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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章42話/学院戦争 - 3(花見盛)


 長い話で悪いんだがね。もう少しだけ話すよ。少しだけな。


 午後の死の建国は、それに諸都市が合意したニ〇ニ一年一月一ニ日か、又はそれが公に宣言された一五日か、そのどちらにするべきかについて、ある種のファン層が争っているらしい。一応の当事者としては、少なくとも当時は、“どーでもいー”と思っていた。午後の死の建国とは、ある特定のイデオロギーが人を結び付けたのではなく、革命や権力闘争の末に成し遂げられた、いわゆるエポック・メイキングでもなかったのだから当然である。


 午後の死は、名前に反して、成立から間もなく活き活きと走り出した。


 まず政府が正式に発足された。政府という名称を殊更に用いるのは、ウチの親会社の、あの田中氏が、


『その方が格好が良いからね、君。それにオママゴトみたいで可愛いだろう。ゴッコ遊びの延長線上だと人々に認識させられれば色々なリスクが減るからね。最近は面倒な視聴者も多いのだよ。高校生に殺し合いをさせるのかとかクレームを入れてくるような。やれやれだ。クレームよりもクリームが欲しい。生の』


 などと横槍を入れてきたことに因る。サトーは唖然とした。『じゃ、私はなんて自称すればいいの? 国王? まさか天――』


『皇帝』田中氏は命じた。『皇帝だよ、君』


 有無を言わさない態度であった。こういう次第で、初代“午後の死’の支配者にして、ゲーム内最初の絶対君主であるサトー皇帝は爆誕した。サトー自身は極まりが悪そうだった。『必要だから、最初からそれらしい部署は設置するつもりだったけど、その部署に内務省なんて名前をね、付けるつもりは無かったのよ。つまらないわ。物々しいのよね。まだ民部省の方がマシだと思うけど。まあいいわ。名前なんてどうせ形式上のことよ』


 さて、皇帝爆誕と言っても即位式がある訳でも戴冠式がある訳でもなく、彼女は内政固めに辣腕を振るった。最初のそれは人事である。


 午後の死の政府は――後にブラスペ内を席巻するコピー国家の大半がそうであるように――皇帝を中心として回る。つまり親政が敷かれる。皇帝の決定は絶対である。その皇帝を輔弼する機関として省庁が置かれる。その各省庁の長と皇帝とで、国家の有事平時を問わない、あらゆる方針を決定する内閣を構築する。


 ところで、サトーは、難民がダババネルに押し寄せてきたとき、まず初めに対策本部を設置したことからも明らかなように、情報の集約を好む性格だった。典型的なトップ・ダウン主義者だったのである。彼女は、


“隣の部署が何をしているか分からないが為に隣の部署と全く同じ仕事をしてしまう”


“指揮系統が統一されていないので、Aという上司は部下にBをしろと命じて、Cという上司は部下にDをしろと命じて、現場が混乱する”


 この手の無駄をとことんまで嫌っていた。労力は節約されるべきものだと考えていたとも言える。(対策本部は現場で起きた事件、問題、トラブルを、一旦、全て吸い上げた上で、その情報が正しいか、何を意味するか、どのように処理するべきか、一元的に決定する機関だった)


 この彼女の趣味に従い、皇帝に直属する機関として、“皇帝府”が置かれた。内閣の庶務を担当する他に、国内情報の収集と評価と整理、各省庁の横の繋がり、まあ連絡調整を担うと考えれば間違いはない。名前こそ仰々しいが、役割は皇帝及び内閣の補佐に厳しく限定されたので、『皇帝の秘書集団』だと考えても良い。


 なお、宰相などの、皇帝の代理人として国家運営を任される役職は、これを原則的には設置しないものとした。午後の死における皇帝位とは世襲されるものでなく、指名されるものでもなく、有力な候補者を募り、それを国家の重鎮らが銓衡して定められるものだからだと説明された。サトー流に表現すると『宰相なんかが幅を利かせたら国が乱れることに繋がるし、補佐役をね、置かないと政治が決められない馬鹿に国家なんて預けられないわよ』ということになる。(皇帝府に大権を与えないのもこの一環である)


