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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章7話/死に至る病 - 中(花見盛)


 井端の隊でトラブルが起きたそうだ。全体で見れば本日五度目の、通算で見ればこの六日間で一三度目の、交通事故であるらしい。あるらしいというのは、伝令に来たウェジャイア出身の二年生が要領を得ない報告をする為でもあり、井端の隊の直ぐ傍を移動していた隊から“~らしい”という推測が届いた為でもある。サトーは不機嫌になった。今日だけで七五回目の舌打ちをする。一〇月も半ばを過ぎた空は、雲が目立つものの、概ね青くて高くて広かった。人の苦労など世界の知ったことではない。


 日めくりカレンダーを使っているご家庭であれば、また新しい三一枚に『やあ!』と挨拶をした頃、我がダババネル住民課は次のような調査結果(難民への意識調査の結果)を提出した。


 ずばり、難民の多くは故郷の農村やラザッペに帰りがってはいない――のだそうである。彼らは一様に安定した生活をだけ求めていた。『どこでも良いから普通に住めるところを。普通に暮らせるところを。満足な食べ物を。凍えないで済む家を』


「加藤君が言っていた通りね。NPCには愛国心だとか地元愛だとかはない」サトーは判断した。


「ふうん。ある意味ではラッキーね。またある意味ではアンラッキーだけど」


 サトーは難民たちの処遇について幾通りかの想定をしていた。一つはダババネルそのものを拡張して受け入れるプランである。一つは三都市に分散して受け入れるプランである。一つは新たな都市を切り拓いて、そこへ、難民を丸ごと放り込むプランである。一つに拘る必要はない。二つ以上のプランを複合的に用いても良い。NPCどもが暮らす土地に頓着しないとなれば尚更である。 


 サトーは今後の方針を固めるべく第二回三都市会議を催した。


 ウェジャイアにしろリッテルトにしろ、ダババネルとはまた別の角度から、対レイダー戦後の処理に追われていた。ウェジャイアはその商業力を最大限まで稼働させて、先の戦いで地域の随所から失われた労働力や物資を右へ左へ流している。都市内部のあらゆる工房とキャラバンは昼夜の区別を失っていた。農業都市であるリッテルトも基本は変わらない。余剰生産物と労働人口とをアチコチに回すことで利益を形状しつつ、いろいろな集団に、恩と貸しをばら撒いていた。(少数ではあるが、地理的に近いダババネルではなく、より安全な両都市に逃げ込んだ難民もいる。彼らの処置にもそれなり以上の労力が割かれている)


 このような事情から、会議の焦点は最初から三番目の選択肢、“どこか適当なところに難民を押し込んで解決しよう”に当てられた。


 予てよりウェジャイアはその東方に位置する肥沃な平野――ラデンプールの開墾に着目していたから、用地については、コレという議論もなくそこに決まった。


「段階的に開墾するのです」薔薇(ウェジャイアの首班)は提案した。「まず我がリッテルトや他都市の余剰人口を用いて。それから難民を開拓事業に注ぎ込んでしまう。開拓が進むにつれてまた少しずつ難民を送り込めばいいでせう。不満や不平は続出するでしょうが、そこはそれ、何か対策を打つということで。何かというと漠然としていますが、移住に奨励金を出すとか、移動のための費用を支給するとか、そういうので補いが付くのではないでしょうか。実際、そうしないと食い詰めて大変なことになると良く言い含めておきさえすれば」


 サトーも中村ウェジャイアのリーダーもその点には異論が無かった。否、奨励金となると、金融都市でもあるウェジャイアに掛かる負担が大きいので、中村は――政治的に必要な手続きとして――最初は反対してみせた。そうしないと、サトーたちはともかく、ウェジャイアで暮らす商人PCたちが納得しないからである。『ウチのリーダーは他都市のいいなりになってるんジャマイカ?』


 サトーが、極めて形式的に、ここで資金拠出などを渋るとロクなことにならないと中村を説得した。中村は安堵した。彼は悩んでの末に已むを得ず決断したということにして、現実には諸手を上げて、ラデンプール開拓案に同意した。その場に居合わせた俺を始め、加藤先輩など、数名は苦笑する他になかった。白々しさもここまでやれば芸術だ。政治とはなんとまあ。


 問題はラデンプールを巨大農耕地に発展させた場合、その管理と運営をどの都市が担当するか、それに移った。重大な論点である。ラデンプールを掌中に収めた都市はこれまでの数倍、数十倍、それだけの人口を養えるだけの農業生産力を有することになる。当然、揺るぎない農業生産力と出生率(人口増加率)は都市の信頼を裏書きする。ラデンプールの支配権を握った都市は他都市に対する強力な優位性を得るだろう。


