番外編2章33話/サトーちゃんの憂鬱(サトー) - 5
○久しぶりの更新なので現在の状況の確認
★花見盛君……サトーちゃんに袖にされて悲しみ。昔、恋人(?)が自分を置いてなんの前触れもなく自殺したのがトラウマ。
★サトーちゃん……何故か花見盛君を無視り中。
★荒木さんちゃん……在日外人の子。自分の生まれにコンプレックス。サトーちゃんを好いている反面、自分よりも辛い環境を切り抜けて、しかも自分より優れている彼女を嫌ってもいる。サトーちゃんをどうにかするために暗躍しようとしている。
★花見盛君の昔の恋人……『私は私のことが好きな人が好き』と語ったメンヘラ文学崩れ。行く宛のなかった花見盛を拾って、半ば恋人、半ば弟、または召使いのように扱っていたが、ある日、いきなり自殺した。変人。
★色枝……苦労人の副部長。因みに同姓のキャラが一部八章に登場している。
★藤川……弟と妹を連れてシズオカ旅行をエンジョイ中。
★井端……ベーコン。
武将の方の今川、監督の方の今川、その監督が描いたマジンでガーの賛否両論なOVAの舞台、例のスクールアイドルの本拠地、新世紀なアレの第三新東京市、HIBARIの山本屋のモチーフになった旅館、同じ旅館なら斜陽の著された安田屋、文学繋がりで高利貸し、踊り子、大患のあった修善寺、修禅寺物語、天城越え、真夏の死、際どい所だと駿河城御前試合の舞台だなんてのもあり、チビなマルコ――こう書くと守護聖人か何かみたいだ――なんかも併せて、シズオカは見るべきものに事欠かない。私は史跡にそれほど触手を伸ばさない性質だからいいけれども、その手のマニアからすると、カケガワのお城とかニワヤマの反射炉なんかも物見遊山候補に入るでしょう。入らない?
時間が足りない。圧倒的に。見たいものを見たいだけ見る訳にはいかない、そんなことをしていたらニ〇ニ〇年が終わってしまうので、今度の旅行では已むを得ずアタミ付近に重点を置いた。他の地域は次の機会もあるだろうから。あるでしょ。また皆んなで。ええい。重点を置いても見たいものの数は夥しく、むしろ重点を置いたからこそ『ここもあそこも』と欲張りセット、だって、ねえ、どうせ見るなら見るものの多い方が皆んなも喜ぶでしょ。
そう思ったのだけれども。私は深刻な溜息を吐いた。どうもそうでもないらしい。
「ほへえ」と、荒木さんちゃんはエロオヤジがアレなお店でマッサージを受けているときのような声を出した。「極楽でスなあ。景色も綺麗ですしねえ」
「何が極楽なんだか」私はヘソを曲げていた。足元をジャブジャブする。温い水飛沫が跳ね上がる。それは盛りの時間帯の陽を反射してキラキラした。辺りには白くて濃い湯気がモクモクと立ち籠めている。アタガワ駅前のケチな足湯だった。ヘボい木造屋根の下、石で畳まれた浴槽は、ヘリのところに五人も並んで腰掛ければもうギュウギュウになってしまう。海が見える足湯だと謳われているけれど、見えるわよ、見えることには見えるけれど、チラリズムに興奮する年頃でもないので。
「電車の時間が過ぎてしまったじゃない。あーあ。あーあーあー。もう二度と元のプランに戻すのは不可能だわ。計画はご破産ね。どこかの馬鹿眼鏡が少し休みたいとか言い出すから。他の連中も好き勝手に行動し始めてしまったし。はん」
「まあ、いいじゃないか」と、荒木さんちゃんと二人して私を包囲している、夏川部長氏が諌めるように言った。
「のんびりするのもいい。お前のプランは詰め込み過ぎだ」
「詰め込み過ぎ。詰め込み過ぎね。ふん。ああ。ああ。へえ。そうですか。私はせっかくの旅行だから楽しませてあげようと――」
