番外編2章8話/死に至る病 - 下(花見盛)
経験則と、討伐隊が組織される間も収集され続けた情報に徴すれば、NPCは数が多いだけだ。団結して戦うということを知らない。戦略を練らない。戦術を弄さない。戦闘技能も大したものではない。装備については言わずもがなだ。
「数は力よ。確かに。十ある戦いの中で九までは数が多い方が勝つもの。でも、戦いではなく、一方的な殺しとなれば、それは話が違うわ。レイダーのときもそうだったけど、練度とか、彼我に決定的な優劣がある場合、何倍の戦力を持っていたところで無意味よ。誰もが死にたくなくて逃げ出す。逃げ出せばそれまで。NPCならば尚のことね。この戦いは、我々がキチンとさえしていれば、それから油断しなければ、まず勝てるでしょう」
一三日の時点でサトーはそう主張していた。ラデンプールへ出撃(とサトーは表現した)する討伐隊の総数は七〇〇名と定められた。その大部分はPCである。NPCは、以前であればそんなことは考えられなかったが、住処を失って、自ら卒然と『兵隊をやるから食わせてくれ』――このように提案してきた者を採用している。
つい先日までは単なる農民だったのだ。簡単な訓練や模擬戦をやらせてみても動きは鈍い。期待だの信頼だのは禁物である。信用も。要はお試し期間である。NPCを使って何が出来るか。サトーはそれ次第で今後の彼らの活用手法を変えていくと構想していた。(無論、一度だけでは偶然かもしれないから、お試しは数度に分けて行われる)
討伐作戦の始動はニ五日頃に定められた。改めて示された目的は『敵NPCの殲滅または完全な支配下に置くこと』だった。目標は『敵の人口密集地』である。(そこへ向けて軍を進めれば敵も兵力を集めるはずだ。決戦になる。決戦に勝利すればそれで目的を果たせる)
また忙しくなった。PCの人選だけでも数日を要する。済んだ人選を当人に伝達するのにも、規模が小さいとはいえ、一日か二日は。ラデンプールまでの道順の制定、現地でどのように戦うべきかの方針、制作したそれらが本当に正しいかの各種検証作業、それから作戦中に必要とされる諸物資の手配にも時間が掛かる。否、諸物資の手配よりも先に、そもそも作戦中に何が必要そうかについて考えねばならない。『遠足の時は雨が降るかもしれないので傘と、それから、テロリストに遭遇するといけないのでセルフ・ディフェンス用の武器を持っていきましょう。先生はビーム・ナギナタを持っていきます。ああ、それと、困ったときのために電話と小銭も忘れずにね』
サトーは以上の各業務を、三都市同盟発足のとき同様、各都市に割り振った。サトーが全体を監督する。俺たち七導館々々は、ヤツから受け取った方針と原案を元に、前述の道順と検証作業を担任した。(現地でどのように云々に関してはサトーが一人で全てを賄った。そろそろ参謀役が欲しいわねと彼女は漏らした)
現実に俺たちが出撃したのは一八日のことだった。予定が大幅に前倒しになった理由は簡潔で、
「スポンサーがそう求めてきてな」
言って、夏川部長は酸っぱい顔をした。彼女は、親会社に会わせればどんなことになるか、想像もしたくないサトーに代わって先方との交渉役を任されている。より精密には我が部の代表として。他校の代表はまた別にいる。ただ、どこの親会社も同じようなことを言っているらしい。
「前のレイダーのときの放送。あれは人気が出たろう。SNSだので拡散もされた。ブラスペへの注目は相当にアレで高まったが、スポンサーからすれば、この機会を逃したくないのは当然だろうからな。親会社に通達があったらしい。“一ヶ月も何を遊んどるんだ。とっとと戦わせろ”と」
「ああ」俺は合点がいった。「つまり、あの急なNPCのスポーンも?」
「そういうことだろうな。明言はされなかった。それにしても困るな。困るぞ。レイダー戦のとき、我々は、何週間も不眠不休で事前準備を進めた。それなのに――」
「ええ。まあ。そうですね。あの平野に馬車で一〇〇〇人のNPCを輸送するだけでもかなりの不手際があった」
「大体、ダババネルだけならまだしも、ウェジャイアとリッテルトとも足並みを揃えねばならないんだぞ。あちらにはあちらの流儀がある。こちらにはこちらの。構成人員も組織も違う。考え方すら。ただでさえ今度の出撃、リッテルトは乗る気としても、ウェジャイアは及び腰なんだ」
「中村にならアレとしても、サトーのスピーカーにされた中村からの命令なんて、聞きたくないってキャラバンもあるそうで。他校と連帯するのは大変ですね」
「大変だ。だからこそサトーが言っていたように、とっとと、都市から市だか国家だかに体制を変えるべきなんだろう。そうすれば、サトーが、ウェジャイアだリッテルトだの連中に命令する根拠もあることになる。どうせサトーが私たち全員の飼い主になるのだから」
先輩は飼い主という形容をあからさまに使った。冗談だぞ、と、そう強調するような発音で。俺は安心した。俺は勿論、部長も勿論、とりあえず七導館々々高校の面々は可能な限り精力的に働いていた。サトーに対する信仰に近い感情がそうさせた。自分たちが熱心でないと次の戦いはもしかすればもしかするという合理的な判断もあった。
働く方はそれでいいとして、働かせる方のサトーはと言えば、めちゃんこにぶー垂れた挙げ句、出発してから二日程は口を開けば親会社への悪口で、
