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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章34話/花見盛恭三郎君の憂鬱(花見盛) - 10

 

 ワニ・バナナ・パークを後にして、また電車移動か大儀だなと思っていた矢先、『しばらくアタガワ駅付近で自由行動にする』という旨がサトーから達された。俺以下、七導館々々のお歴々はいきなりどうしたとサトーの変節を訝しんだが、正直に言えばホッとした。思い返せば、そもそもコレは慰安旅行、日頃の疲れを癒すためのバケーションである。何が悲しくて移動、移動、また移動をこなさねばならないのか、その矛盾点に遅蒔きながら誰もが気が付いたのである。


 と言っても、アタガワで自由行動を命ぜられたところで――地元住民には失礼だけれども――やることはそう多かろう筈もない。ある者がサトーに、


『宿の夕食時間までには戻るから近くのココへ行っていいか』と尋ねた。


 勇気のある奴だ。サトーは自分を蔑ろにされたと思いこんでさぞお冠になるだろうなと俺は読んだが、意外が意外、彼女は次のように応じた。『好きにすれば』


 そのとき、彼女は駅前の足湯で荒木と部長とのんべんだらりとしていたらしく、或いは虫の居所が良かったのかもしれない。サトーは続けて、やはりチャット・アプリで以て、俺たちにこう告げた。


『予定変更。ここからは自由行動にします。でも夕飯の時間には必ず宿に到着しているように。よろしく』


「なんだかお母さんみたいだなあ。ご飯までには帰ってくるのよ、って」


 井端は夕飯という言葉に空腹感を誘われでもしたのか、腹を太鼓のように叩きながら、そう言った。


「サトーが母親ね」俺はその仮定を敢えて空想しなかった。彼女が家庭を築き、母親になって、子供と向き合う。その姿を想像する難易度は余りにも高かったし、白状するならば、妄想上のその光景に父親役を配置せねばならないのが苦痛で仕方なかった。(自分を配置するのは余りに自意識過剰だと思われた)


「にしてもサトーさんが前言を撤回するなんて珍しい」


「彼女にもそういう日があるんだろうな。ああ、加藤先輩が同じようなことを前に言っていたよ。誰にでも他人からすれば意外な面がある、って」


「それは実感だなあ。今日だけで僕は、花見盛、君についてあれこれ意外なことを知ったからなあ」


「全く同じ言葉をそのまま返すよ。で、これからどうする?」


 俺と井端は、なにせシズオカについての予備知識が限りなく零に等しいので、どこへ出掛けるつもりにもなれずアタガワ界隈をブラついた。銀ブラならぬ熱ブラである。別に珈琲は飲まなかった。土産物屋の軒先に並ぶ吊るし雛を珍しがったり、海辺で無駄に大声を出したり、熱帯植物に囲まれて妙な人生観を語り合うよりかは健全な時間を過ごしたのである。ヌマズの、ウチウラとかいう鄙びた田舎町に到着したのは、太陽が半ば海中に没した頃だった。


 不思議だなあ、と、俺は子供じみた感慨を胸の中で遊ばせた。太陽が沈むのに、どうしてまた、海は沸騰して蒸発しちまわないんだろう?


 宿は快適だった。玄関で出迎えてくれた女将は気立てが大変によろしく、俺たちのような学生相手にも丁寧で、『道中が大変でしたでしょう』と声を掛けてくれた。実際、港と山と蜜柑の畑ばかり、アタガワに輪を掛けて田舎であるココのアクセスは、日に数度のバスしかない。サトーのしおりにバスの時刻表があったからいいようなものの、もし無かったならば、ヌマズ駅周辺をウロチョロしているか、気の迷いでタクシーの運転手に万札を握らせていたかもしれない。


 否、サトーのしおりがあってすら、何人かはバスに乗り損ねて、


『そっちまでいけんわ』――誰よりも先に宿に来ていたサトーを激怒させた。サトーは彼等をかなり強引な手法、つまり自動車免許を持っている屋敷先輩を駆り立てて、レンタカーで何度も往復して迎えに行くとかいう荒業で回収した。その剣幕たるや凄まじく、“あれだけ言ったのにどうして遅刻するのよ”、俺達だけでなく旅館の従業員諸君までもをドン引きさせたのだが、ま、その話については置く。時系列的にも些か後の話だしな。


 ウチウラは浦というぐらいだから、海が陸地に食い込んだような地形をしていて、その海沿いにズラッと町が展開している。海が近い。迫ってくるようでもある。寄せては返す波の音に癒やし効果を求めて、また現実的に、夕飯までには一時間半余りあったので、俺は井端と二人でまたぞろ散歩に出掛けた。


 で、その途中、荒木と邂逅した。


 秋も暮れて冬の足音が聴こえ始めていた。太陽が完全に隠れてからは肌寒く、興味本位に息を吐いて、まだ白くないのを何となく頼もしく思うような季節だ。海岸線は寒く、街頭が少ないので暗くもあり、俺達は向かいからああだのこうだの喚きながら近付いてくる人影を、最初は迷惑な観光客だと推理した。


「あ!」と、擦れ違い様に鼻先に人差し指を突きつけられて、ようやくそれが荒木だと分かった。荒木は泥酔していた。夏川部長に肩を貸されながら、千鳥足、しゃっくりをしているその顔は赤い。額には誰のものとも知れないネクタイを巻き付けている。


