番外編2章9話/アナザー・スカイ(花丸)
副部長の野口は嫌な女だ。何がどう嫌な女なのかと言えば、まあ、嫌な女だから嫌な女なのだ。こういうのをなんていうんだっけ。トートロジー? 何か二世政治家だかの名前が付いた構文がなかったっけ? あれ? そもそもアレは三世政治家? お父さんの方は郵政を民営化したとかそんなんだっけ?
……というかそもそも民営化ってなに? いや、概ねの意味は掴めるけど、細かいところについては私は何も知らない。知る気も起きない。難しい話でしょ。
そういえば、子供時代、水道が民営化したとかで問題になってた気がするし、パパの一人が国鉄が云々とかその話になると無闇に饒舌になるんだけど、まあ、それはいい。野口だ。野口も欠陥だらけの女だから、多分、アレも民営化しているに違いない。民営女子高生だ。ハッハッハ。
野口は〆切を守らない。部誌を発行するべきよ。何故ならば私達は文学部なんだから。作品の発表が第一よ。こんな理論を日常的には振りかざしておきながら、
『創作は芸術よ。芸術は一朝一夕では成し遂げられないわ』
〆切が差し迫って、自分で何を作る訳でもないから暇な私が原稿を受け取りに行くと、その時々でいろいろな言い逃れをする。言い逃れをするだけならまだ可愛いものだ。自分のスケジューリングのミスを素直に認められないんだな、って、なんだか一種の倒錯的な萌え要素を感じなくもない。(萌えって死語?)
アレは人のことをナチュラルに見下している。例えば、“部誌を発行するべきよ”は、自分がそのように仕向けない限り、他の部員は二の足を踏み続けて、何時までも作品を仕上げないと信じている。困ったことにそれは六割ぐらい事実で、口先番長、部員の大半は確かに野口に発破を掛けられないと何も書かない。書き始めようともしない。だから野口は増長している。全ての言葉の末尾に見えない(笑)が付く。『そんなこともわからないの?』と野口は何時も表情だけで訴える。
奴は創作論を振りかざすのも大好きだ。それもかなりガバガバで主観的な奴を。
『この前、映画を見て、一緒に行った友達は内容が重いヘヴィだ鬱になったって言うんだけど、私からすれば、え? これが? っていうか(笑)。私の思うヘヴィと周りのヘヴィには差があるみたいで(笑)。それっていうのはこれまでに経験してきたことが以下略。それが創作にも現れてるみたいで以下略。人生経験こそが創作の最大の以下略。ま、私ぐらいの苦労をしている人はそう居ないと思うし、するべきではないとも思うけど(笑)』
自己顕示欲って怖い。頭で思うだけならまだしも。なんでそれを言葉にしちゃうかなあ。
でも、その気持ちが分からなくもない自分が、また怖い。
ちなみに野口は詩乃嫌いの最先鋒で、何かあると、直ぐに彼女の作品はと攻撃する。粗探しをする。それでいて、詩乃の株を相対的に下げるためだけに、自分の作品を褒められると嫌そうにする。否、素直な意味で自分の作品を褒められても合点がいかなそうにしている。実はコンプレックスの塊なんだろうなあ。だからあんなに自己をアッピルするんだろうなあ。他人より優れている自分感を演出したいんだろうなあ。救い難いけど救われて欲しいよね。
「なんていうか」私は壁に埋め込まれたタブレットを見詰めながら言った。画面には、再現映像だと断って、ラデンプールへと移動するサトーらの姿が映されている。サトー役のコが本人より可愛くない。どこの芸能事務所から連れてきたやら。ザ・売出し中、ゴリ押され中、枕営業しまくりですって感じ。あ、偏見か。まあいいや。
「サトーって凄かったんですね。ウチの部活にもいろんなコが居ますけど、あれスよ、あれ。もうチャランポランで。〆切を守らせようとしても守らないっていうか。何を言っても聞く耳を持たないっていうか。長めの〆切を設定してもそうなのに、どうやったら、そんなに予定を前倒しにされて、計画も完璧、道中の事故も最小限に抑えて、自分の言うことに周りを従わせて、――なんて出来たんスかね」
井端さんは微笑を浮かべ続けている。「サトーは私たちとは何もかも違いましたからね」
「あ、それ、分かりますね」詩乃はいまごろ何をしてるんだろ。誰か別の友達と遊んでたりしてたら嫌だなあ。「そういうコもいます。ウチの部活」
「一人はいるもんですよ。どこの社会にも。世間にも。敵わないなって相手がね。尤も、多くの場合、そういうコよりもっと凄い人が後から出てきて、そういうコを叩きのめす。その様を見ている私たちは酷い劣等感に苛まれる。順当に、敵わないなって思ってたコが出世したらしたで、まあ、それはね」
「ああ。うん。はい」私は頬を掻いた。
「あ。ごめんなさいね」井端さんの細められていた目がパッと開いた。つぶらだ。
「変なこと言っちゃって。それも熱心に。当時のことを思い出すとね」
「いやそんな。ぜんぜん。でも、えーと、サトーのことが嫌いだったんですか?」
我ながら特攻み過ぎたかなとも思った。困らせてしまったらどうしよう。気不味くなるのは嫌だから嫌だ。井端さんは苦笑した。
「少しは。でも好きでしたよ。嫌いで好き。好きで嫌い。どちらかは分かりませんけど。尊敬はしていました。いまでもしています」
私は何となく居た堪れない気持ちになって、ツーと、ご近所さんを眺めて回った。どの展示物にもそれなりの客が付いている。それでいて、大抵は、数十秒も展示物を見ると満足してしまう。次の展示物へ移動する。どうも深い関心を展示に、ひいてはサトーに、抱いている様子もない。私だってそうだ。雰囲気が味わえればそれで充分的な。
井端さんは違う。私は幸運なのか不運なのか。当時のことを詳しく教えて貰えるのは紛れもなく幸運なんだろうけどなあ。
「サトーは」気分転換を兼ねて私は尋ねた。
「ラデンプールでしたっけ? そこの戦いでも勝ったんですよね?」
「もちろん」井端さんは即答した。「楽勝でしたよ」