番外編2章48話/学院戦争 - 9(井納)
帰ってくれと言い渡す訳にもいかない。私は野村を招き入れた。彼は私の執務室を自分の部屋だと勘違いしているらしい。貸した椅子の上にあぐらを掻くと、自由気まま、むしろ世捨て人のような態度で四方を観察した。内装が豪華だねえと宣う。やはり金があると生活の質が違うんだよなあとも言った。私は適当な相槌を打ち続けた。野村の随員は少数だった。彼が腹心としている武官――疲れた顔の平松以外は文官で、護衛を連れていないのは、立場がそうさせるのか、人柄なのか。
どうであれ用件は分かっている。私の意向を確かめに来たのだろう。
先の大陸会議に、当事者でありながら、学院は参加していない。と、言うのは、会議に先立って学院と本国の間では再三に渡って協議の場が持たれており、そこで決着が付かなかったからだった。
謀反と申しますか、増長と申しますか、それの甚だしい学院に対して、本国の対応は穏便であった。南部へ求めた庇護の撤回、北部への即時復帰、それから幾つかの条件さえ飲めば全責任を不問とするとまで約束した。ともすれば弱腰と謗られかねないが、学院が南部同盟へ庇護を求めていた情勢上、下手な手は打てなかったという側面を考慮に入れねばならない。(学院を無傷で取り戻せるなら多少の悪評は致し方ないという判断もあったことだろう)
しかし、学院の回答はこうだった。『約束されたとして、では、その約束が履行されるという約束を誰かがしてくれるのか?』
まあ、学院の幹部どもはダババネル時代のサトーの所業を、
『筋さえ通っていれば約束は反故にしても構わない』――を知っている。信頼しろという方が難しかったかもしれない。日頃の行いというのはあれですなあ。
学院と本国の二者ではどれだけ話し合っても埒が明かない。仲裁を求めるにしても、チョットが日和見を決め込んだので、頼るべき先がない。ならば、本国は学院が合流を求めている南部と交渉するしかない。それで、その交渉の場に学院が顔を連ねていると、交渉が喧嘩になることは疑いない。それでなくとも学院と南部が結託してしまう。そうなれば北部は南部に先駆けて武断的な選択をするかもしれない。それどころか会議の席に現れない可能性すらある。そういうロジックであった。ああ、それから、苟も大陸会議と銘打つからには、国家でないものを参加させる訳にはいかなかったという事情もある。
そうだ。事情がある。誰にでも。何にでも。実態は違う。学院の会議不参加は私がそれを望んだからだった。
「さて、学院長」野村は後頭部で手を組み合わせながら言った。「今日、ここを訪れたのはねえ、他でもない、学院の立場をもういちど明確にしておきたくてね」
「はあ。それは。事前に通知を頂けましたらですね、私と致しましても、――」
「いやいや。そうはいかんよねえ。そんな準備時間を与えると君はまた理論武装するだろ?」
「理論武装ですか。それはまた。なんと言いますか。思いも寄らないお言葉で」
「だって、理論武装だろう。そもそも、君、学院が南部に助けをもとめたとき、いい顔をしなかったって噂じゃないか。“もっと早く手綱を握っておくべきだった”と漏らしたって話もある。凄いよな。それでいてまだ下から突き上げを喰らわず、排除もされず、こうして学院長をやってる。どういう手口で部下どもを騙してるんだか。学院の構成員に尋ねて歩くと、彼等はね、君は学院における対北部論者の最先鋒だなんて言う人もあるんだよ。僕にはそうは見えない。そう振る舞うことで地位を保ちつつ、内心では、何とかして今の事態を解決しようとしているように見える」
生唾を飲んだ。私ではなく私の傍らに控えている加賀君がである。野村の白い歯がキラリと太陽光を反射した。ハンサム野郎め。
