番外編2章32話/サトーちゃんの憂鬱(サトー) - 4
『誕生日に何処かへ連れて行って』と、私はお願いをして、そのお願いはまあ物の見事に反故にされた。はん。どうせ貴方もパパと同じよ。許してあげなくもないけど。
人と、それもどうやら特別な相手とお出掛けするのは久方振りの極み、最初の内はルンルン気分だったけれど、次第に心が曇った。私はまともな服を持っていない。デート――デートですって。きゃー。死のう――に着ていくべきような服はどこで買えるのか。それすら存じ上げない。まさか学生服でアレな所へシケ込むわけにもいかないでしょ。花見盛のスーパーハイパーウルトラアルティメット超ド級にぶちんが、ワンチャン、セーラー服フェチという可能性に一縷の望みを託すというのは。論外です。リスクの割にリターンが少な過ぎますなあ。私の脳内参謀が眼鏡のブリッジをクイクイしながら指摘した。
この参謀は否定意見を述べるのが仕事だ。代案を提出することはない。無能者め。已むを得ない。私は近代文明に依った。
『今度、男友達と出掛けることになりました。デートでは断じてありません。どこか海辺でも散歩したり、買い物したりして、最後はご飯でも食べて帰ってくるつもりでいます。そこで、お訊きしたいのですが、こういうときはどんな服装をしていけばいいのでしょうか? 何分、経験がないので、教えてください』
『(ベスト・アンサー)テキトーな服装でいいんじゃないですか』
だからそのテキトーな服装を訊いてるんですけど。馬鹿なの。死ぬの。人が下手に出れば調子に乗って。教えて下さいって、顔も名前も知らない貴方に頼む為に、コッチがどれだけキーボードを前にウンウン唸ったと思って(以下略)。外れを引いたのだ。そうに違いない。こんなロクデナシがベスト・アンサーでたまるか。アゲインである。
『(カテゴリ・マスターからのベスト・アンサー)まず貴方の年齢やその男友達との関係を明確にして下さい。質問をする上で前提条件を暈すのはありえません。貴方が学生であれば学生らしい、社会人であれば社会人らしい、もしもシニアであるならばそれに相応しい服装というものがあります。社会人なのにミニスカートでニーソックスのような痛い服装をして行ったら笑われてしまいますので。文体からして学生のようですが如何でしょうか。もし社会人であるならば猛省して下さい。まともな社会人はこんな質問文を書きませんよ。次は適切な文章で質問するようにしてください』
むきー! むきー! むきー! ぶっ殺す。右ストレートでぶっ殺す。なんなのコイツは。知識として備えてはいたけれど。知恵袋にはマジでこんなのしかいないの。世も末ね。それともアレなの。私が知らないだけで巷はこういう人で溢れているの。マジで。怖い。デートはキャンセルにしようかしら。
セーラー服で出掛けたら。私は可能性を弄んだ。『君、そんな服しか持ってないのか、買いに行くか?』とかそういう展開にならないかしら。なる。絶対に。問題は選択肢ね。正解の選択肢は『貴方が一緒に選んでくれるなら』でしょ。私は詳しいのよ。逆にヤクいのは『貴方には関係ないわ。放っておいて。くたばりなさい』かしら。
答えは分かっている。分かっていても選べない。選べるならばどんなに。
『それで私に相談スか。なんともまあ。頼る相手を間違えてませんかねえ』
荒木さんちゃんは呆れたけれど、結局は一緒に買い物へ行ってくれて、世話も焼いてくれた。嬉しかった。楽しかった。しかし、終始、どうしてか私は居心地の悪さを感じていた。無駄に饒舌なアパレル店員、彼と荒木さんちゃんが、初対面の癖に竹馬の友のように語らう様には胸焼けを覚えた。私は着せ替え人形にされて、似合う、可愛い、褒められると恥ずかしいながらに昂ぶったが、派手過ぎるとか、これは却って地味過ぎるとか、どの服にもイチャモンをつけた。ついに一着も買わないまま店を後にした。上客を捕まえたと踏んでいたらしい店員は苦虫を噛み潰したようだった。悪かったわね。荒木さんちゃんは、
『あの店員、ウザかったですもんね、他のとこで買うスか?』
そうじゃないのよとは言えなかった。次のショップでも私は試着するだけして何も買わなかった。荒木さんちゃんは怒らなかった。私はフィッティング・ルームの鏡の前でメソメソと泣いた。声を殺したのでカーテンの向こうの彼女には聴こえなかった筈だ。なんて不細工なのかと私は鏡に映る自分を呪った。
デートの日、私が着ていたのは、背丈体格の似ている荒木さんちゃんから借りたものだった。抜群にセンスがよろしかったが、だからこそ、あの装いで花見盛君の隣を歩かなくて良かったのかもしれない。はあ。





