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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章11話/プーデリア平原の戦い(花見盛) - 上


 人間はどのようにして生きるか。趣味に生きる。義理と人情に生きる。スケベに生きる。道を見付ける為に生きる人もあるだろう。


 しかし、どんな生き方をしていたところで、人は飯を食って生きている。食わねば生きていかれない。それも、死にたくないからと事務的に食うのではなく、娯楽の一環として食う。よほどの奇人変人でなければ、美味いものを腹に収めれば元気になるし、逆に不味いものを無理に頬張れば不愉快になる。人間とはまあなんて単純なのかしら。


 で、なかんずく戦争になど興じていると、ホラ、腹が減っては戦はできぬって名文句もあるだろう、人は日常よりも更に食い物に執着するようになる。


 行軍が始まってから三日が過ぎた頃である。NPC達、初端の事故もあって早くも憔悴しつつある彼らが、朝昼晩の飯時だけは目を輝かせていることに、第三中隊の給食係が気付いた。給食係と言っても大した業務ではない。彼らは、なにしろ高級品であるため中隊毎にひとつの割合で付与された調理器具を管理する他、中隊隷下(という言葉を当時は用いていなかったけれど)の各小隊が日替わり当番で拾ってくる薪だ何だを保管、決められた刻限になるとそれらを活用して飯を炊ぐ。このとき、食材は兵の背嚢から、その都度毎に調達する。背嚢の中身が無くなる頃に隊列に追従した馬車からの補給を受ける。


 料理係には、当然、料理が得意か手先の器用な奴らを優先器用してあった。しかし、使える食材が麦、芋、それにトウモロコシと野生の鳥獣ぐらいであるから、現代的な味覚の我々からすると物足りない。否、ぶっちゃけトーク、不味い。(穀類や野菜の品種改良については、現実のそれに比べ、それなりに簡単で迅速に行えるが、それでもリアルのものより味も品質も保存可能年月も劣る。また、それなりに簡単とはいえ、やはりまあまあの専門知識と労力を要求されるので、どうしても後回しにされがちな作業であった)


 NPCたちの事情は異なっていた。彼らの食生活は質素というよりもつまらないもので、普段の食卓には、パンや蒸した芋が味気なく寝そべり、無論、調味料など存在しない。見たこともないだろう。岩塩や塩分濃度の高い泉の水を沸騰させて拵えた塩、それらも供給量の関係からお高くて、とてもババーッと派手に使えたものではない筈だ。ついでに述べてしまうが、肉類に関しても塩漬けにするか、さては、燻製にしたものを長い時間を掛けて少しずつ消費する。塩漬けは長期保存が目的で味の方は考慮されていない。燻製は、作ったその日は美味くとも、翌日からは急激に味が落ちる。保存技術の未発展のため少しぐらい腐った食べ物なら、えい、食べてしまうことも珍しくない。


 雀躍、NPCたちは粥かオート・ミールを彷彿とさせる大麦や豆をドロドロに煮込んだもの、串焼きにした木の実、炙り焼きにした保存肉、ジャーキー、ビスケット、それらに齧り付いた。パンを焼く日ともなると彼らの興奮は一目で分かった。


 パンは五日に一度だけ焼かれた。一度で数日分を焼く。薔薇が気を利かせて派遣してくれた職人プレイヤーが、事前に脱穀から製粉までを済ませておいた小麦粉、それに塩とイースト菌を混ぜて捏ねる様は、NPCどころかPCたちにも珍しがられた。見物のために仕事をサボるバカどもを取り締まるべく、自ら現場に出向いたサトーが、


「あれは大したものね」――このように自らもバカに堕落するような滑稽もあった。いや、ま、俺も喜んで見物してた一員なんだけども。


 NPCはそれでいいとしても、PC達の不満は、徐々に募った。別に飯が不味いからどうにかしろと愚痴る訳ではない。彼らもアバターを維持するために食って、酸っぱいワインを水で割って飲んだりせねばならないけども、ログ・アウトすればそこは飽食の時代、口直しなど幾らでも可能だ。