「まあいいさ。それはいい。論理武装と言えばねえ。あれこれと理由を付けて、君、僕等がゴリ押すから平気だって言ったのに、大陸会議への参加を拒否したろ。ああ、いや、言い訳はいらないよ。いらない。いらない。あれってさあ、つまりだねえ、会議の場で開戦が決定的なものとなるのを避けようとしたという見方も出来る訳だ。仮に、君が会議に出てて、あれこれと北部にイチャモン付けてだね、僕等に泣き縋ってさえいれば、多分、あの場で戦争をおっぱじめられた。どんな横槍をお山の商人達が入れてきたとしてもだ。でも、そうはならなかった。君はどちらの味方なのかな?」
決まっていた。私は私の味方だ。無論、口に出しては、
「利益の味方ですよ」と、言った。
「最終的な利益の味方です。そして、それを齎してくれるのが南部であると信じています」
「ああ、巧いねえ、巧いよ。それらしいこと言ってるけどさあ。何も認めちゃいない。素晴らしいね。そのやり方でここまで出世したんだろ?」
「恐縮です」私は胸を張った。
「へえ」野村は目を細めた。「そうかいそうかい。そうか。これは失礼した」
野村は足を解いた。椅子に正しい姿勢で座り直す。背筋を伸ばした。「言葉を選ばないならね、君を少し、なんだろう、甘く見積もっていた。悪徳商売人の典型例かとね。金で買えるとも思っていたんだ。北部に走る姿勢をチラ見せすることで僕等に有利な立場を築こうとしているのかと。素直に謝罪しよう。悪かった」
「悪かったも何も」私は平静を装った。野村は軽く頭を下げてまでいた。軽くであったとしても、部下と第三者の前で、こうまで直線的に詫びられるのには驚かされていた。野村の根は真面目なのだろう。その真面目さをアピールすることで、彼は、これから展開される交渉や恫喝を有利に進めようとしている。
凡そ、この世で何が一番厄介かって、真面目な野郎程に厄介なものはありゃしやせん。真面目な野郎は妥協を知らない。とことんまで事を詰めようともする。“僕はそういう人間だ”と野村は遠回しに言っている。私は溜息を辛うじて飲み込んだ。人として尊敬するべき素質を持っている人間が実際に尊敬に値するかはまた別の問題だと思い知らされていた。
「改めて明確にしておくけどね」野村は持ち出した。「はっきり言う。南部同盟は戦争を望んでいる。サトーと戦えばそれだけでスーパー・スターだ。勝算も高い。なにがなんでも戦争をしたい。会議でコケにされた恨みを晴らさんでおくべきかっていう声も各国から挙がってきている」
「お聞かせ願いたい」私は時間を稼ごうとした。
「勝算の根拠とは。我々、学院はですね、北部からの離脱さえ達成出来れば必ずしも戦争は望んでいないのです。――ああ、どうぞ、そろそろ楽な姿勢を取られて下さい。何かお飲みになられますか。葉巻は。上物がありますよ」
「ふむ」野村は脚を組んだ。「いいねえ。君と話すのは楽しいねえ。でも遠慮しておこう。僕はアルコールもニコチンもやれないんだよ」
“やらないのではなくてやれない?”という質問は我慢した。どういう腹積もりでそんな言い回しをするのか見当も付かない。変に踏み込んでやぶ蛇になるのが怖い。
「我々の勝算とはね」と、野村は上にした脚をパタパタさせながら言った。
「まさに、今、君がそういう贅沢を楽しんでいるという点に基づく。ロジスティクスだね」
南部は不毛の地である。土地の大部分を砂漠と荒野に占められている。朝は地獄のように暑い。それでいて夜もまた地獄のように寒い。恋愛を覚えたての女学生にも似ている。『昨日は彼が好きだったけど今日はあの人が好き!』
否、似ているでは済まされないかもしれない。南部の人口密集地は、南部出身者が事あるごとに語りたがるように、そこでのみ人間に近い生活を送れるという現実的な事由から河川とオアシスの周辺にのみ成立した。一般に、河川は南部を縦に貫く“リルヒ川”が水源として用いられているが、この川がまた気紛れなのである。
