成してみたら状況が変わっていたとかそういう理由で、まさに無秩序な開発を代表している。極端な話、あそこに行くための道路が工事で通行止めなので迂回路を指示されたが、その迂回路も通行止めだったなんてこともある。学院問題が拗れたのと併せて、このスプロール化を、サトーも万能ではなかった論の根拠に挙げるものも少なくない。俺もその一人である)


“皇居”――。ヒノモト国民であればその単語を聴いただけで大興奮、ともすれば鼻血を噴き出しながら五体投地、勝ってくるぞと勇ましく、欲しがりません勝つまでは、愛国心を駆り立てられてしまうだろうが、思っているよりも大したことはない。敷地面積なんて大陸会議で使われた宮殿の五分の一も無いだろう。精々、地方の財産家(マン・オフ・ミーンズ)が愛人を囲うべく贔屓にしている悪徳商人に言って建てさせた館、そんなぐらいの格である。リアルな数字を持ち出すならば千坪もない。飾り気も薄い。『その分、主の顔立ちが派手な装飾品として活用されている』という風評もある。唯一、緑だけは豊富だが、時候の為に纏めてボウズになってしまって、頼りない枝が虚しく天を突いていた。


 侍従武官とかいう役職を与えられているが、形式は形式なので、正面門の衛兵司令に呼び止められた。身分証と軍隊手帳の提示を求められる。誰何はその後も皇居の奥へ進むに従って何度も受けた。毎度、身分を点検されると、最後に合言葉の提示を求められる。


『ファニエル・ホールの上には何がいる?』


『バッタだ』


『フラッシュ?』


『サンダー』


『美容と健康のために?』


『食後に一杯の紅茶』


 偉い人と馬鹿とは高いところが好きだ。サトーはエラい馬鹿である。だから高い所が好きだ。主要な会議室や彼女の執務室は六階に集約されていた。全ての通路と窓から街を一望出来る。俺はまさに一望した。満足感のようなものが込み上げた。帝都の人口は一万人を超える。大路は常にお祭りのように盛況だ。そして、これは、俺達が自分達の手で築き上げたものなのである。誇っていいよな、と、思った。苦笑した。誰に許可を求めているんだ。許可が無いと誇りすら抱けない程に俺は臆病だったろうか。それとも、誰かに保証して貰わないと、誇っていいのか分からないのだろうか。“俺達が築き上げた町”ではなく“サトーの築き上げた町”な気がしているのかもしれない。だが、だとしても、前者と後者の間にどんな軒輊があるというのか。俺たちはサトーだ。サトーは俺たちだ。或いは、誰かに許可して貰えたならば、エッヘンと誇らしげにしているのを馬鹿にされたとしても、許可した奴が悪いと責任転嫁出来るから許可が欲しいのかもしれない。――どうでもいいわな。


 会議室には四〇人程が集まっていた。暖炉で薪がパチパチと燃えていた。暖かい。暖炉の火だけではなく、床下と壁の裏をスチームが通っているので、筋肉の緊張が一度に解れた。会議の開始にはまだ時間があった。俺は知り合いの何人かに挨拶をして回った。実際、挨拶は重要だ。色んな意味で。


「ふざけんじゃあないスよ」と、俺はその挨拶中に、荒木の憤慨を聴いた。


「甘く見やがってー。私なら裏切るとでも思ったんスかね。そういう人相してます?」


「してる。してる。超してる」


「なんてことを。ンなこと言うなら裏切りますよ。裏切っちゃいますよ。いいんスか」


「裏切りたければ裏切れば?」


「あー、この女。この女。恩知らずですねえ。まじで裏切ってやろうかな」


 サトーはお好きにどうぞと肩を竦めた。臨席した誰もが笑った。つまり、これが午後の死というゲーム内国家の当時の実相ではあった。会議室内には和やかな雰囲気が充満していた。とてもこれから開戦に備えた話し合いが始められるとは思えない。否、会議が始まればまた異なる雰囲気を帯びて、当然のように政治的な駆け引きも生まれる。しかし、そこにすら冗談とユーモアと、ある意味では度し難く救い難い馬鹿さらしさがあった。


 ……ただし、たった数名だけ、その法則から外れている者達もいた。彼等は午後の死においては極めて少数派、俗にチバ県民と別称される高学歴で、我が国を我が国たらしめている軍事機構、――参謀本部の面子だった。彼女と彼等は窓際に身内で固まり、デュフフとかグフフとか変な笑い声を挙げながら、怪しげで危険なことを口ずさんでいた。「戦争になればいいなあ。戦争になればいいなあ。戦争になあれ」


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