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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章47話/学院戦争 - 8(井納)

井納 → 番外編1章25話&26話などに登場。


「い」と、私の執務室の扉をぶち破るような勢いで飛び込んできた加賀君は、言った。二文字目以降が出てこない。ご飯中の金魚の如く口をパクパクさせるばかりだ。息切れも深刻である。肩が激しく運動している。その運動に連動する鼻息も荒い。額を埋め尽くす汗の量からして彼の自律神経は季節を勘違いしているらしかった。


 加賀君の喉仏が蠢いた。グググと上へ。ストンと下へ。彼は地団駄を踏んだ。自分の吃音に自分でイライラしているらしい。私は彼の奇態を横目で楽しみながら、本日二六枚目の報告書、その下部に署名した。確かに読みましたよの証だ。報告書の内容は『預金の引き出しが増えているので我が学院の資産運用に影響を来しつつある』由であった。まあ事前に織り込み済みである。そう騒ぐようなことでもない。


 次の報告書の内容に私は眉を顰めた。学院の主要教員達が一刻も早い開戦のための工作を始めたいと主張しているらしい。曰く、自分達を僻地に追放したサトーは許しておけないとか、商売を取り上げられてこんな職に就けさせられたのは甚だ不本意だとか、主に感情的な叫びに混じって、大陸統一による利点だの南部の情勢を安定させるためには一部でいいから北部の森林を割譲させねばならないだの、少し見るだけならマトモそうな意見もある。


 感情的な意見は最初期からの、以前は午後の死で商人だった、そういう教員どもだろう。マトモそうな意見はチバ県民どもか。どうもね。


「井納さん!」加賀君はようやく声を絞り出した。声の尾は掠れていた。


「君、いかんですよ、その声では話を続けられないでしょ」私は書類の束を執務机の上に置いた。はらりと紙の擦れる音がする。机の端でポツンとしていたガラス製のデキャンタを指差した。ガラスは透明である。水も透明である。私は謎の笑いを堪えながら勧めた。「召し上がりなさいよ」


「いやでもその」加賀君は急いていた。しかし、現に声が出ないのだから仕方ない、彼はデキャンタの縁にそのまま口を付けた。ゴクゴクと喉が鳴る。


 なんだかねえ。私は席を立った。席と言えば、その椅子は詰め物がされていて、座面と背凭れが柔らかいのである。私は不意にその椅子を蹴り飛ばしたくなった。我慢する。代わりに机の表面を撫でた。商会時代以来、私が愛用し続けている執務机は樫製で、分厚くて、頑丈で、しかし不格好である。表面を撫でる指先は数センチ置きに段差とヒビ割れにぶつかる。これでこそと思った。


 二年と少し前――もうそんなになるのか。我々はアメリア大陸は北部中央の森林地帯に定住を始めた。最初の住居は無人の村だった。プレイヤーのために用意されていたのか。それとも何らかの理由で住民が消えたのか。それすらも分からなかった。というよりも、砂漠や山を越えて疲れ果てていた私達には、生活に必要な道具が揃っていて、畑もあって、雨風も凌げると来れば、後はどうでもよかったのである。


 苦労続きだった。否、今でも苦労はしているが、その種類や内訳が違った。生理的な要求を必要最低限の水準で満たすことすら困難だった。なにせ森林地帯に生活圏を置いているのに木材すら随意には使えなかったのだ。


 なんとなれば、流石はブラスペである、切り倒した木は製材しなければ木材にならない。山林から適当な平地へ運び、腐っていないか、節の状態はどうか、材木として使えるのかを検査する。検査に合格したら表皮を剥く。剥いたら用途に合わせた大きさに切り分ける。切り分けるといっても、欲しいものが芯持材か平割材かとか、木の種類によって異なる独自の性質とか、様々な条件で切り方も変わる。苦労して切り終えたら、今度は乾燥させて、乾燥が終わったら曲がった部分を挽く。


 斧にも不都合があった。当時、我々は村に放棄されていた斧と、近隣の村落との物々交換などで入手した斧とを使用していた。物々交換などでとは何か。言ってしまえば、夜中にコッソリとくすねることとか、暴力未満恫喝以上の工夫をするとか、その時々で策を弄したのだ。我々もようやく手に入れた生活を守るのに必死だった。


 鉄の質が悪いらしかった。その折の製鉄と言えば、川辺で採取された砂鉄か、野蹈鞴を用いるものだった。野蹈鞴――鉄分の豊富な川辺で生育した葦や茅の茎には、その鉄分が凝固して、錫ができる。従って、そのような葦や茅を乾かしてから燃やすと、鉄分だけが後に残る。この鉄分を炉に木炭と交互にぶちこむのだ。(砂鉄を使う場合でも炉に木炭と交互にぶちこむのは変わらない。なお、川辺に鉄分が豊富なのは、アメリア大陸には各地に火山があることに因る)


 とにかく、このような手法で作られた鉄は脆い。斧は、数度、太い幹にぶち当てると簡単に折れた。折れずとも刃が欠けた。手を怪我する者が続出した。斧の使い方にも、効率的で、手を怪我せず、刃を長持ちさせるような、謂わばノウハウがあるのだろう。