 それでも『原則として』という但し書きが添えられているのは、


『私が居る間はいいでしょう。でも、その次、更にその次、何時かは政治ゲームの果てにどうしようもない馬鹿が、暫定的に皇帝位を継ぐかもしれない。そのときに必要だからよ』と、サトーは語っている。後々のことまで見据えていたと言えば聴こえが良く、抜かりや隙が無いと言えばまあそうだが、さて、それが吉と出たか、凶と出たか。


 サトーは大臣位を気前良く各都市の首班らに配って歩いた。ああ、そういえば、午後の死の建国に前後して、当時の有力なプレイヤーの大部分が、その契約親会社をTANAKAに変更している。TANAKAは商品が増えて嬉しい。移籍したプレイヤー達は元の親会社よりも高い給料を得られてやはり嬉しい。ウィンウィンである。(大臣以下、政府内部に設置された部署、その外局などで幹部役職にあるものは、まあ程度問題ではあるが、役職手当が支払われることにもなっていた)


 先に話した通り、いきなり大臣位を配られたところでなにをどうすればいいかは定かではない為、各省庁の実権についても概ねサトーが掌握した。唯一、財務大臣に据えられた中村だけが、時にサトーの命令に異見したが、それは何時ものように形の上でのことだった。そして、彼のその異見も、午後の死が国家としての陣容を整えて行くにつれて、次第に鳴りを潜めるようになる。元々、彼の、ともすれば反抗的とも思われる態度は、彼の支持基盤であるウェジャイア商人達に、


『アイツはサトーのマリオネットだ』――そう批判されるのを避けるため、換言するならばウェジャイアの指導者としての立場を守るためのものだった。


 中村は政治的な動物である。サトーの権力が不動のものとなるのを見て、誰により肩入れすべきか、素早く判断し直したということになるだろう。ただし、その判断は、後のブラスペの歴史展開を知っている場合、好意的に判断するべきなのか否か怪しいものとなる。


 各部署の中堅以下の幹部には、ここまで積み上げてきた文書(殊に考課表や成績表の類)を最大限に活用して、主にダババネル行政府から優秀な人員が配置された。これに対する反発は少なかった。人体で言えば脳味噌に当たる内閣、それをサトーが握っていても、その決定を実施する骨格や筋肉が伴わなければ意味がないことが、昨年以来、広く膾炙されていたからである。(ルールを完璧に把握していて、理論上、どんなスイングをすればホーム・ランが打てるか分かっていても、運動経験の無い者にはヒットすら放てない)


 あくまでも優秀な人員に限定した措置であったことも反発の少なさに影響している。不満分子、記録されていた仕事態度や業績やらから洗い出された彼等は、能力に相当な泡沫職(末端構成員)に据えられた。ダババネルでどれだけ高い地位に継いていた者であっても、――である。(これにより、ついにサトーは、“ある程度の権力がある旧柘榴派に寝首を掻かれる”不安から脱したことになる)


 逆に、どうやら見込みがあるようであれば、他都市の若手が幹部職に抜擢されることもあった。実力があれば出世する。それは“なあなあ”の気風(身内人事)の根強かったブラスペ内に新旋風を巻き起こした。人事とは公平であれば平等でなくてもよいらしい。そして、地位には実力が伴うの法則に従い、新政府の行政能力は以前より格段にパワー・アップすることになる。


 武力と政治の関わり方のようなものも整頓された。


 これまで、半ばサトーの私兵のように付き従っていた七導館々々高校であるが、実態としては、ダババネルに雇用されていた傭兵集団に過ぎない。仲間意識や心情を取り除くと、そこにあるのはビジネス・ライクな関係でしかなく、これは手荒く不味い。俺はいい。井端や藤川や部長や副部長や荒木もいいだろう。しかし、午後の死が巨大化するにつれて、傭兵団も必然的に巨大化する。新規メンバーがサトーを敬うとは限らない。そして、七導館々々ですらそうなのだから、他都市が抱えている傭兵らなどは更に信用し兼ねる。


