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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
2章『腐敗、不自由、それと暴力』
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2章10話/よそよそしい頭文字などはとても使う気にはなれない


 カルピスとメロンソーダとレモネードを六対三対一で――。


 どうしてだろう。兄ご贔屓の飲み物を作りながら私は思った。兄が着いてきてくれたのは。まさか私を慮ってのことか? いや、兄に限ってそれはない。きっと何かの気紛れだろう。明日は雪かな。雪か。雪となると旅団演習に面倒が出るな。先に除雪の手配をしなければならない。――と、考えたところで阿呆な勘違いをしていたことに気が付いた。疲れているらしい。


 休日の昼時だというのにファミレスの中は空いていた。席に戻ると兄がムッツリとしていた。「座っていても身体が痛い」と故障を申し立て始める。


「凝ってるんですか」


「ガチガチにな」兄は首を鳴らした。


 私は対抗するように指を鳴らした。「タマネギでも摩り下ろしましょうか」


「己を漬け込むつもりか」


「まあ兄さんだけが何時も私の弱味に付け込むのはフェアじゃないですからね」


「ほざけ」兄は舌打ちをした。


「どうも」私はニタニタした。


「墓詣りはどれぐらいの頻度で行ってるんだ」


「月命日ごとに」


「月命日? あそこに眠っているのは婆様だけじゃないのによくもやる」


 懐かしい。生前、祖母はよく言っていた。『アタシが死んでも左右来宮の墓へは入らないよ。絶対にだよ。遺書にもそう書くよ。アンタらみたいなたわけた連中と同じ墓へ入るなんてゴメンだよ。本当にアンタらは呪われた方がいい人間だよ』と。私はあの容赦ない口吻を思い出して苦笑した。


 料理が運ばれてきた。ヒノモト語の怪しい、だが、笑顔の眩しいウェイトレスさんの肌は黒かった。兄はカサゴの揚げ物をメインに据えたガラカブ定食をナイフとフォークとで食べ始めた。彼は滅多なことで箸を使わない。『お前と違って誰も躾けてくれなかったからな』


「お前」前触れもなく、食事がほぼ済んだところで兄が尋ねた。「最近は平気か」


 私はポカーンとした。「平気って何がです」


「身体だ。元気なのか」


 私はまたポカーンとした。私の胸はただでさえ緊張と興奮と期待と不安とで高鳴っていたのだ。さもありなん。兄とタイマンでの外食など、記憶にある限り、ええと、だから、その、あれ? もしかして、いままでしたことないかもしれない?


 私は定食のコロッケを飲み込むのに失敗して咽た。何をやってるんだと兄が舌打ちをした。


「まずまず息災です」


 表面を取り繕うべく私は水を飲んだ。「それなりに」


「毎日毎日、よくもまあメディアで取り上げられてるのがそれなりか。今週は何に出た?」


「なんだかよくわからない生放送となんだかよくわからない取材となんだかよくわからない会見とかですか。第ニ旅団通信とかいうのにも出ましたよ。日常やってる業務の報告とか幹部の紹介なんですけどね。モヒート公式ホームページから閲覧できるので、よかったら」


「何がよかったらだ」兄は切って捨てた。「人脈のひとつも作ったか」


「神々廻さんでしたか? 副軍務局長の。彼はなんだかよくしてくれます。真意はわかりませんが」


「ネットは見てるか」


「見ましたが面白く無かったですね。SNS上、私への悪評が『低学歴』とか『クズ』とか『ゴミ』とか『女の癖に』とか『死ね』ばかりで捻りがない。対する擁護側も『低学歴だって云々』、『女性だからって云々』、『アルコール中毒の患者がみんな云々』と、やはり捻りがない。ま、擁護して貰っておいて文句をつけるのもなんですが、彼らにとって重要なのは擁護する対象ではなく、擁護したという事実と、自分がそういう思想を持っていると表明することなようなので」


 捻りがある――と、書いた本人は思っているだろう文章も実のところ出来が悪い。万に一つ、これはと思った文章もツメが甘かったり、でなければオチが弱い。


 ネット上の罵倒大会なんていうのは好きなようにやらせておけばいいのだ。そも、ゲームとはいえプロである以上、馬鹿にされる、嫌われる、野次られる――までが仕事である。(無論、私とて人間であり、機嫌が悪いときなら『私の悪口を書く奴はみんな隕石が落ちてきて死ねばいい』と思っている)