砂漠に作物は育たない。なので、南部ではリルヒ川が氾濫する際に運んでくる肥沃な沖積土を利用して農耕を営む。しかし、この氾濫がやや不定期で、しかも毎度のように規模が異なっていた。これには氾濫が起きるメカニズムが関係している。リルヒ川の氾濫とは、それを上流方向にずっと遡って行くと到達するウファツェア山脈の高原地帯、そこで降る大雨が文字通り呼び水となる。(大雨で川が増水する。川から水が溢れる。溢れたときに上流の豊かな土壌を下流まで押し流してくる)
まずもって、この大雨の周期が不定期なのだった。“おおよそこのぐらいの時期に”ぐらいの目安は付く。しかし一ヶ月前後のズレは覚悟せねばならない。なしてそんなに不定期なのかと問われると笑うしかない。ゲーム側の都合だった。ただでさえ水の表現はゲームに負担を掛ける。ただそこに流れているというだけで処理を重くする。大雨となればゲームが落ちかねない。ということで、プレイヤーのイン率などをゲーム側で自動的に加味して、この頃ならいいだろうという時期に降らせる。
周期の不定期が規模の不定期を誘う。ウファツェア山脈は高山であるから、春になると、その表面をお化粧している雪や氷やらが溶け出す。その水は川に合流する。ただでさえ増水している川に大雨が注ぎ込めば、――そういうことになる。
不定期とは不安定ということだ。不安定なところには誰も住みたがらない。南部で安定的な生活をするには大規模な治水、護岸、灌漑水路の設立、堤防の建設、灌漑水路維持のための浚渫もしなければならないが、それらの巨大土木工事には金と人と、工事に夢中になっていられるだけの余剰食料も欲しい。そんなものがどこにある?
私も含め、大部分のプレイヤーが北部の探検と冒険と挑戦に身を委ねたのもこのような背景があってこそだった。野村の“南部を甘く見ていた”発言も否定し切れない。南部に残った連中とは、勇気に乏しく、少しでも労力を投じたものを途中で放棄することができない奴原だと。どうせ南部に残った野郎どもは死に絶えるだけだと笑いもした。
細々と、しかし、厳然と南部は生き延びた。それはまさにロジスティクスによる勝利だった。南部は明日を掴み取るために結束した。人口の絶対数が少ないことが(結束を乱す要素の少ないことが)有利に働きもした。彼等は嶮しい地形のスキを盗むようにして、それでいて、密接な連絡路を全ての居住地間に成立させた。ある居住地で不作が起きたとする。そのとき、別の居住地にある余剰物資が、連絡路を通じて、恐るべき早さでピストン輸送されるのである。
道路を完成させるのも、完成してからのシステム運用も、一方ならない努力だったと聞き及んでいる。『道路一本のためにどうして俺が私が僕が死なねばならないんだ』という事態が相次いだと。しかし、生き残った南部民らは、『この死を無駄にはしない』と前向きな諦めを抱くことで絶望に立ち向かい、システムの不備を改善し続けた。
陸路だけではない。河川を使用した舟楫、沿岸に沿ったものに限定されるけれども海運すら利用して、彼等は食い繋いだ。北部からの援助を受けて以後は、上流に堰を作ることで、リルヒ川の水量を年を通じて安定調整することに腐心している。(水量が安定すれば悲願の安定農耕が可能になる。食料自給に関しては北部の軛から脱せられることになるのだ)
……南部の人々は、それなりに豊かであるために奪い合いの多発した北部と違い、このように同じ性悪女に騙されたという、吊り橋効果にも似た被害者意識によって深い所で同化している。南部はその三年に渡る歴史において一度も内戦や国家(都市)間紛争を経験していないのである。家族が殺し合うのはおかしいだろうとばかりに。
