番外編2章41話/学院戦争 - 2(花見盛)
○メモ……番外編1章38話によると『我らの根付いている地域にはラザッペ、ダババネル、ウェジャイア、それにリッテルトの他に五つの都市がある。どれも人口一五〇人程度の小勢である』とのこと。
ニ〇ニ〇年が終わった。振り返ると、なんというか、頭のネジの緩んだ大學生が悪巫山戯で頼んだピザのように、イベントが盛り沢山だった。個人的にはお腹一杯だ。ブラスペというゲーム的にもそうだろう。しかし、ニ〇ニ〇年はあくまでも前菜、メイン・ディッシュはその翌年に集中していた。
ニ〇年とニ一年の境目、除夜の鐘が鳴り響いているとき、俺やサトーや仲間達は煩雑な業務に忙殺されていた。ラデンプール入植の下準備が本格化しつつあった。
千以上にもなる人間、それも聞き分けも悪ければお行儀も悪いNPCどもに、PCですら二週間掛かる旅をさせねばならない。その計画には細心のと言っても足りない注意が払われた。彼らは難民である。奴隷ではない。無理をさせて死なせでもしたら外聞が悪い。(主に視聴者からの)
季節柄というのもあった。冬、後にアメリア大陸と名付けられるその北部は、所によってはまずまずの降雪を伴う。ラデンプールは北風から身を隠せるような遮蔽物、例えば山をその近傍に持たないので、気温は低いわ、降る雪は水分を含んでベトベトだわ、そのお陰で一部の道が使い物にならなくなるわ、――引越には最低のシーズンである。『最低限の用意だけして春を待てばいいじゃないか』とか『先に移動用の道路から設えるべきなんじゃないか』とかいう声は俺達の間だけではなくサトーの口からすら漏れた。そも、今から急いで入植したところで、越冬可能な作物ですら、種蒔きや作付けの時期を逸しているのである。
しかし、そこはそれ、今日も今日とておなじみになりつつある大人の事情、PC達が暖炉の前でボーッとしている様など売り物にならないのである。入植計画は親会社の強い推進で断行された。
不毛である。ただただ不毛である。サトーが陣頭に立って立案した肝煎りの計画は、おいおい、これだと三都市同盟が破産しちまうんじゃないか、そう懸念される程の赤字を計上した。まずNPC達に持たせる防寒具類が高く付いた。ミシンなんて魔法の道具が無い以上、あらゆる衣服だ毛布だは手縫いで以て製品化されていたが、となれば、単価の安かろう筈はない。技術と材料の問題もあった。裁縫技術とかいうあれなスキルを極めている者は希であったし、その希な奴らを総動員しようとしても、ハード面で苦しめられた。針や糸のクオリティが低く、獣の毛皮、鞣したそれなどを加工するのに手間暇が要ったのである。
ならば加工し易い木綿でも――と思っても、都市らしきものを形成するようになって一年強、レイダー問題などもあって、農耕すら不安定だったのである。どこを探しても余剰分など見当たらなかった。否、どこからともなく都市に立ち寄るNPC商人ども、彼等はこれ見よがしに種々雑多な布、生地、既製の防寒着を売り始めたが、その値段は目玉が飛び出る程だった。(ただし、元はと言えば、俺達の大部分はこのNPC商人どもから衣類を買い付けていた。前述の通り裁縫技術を身に着けている者は少なく、ダババネルの周辺地域では、確かラザッペにしか“仕立て屋”は無かった。その仕立て屋とてもまともな商品は取り扱っていなかった筈である。都市の人口が少なく、また一括で大量購入される機会にも乏しかったので、それで充分に間に合っていたのだった)
サトーは予算が許す範囲で既製品を買い漁り、やがて船、かつてラザッペとダババネル間を就航していた小型船に目を付けた。ラザッペの波止場には、レイダー戦の影響で廃業した商会が残していった船、またはレイダーらによって破壊されて放置されたままになっていた船があり、その帆を衣服に転用できるのではないか――そう考えたのである。ついでに、ラザッペの遺構に、まだ使えそうな布やらがあれば、それも使ってしまえ、と。
尤も、この思い付きは思い付いて直ぐに実行とはいかなかった。今度の件を儲けの機会であると捉えていたウェジャイアの商人連中、彼等の結託と申し出を受けて、中村がサトーに次のように求めたのだった。『しばらく時間をくれないか。増産の目処を何とかして立てようとしているのだ』