 怖いのは私のプライベートについて報じるサイト群だ。『彼氏はいる? 学歴は? 所属連隊が壊滅したって本当? アルコール中毒は?』みたいな、そういう低俗なサイトは別によろしい。どうせ文章のシメは『いかがでしたか? 今回は左右来宮右京子について調べてみました。彼氏の有無や噂の真偽についてはわかりませんでしたがコレだけアレなら(根拠のない憶測)でしょう云々』だし。


 問題は個人である法人であるを問わないニュース・サイトで、連中、何を情報源にしているやら、私の家族構成だの、その職歴だの、学校での人間関係にまでほぼ正確に言及している。この、ほぼというのがミソで、八割が正しいだけに、あとのニ割、何をどうすればそういうことになるのかわからないほど間違っている嘘まで一緒くたに信じられてしまう。『左右来宮はレズのサディストで悪い宗教をやっている』


 で、この誤った情報はネットの噂を鵜呑みにする阿呆、日常に疲れ過ぎてこうでもしないとストレスが発散できない愉快犯(大多数)、それに様々な思惑からPVを稼ぎたい自称・起業家らによって無限に拡散される。拡散されればどうなるか。見つけたデマを『デマだ!』と叫ばずにはいられない正義の味方気取りが大量に発生、彼らは彼らで私を擁護するという名目で誰かをボコりたい余り、ありもしない話を捏造して拡散する。


 結果、私の関係ないところで、私の、歪んだ、出涸らしにも似たイメージが形成される。ただでさえ嫌われている私がもっと嫌われる。それに連鎖する形で私の大切な人々が痛罵される。『左右来宮と関係があるならコイツも悪人に決まってるんじゃ! ちなみに、悪人判定をされた人間には何をしても許されるのでヨロシク。もし、後から悪人判定が覆ったときはゴメンネすれば許されるのも併せてヨロシクね』


 自分の行いが原因で誰かに嫌われるのはいい。だが、預かり知らないところで意味もわからず憎悪されるのは、我慢はできても納得がいかない。まして、私をダシに、私の先輩だ友人だ祖母だ母だ兄だ何だを貶されるとあっては――。


「二度と見るな」


 兄はグラスを傾けた。中身が空だった。舌打ちした。「旅団運営は」


「圧迫面接じみてきましたね。訓練幕僚と些か揉めました。時に兄さん、ちょっと待っていてください」

 

 私は兄と自分に珈琲を持ってきた。砂糖をくれという兄にスティック・シュガーを五本も渡してやった。兄も意地である、彼はそれを皆んな使って、しかも一息で飲み干した。「地獄のように熱く悪魔のように黒く天使のように純粋で恋のように甘い」


「悪魔を見たことがあるんですか。地獄に行ったことがあるんですか。天使のお知り合いが居るんですか。恋をしたことがあるんですか」


「いい加減にしろ」兄はコーヒー・カップのフチを指で弾いた。「それで? 訓練幕僚の件は解決したのか」


「しました。苦学生でしたのでね、彼。幾らか積んだらそれで」


「お前、金を持ってるのか」


高利貸し(アイスクリーム)から借りたんですよ。ウチの学校に一人、有名なのがいましてね。五キロ先に落ちた一円玉の音を聞き付けて拾いに行く、と、そういう有名な吝嗇家(けちんぼ)です」


「返せなくなっても己は貸さないぞ。破産するなら一人ですればいい」


 私は肩を竦めた。「まあなんとかなるでしょう。それにしても兄さん、あのですね」


 心配してくれてどうもありがとうございます。そう言おうとしたが言えなかった。なぜ、人間の心は心臓に宿るのだろうと私は愚にもつかない疑問を抱いた。舌先であればいいのに。そこに宿ってさえいれば素直になれるのに。「あのですね」と私は言い直した。兄はカップの縁を撫でていた。


「パフェ、食べていいですか?」


「女の子みたいなことを言うな」


 兄の珈琲カップの底には溶け切っていない砂糖がドロドロと固まっていた。

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