 顧みても、ラザッペが陥落したのは、ラザッペに帰属意識を持たない傭兵ども、――彼等が契約を一方的に反故にしたことにも原因がある。傭兵は金で動く。義理では動かない。動く奴が居たとしても大多数ではない。勝つ見込みの少ない状況ではそもそも戦わずに逃げ出すこともある。


 七導館々々高校は他都市の傭兵らと合併して、皇帝と国家に仕える常備の軍隊、“勅令隊”と再定義された。自分達で国を築き、運営して、それを支えている。そう実感を抱くことによって士気を高めようとかそういう理窟である。手に職がついたか、と、夏川部長などは何とも言えない表情を浮かべた。『砂漠を彷徨ってた頃はこんなこと考えもしなかったな。ダババネルで働いていた頃も、何時、契約を打ち切られるかとヒヤヒヤしながら団経営をしていたんだ。特にサトーが来てからしばらくは。なんともまあ。時代は流れる。流れるにしても、速度がだな、速いよな。流し素麺ぐらいであって欲しい。疲れてきたぞ、最近』


 別に夏川先輩のその嘆きが耳に入ったからでもなかろうが、結合しつつあった政治と武力は、緩やかに分離されていった。考えてみれば、俺たちは求められるままに戦い、戦っていないときは行政に一枚噛んでいた。人が足りていなかったのだから他に仕様がないとはいえ、あれもこれもしていては何もかもが中途半端になってしまうし、戦いで名を馳せた者が(サトーのように)自動的に政界でも発言力を持つのは構造的にヤバい。あらゆる国家制度が軍事を基軸に利用されることになる。武力はあくまでも外交や内外問わない自衛の手段として保有されることになった。


 連立的に、俺達はラデンプールへの入植問題が片付き次第、あの最悪なお役所仕事から解放される運びとなった。俺たちは万歳三唱、どうやら世界には神様が居るらしい、近場の神社のお賽銭箱に『信じてたよ』とか言いながら五円玉をぶちこむなどしたが、――幸せはとても短いものだったとだけ言っておく。軍隊をそれなりに鍛え上げるのには途轍もない労力が費やされたのである。


 ま、以上のような改革が同時に並行して行われて、不備もあればミスもあり、万事がスムーズに進んだ訳ではないにせよ、三都市同盟体制よりかはググッと効率的な組織が完成した。組織内のモラルも正常に保たれた。サトーは事前に国家基本法とでも呼称すべきものを用意していたから、それが人心を掣肘することによって、まあ笑って済まされるような些細な違反以上のことは起きなかったのである。誰だって仕事をサボったぐらいでタコ殴りにはされたくない。ああ、ちなみに、『こんなに巨大な行政組織を作って人件費や運営費は捻出できたのか』という疑問もあるかと思う。その件については、実を言えば、大した頭痛の種にはならなかった。


 NPCはともかく、PCが欲しているのは、究極的にはゲーム内通貨ではなくて、現実の紙幣である。円である。傭兵であった頃、俺達がゲーム内通貨を欲していたのは、その通貨が無ければアバターが食い詰めるからだった。国家による一定の収入――どれだけ少なかろうと餓死することはない――が保証されるのであればそれ以上は要らない。このため、午後の死は、ゲーム内に限ってならば、その見掛けからは信じられない程の安い費用で以て運用されていた。


 午後の死の政府は、あの苦労は何だったんだと俺達が呆れてしまうぐらい、超越的なまでの業務処理能力を発揮して、ラデンプール入植計画とその下準備とを完成させた。入植の第一陣はニ月半ばには出発した。“勅令隊”はその護衛を担当したが、計画に穴が無さ過ぎて、なんと申しますか、事故が起きてもマニュアルを紐解けば魔法のように解決した。面白いような。面白くないような。複雑な心境だった。二週間の行程のはずが、一週間半で現地に到着したとき、先に入植していたPC連中は俺達を出迎えて、