「ああいう会社が定めるんでしょうね。対象を取る効果と取らない効果とか。サイクロンでミラフォは止められないとか。ドラグーンとアナコンデがどうとか。付き合いきれないわ。ったく。スポンサーの理不尽から所属団体を守るのが仕事でしょ。まず私たちは学生なのよ。学生なんて非力なもので以下略」
その悪態も三日目からピタリと止んだ。二日目の深夜まで、俺たちの頑張りとサトーの統率よろしきを得て、後の言い方をすれば行軍は恙なく進行していた。行軍計画が急造品で、穴だらけだったことを考慮するならば、これは全く奇跡だった。奇跡は長続きしない。雨が降った。車軸を流す程の。それで歯車が狂った。
行軍はダババネルから始まる。ウェジャイア、リッテルトの順にその傍を通過して、その通過時に、他都市から選出されたメンバーが行軍列に加わる。
バスのようなものだ。ダババネルから出発したラデンプール行きは、目的地までの、複数の停車場で客をピック・アップする。停車場が複数あるのは何故か。一度に多くの人間が乗り降りすれば混乱が生じるからだ。停車場毎に数十人、多くて一〇〇人が、それぞれの町のリーダーから推薦を受けたPCや傭兵団の長らに率いられて、迎えを待つ。ああ、ちなみに、率いられてと言ったけれども、七導館々々方式で、リーダーは一人で部下全部の面倒をみているのではない。例えば一〇〇人の集団は、ニ〇人ずつ、五つの小集団に分けれている。その五つの集団の長をリーダーが統括するのだ。(ちなみにのちなみに、全体把握を楽にするために、いまの例で言えばニ〇人の小集団を小隊、小集団が集まったものを中隊、全体を大隊と呼び分けている。ダババネルからの始発部隊は中隊となる。性質上、中隊と小隊は隊毎にそれぞれ人数が異なる。また、ダババネルからの始発を第一、次に合流するものを第二と、合流順に、各中隊には管理番号が割り振られる。中隊は全部で九個ある)
このような手筈が整えられていたのだが、雨のせいで、予定していた合流地点が軒並み使えなくなった。ある合流地点は沼のように泥濘んだ。ある合流地点は土砂崩れはに見舞われた。ある合流地点は増水した川に飲まれた。どれも事前検証の時間が短かった為、とりあえずココでいいか、テキトーに決めねばならなかった合流地点である。
こんなときのために指定されていた予備地点も、その地点自体が無事でも、そこへ到着するための道が冠水したり、舗装が割れたりしていた。
必然、行方不明になる隊が続出した。合流地点に居ては危ないからと――なまじ土地勘があるだけに――避難を試みて、視界が悪いので、または使うはずだった道が使えないで迷子になったのである。参った。ゲーム内に電話だ無線だはないから、サトーはログ・インとログ・アウトを反復して、
「いまどこにいるの?」
「問題はなに?」
「助けが必要?」
「状況は?」
「ご注文は? チャーシュー麺? 餃子? なんでもいいからとっとと返事をしなさい」
ある部隊を救出するべく送り込んだ部隊がまた遭難するようなこともあった。激動の一夜だった。夜が明けても空は依然として暗かった。次の雨が近いのだった。かと思えば晴れた。全員の気分も晴れた。そしてまた曇った。秋はこれだから、と、サトーは愚痴った。行軍は滞ったが、逆にソレが話題を呼んだというか、『頑張れ! 死ぬまで頑張れ!』的なものを本能的に好む我が国民に愛されたようで、戦いもしていないどころか敵を見てすらいないのに、放送の視聴率は高まったそうだ。やれやれである。
以後、道の具合の悪さから事故は多発、事故のせいで道の具合は更に悪化、ついにはお亡くなりになるものも現れた。道だけではない。メンバーにも死者がちらほらと。
リッテルトを通過したらばラデンプールまでは一直線、両者の距離は徒歩で一・五日を残すばかりだが、その間には衛星的居住地などが少ない。物資、とりわけ食料について、事前手配が追い付かなかったので、我々は進路上の村村から分けて貰うことで対処していた。そのルーティンがリッテルトから先では通用しない。
このため、リッテルト通過後からは大量の馬車列(食料を満載している)が大隊を追従することになっていたのだが、道がこうだからトロい。行軍は更に遅れた。
「いやはやなんだかな」加藤先輩はサトーが大隊本部とか命名した場所、言ってしまえばある馬車の荷台で、不満そうに言った。サトーから力量を見込まれた彼は、本来であれば、食料だ武器だ何だについての根回しに辣腕を振るうはずだったのである。実際には、日々、各中隊から上がってくる『これくーださい! ないと困るの。ウチの部下が死んじゃうかもなの。くれないと殺す』に対処し続けている。
「面白くないな。レイダーのときも別に面白い訳じゃなかったが、今度のは、前のよりずっと面白くない。苦労ばかりが多い」
せめて高木が居てくれればまだ愉快なんだが、とは、先輩は言わなかった。態度にも、俺や夏川先輩にそれとなく悟られるぐらいにしか表さなかった。
状況は刻一刻と悪化した。「こんなはずではなかった」と、嫌になって、職務を放棄する者、それに怒って暴れる者なども相次いで、いや、本当に、なんというか、――ラデンプールに辿り着いた時には満身創痍だったね。というか、なんで、無事に辿り着けたのかねえ。不思議だ。