2章8話/銃弾と日用品と食い物
己の職務は兵站である。兵站とは何か。軍務省が発行している作戦要務令によれば『軍隊が人間の集団として営まれるのに必要な消費活動を支援する戦略的概念』である。ずばり弾丸、砲弾、食料、糧秣(馬の食料)、飲料水、それを入れる瓶や缶、被服、医療品、日用品、燃料獣医、医者、技師――などなどを揃え、必要なところに必要なだけ送り込むこと、と、言い換えて差し支えない。(〝差し支えない〟だけだ。兵站とは非常に包括的な解説が面倒な分野である。早い話、戦争を遂行する為のリソースを調達し、加工し、分配し、動員し、展開することで、兵の調達や訓練さえも兵站に含まれる。ただ、そこまで話を広げると何が何だか己にも分からなくなるので、ここでは己の専門分野である物資の調達、手配、輸送等に解説の主眼を置く)
具体例を示す。例えば妹の第ニ旅団が演習用の弾丸を欲しているとする。すると、まず妹の旅団の兵站部は、アイツの旅団が駐屯している県の兵站司令部に要請を出す。兵站司令部は県内の、交通の便の良いところに設けられた物資集積場の中からひとつを選んで命令を出す。『これだけの弾丸をこの日までにここへ届けなさい』である。当該の物資集積場はそれぞれ独自の輸送部隊(後備部隊)を使ってその命令を実行する。
この他、兵站司令部の日常的業務は、ウチと軍務省の経理局や兵器局などが合同で定めた備蓄プランに沿って、県内からやれ弾丸だのやれ銃砲だのを蒐集すること――になる。要するに『これをこれぐらい売ってくれ』と民間業者(PC経営)に発注しているのだ。実際に蒐集された(購入された)物品は各物資集積場へ直接、運び込まれる。集積場で働く人々はその荷物を検品し、仕分けして、それから適切に保管している。
では、己たち参謀本部兵站部の仕事は何か。件の『弾丸を届けてね』という命令を作成するためのマニュアル作りなどがそのひとつである。どんなマニュアルだろうか。こんなことが書いてある。
『その量の弾丸を輸送するには馬車と馬と人手がこれぐらい必要である。ただし、天気や道路状態によってはこれぐらいになる。弾丸はこのように梱包しろ。荷台へはこう積み込め。ルートはこういう風に選べば安全だ。危ないルートを選ばなければならないなら護衛はこれぐらいつけろ。事故が起きたときのためにこういう備えと連絡網を構築しておけ。事故への対処法はこうだぞ。輸送中、これぐらいの時間置きにこういう休憩をするように』
簡単に書かれているようだが、この一文一文の背景には膨大な数の高学歴の涙ぐましいエピソードがある。マニュアル作りは生半なことでは成し遂げられない。複数の人間が知恵を絞り、それで導き出された仮説や数値が正しいか否かを緻密に検証して、正しかろうがより効率的にするための改良を行い、間違っていればイチから見積もりし直さねばならないからだ。
我々、ブラスペ・プレイヤーは巨人の肩の上に立っている――過去の偉人や戦史から多くのことを学べるが、しかし、或いはだからこそ、こういった業務は難しい。ただ過去に倣うだけでは何の意味もないからだ。あらゆる計画は現在の状況に合致していなければ結果を伴わない。『この例と現状は似ている!』と言っても、細部は当然、異なるわけで、ひとつ違えば何もかもが異なる。
尤も、いまは戦時だからこれほどぽややんとした仕事はしていない。平時から徐々に進めてきた兵站線の計画と敵国研究に没頭している。
兵站線――戦時、敵国に踏み入ってからも軍隊は消費活動を続ける。ある程度は現地で徴発するとしても弾丸や砲弾は後方から送らねばならない。その、物流の流れが兵站線である。
まず、後方(本国)から送った物資が敵地の浅いところに設けられた集積主地に運び込まれる。集積主地からは各旅団が展開している地域ごとにひとつ設けられた兵站主地へ運ばれる。兵站主地と旅団の間に実際に旅団が物資を受け取る兵站地が置かれる。
ただし、旅団が敵国の奥へ進めば進むほど、兵站地も前進するから、兵站主地と兵站地との間には無数の中継地が作られることになる。この、それぞれの兵站拠点をどこに置き、それぞれになにをどれぐらい備蓄するか、どれぐらいの人馬で運用するか、どのような問題が出るか、それをどのように解決するべきか、そもそも予算や人手は足りるか、足りなければどうするか――を考えることが計画になる。数千トンの物資を限りある人馬で以て数百キロ先に、しかも数日以内に届けねばならない場合、その実行は勿論、計画立案にも途方もない困難が伴う。ああ、当然、この困難には、単純な頭脳労働の苦痛以外に、デスク・ワークでストレスを溜め込んだ部員達の対立や喧嘩などの事件、その解決作業も含まれる。兵站部が人と人で織り成される組織である限り対人関係のトラブルは絶えない。
例えばココにAという意見とBという意見、そのどちらが正しいかで争う、二人の男(別に女でもいい)が居たとする。Aの意見を正しいとしたとき、つまり兵站部の正式な方針として採用したとき、Bの奴は明らかにAの野郎を怨む。また、A意見を採用した兵站部という組織全体を怨むだろう。怨んでいる組織に対して律儀に奉仕する輩は居ない。Bの彼はサボタージュを始める。業務が滞る。周りが迷惑する。そして、まあ、アチコチで同時多発的に対人トラブルが続出する。
それを防ぐ為には、Aの意見を採用したとき、Bの奴に『君の意見も悪くなかった』とか何とかいい感じの根回しをせねばならない。(もしも、Bの意見を提唱した奴が有力者、つまり将来を嘱望されているとか、上層部とコネクションがあるとか、とにかく“面倒事”を引き起こしそうな場合はより周到な根回しが必要になる。はっきり言って、全く絡みがない、或いは嫌いな奴の機嫌を取りに行くのは精神的な拷問でしかないが、仕事だから仕方ない。無論、仕事だから仕方ないの精神が見え透いていると、それはそれで面倒なことになるので、管理職には演技力や忍耐力も求められる。ちなみに、Bの方をばかり可愛がっていると、今度はAの方で『なんで俺は』とか腐り始めるので、その辺りはバランスである)
研究は情報部や諜報局と合同で実行する。
今年、敵国で何が豊作だったとか、だから何がどれぐらい徴発できるかとか、現地住民はどんな生活をしているか――などを調査することがその主な内容だ。好戦的な住民が揃っていたり、或いは不毛である地に兵站拠点を置くことはできない。
然らば、兵站部長という己の個人的な仕事内容は何か。多分、いま妹のやっているだろうこととそう変わらない。違うのは頼れる参謀長がおらず、己自身が各課に割り振る仕事内容を立案せねばならないことだ。
更に『さあ、いまから出征だ!』となった時点で己はデスクを離れねばならない。出征する軍の総司令部兵站部長に就任せねばならないからだ。従来の、現実の軍隊であれば考えられない話であるが、とほほ、ブラスペ世界は恒久的な人材不足に悩まされている。能力があるならば然るべき場所で働かねばならないのだった。