サトーはしばしの猶予を中村らに与えた。中村らの狙いは、三都市同盟の外、かつてから存在はしているものの、レイダー達の略奪対象にすらならなかった“小物ども”へ向けられた。ウェジャイアはそれらの都市と呼ぶのも憚られる村落群から、それぞれの村落が特産としている穀類や生糸を買い付け、彼等の生存に必要な物品を定価の何割増しかで売り付けてきたのである。どれだけ高値であっても、金融と物資流通を牛耳る商人都市に嫌われてはとんだことになる、何もかもを自給自足することが出来る訳ではない各村落はウェジャイアに従い続けていた。誠に現実的な話である。
今度もその現実が各小都市を駆り立てた。しかし、ウェジャイアが睨んでいた程に、彼等は物資を貯蓄していなかった。一応、ウェジャイア商人どもは“無いよりは遥かに良い”量の布製品を三都市同盟に卸すことに成功したが、サトーは舌打ちした。『任せてみたらコレなんだから。“俺たちで何とかする”とか格好付けておきながらこの程度しか用意出来ないなんて。あのね、とっとと帆を集めに人をやりなさい。最初から並行で計画を進めていたら今頃は防寒具が揃っていたのに!』
結論から述べると、帆の転用は一定の成功も収めたが、一定の失敗にも繋がった。帆は適当なサイズに裁断されて、身体に巻き付ければ防寒着に、木の枝と枝の間に架ければ天幕にもなりますよなマルチ装備に再加工された。再加工と言っても、切り目を整えて、それから天幕として使用するときのための紐を四隅に追加して、それでほぼ終わりだから、何もかもをイチから作るよりかは遥かに簡単である。防寒性も最低水準はクリアしていたし、いざとなればそこらの枝を柱代わりにして自立も可能だから、なるほど、これはなかなかのアイデアであるように思われた。
失敗は二点から成った。ひとつは、ラザッペ方面へ帆を回収させるために作業隊を進出させる、それに予想外に高額な費用を取られたことにある。
ダババネルの玄関口が“港”であったことからも分かるように、この時期、ブラスペ内の流通は船によるもの(河運)が支配的だった。というか、時代が下っても、鉄道でも走り始めない限りはそうだろう。陸運には限度がある。馬匹で車を牽引している以上、つまり生き物を用いている以上、重量の限度、効率の限度、速度の限度、それらはたかが知れている。しかも、この頃のブラスペ世界においては、道路はまだまだ未整備であった。
船であれば、より大容量の荷物を、より安価に、より安全に、風向きや天候次第ではより高速で運搬可能だったのである。船は馬車よりも図体が大きく、河の流れは、動物と違って疲れてしまうことがないから――である。(勿論、かといって陸運を無くしてしまうことは出来ない。風向きや天候次第でと言ったように、河運はその確実性が自然状況頼みで不安定な側面がある上、近距離に少量の荷物を渡したい場合には陸運の方が安上がりに済む。また、かつて夏川先輩や高木先輩がレイダーに誘拐されたとき、馬車の荷台で見たように、木箱など保管容器の質も酷かった。完全に密閉されていないので、長期間、船の上に置いておくと、とりわけ金属部品などは傷んでしまうのである)
……で、まァ、その船がである。ラザッペが崩壊して以後、あちらには特に用も無くなったということで、殆ど航行しなくなっていたのだった。各地の商会にお願いしても『採算がね』の一点張りで、ダババネル行政が抑えている船は他の用事、俺達自身が冬を越すための業務で忙しい。已むを得ず陸路を使ったが、その輸送効率には先に述べたように限界があり、大きな帆を幾つも持ち帰るのには時間が掛かった。時間が掛かれば掛かるだけ掛かる予算も増す。細かいことまで述べるならば、アチラで切り出された帆、それがダババネルに届くまでにタイム・ラグがあると、それだけ長く服飾職人だのを雇用しておかねばならなくなる。塵も積もれば云々。
或いは、三都市同盟という機構における、行政調整能力の限界がこの辺りだったのかもしれない。この時点ではまだ単なる難民でしかない入植予定者、彼等への生活支援は続いていたし、ラデンプール戦の後始末もまだ決着しておらず、そこへこの企画である。帆の回収の不手際というか、段取りの悪さも、俺を含むあらゆる人員が殺人的な業務を掛け持ちしていたことに起因するところが大きい。マン・パワーが致命的に足りないのである。何時かサトーが指摘していた“行政府が区役所ぐらいの世帯でしかない問題”が表層化しつつあった。