『魂消たなあ』白い息を吐きながら立ち尽くした。


 フロンティアへの入植、開拓、開墾、開発、――ラデンプールに端を発するそれは瞬く間に拡大した。これまで、PCやNPCが住まうのは都市とその周辺領域(衛星的居住地)のみだったが、それが大陸北部の六五パーセントにまで広がるのに、我々は四ヶ月しか要さなかった。ついでに言うと、それらの開拓地域を物理的に結ぶための交通網、経済的に結ぶための両替商、両替商が進化した銀行、スポーンしまくる野盗に対処するための軍拡なども短期間の間に整備された。何故かと問われれば、当事者である我々と傍観者である世間とでは意識に差があったから、そういうことになる。


 四月である。


 親会社はブラスペをプッシュしまくっていたし、サトーはヨーチューバーとしてそれはもうゴリ押されていたし、レイダー戦が何度も何度も繰り返して再放送されたこともあれば、“ゲーム内国家”という物珍しさ、しかもその国家運営に参加出来るといるというので、全国の新高校生一年生は次のように考えた。


『おもしろそー』――やめとけって。このゲームだけは。な?


 ブラスペの競技人口はドドドドドーンと増えた。マジで。一気に数十倍に。新しく高校生になった連中でゲーム部の門を叩かない者は居なかったとさえ言われる。勿論、それはただの誇張に過ぎないが、それだけ勢いがあったことは紛れもない事実で、我々は数の力で多くの困難を突破した。


 ただし、数が増えれば問題も増える。要はミーハー連中、目立ちたい、楽しみたい、あわよくば歴史に名を残したい連中ばかりが押し寄せて来たので、来てしまったからにはとりあえず採用したが、


『こんにちわ。ぼくにこのぐんたいのしきけんをぜんぶください★』みたいな奴とか、


『なんでゲームの中でエネーチケーの集金みたいな真似をしなくちゃいけないんだ』みたいな奴とか、


『知識チートします。プラスチックとチョコレートとマヨネーズを量産してオレツエーするので金と人を貸して下さい』みたいな奴とか、


『○○は不効率だから○○にした方がいい』みたいな奴とか、


『○○は不効率だから○○にした方がいいとか言うけど、そんなことをすると既得権益を脅かされる層がいて、奴らが反対する以上、絶対に無理。でも確かに○○は不効率だ。だから、もういっそ、みんな死ねばいいんじゃね?』みたいなサイコ・パスなPK野郎とか、


『NPCをサンドバッグにするのたーのしー!』みたいな奴があれであれした。詳しく話すのはもう嫌だ。絶対に。


 しかし、裏を返せば、その程度の問題しか起きていなかったのである。人的でない問題を挙げるとしても、やれ灯りが足りないから全国的に養蜂を始めて蝋を作るとか、小規模村落では村にひとつしかないパン窯を誰の所有とするべきかとか、NPCの床屋が医者を兼ねてて腕が悪いとか、街道沿いに宿屋を営むPCに道路の手入れを依頼したら酷いことになったとか、国土の広さに対して不足しがちな防衛力を充実させるために徴兵制を始めたいけどNPCが逃亡しまくるとか、――それは細々としたものは無限にあったが、戦争、亡国、そのような憂いはどこにもなかった。サトーがカッココチに定めた官僚制は、市が増えて、県が増えて、各自治体に送り込む役人が増えて、ひいては徴税と国土管理の難易度が高まっても、外部の超税吏に業務を委託するとか、その手の妥協を必要としていなかった。まずはグッド・オールド・デイズだったのである。


 この古き良き日が崩れ始めたのは、八月ニ五日、名門として知られる早治大学がサトーにある提案をしてからである。より正確には、ゲームへの新規参入者、その第ニ派が押し寄せてきてからだ。彼等の名は――


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