南部同盟というのも、北部という敵だか味方だか分からないものが現れてから発足されたのではなく、かなり早い時期から居住地同士で足並みを揃えるために誕生した。正確には関税同盟として出発したものが――三都市同盟と同じで人と物と金の動きを南部内では自由にすることで“助け合い”の精神を加速させた。その精神が南部の平和を実現した――対北部用の軍事同盟に切り替わっただけなのである。だから、もしそうする方が面白いというならば、南部とは事実上はひとつの共和国だと考えても別に間違いではない。共和国として建国されなかったのは手本となるべきものが午後の死しか無かったからに過ぎないのである。
ただ、私の見るところ、南部同盟の性質も変わりつつある。チバ県民に象徴化される高学歴がゲームに流入した為である。開拓事業などで実績を挙げて政府の要職を得た彼等は、必ずと言って良い程に、同盟相手をどう利用して出し抜くかを国家戦略の重点に置こうとするからだった。北部が南部と戦うとしたらその辺りに勝ち筋があるのではないだろうか、と、私は空想に耽けることがある。私に分かるようなことだ。サトーには疾うに分かっているだろう。――
「我々にはリルヒと、この、憎たらしくて愛らしい大地の恵みがある」野村は楽しげに言った。「砲の保有数は北部の五倍以上だ。兵員数もあちらに負けていない。確かに道路はねえ。古いよ。古い。軽量馬車やラクダのキャラバンが通ることしか想定されてなかったからね。砲車なんかを通すと陥没したり舗装が剥げる。しかし、船を使えば、それこそアッという間に砲も兵も運べる。もし電撃的に開戦出来てたならば北部の奴らに軍を動員する暇すら与えなかったろうねえ」
南部はその全域において商業が盛んである。欲しい商品が迅速に手に入る物流網、それの影響もあれば、貨幣制度の影響もある。元々、南部における貨幣とは、所属する居住地の倉庫に穀物や貴重品を預けた際に証明書の代わりに発行され始めた。兌換紙幣や手形の一種だと考えて差し支えない。貨幣そのものに価値はなく、ある特定の、価格の保証された物品と交換可能だから価値がある――ことになる。
ただ、金とか銀と異なり、穀類は傷む。傷めば手元にある貨幣の価値も下がる。このため、手元にある貨幣は可能な限り素早く別の物品と交換することが流行して、やがては経済振興のために推奨されるようにもなり、瞬く間に市場が巨大化したのであった。であるから、南部には合資会社、株式会社に近い制度が北部より圧倒的に早く機能し始めている。北部にも私が営んでいたような商会があったが、あれは同業者がつるむことで技術や商品や情報を独占したり、都市が個人ではなく商会単位で課税することで取りっぱくれを無くすことに主眼が置かれていた。
どの道、競争の原理に則って、各会社は対抗社よりも高い売上を望むから、戦時となれば我先にと船を出すだろう。そういう意味では、中央集権により国主導で動員が行われる北部よりも、(北部は国土の無秩序な拡大で幹線道路が開通していない地域も多いので)、確かに南部の動員と展開の速度は圧倒的だと言わざるを得ない。
「でも、国境まででげしょう」私はツッコミを入れた。「陸も川も海もチョットに集約されている。回廊を通らなければ北部へは辿り着けない。よしんば新しい道を発見したところで舗装されていないのならば。ウファツェア山脈を超えるような運河はありませんし。チョットの連中、道路の破損率を制御するとかいう名目で、大規模な軍や馬車の移動は規制しますよ。兵や砲を少しずつしか北部へ通してくれない。これから開戦するにしても、その点をどうにかしないと、回廊を出た先で北部の強力な陣地に迎え撃たれるのが関の山ではないですかねえ。いや、縦深戦術を取られたらどうします。国土の奥に引きずり込まれたら。いい加減、どれだけ馬匹があろうが、北部の奥深くまでは兵站が持ちませんよ」
「それは何とかする。何とかなる」野村は匂わせた。これ以上は言えないよとばかりに立てた人差し指を鼻先に当てた。