もう一点の問題は、防寒着にもなるし天幕にもなる、便利さを追求したことによる弊害だった。要するにコレは、
『二つの荷物を一つに纏めてしまえば嵩が減るじゃん。嵩が減れば、入植する奴らの荷物も減る訳で、彼等の大部分は歩かなきゃならないんだから、これは絶対にいいことじゃん。じゃん。じゃんばるじゃん』というような発想に基づいていた。天才である。
ところが、いざ完成した品を見てみると、これがとても大きい。ダブル・サイズのベッド・シーツよりもまだ大きい。畳んでも嵩張る。早い話、持ち運びに不便なのである。冬場と言っても、常に吹雪いている訳でもなし、必要でないときはこんなに馬鹿でかいものを、じゃあ、どうするのか、そんな課題が急浮上したのだった。
入植者に背嚢を配るという案が誰かから提出された。却下された。そんなものを用意している時間と素材と技術がない。切羽詰まっておかしくなった誰かが言った。『毎日、少しずつ端を切って、それで火種にしちまうのはどうだ。どんどん軽くなるぞ。薪を集める負担も減るし。ありじゃないか?』
ナシである。言うまでもなく。結局、サトーですら解決法を思い付くことが叶わず、作っちまったものは仕方ないの精神で、入植者に追従して、彼等の家財道具などを運ぶ馬車を増員することになった。当然、この馬車を供出する各商会は『冬場は事故が多くなる』ということで割増料金を請求してきた。
加えて、各商会、並びに三都市同盟に含まれない周辺諸都市は、この段階に至ると、ダババネルが売り捌いていた品――レイダー戦の戦利品を買い控えるようになった。珍品名品特産品の類はともかくとして、あの一戦で“前時代的”だと定義されてしまった武器や防具は、市場における需要を大きく減らしていたし、ダババネルがばら撒いたことで飽和状態にも陥っていたのである。勿論、ダババネル、若しくはサトーに集約しつつある特権や権力を削ぐ意図もあっただろう。
かくして、入植計画における資金提供率を円グラフ化したとき、ダババネルの担当分はウェジャイアとリッテルトのそれに比べて著しく小さいものとなった。これはいけない。事態がこのまま推移すれば、実際や現実がどうあれ、“ダババネルはラザッペと同じ”などと騒ぎ出す馬鹿も現れるだろう。忘れてはならない。俺達は柘榴を倒してダババネルを奪った。ダババネル行政府の役人共は俺達が武力を握っているから、反発しても仕方ないから従っているだけで、どれだけ柘榴政権時代より待遇を良くしたところで、(業務量が増えるばかりということもあって)、潜在的な叛意を抱いている。他都市の連中においても“ダババネルだけが栄光を独り占めしている”などと考える輩が居るはずだ。
事、ココに至り、サトーは地域会議を催す。三都市に限らず、アメリア大陸北部中央地域、そこに所在するあらゆる勢力に参加を求めた。ゲーム内では一堂に会するのが面倒なので、リアルで行われたそれは、名前の仰々しさとは裏腹に、我が家から最寄りの公民館の一室で行われた。笑える光景であった。だってな、公民館の一階のね、案内板のところにだよ、こんなことが書いてあるんだ。『三階 会議室B アメリア大陸北部中央地域会議 様』
ああ、ちなみに、“アメリア大陸”の呼称が正式に用いられたのはこの会議が初めてである。我が家の最寄りの公民館が会議場所に指定されたのと併せて、コレは、サトーが自らの権勢を誇示するために用いたトリックであった。なお、アメリア大陸という語感と語呂に深い意味はない――らしい。
会議における議題、サトーの提案は、“三都市及び諸地域の合意に基づく帝国”の建国であった。
三都市同盟はあくまでも同盟関係でしかない。それも、対レイダーを想定して組まれた体制が、なし崩し的にそのまま維持されて来たに過ぎない。つまりは同盟内容と時局に乖離が生じつつある。例を挙げるならば、ラデンプールへの入植は三都市同盟全体の利益に繋がる事業であり、本来であれば各都市の行政が有機的に結び付いて実施されるべきであるのに、現実はそうではない。計画の立案と実施がダババネルに、資金や流通能力の提供をウェジャイアに、労働力や物資の供出をリッテルトに、役割を分担していると言えば聴こえは良いかもしれないが、実際には丸投げしている。で、あるため、各都市で計画に対して負う負担の度合いが違い過ぎる。