 ならば何が気に入らないのか。サトーは戦闘要員らに日に最低でもニ〇〇〇キロ、可能であればニ五〇〇キロのカロリーを、七割の穀物と三割の肉野菜で摂取させるようにしていた。それでなければ体力が続かないからである。そして、それだけの量をゲーム内で摂取すると、満腹中枢が致命的な誤解をする。


 ログ・アウトしても食欲が湧かなくなるのだ。誠にゲーム・プロ的な問題である。


 長時間のゲーム・プレイは、行軍程とは言わないまでも、それなりに体力がなければやっていけない。だから食欲が湧かないからと言って食べずにはおけない。プレイヤーの一部から、こんな食生活が続くと成人病になる、糖尿病だ痛風だ、それでなくても少食の自分にはキツ過ぎるてな具合の苦情が提出されるようになった。行軍開始から五日目辺りである。サトーは彼らを一喝した。食べられなくても吐いてでも食べろ、と、強豪野球部の監督みたようなことを怒鳴った。


 ……余談ながら、かく発墳するサトー自身は良く評すれば健啖家、悪く評すれば食い意地が張っていて、食べていいなら人の二倍でも三倍でも平気で食べる。


「ゲームの中では食べても太らない。その上、更に表(※リアルのこと)でも普通に食事が出来るんだから、お得でしょ。感謝して欲しいぐらいだわ。ったく」


 いやはや、笑い話のようだが、笑い話では済まなかった。


 行軍一一日目である。予定ではラデンプールに到着していてもおかしくないのに、先に語ったように離脱してしまう者、それに怒り狂う者、なんにせよ彼らのせいで空いた仕事の穴を埋めるべく人の分まで働いてミスを乱発する者、それらのために、たっぷりとまだ一日分の距離を我々は残していた。丸一日掛けて数キロしか移動できない日もあったのだ。この日も朝から乱闘騒ぎがあって各中隊はピリピリしていた。ただでさえ、この前日には、なんでもない河を渡る際に馬車が横転、その救助だ処理だ解体だ物資回収だで誰も彼もが疲れ果てていた。夏川部長や副部長がマメに全部隊を巡回して、その構成員らを励ましてはいたが、その効果も流石に薄れつつあった。


 サトーは大隊をひとつの縦隊として行動させていた。中隊毎に基本は四列の、道幅によって柔軟に厚みを変える縦隊を作り、それを縦に繋げてあった。


 ラデンプールまでの到着速度だけを考慮するならば中隊毎に機動させるべきだったろうが、練度も練度、士気も士気、全中隊が約束の日時に約束の場所に到着できるとは思えなかった。また、ラデンプールまでの道は、薔薇らが事前にまあまあ腰を入れて調査していたとはいえ、未知の領域が多く、部隊毎の機動は事実として不安であった。


 不安と言えば、何より、サトーの目が届かないところで生じたトラブルが適切に解消されるかも不安である。そのための大隊縦隊であった。この隊形であればどこで何が起きたかについての詳細が掴み易い。それでなくとも、とりあえず、生じた問題を見逃してしまうようなことがない。


 それがこの場合は仇になった。隊列最後尾の馬車、それを牽引する馬匹が、いきなり暴れだした

のだった。暴れ馬は幸いにも隊列には突っ込まなかった。行軍していた草原のどこかへ駆けていった。馬車と共に。事故原因を調査すると、それは間もなく判然としたのだが、御者が『表で食事をするのが辛くて食べていなかったら、その、意識が朦朧として。強制ログ・アウトされてしまって。慌ててログ・インし直したんだけど、その間に、アバターが勝手なことをしてて』――あー……。


 消えた馬車の中には悪いことに例の小麦粉が満載されていた。こういったトラブルを想定して、また管理上の便利から、食料は種類別に分けて異なる馬車に備蓄してあった。だから飢えるという心配はなかった。最悪の場合でもリッテルトに早馬を飛ばせばなんとかなる。薔薇は追加食料と輸送手段を掻き集めていたので。