 何もかもとても素人にはこなしきれない。だから移住を始めて直ぐに、何処から現れるのか、それすら分からないまま受け入れたNPCどもを駆り立てた。NPCどもの働きぶりは悪く、労るには決して値しなかったが、指示さえ与えておけば自分達は楽が出来る。まあ、指示はやたらと細かく要求されて、NPCの間抜けな頭脳でも分かるように語彙を選ばねばならず、サボこともあるから監視もせにゃいかんので、それはそれで大変だったものの、とりあえず肉体労働でなければ何でも良かった。我々の手はまともな保護もせずに酷使された為、皮が剥けて、赤い肉が露出していた。人によってはその肉が赤黒く、紫に、緑に変色していたし、グジュグジュと化膿している者もいて、そこに冬の冷たい空気が触れるだけで悶絶したりしていたので……。


 ギリギリではあった。それでも生活は安定し始めた。生活の安定は職業の分化を招いた。それは当然で健全なことでもあった。ああ、俺は身体が丈夫で戦いが得意だから、暇なNPC達と共に狩りにでも出かけよう。俺は畑の面倒を見よう。俺は近隣の集落との交易をやる。君は村の今後について企画してくれ。役割分担だ。


 役割分担は、生活の程度が向上するのに従い、個人から集団へとその単位を変遷していく。村の人口が増えた。ひとつの村では収容し切れない程に。だから別の土地に二つ目の村を築いた。三つ目、四つ目、増え続けていく内に、あそこの村では鉄を作らせて、あそこの村ではこの作物を、あの村とあの村の間にあるあの村には輸送を担ってもらい、それぞれ自分の村では自給自足不可能なものを違う村に求めるネットワークを形成すればより効率的に、――


『ついていけない』と、初めに言い出したのは誰だったか。


 そうだ。最初は皆んなが喜んだ。生活基盤が確立されるのを。しかし、生活の規模が拡大して、変化が訪れるようになると、それらの拡大と変化に適応できないものが現れるようになった。『昨日まではこうしていたのに。どうして今日からはこうしないといけないんだ。それになんでアイツに指図されてこんなマネをしなきゃならないんだ?』


 どうしてと言われても困る。それが仕事だ。我々の生活は常にギリギリなのだから増産に努めるのは当たり前でもある。効率的な生産体制を整えておけば、例えば、飢饉であるとか、そういう問題に直面したときにも生き延びられる確率が上がる。役割分担とはリスク分散でもある。(あそこが潰れても我々にはまだここがある。チョットの垂直統御にも近い)


 しかし、彼等にはそれが理解できない。理解しようともしない。ここだけの話、最初期のレイダーとは、複雑化と制度化が並行して進むゲーム内環境に適合し切れなかった仲間達なのである。彼等は『お前らとはもう絶交だ』とか言って、居住地帯を離れたかと思うと、やがては徒党を組んで村を襲うようになった。作るよりも奪う方が早いということに気が付いたのである。彼等は、ご存知の通り、無数の小集団に分かれていたので、撃退しても撃退しても根絶は不可能だった。


 感情を理性に優先させるのも、それが私的な話であれば、別に構わない。しかし、他人を巻き込み、あまつさえ自分達の感情を満足させるための手段を選ばないというのは頂けない。私はそう思う。


 レイダー、彼等は新規にゲームに参入したプレイヤーを幕下に加え、さながら八月の台風の如くその勢力を増し続けた。で、彼等に対抗するべく、我々は村の周囲に堀を掘ったり、柵を張り巡らせたり、これもご存知の通り壁を築くようになる。救いもなくはなかった。壁が格好の例となる。ある程度以上の巨大建造物、それを築く場合、NPC達の作業効率は従来の何倍かに加速するのである。(でなければ、数ヶ月かそこらで、あんな巨大な壁が完成する訳がない。又は午後の死があのように巨大国家に成長する訳もない。これがいわゆる“ブラスペ内の内政や建築はそれなりに簡略化されている”の真相だ。元々、ゲーム内に国家を、言い換えれば人口密集地をクラフトすることを目的としたゲームだから、建築に要する時間は短くなるように設定されている)


『ついていけない』――か。


 私は窓から外を眺めた。ガラス越しに見渡す南部の町は栄えていた。町の総人口は一〇〇〇人余りだ。今日のブラスペではそう珍しい数でもない。


 ついていけないのだ。私は心の中でその言葉を咀嚼した。大きな枠組みの中で見直したとき、私が差配するこの学院、これが午後の死から離脱しようとしているのもついていけないからなのだ。建国以来、午後の死は文字通り一秒の休息もなく進歩を続け、昨日までの常識が今朝からは通じなくなることも多々あった。サトーという新参者に、自分達が汗水を垂らして、時には血すらも流しながら完成させたシステムを好き勝手に改竄されたと感じている者もいる。


 おかしなものだ。私達は元は商人だった。役割分担が強固なものになるのに連れて、武器を持つのも嫌、鍬を振るい家畜と戯れるのも嫌、そんな我儘な連中が商人職を選んだ。そして、我々は、我儘だからこそ徹底した機会主義者にして利益主義者であった。我々は独自の武力を保有しない。従って、ゲーム内通貨、アバターを生かし続けるのに欠かせないそれを支配することで身の安泰を図ったのである。


 即ち、売れるものは何でも売った。時代の最先端に立とうと常に躍起だった。最新の技術が現れたならばそれを独占するべく競争に励んだ。違うか。違わない。だからこそ、個人的な話だが、私はサトーの一派に加わった。それがこのザマは何だ。『時代に取り残されたのが悔しいから復讐しよう』だと?


