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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章17話/サトーちゃんの憂鬱(サトー) - 2


 未曾有の不景気と人は言う。旧エウロパ共同体の事実上の崩壊、貨幣危機、各国における自国産業保護の傾向、輸出国の財政難、移民流入、関税撤廃、――連続震災。来る、来る、来ると何十年も言われていたのに来ず、トーホク大震災を経ても、或いは経たからこそ『自分たちの代ではないだろう』と人々が油断していた折を見計らうかのようにして起きたトウナンカイ地震とナンカイ地震。花見盛君のお父さんはトーホクの震災で亡くなられたそうだ。


「貴方、あちらの出身だったの? 子供の頃を過ごしたのはグンマだって言ってなかった?」


「出身はね。親父が地震で死んだ。津波で流されちまったのさ。それで親戚縁者を頼ってグンマに。尤も、それも数年のことで、ああ、前にも話したよな。おふくろが死んだんでね。食い詰めた俺はトヲキョヲに出てきたって訳さ。なんだ、喬木に移るだっけか。そんな大志を抱いて上京して、最初はトヲキョヲさすげえところだっぺだなんて思ってたけれど、直ぐに嫌になっちまったなあ。俺には田舎がお似合いなんだろうね、本来……」


 昔話をするとき、花見盛君は冗談めかすけれど、そうでもしないと辛いからだろうと私は推理している。私にだってその気持は分かる。私も昔話はしたくない。しかし、何かあると、『飛び込み自殺の動画で有名になろうとした馬鹿の癖に』とか『風俗嬢に恋してた癖に』とか、我ながら最悪、人格否定丸出しな悪口を言ってしまう。自分が同じことを言われたらどう思うのか。病気だ。いや本当に。私は甘えている。花見盛君にだけではない。仲間達に遍く甘えている。


 誰かに甘える。それほどに無様なことは他にない。私はそう考えている。誰かに甘えるのは負けだ。私は負けた女ではない。そうでありたい。それに、何か嫌なことがあったからと言って、感情的な言葉を使って――『こんなことがあった。私は辛い。悲しい。涙が出る』――可哀想な自分に同情して貰うなんて願い下げだとも思っていた。


 第一、私が甘えたいと思う相手は、つまり醜態を晒して、負けを認めて、挙句の果てに誰かに迷惑を掛けるという、三つの自己嫌悪を乗り越えてなおも甘えたいと思う相手は父だけのはずだった。だから父以外の誰かに甘えれば甘える程、父親への愛情もそんなものだったのか、自分が薄い人間であるような自責に駆られてシンドい。


 ……私は友達が多い方ではないから、七導館々々の面々と知り合うまで、実態としての貧困を知らなかった。


 あの部長氏にせよ、高木君にせよ、藤川君でもいい、もちろん花見盛君も、親が居ないとか、兄弟を養うためとか、色んな理由で働いている。ゲームをしているだけだと蔑む人もいるけれど、そんな訳がない、彼らがどれだけ大変な労働に勤しんでいるか。数年前迄ならまだ普通のアルバイトがあったのに。こんな時代に生まれたばかりに。痛いかも死ぬかも殺されるかもという恐怖に怯えながら、暇なときはしこたま書類を書かされて、それで月々の手取りが何万円ってどーなのよ?


『サトーのお陰で』と、彼らは言う。


『少しは暮らし向きが楽になったよ。色々とボーナスが出たりもするようになったし。お前のお陰だよ』


 もう少し何とかしてあげたいな、と、考えてはいた。いや、しこたま書類を、ホラ、書かなきゃいけなくなったのは、彼らの労働量が増えた元凶は私なんだから。そういうことよ。別に。なんか。あれとかじゃなくて。好意を抱いた相手には幸せになって欲しいとかそういう恥ずかしい感じのアレではなくて。死ね。もう皆んな死ね。生きて。


 複雑な心境だ。分かってくれとは言わない。また、分かって欲しくもない。


 ただ、私は、自分のためにも皆んなのためにも、出来るだけのことはしようと決めた。その一環として、私は、親会社との交渉の席を設けた。設けて頂いたと謙るべきかしら。そうでもないわね。もうけたっていうなら、それは親会社の方で、もうけさせてやってるのは私なんだから。


「緊張してるのか?」花見盛君が尋ねた。我々三人はあるビルのある階のある応接室に押し込められていた。ソファの柔らかさがどうも腑に落ちない。こんなに柔らか過ぎてどうするつもりなんだろう。交渉に来た相手を気持ち良くして交渉能力を下げるとかそういう狙いがあるのだろうか。


「まさか」花見盛が尋ねたのは私ではない。同伴の藤川君だった。彼は花見盛君の真似をして大袈裟に肩を竦めた。


「手が震えてるわよ」私は指摘した。藤川君はウッと呻いた。花見盛が笑った。これから逢うのは、私と七導館々々高校の彼らが契約している親会社、TANAKAの中堅幹部だった。そうビビらねばならない相手だと思うのは私のように傲慢な女と経験豊富な花見盛君だけのようで、藤川君、顔面が蒼白になっている。


 元は加藤君を連れて来ようと思ったのだけれど、あのBLゲーに出てきそうなイケメン眼鏡先輩、


『俺は三年だよ。経験を積ませるなら一年か二年だろうに』


 こう言って、遠回しに同行を拒否した。となると部長氏か副部長氏かを順当に連れてくるべきだったんでしょうけれど、前者はラデンプール戦の後処理で忙しく、後者は何かとピリピリしがちな現場を『まあまあ』として回るのでやはり忙しい。ただでさえ私が丸一日、不在にするのだから、あの二人までゲーム内に居られないのは不味い。


 ということで、藤川君、我が股肱の臣、私が死ねと言ったらマジで死にそうな彼に、


『あなたくる?』と尋ねたところ、


『あ、じゃあ、まあ』――消極的ながら肯定は肯定なので連れてきた。賑やかし要員以上の価値はなさそうだ。それでも井端とか荒木よかマシでしょ。井端は居るだけで画面が鬱陶しくなるし。荒木は部屋のものをくすねて帰りそうだし。はあ。あれ? 私、こんな奴らのために努力しようとしてるの?


 約束の時間五分前だった。私は足を組んで、組み直して、なんとなく、ココに来るまでに乗り継いだ電車の遅延事由について思いを馳せた。


 今日も今日とて飛び込み自殺だ。どんな想いで飛び込んだのだろうか。理由は。事情は。私鉄が減り、運転手の質が下がり、通勤五方面作戦実施前みたいな有様になったすし詰め状態の電車内、私の足を踏んだり、肩をぶつけてきたり、痴漢か痴漢でないか捌きかねる痴漢っぽいあのオジサンにも、悩みがあるのよね、多分?


 いまさらだわね。私は苦笑した。“後顧の憂いは”とか何とか言って私が殺しまくった彼らにも――――


「やあ、おまたせしたね、君」




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