「兵の練度でもウチが上なんだからさあ。分かるだろ。ウチは移籍組も多く抱えている。他のゲーム、FPSだの格ゲーだのから、ブラスペの方が稼げるからと移籍してきた連中だね。北部にもツヨモノは居るだろう。でも数が違い過ぎる。ウチは負けないよ」
「重要なところを暈されちゃいますとねえ」
私は抵抗した。薄弱な抵抗だなと悟っている。「少し考える時間を下さいませんか。あれでしょ。私らにもっと金を出せ情報を出せってんでしょ? 国庫を空にしても商人に払う輸送費が足りるかどうか不安だから。それとも砲をより増強するためか。火薬の不足か。この全てなのか」
「あんまり時間がない。そのように先延ばしにされるのは不味い。この場で返事をしてくれないかなあ」
違和感があった。それは私の右手辺りから感じ取れた。見ると、無意識に、握り拳を作っていた。握り拳は小刻みに震えている。まるで両親を一遍に亡くして囀る子供の喉のように。あの日の私のように。両脇を『自分は無関係だ』とすり抜けていく大人達のあの表情を思い出す。私は目をパチパチさせた。この感情は何だろうと推理する。
このゲームを始めた動機は大したものでもない。ただ時間を持て余していたからだ。父と母の生命保険は私の生活に一種の弾力と弛みを与えてくれていた。その弾力と弛みが、なんと言えばいいのか、気怠く感じられたのである。俺は何をしているのだろう。まだ一六なのに。何かになれる筈なのに。ああ、いや、別に神様にも野球選手にもスーパー・ヒーローにもなりたくはないよ。しかし、俺には何かが出来る筈なのだ。一秒毎に実現される可能性の減る豊かな未来、それを、これ以上は磨り潰せないという変な焦燥感が私を襲った。もしかしたらあの交通事故で自分だけが生き残ったことに負い目があったのかもしれない。『強く生きてるよ父さん母さん』
結論から言えば、実力よりも偶然によって、私はまあまあ満足出来るだけの地位や功績や名声を手に入れた。このような地位を手に入れて、何か、安心した今だからこそ思えばである。思えばだ。思えば。
現実は最低だ。人も。環境も。国さえも。何もかもが思い通りにはいかない。だから私達はこのゲームの中でぐらい自分達の思い通りになる国家を築き上げようとしたのではないか。思い通りにならずともせめて自分たちらしく生きていける国家を。移民だ学歴だ親が居るだ居ないだで縛られない国家を。なし崩し的にそうなったのだとしても。後から自分の行動を振り返ってそれらしく飾っているだけなのかもしれないけれども。
『愛国心だ』と、私は推理を終えた。実は推理するまでもなかった。この感情は愛国心だ。ああ、恥ずかしい。人に笑われる。親が居ない子供はやはりおかしく育つのだと笑われる。俺はゲームの中の国家に愛国心を抱いている!
だからどうした。午後の死に幸あれだ。あの不条理で我儘で、人情に厚いんだか、極端に薄情なんだか、人の上に君臨することしか能がない皇帝陛下万歳だ。万歳だ。万歳だ。そうだ。サトーだよ。あれは俺たちに見せてくれるんじゃないか。夢を。少なくとも現実よりかはマシな何かを。レイダーのときだってそうだった。つまらない、硬直した、壊れた時計のような毎日を変えてくれるんじゃないか。変えてくれると信じているからアイツの手足として辛くても働くんじゃないか。
そして、俺たちの毎日が少しでも変われば、このふざけた現実も何かしら変わるんじゃあ、変わっていくんじゃあないのか?
「野村さん」と、私は言った。
「私は貴方が怖くない。しかし、サトーは怖い。サトーを裏切る自分が怖いのかもしれないですがね」
「そうか」野村は頷いた。「分かった。それじゃあ今日はこれで帰ろう。これだけは言っておく」
彼は言い残した。「君のことは尊敬している。本気でだよ。敬意を払う。だから手荒にはしない。必ず礼儀を徹底させるよ。さようなら」