「分かってるよ」部長氏は端正というよりも淡麗な顔立ちを綻ばせた。何が分かってるんだか。人の気も知らないで。私は何だか無性に非難されている気がしていた。“お前には人の心が分からない”と。分からなくなんてない。イラついて、私は足をバシャーンと水面に叩きつけたけれども、それでぶち上がった水柱は予想よりも遥かに大きかった。頭からお湯を被った。ずぶ濡れになった。思わず悲鳴を挙げて飛び上がった。部長氏と荒木さんちゃんが顔を見合わせて肩を竦めた。人の不幸を笑うんじゃないわよ、馬鹿。馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。さて、ここまで馬鹿と何回言ったでしょーか。何回でも関係がないわ。馬鹿は私だけよ。
「はあ」独りでに肩が落ちた。ガックリと。私は手で顔を拭った。
「あれ」荒木さんちゃんはヒョイと私の顔を下から覗いた。「かなでちゃんてば泣いてるんスか?」
「は? 泣いてませんけど? 水飛沫ですけど?」
「そんなに見たいもの見れなくなったのが悔しいんスか?」
「私は」大声を出しそうになった自分を必死で律した。「私は別に……」
荒木さんちゃんの眉がピクリと動いた。彼女は口を開いて、何か言おうとしたけれども、ついに唇をパクパクさせるばかりだった。
「何よ」と、私は喉の奥の方で言った。言いたいことがあるなら言えばいいでしょとは何故か続けられなかった。肩を濡らした湯が急速に熱を失う過程で私の背筋も冷えた。私はぶるりと震えた。荒木さんちゃんは自分の爪先に視線を据えた。右の爪先が左足の甲を、グリグリと、まるで漢の浪漫が敵ロボの胴体をぶち抜くときのように抉っていた。彼女は、私が彼女のその謎のような行動を傍観しているのを悟ると、鬢の辺りを掻きながら、
「着ます?」羽織っていた上着の襟元を指先で摘んだ。
「はあ」私は尚も素直になれずにいた。「いいわよ。別に。いりません」
「まあそう言わんといて」
「いりません」
「まあまあ。風邪とか引きまスよ。そのままだと」
「私が風邪を引いたところで貴女には関係ないでしょ」
「どうだか。あるかもですよ」
「どうして?」
「友達だからとか」
瞬間、私は彼女の正気を疑った。なにがどうして正気を疑わねばならないのか。それは私自身にさえ不明だったが、とにかく、このオンナのオツムは大丈夫なのかと、むしろ心配になった。彼女は、私が沈黙しているので、小首を傾げた。それから私の沈黙を照れとか、含羞とか、そういうものと噛み砕いたようで、袖から腕を抜き始めた。私は待ちなさいと注意しようとした。したのに声帯が痺れていて役に立たなかった。彼女は私の肩にその薄いカーディガンを羽織らせた。
「余計なお世話ね」ありがとう、と、簡単な五文字を述べるつもりが口を衝いて出たのはそんな言葉だった。
「いえいえ。どういたしまして」彼女はヘラヘラした。直前までの自己嫌悪が怒りに転化した。私がこんなに思い詰めているのに。よくもまあ。なんて自分勝手な。
「お前達は」絶妙な間を盗むようにして部長氏が口を挟んだ。「仲が良いな」
「仲が良い」私は挑むようにオウム返した。「仲なんて良くないわ」
「そういう態度を取るのが仲の良い証拠だ。なあ、荒木、そうだろう?」
「ツンデレですからね」
「誰がツンデレよ。人をワンパターンでテンプレートな属性に当て嵌めて考えることはコンプライアンスの重視される近年においてはとどのつまり人権侵害よ」
「えー。もう一回スね、あの、同じことを言って貰ってもいいスか?」
「人をテンプレートでワンパターンな」
「ワンパターンでテンプレートじゃなかったです?」
「人をテンプレートなでワンパターンな属性に当て嵌めて考えることはコンプリャッ」
「噛みましたね」
私は歯軋りをした。荒木さんちゃんはニタニタした。部長氏はやはり仲が良いじゃないかと呟いた。私は自分でも可笑しくなるぐらいの激烈な反抗心を抱いて、
「仲良くなんてないわ」口走った。
「私がどれだけこのコを嫌っているか」
「お」荒木さんちゃんは足を組んだ。「なんスかなんスか」
「なんスかも何も無いわよ。私は貴女が嫌いなの。第一、――第一、頼んでもいないのに私の世話を焼く貴女が嫌いだわ。お節介なのよ」
