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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章16話/サトーちゃんの憂鬱(サトー) - 1


 花見盛君の料理は美味しい。えっへん。はん。なんで私があんな野郎を褒めてやらねばならないのか。シッシッ。見世物じゃないのよ。失せなさい。


 ……父がまだ生きていた当時、母と私がまだ睦まじかった当時、私は夕飯時の台所が好きだった。より限定するならば夏の夕飯時の台所が好きだった。我が家は経済的に裕福だったので、肉だの魚だのをたらふく食べられたけれど、私が台所で観察していたのは動物性タンパク質の類ではない。野菜だった。調理前の生野菜だ。


『トマトはどうして赤いの?』と母に尋ねたことがある。


『なんでかしらねえ』と母は鼻歌混じりに答えた。あの歌は何の歌だったろうか。昔の歌謡曲だったかしら。歌詞の一部でも思い出せれば。思い出してどうするの。グツグツと鍋の煮える音がしていた。台所は日の沈む方角に面していたから、お空で鳥がカーカー鳴いて、近所のバカタレ共が野球用具を担いで帰る喧騒が聴こえてくる中、母の手元を夕焼けが照らした。母は色が白かった。そのときだけ褐色になる。それが面白い。


 私は母に愚にもつかない質問を浴びせ続ける。母は、そのどれもを、はいはいという感じであしらう。私はムキになって質問を続けるけれど、不愉快ではなくて、構ってもらえるというだけで嬉しかった。私は母と話しながらトマトを手に取る。表面が濡れている。それでトマトの朱色が冴える。私はドキドキする。椅子に座り、伸ばした足をバタバタさせながら、


『トマトが汗を掻いてるわ!』と母に報告する。私は何でも初めて知ったことは母に報告していた。


『そうなの。暑いのね。トマトも』


『トマトの癖に生意気ね』


 水滴の中に私の顔が写っている。輪郭がぼやけている。コレも面白い。野菜の色はどれも綺麗で好きだと、私が興奮気味に訴えると、母は呆れたように諭す。


『でもトマトの味は嫌いなのよね。綺麗だと思うなら食べなさい。綺麗なものを食べると綺麗になれるのよ』


 私はその言いつけを守らなかったけれど、母は、夏になると必ず台所にトマトを並べた。そういえば母もトマトが好きでなかった。父も頗るという訳では。だから、アレは、私の目を楽しませる為だけに買われたトマトだったのだろう。ニ、三日もすると、トマトは色が悪くなる。綺麗でなくなる。母はそのトマトを容赦も躊躇もなくゴミ箱に捨てる。私も勿体ないとは感じなかったし、汚くなっちゃったらもう要らないと思ったし、早く次のトマトが欲しいなと願うばかりだった。――


「花見盛君」私は言った。


「なんだ」彼は首を傾げた。例のとろけるチーズを丸めて牛肉で包んで焼いたものにナイフを入れている。今日のメニューはそのチーズ肉トロとライスとサラダとスープだった。サラダはレタスにクルトンとペッパーと粉チーズと。オーソドックスね。工夫がないわ。スープもコンソメに冷凍セロリを加えただけだし。


「今日も今日とて貴方の料理はまあまあだけれど」


 素直に美味しいと言えればいいのに。ええい。「ふと思い返してみると、貴方、料理の彩りをさして気にしないタイプよね」


「彩りね」花見盛君は肩を竦めた。牛肉をフォークで突き刺して口元へ運ぶ。チーズが糸を引く。

「気にしてない訳ではないよ。ただ、まあ、野菜は高いからな」


「そうでしょうね」私は頷いた。こちらもこちらで牛肉にフォークをぶっ刺す。切り分けずに棒状のまま齧り付こうと思う。


「でも私はお皿の上にあるものが彩り豊かだと気分がよくなるのよ」


「ははあ。そうかね。君、何時だか、食卓に並ぶものは全て茶色でいいって言ってなかったか。それどころか、インスタント・ラーメンににレトルトのカレーをドッバァーッとぶちこんで、それはそれは美味しそうに食べてたじゃないか。“最初からカレー味のカップ麺だとこの味は出ないのよ”とか力説しながら」


 ふん。私はつまらないと思いながら牛肉に齧り付いた。熱い。猛烈に熱い。口の中を火傷した。一瞬、食べた物を吐き出すかどうか悩んで、無理に飲み込むことにした。熱い。今度は頬の粘膜でなくて食道が熱い。座ったまま地団駄を踏んだ。すると今度は下唇を噛んだ。机の脚を蹴り飛ばそうとしたら、畜生、小指を強かに打ち付ける形となった。痛い。もう嫌だ。痛い。あーあーあー。何もかも花見盛君のせいです。有罪だわ。死んで。嘘。いまのは嘘。死ぬのは無しの方向で。一人にしないで。


「お前……」


 花見盛君は肩を落としている。「忙しい奴だなあ。水、飲むか、水」


「飲む」私は目尻に浮かんだ涙を払いながら肯定した。「とにかくね。花見盛君。話を戻すわ。人間はね、綺麗なものを食べたら、その分だけ綺麗になるのよ」


「へえ。じゃあ、君は、何時もさぞかし綺麗な物を食べてるんだろうなあ」


「すけこまし野郎の口説き文句に付き合う筋合いはないわ」――と、言いつつも、母はかなりの肉食で、血の滴るようなステーキばかり食べていたと回想した。血の滴るようなステーキは野蛮だ。綺麗ではない。綺麗なものを食べていないのに、どうして、母は綺麗だったのだろう。母は嘘吐きだったのだろうか。そうでしょうね。他の男と平気で寝るような。不貞の。ああ。ああもう。私は体に悪いものだけ食べてるべきなんだわ。まさしく茶色のものばかりを。唐揚げを持ってきなさい。勝手にレモンを掛ける輩が居たらぶち殺してやるからよろしく。むしろ夜露死苦。ちぇけら。


「今日、これからの、親会社との交渉が上手く行ったならば」


 一呼吸、私はそこで置いた。ドキドキしていた。正直になるのは怖い。人に命令するのは得意だけれど、お願いするのは、とても苦手だ。


「少しはお金の巡りが良くなるでしょう。だから、今度からは、もっと、そう、トマトとか料理に使って頂戴。よくって?」


「トマトね」花見盛君は顎を撫でた。整えられた薄い髭がジョリジョリと鳴る。あれ、痛いのよね、触れると。


「考えとくよ。それよか、君、今晩は何が食べたい?」


「バーソーを使ったチャーハン」


「……。……。……。なあ、それ、茶色くないか?」


 はあ。私は内心で溜息を吐いた。ラデンプールでNPCを倒して纏まった時間が取れるようになったから、家の中は徹底的に掃除されて、昔日のゴミ屋敷の面影はもうない。


 また散らかしてやろうと私は誓っている。だって、散らかして、汚さないと、この部屋はねえ、眩しいのよ。私以外と過ごした部屋なんて。あーもー。本当は引っ越したいぐらいなんだけど。まあいいわ。まあいい。いいの。いいことにしちゃいましょう。あーあ。


 綺麗なものは好きだけど嫌いだわ。


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