「ブーちゃんに花見盛じゃないスかァー。こんなとこでどーしたんすかァー。男同士でなにしてるんスかァー。いかがわしいことすかァー?」


「……。……。……。どうしました?」


 井端が夏川部長と交代しているのを横目に、俺は尋ねた。


「いや」夏川部長はぽってりとした唇を指でなぞりながら苦笑した。「なんでもない。ああ、それより、お前な、少し頼みというか、なんというか、あるんだ」


 荒木は井端の首筋に、まるで蛇が蜷局でも巻くように、抱き着いていた。首筋にキスを繰り返して彼氏に呆れられている様には哀愁じみたものがなくもない。荒木はヒノモト語とは思えない何かを早口で捲し立てていた。夏川部長はその荒木のご乱行を、俺の目が腐っていないのであれば、どことなく羨ましそうに見ながら言った。


「宿の方、――あっちの方の浜にサトーが居るはずなんだ。迎えに行ってくれないか」


「浜にサトーがですか?」


「ああ。実はだな、荒木と、なんだ、二人で話があったらしいんだが、このザマだからな」


「何もこんな時期の浜で話なんてしなくてもいいでしょうに。つーかですね、約束してたなら、俺が行ったら、アイツは不機嫌になりますよ」


「だろうな」


「だろうなって……」


「しかし、私が行くよりも、この状態の荒木を送り込むよりも、断然、お前だ。そうだろ?」


 俺は諸手を擦り合わせた。「荒木はどうして約束してたのにこんなに飲んだんです」


「色々あるのさ」夏川部長は豊満な胸を上下させた。「色々な」


「ご存知のようにですね、あの、俺もサトーと色々ありましてね」


「迎えに行くのが気不味いか?」


「割と」


「それでも行け」表情こそ冗談めかしていたが、夏川部長の態度は反論を許すものではなく、俺はたじろいだ。それらしい言い訳を腹の中で捏ね上げたものの、結局、それを主張する胆力が足りていなかった。俺はおずおずと彼女の言い付けるままサトーの居るとかいう浜へ向かった。巷は刻一刻と夜になる。夜になればなるだけ寒さも深まる。波の音すら癒やしよりも恐怖を覚えるものへと転じた。なんぼサトーでも、特に浜辺となれば街灯の光が及ばないところすらあるのだ、約束とはいえども律儀に人を待ってはおるまい。――俺はそのように、予想というよりも、期待をした。


 無論、サトーは予想も期待も裏切るオンナであるからして、踏めば足の裏に冷たさの伝わる砂の上、海と陸の境界が曖昧な辺りに突っ立っていた。


「まさか本当に居るとはな」


 この場合、義理堅いというのは正しくないだろう。頑固で強情な彼女は俺を認めるなり頬を膨らませた。彼女の背後にはアワシマとかいう離島が、ズングリムックリとした、ひっくり返したバケツのような姿を横たえている。サトーの肌は月の光を吸い込んで銀色に輝く海に下から照らされて青白かった。


「その口振りだと」サトーは俺が来たことに驚いているようだったが、それを露わにするのが悔しいらしく、早口気味だった。


「彼女は来ないようね」


「何だか随分と酔ってるんでな」


「酔ってる。あれだけ約束して。ははあん。あ、そう」


「もう暗いよ。宿に戻ろう。皆んなもそろそろ来てる頃だろう。夕飯まで一時間だ」


「先に帰れば」サトーは野良犬でも追い払うかのようにシッシッと手を振った。「後から行くわ」


「こんな暗い中で君を一人にするのは危ない」


「つまらないことを言うのね」


「つまらない男ですよ、俺は」


「知ってるわ」


「知ってたか」


「知ってるに決まってるでしょ。ったく。ああ。ああ。ああ。全く。――――ねえ、あの、花見盛君」


 卑怯だな。俺は思った。サトーは卑怯だった。俺を歯牙にも掛けず、腰に手を当てて、アワシマを遥かに眺めているばかりかと思えば、いきなり態度と表情を変えた。顎を引いて、右を見て、左を見て、もういちど右を見て、胸元で手と手を組み合わせたり解いたり、人差し指の先端同士をくっつけたり離したり、緊張している素振りを示しながら、


「怒ってるでしょう?」と、不安げに尋ねた。上目遣いに。


「怒ってる」俺は肩を竦めた。「どうかな。いや。あー。うん。まあ。どうだ。怒ってはいない」


「嘘ね」再び態度と表情が変わった。苦虫を噛み潰したような表情で、握った両拳を腰の辺りで振り回しながら、サトーは決めつけた。「私なら怒るわ。昨日まで普通に喋ったり仲良くしてたのに。いきなり無視られるようなことがあれば。絶対に怒る。理由も話さないとなれば尚更よ」


「俺は」俺は顎を撫でた。「君じゃないからなあ」


 サトーは舌打ちした。それから、三度、態度と表情を改めた。彼女は項垂れた。はらりと前髪が彼女の顔の右半分に垂れた。彼女は素早く上下の唇を舐めた。


「話があるんだけど」


「俺もある」


「じゃあこのまま話しましょう。でもね、花見盛君、その前にひとつだけ言っておきたいことがあるの」


「いいよ。なんだ?」


「私はね」サトーは深呼吸をした。吸って。吐いて。吐き切ったところで、意を決したという風に、


「私はね、私のことが好きな人が好きなんだって、この前、気が付いたのよ」


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