 ……まあ、生々しい理由もそれはある。私の知人が営むある商会は、出現したばかりのある物品を買い込んで、それを売り捌いて儲けようとした。ところが、買い込んだ直後、より性能の良い物品が現れて、そちらが普及したもんだから泣く泣く破産した。彼の商会には三〇人からのプレイヤーが務めていたから、なんというか、不運で片付けるのはよろしくない。別の商会に再雇用して貰えなかったプレイヤーの中には、仕方ないからと、ブラスペを辞めて別のゲームに移籍した者もいる。否、移籍したならまだいい。移籍先が見付からずに無職になった者もいる。哀れだ。


 しかし、それはそれで、これはこれではないか。商売の世界で、実力がないから廃業します、それより正しいことが他にあるのか。むしろ、自然淘汰に逆らい、無能者を活かし続ける社会秩序や体制をどう信頼しろというのだ。学院とは敗残者の集合体に過ぎないのではないか。チバ県民など何程のことがあるだろう。比率で言えば彼等は教員の一割にも満たない。そして、このような敗残者の集合体に教育された南部という組織は信頼するに足るのか?


 誇りだよ。究極的には誇りなのだ。恥という感覚でもある。私達は自分達のあらゆる輝かしい業績を自ら毀損しているのではないか。晩節を汚すとはこのことだ。


 自分の手腕を私は呪った。私は自ら望んでこの学院に赴任した。私の立ち上げたリベッジ商会は盛況にして精強で、今でも北部で大活躍をしているし、サトーとの個人的な関係も悪くなかった。むしろ優遇されていたとすら言える。それでも赴任したのはこの地方にビジネス・チャンスを見出したからだった。


 私はサトーを買っている。彼女はクレバーだ。彼女は南部地方を武力で侵略するのではなく経済的に従属させようとしたのである。約八ヶ月前、北部がその気になれば、南部など鎧袖一触に過ぎなかった。しかし、それをやるには余りにも費用が嵩む。何も戦いの費用だけではない。南部を、言ってしまえば植民地化するとしたら、その開発と経営の財源は北部の負担になる。元々、国内でダブついた商品を売り捌き、足りていない資源を買い求める相手を探していた上、出し抜かねばならない有力なライバル(外国)も存在していないのだから、そんなマネをするのは間抜けでしかない。国庫の破綻を招く。“貧乏を解消するために領土を無理に広げたので更に貧乏になった”など笑い話にもならない。(また、如何に官僚化が進んでいるとはいえ、国家規模の行政を任せられる人材はそう多くない)


 その点、開発援助、――教育者や資本の貸付であれば北部の支出は少ない。むしろ債権を盾に外交上の優位を占められる。援助国の基幹産業に、それはもう大枚の出資をしていることにもなるから、そこから得られるアガリも相当なものになるだろう。また、ある債権国が不服を申し立てたとしても、異なる債権国に権勢させることで、大陸の秩序を守ることすら理論上は可能だった。


 初めはその理論通りに事が進んだ。学院の教員達も新たな商売の可能性にときめいていた。私はそのときめきを積極的に推進した。学院は債務管理局、借金の取り立て屋を兼ねていたから、教え子を増やせば増やすだけ“黄金色のお菓子”は増えるのだと。そうすることで、不満タラタラの教員どもを職務に精励させられるし、最終的な利益も大きくなるはずだと判断したのだった。


 それが間違いだった。間違った結果についてはご覧の通りだ。学院は異常な資金力を誇るようになった。その資金力と南部諸国で立身出世を狙う高学歴の野心とが結び付いてしまった。北部を倒せという風潮が様々な利害が複雑に絡み合って成立した。


 間違いと言えば、国内の不満分子を他国の教導役に据えてしまう、その判断がまず致命的な読み間違えだったのだろう。しかし、それでサトーを批判するのは安直であるような気もした。高学歴がブラスペに大量流入してくるという事態を、あの時点で読み切れていたとしたら、サトーは人間ではない。神様ということになる。(学院を創設した段階では、例え学院と南部が共謀しても、北部の脅威にはならないはずで、しかもそれらの共謀は“良いガス抜き”になると考えられていた)


「ひとつ狂うと」私は呟いた。


「なんですか?」ようやく呼吸を整えた加賀君が尋ねた。


「いえいえ。なんでもございやしません。それで御用はなんなのかしらん?」


「それがですね」加賀君は慎重に言葉を編んだ。「野村さんが面会を求めていまして。リストロベルトの」



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