負担を均等にするべく、人材や物資を行き来させようにも、それぞれの移動には制約がある。何を移動させるにしても、否、それどころではなく、何を決めるにしても首班達で協議してからでなければならない。これは甚だしい不効率である。さらに述べるならば、現在においてこそ三都市はナカヨシコヨシで手を携えているけれども、各自が自治を保っている限り、
『Aの選択をしたら三都市同盟全体の利益になる。しかし、Bを選択すればウチの都市の利益になる』――このような状況は必ず出来する。というよりも、既に、防寒具調達の折、ウェジャイア商人達はそのような選択をしていたではないか。同じような事が何度か重なれば、三都市同盟は自ずから崩壊して、まず間違いなく武力闘争に繋がる。とすれば、レイダーを倒すために団結した意味が水泡に帰す。
有体な物の言い方をすれば、各都市は独立している、し過ぎているのである。いい加減、この辺りで“肩を寄せ合う三人”から“ひとつ屋根の下で暮らす家族”になってはどうか。そういうことである。サトーは『お隣の晩ごはんに突入して乱入するのは無法だけど、我が家であれば、別に好きなときに食事を摂ればいいでしょ。食事の内容に文句も言えるし。何なら戸棚のオヤツを食べて食事代わりにしても、お母さんには怒られるかもしれないけど、その程度よ』などと語った。
これまで大都市の風下に立たされていた小都市群はこの提案を歓迎した。なにはともあれ地域社会にある程度の発言権を確立出来る――というのもあったが、彼等は三都市同盟から疎外されたことにより、あらゆる意味で存亡の危機に立たされていた。三都市間では関税が廃された分、小都市群が引き受ける負担は大きくなっていたことに加えて、制度面での遅れも大きかった。彼等はダババネル=サトーという教師を持たず、故に、三都市では当たり前になりつつある文書主義などが採用されていなかった。このままでは、いまはどうあれ、他都市によって支配されてしまうのではないかという恐れがあったのである。(支配されて“人員の整理”でも行われるようなことがあれば、整理されたプレイヤーは、取りも直さず失業してしまう)
強硬に反対する姿勢を示したのはウェジャイアであった。都市国家群がひとつの領域国家へ転じて、全ての都市が形の上で同格になったとき、彼等がこれまで築き上げてきた経済的並びに政治的優位性が失われてしまうからであった。『子分と家族になるなんてふざけんな』と言い換えても良い。家族からカツアゲする訳にはいかんからな。
しかし、結局、ウェジャイアはリッテルト――人口が増えれば増えるだけ得をする。サトー曰く『父親の再婚相手の連れ子が超絶美少女だった』――を中心とした圧力に屈する。商人とは扱うべき物品が無ければ成り立たない商売だからである。サトー自身、ウェジャイアの非協力的姿勢を恐れて、旧ウェジャイアの豪商については国家形成後も優遇措置を取るように明言した。
こうしてブラスペ界で最初の人工国家“午後の死”は誕生した。各都市の責任者達がサトーの用意した書類に署名して、ネット上で建国宣言がされたり、色々とあったが、目に見える変化はまだしばらく訪れない。過去の功績というか、サトーのやることに間違いがないという、萌芽しつつあったサトー神話に押されてのことか、午後の死のあらゆる実権は彼女の手に委ねられることになった。
さて、あらゆる物は時を経るにつれて劣化する。当初の理念を忘れるのか、純粋に摩耗するのか、それはケース・バイ・ケースだろう。国家もその例外ではない。午後の死とても徐々に腐敗していく。しかし、初期の午後の死、まだ社団国家ですらない、サトーの専制国家としての午後の死は、なんというのかな、バイタリティに溢れた国家だった。午後の死は建国から時を置かず、主に拡大した経済圏を原因とする問題に頭を悩まされるが、その全てをサトー主導の下に乗り越えていった。踏み倒して行ったと言うべきかな。分からない。
なにはともあれ、“学院”とは、この経済圏問題に対処すべく設立された一機関であり、――チバ県民の王国でもあった。
……チバ県民の王国って、自分で言っといて何なんだが、わけわかんねーなあ。





