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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章30話/花見盛恭三郎君の憂鬱(花見盛) - 8


 アタガワとアタミは名前こそ従兄弟同士のように似ているが、雰囲気や観光客数は全くの別物で、コチラの方がよりシズオカという土地の地元感を味わえた。具体的にどのように味わえるか。駅の改札を出ると、ここもこことて従兄弟同士、この町も坂道に沿って発展したようで、海へ向かって割と急勾配な坂道が伸びている。その坂道を挟み込むようにして温泉街が広がっていた。尤も、温泉街から少し外れると、そこは地元民の住宅地で、家と家の間によほどの間隔があり、豊富な緑が繁る。家の裏手に、おい、これは建築基準法とか大丈夫なのかと、実に外様らしい不安に駆られる崖があったりもした。日常と非日常感は隣り合わせなものだ。(尚、アタガワは山岳地帯の狭間に所在しているため、町の何処で顔を巡らせても山がすぐそこに迫る。それでいて、同じように何処からでも海が見えるからか、閉塞感は然程でもない)


 でもって、この急勾配な坂道の随所に儲けられた排水溝から、もくもくと白い煙が立ち上っている。これは温泉の煙なのだそうだ。駅前には足湯があって、木製の、何メートルあるんだか分からない源泉塔なるものが聳えている。この源泉塔は名前の示すが如く源泉を汲み上げるポンプだ何だを内蔵したもので、当然、櫓のような(というよりも櫓そのもの)構造物の随所からもやはり白煙が立ち上っている。源泉塔は駅前だけでなく、ビルとビルが窮屈そうに犇めき合う温泉街のそこかしこに立っていて、町中のある一角などは霧に包まれたような趣きすらあった。街全体で硫黄の香りがするのも異世界に迷い込んだようで面白い。


「街全体がさ」井端の感想はこうだった。


「蒸し器の中みたいだね」――――なんかあるだろ。他に。


 ちなみにアタガワとはアタミとほぼ同じ由来、つまりは熱い川から来ており、町をジグザグに貫く二級河川――ニゴリ川沿いに源泉が集中している。川の傍の物々しい立て看板によれば、大昔、この辺りで怪我をした猿が湯治しており、それを目撃したエド城の築城で知られる大名だか武将だかが町を興したそうな。


 俺と井端は観光客ヅラ丸出しで町を散策した。空気が重く熱く湿っていた。他に若者の姿はなく、では年配の姿ならばあるのかと言えば目ぼしいものもなく、赤茶けた木材で組み上げられた昔ながらの旅館は懐かしくて、錆びた看板には『射的場』とか『ピンボール場』の表記、俺たちは知りもしない昭和レトロに酔い痴れた。滞在は短かったけれども、あの町はあの町で、俺の脳の奥底に鮮明な映像としてこびりついている。


 そして、ようやくのことで話はバナナ・ワニ・パークに戻る。


 地熱を利用してバナナだパパイヤだグワバだを育てつつもワニまで飼育している、この動物園と植物園の合いの子みたいな施設は、アタガワ駅から徒歩三分程に位置している。その外観は、突如としてとか、突拍子がないとか、そう説明するしか手がない。駅から西へ向かって歩くと、周辺の植物相から掛け離れた姿の南国植物、例えばヤシに囲まれたドーム状の建物と出会す。これが即ちバナナ・ワニ・パークである。正確にはワニ飼育園である。


 異世界から戻ってきたかと思えば別の異世界、俺は図書館のような外面の本館で入場券を買う迄は、まあまあ良い旅で夢気分だった。


 ところがどっこい、敷地は、いや本当に申し訳ないんですけれどね、お世辞にも広くない。それで、どこをどう見て回っていても、サトーの姿がチラつく。集中力が切れた。あれが何をしているのか。何を話しているのか。何を考えていそうか。それにばかり意識が向いた。悪質なストーカーか、俺は。


「バナナ・パフェでも食いに行くか」俺はなんとかしてテンションを元に戻すために発案した。


「バナナ・アイスクリームがあるらしいよ」


 かくしてフルーツ・パーラーと銘打たれた手前に駐車場、奥に山と山に縁取られた海を見下ろせる喫茶店で、俺と井端はパフェとアイスクリームとパイン・ボートなるものに舌鼓を打っている。パイン・ボートは二つに切って中身を刳り貫いたパイナップルの上に、パイナップルは勿論、バナナとかマンゴーだとかを満載したブツで、男二人が両側からそれを突いている姿はシュールそのもの、自撮り棒とか持ってくるべきだったか? 


「なんだかまた落ち着かなくなったね」黙れデブと恩知らずにも言い差して、流石に我に返った俺は、自分に向けて肩を竦めた。


「国産のバナナを食べたのは初めてだ。ここ以外で食べられるところはないだろうな。ねっとりしている」


「バナナ・エールてのも飲んでみたいけどね」


 井端がストローで以て啜るのはドロドロのバナナ・ジュースだった。バナナ・ワニ・パークで飼育されているワニの種類数は世界一で、レッサー・パンダの数はヒノモト一で、このマンゴー・ジュースは“世界一美味しい”そうだ。見るだけならただのバナナ・ジュースではある。


「そうだな」俺はフォークを置いた。このままでは観光旅行なんだか暴飲暴食の傷心旅行なんだか分からなくなりそうだ。


 暴飲暴食?


 閃きがあった。脳の裏側の痒いけれど手が届かない辺りで。モヤモヤする。概念としては、その閃きがどのような意味か、俺は理解していた。言葉に編むのが酷く難しい。編めたとしても上手に伝えられるか。井端に理解力が無いから伝わらないのだ、と、そう考えてしまいそうなのが怖くて、俺は思考を放棄した。


「なあ、井端、教えてくれないか」俺は紙ナプキンで口を拭いながら切り出した。


「お前と荒木は、最初、どんな感じだった?」


「唐突だなあ」


「唐突に知りたくてね」


「長い話になるよ」


「長い話でいい」


「君、もうこのパークの中は見て回らなくていいのかい」


「ワニさんなら篤と見物したさ。バナナもこの通り食べた。見るべきほどのことは見つだよ」


「そうかい。なら話そうか。僕と彼女が知り合ったのは中学時代でね」


 井端は前歯と奥歯を活発に運動させ続けている。連帯して胃と腸もフル回転していることだろう。クリームの油脂分で滑らかになったらしい奴の舌は縺れることもなく饒舌、僕は虐められていて彼女に助けられたんだ格好悪いだろ、――と、話は始まった。井端はとびきりのジョークを披露するような態度で語り続けた。



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