「そうでしたかねえ。じゃ、反省して、今後はお節介を減らしますよ」
「そういうところが嫌いなのよ。のらりくらりと。貴女は。何を言っても受け流して」
「あ、マジで受け取った方がいいです?」
「それよ。それなの。マウントよ。まるで子供でも綾すみたいに。常に年上みたいに振る舞って。それで何が友達なんだか」
私は彼女の方ではなく、海の方を、風に吹かれて箒の先端のように掠れていく煙の合間から、ビルに縁取られながらチラつく青色を眩しく眺めていた。
「嫌いなのよ」語調につい熱が籠もった。羽織ったカーディガンの裾を鷲掴みにした。その拳が僅かに震えた。「貴女の要領の良い所を見ているとね、なんだか、とても、そう、自分が馬鹿みたいに思えて来るの。人にストレートに思ったままのことを言えずに。常にバリア~! はい無敵~! ここから先には入って来れません~! てな具合に友達相手にすら一線を引いて。自分の都合の良いときだけ上から目線でああだのこうだの。器用に生きてる貴女を見ているとね、劣等感、そう、劣等感よ、私の方が遥かに貴女より格上で高級で上等な人間の筈なのに、劣等感を煽られるのよ」
荒い鼻息を吐いた。あの海はどうして悔しくないのだろうか、と、私は考えていた。人が文明を栄えさせる何万年も前からそこでザブーンとか鳴っていたんでしょうに。寂れた建物と建物の間で窮屈そうにして。この世に間借りでもしているかのように。毎日毎日、規則正しく昇っては落ちていく太陽を相手に、規則正しく一定量の海水を水蒸気に変換する以外に何かやるべきことはないの?
「この旅行だって」私は吐き捨てた。
「なんなら貴女に計画させればよかったわ。そうすれば。こんな風に。私と旅をしてもつまらないでしょ?」
キッと私は――半ベソで――彼女の面を睨んだ。魂消た。彼女は果てしない勢いで目を瞬かせていた。
「へえ」と、心持ち尖らせられた彼女の唇からは“意外”という意味の呻きが漏れた。
「かなでちゃんが私にスか。へええ。へえ。私にねえ。私なんかにスか」
「私なんかに!?」私は目を白黒させたことだろう。「貴女、貴女は、貴女は何を言ってるの? 貴女みたいなね、貴女みたいな、あの」
私は口籠った。何か適当な罵倒を検索した。咄嗟に「このファッション・モンスター」と私は叫んだ。場の空気が凍った。
「実際にファッション・モンスターでしょ!?」私は錯乱した。
「妙にセンスの良い服ばかり何時かも選んで! 自分はそんなオタサーの姫みたいな構ってちゃんメンヘラルックのクセに! このファッション・モンスター! 季節を考慮に入れて柄物を着こなしてんじゃないわよ、この馬鹿!」
言いながら、“季節を考慮して”云々の辺りで、まず私自身が吹き出した。つられて荒木さんちゃんも笑い出した。部長氏は俯きながら微笑んでいた。
「まあ、あれでスよ、なんスか」
荒木さんちゃんは目頭の辺りを指で擦りながら言った。「楽しいスよ、旅行。お世辞でも慰めでもなく」
「どうだか」この期に及んで私は憎まれ口を叩いた。
「いや、ぶっちゃけ、ワニもバナナもあれとかこれも見たくも何とも無いんスけど」
「ほらやっぱり!」
「でも」一拍子、荒木さんちゃんは置いてから、足を組み直した。彼女と私はお互いを視界から除外していた。二人揃って海ばかり見ていた。
「かなでちゃんと居ると楽しいスからね。だからこの旅行も楽しいですよ。うん。なんていうか。まあ、楽しいスよ」
私は下唇を噛んだ。涙腺の機能が活発になりつつあった。胸の奥で何かがドクドクと鳴っている。心臓だろうか。心とかいうものだろうか。どちらでもいい。私は何だか満足した。この救い難い私にも、まだ人並みに、他人の親切に感動するぐらいの純朴さが残されていたのだ。『お前はまたそうして自分のことばかり考えて。まずは相手の善意に感謝しろ。言葉にしろ。言葉にしなくても行動で謝意を示せ』というセルフ・ツッコミが頭蓋骨の内側を反響した。このオンナはお前と揉めたくないから当たり障りのないことを言ってるだけだ、と、脳内会議に出席した参謀が嫌な可能性を示唆したりもした。
ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、――と、断続的に、私は小刻みに震える息を吐いた。丁度、泣いた後に出る息と同じで、それは苦笑を伴いながら、私の口の周りの空気を微かに振動させた。私は鼻を啜り、痒くもない後頭部をバリバリ掻いてから、なんでもないように言った。
「夜、私に、ほら、話があるって言ってたわよね?」
「ああ。うん。まあ。そうスね」
「私からもね。話があるの。別に大事な話でもないけど」
「はいはい。そうスか。いいスよ」
「すっぽかさないでね」
「すっぽかさないスよ」
「宿に着いたら。目の前が浜なのよ。そこで待ってるわ。部屋で話すのも何だから」
「なんだか逢引みたいスね」
「ふん。そう思うなら絶対に遅れないでよ」
ところが、彼女は遅れに遅れて、しかもやって来なかった。何故か代わりに、
「まさか本当に居るとはな」
髭面の前髪男がやってきた。
げっ。
ご無沙汰しております。約1ヶ月ぶりですね。お元気でしたか? ハハハ!
……エー、なんとお詫び申し上げればいいやら。兎にも角にもお待たせしてごめんなさい。はい。
あのですね、今年に入ってから『やる気あんのかオメー』的な感じになっておりますが、これは誠に申し訳ない。頂いた感想へのお返事を消しまくったり、第1部のあとがきも消したり、こうして失踪もどきをしてたりですね、『大丈夫ですか?』ってお声掛け頂くこともございます。大丈夫です。ありがとうございます。マジで。
流石にそろそろ、エー、説明責任的なものを果たさないと余りに申し訳なく、また何時までもダンマリなのに疲れてしまったので、軽く現状などをご説明をば。
春先のことでありました。Twitterの知人がプチ炎上しまして。
その知人と言いますのが、エー、本作を割と熱心に応援、布教、宣伝してくれているあれでして、本作のスピンオフ的なあれとかをあれしてくれていたんですな。
で、そのスピンオフ的なあれにパクりというか、トレースというか、そういうのが含まれていたらしく、プチ炎上した訳であります。
このため、エー、
『アレとつるんでたお前もろくなもんじゃねーだろ』
『お前があれに言ってああいうの作らせたんだろ』
『少なくとも問題のある内容だってことは知ってた筈だろ?』
的なあれがあれしたのであります。ネット・ストーカーとかされちゃいまして。
それで、まあ、しばらく筆を執るのを自粛していた次第であります。仕事が忙しいとか体調不良とか色々と重なったのもあるんですけどね。いや本当に。
とりあえず、エー、SNSのアカウントを変えるとか、しっかりしたところに相談するとかしてですね、今は随分と落ち着いたので、これからはまた腰を据えて更新したいなと思っております。
何時も本作をあれして下さる読者様方におかれましてはですね、あの、ご迷惑をお掛け致しました。真面目にお詫びする。申し訳なかったです。
何やらしばらく不在の間に、エー、Noteとかで本作を取り上げてくださる方がいらっしゃったりですね、SNSで『次の話を待ってます』と仰ってくださる方とかもいらっしゃいましてですね、一時はエタらせちゃうのも考えてたんですが、お陰様で何とか戻って来れました。ありがとうございました。ありがとうございます。今後とも頑張ります。
最後になりましたが、エー、件のプチ炎上についてはですね、もう終わったことですし、そんなことをする方もいらっしゃらないとは思うんですが、詮索、当人を見付けて殴り込む、その他についてはお控え下さい。
今後とも本作をよろしくお願い致します。