 しかし、兎にも角にも、小麦粉の馬車が失われてしまった件について、NPC達に隠しておくのは不可能だった。


 行軍のイライラに食事だけを楽しみとして耐えていたNPCらは当然のように暴発した。それに便乗するように何十人かのプレイヤーも暴発した。プレイヤーらは口々に『いい加減にしろ!』と叫んだ。不満はあれども、具体的に何をどうして欲しいのか、そういう意見はなく、要はただの癇癪であった。気持ちは分かる。


 一時、隊列は騒然とした。サトーはそれを綾なすためにある決断を下した。


 それまで隊列で起きた事故、その責任者や当事者は注意されたり、仲間達から罵声を浴びせられることがあり、担当業務から外されることがあったけれども、それ以上の裁きを受けることはなかった。軍隊の真似をしていても俺たちは軍人ではなかった。メンバー毎に所属が異なるから一律に罰を与える権限がサトーにもなかった。罪を犯した者はそれと記録されて、この遠征が終わった後で、所属都市のリーダーが所属都市のルールに則って処罰することになっていた。


 より踏み込んで指摘するならばコレも事前準備期間の短さが招いた弊害だった。誰かが不手際を起こす。その不手際がどれぐらいの罪になるか。その罪に対してどれぐらいの処罰を与えるべきか。その点について、三都市間で明確に調整されておらず、サトーにも定見がなかったのである。(三都市首脳間では『現場でいい感じに判断すればいい』みたいな玉虫色の決定がされていた。サトーは誰かを罷免したり弾劾しまくることでただでさえ低いモラルをより低下させること、他都市から買うだろう反感、それを踏まえて慎重になっていた)


 それを覆そうというのだ。サトーは、件の居眠り御者を全隊環視の中ででボコボコにさせた。執行したのは俺だ。気が重かった。楽しいはずがない。御者の方も殴られる直前まで『冗談でしょ?』とヘラヘラしていた。不平分子どもは御者が殴られる度に快哉を叫んだ。御者の折れた歯が夕暮れを集めて鈍くピカピカと光った。


 サトーは、以後、ミスをした者には何らかの罰を与えるという布告をした。猛烈な抗議があるだろうと俺たちは身構えた。どこの都市でも傭兵団でも、ダババネルと似たようなもので、ミスに対する罰則は身内意識から甘く、あってないようなものだったのである。


 ところが、案外なもので、隊員たちは“それがいいだろう”とサトーの妥当性を認めた。誰も彼もが規律を欲していた。『俺は失敗しないのに。アイツがやらかすから。ルールがあればアイツも気を引き締めるだろう』 


 いまにして思えば、コレもまた、ブラスペというゲームの方向性を固めた決定だったのではないか。サトーはこのときの教訓を活かして、後に国家、役所、軍隊を設立したとき、それぞれに極めて詳細で複雑な罰則規定を設けた。結果としてブラスペにはガチガチの上下関係が誕生することになり、ひいては、それが高学歴と低学歴の対立に繋がる。――――


 閑話休題としよう。罰則を恐れて、遅れ馳せではあるものの、大隊はようやくのことで一定の緊張感を保つようになった。事故は減った。減るだけで根絶されたのではないが、だとしても、起きた事故の処理速度は以前とは比較にならない程に素早くなった。ちんたら仕事をする者には厳罰が下されるようになったからだった。


 この他、寝床を確保できずに困るとか、感冒が流行するとか、いろいろな問題があったものの、足掛け一五日で、俺たちは最終目的地に到着した。到着した時点で、総員、疲労困憊の態だった。


 詳しく語り直してみても、――やはり不思議だ。不思議だなあ。どうして到着できたのかねえ。いや、到着するだけならまだ分かるんだが、大隊は最後まで九割の兵力を維持していた。それが不思議だ。あれだけガバガバだったのに。


 プーデリア平原の戦いは間もなく始まる。正確には、その前哨戦は、一三日目から始まっていた。



 

 


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