 サトーにも中村にも薔薇にもそれが分かる。故に、これまた政治的な形式として、それはそれは慎重で、それでいて時に激しい討議が重ねられた結果、ラデンプールは三都市が共同で経営することになった。それはそれで悪い未来を招くのではないかと俺は疑った。利益だ利権だの配分が平等になる筈もない。


 しかし、サトーは、これでいいのだと平たい胸を張った。「未来のビジョンが見えてきた感じね。ラデンプールを共有財産に出来たならば、どの都市も、もう衛星的居住地に頼り切った生活を営まなくて済むわ。ラデンプールで穫れる麦だ何だで生活の大部分が成り立つようになる。農村部の人口が遊ぶ。都市が巨大化する。管理が追い付かなくなる。これまでの行政組織が崩壊しかねない事態が起きるでしょう。必然的に、各都市は、より有機的に結合せねばならなくなる」


「悪いがね」俺は夕飯の席で、スプーンを振り回しながら語るサトー、彼女に向けて苦笑を示した。


「俺にも分かるように言ってくれないか」


「これまでのゲーム内国家は全て都市国家だったわ。壁に囲まれた、狭い狭い、街でしかなかったの。でも、これからは、そうではない。発展の時代よ」


 サトーは夕飯のコロッケおにぎり――冷たい飯で握ったおにぎりの表面を潰したジャガイモで覆ったもの。牛乳もクリームも入れていないのに、それらのような、濃い味がする。隠し味で入れたニンニクのパンチが米に合う――をはむつきながら言った。


「国が生まれるわ。大地に根付いた国がね。壁を国境としない国がよ。ダババネルは都市国家から市へ。ダババネルを含めた、ラデンプールを含めた、三都市は県とか州とか呼ばれるものに。領域国家の生みの親になる気分はなかなか乙ね」


 俺は口の周りをジャガイモでベタベタにしながら、まるで少女漫画の乙女だ、目をキラキラと輝かせるサトーを意外に感じた。


「上手く行くかな。三都市がそこまで団結出来るか。昨日まで別々だったものが混ざり合うんだろ」


「上手く行かせるのよ」俺の不安をサトーはそのように跳ね除けた。


「安心しなさい。何も心配は要らないわ。必ず上手く行くから」


 サトーにそう言われたらどうしようもない。この前のマニュアルの件とかを鑑みると、どうだろうな、上手く行かない可能性もあるだろうに。俺は肩を竦めた。深く追求するのを諦めたのだった。どの道、深く追求したところで、根底にある知能の差で俺はサトーに勝てない。単純な口先の勝負ならまだしも。


 ラデンプールの開墾計画は、一〇月に入って、難民の生活がまあまあ落ち着いてのに合わせて、急速に立案された。リッテルトが時間を掛けて組み上げていた構想を転用したのだった。ラデンプールがどのような場所か。何が育つのか。どんな野生動物が暮らしているのか。どこからどこまでを開墾範囲とするか。都市計画はどのようにするか。インフラはどう整備するか。最初に入植させるのはどんな連中にするのか。連日のように、三都市間の代表者達が、ゲームの中ではまどろっこしいので、リアルで集まって話し合った。会談場所は主に喫茶店だとかカラオケ・ボックスだった。可愛いものだ。秘密基地で世界征服の計画を練る小学生にこの時期のサトーたちはそっくりだった。


 一〇月の二周目、ラデンプールの現状を確認したり、初期に移住する人々のための縄張りを行うべく、調査団が発足された。


 で、派遣された彼らが、三日としない内に血相を変えて帰ってきた。調査団三五名の内、八名が死傷、二名が行方不明になって、残る全員が負傷していた。その訳は単純だった。ラデンプールに好戦的なNPCが住み着いていたのである。誰も気が付かない間に。


 レイダー騒動の間にどこからか移動してきたNPC集団だろうか。サトーらはそう当たりを付けたが、敵の規模が、どうも数十でも数百でも利かなそうだと、徐々に判明した。行方不明になった二人が後からヒョッコリと現れて、ラデンプールを当てもなく放浪していた間に見た景色、アチコチに原始的な村を成立させたNPCの様子を語ったからである。サトーらは仰天した。間もなく呆れた。


 NPCの発生とその条件についてはゲーム開始時から、それはもう、多種多様な噂があった。人が密集する、国が成される、そのようなことがトリガーになって、既存のプレイヤー集団に対して敵対的なNPCが大量スポーンするのではないか――という説もあった。どうもそれらしい。でなければ、一〇〇〇かニ〇〇〇か、もしかすると三〇〇〇人ものNPCが北か南から押し寄せるのを、三都市全てが見逃す筈がない。(奴らとて、常にではなくとも、街道を使うはずだ。移動した痕跡はどこかで発見出来て然るべきである。殊に我々は、レイダーの残党がどこかに潜んでいないか、最近は都市周辺の哨戒に努めていたのだから)


 再び討論の種である。NPCは、つまり、どこからか来たのではなく、無からいきなり生じたことになる。これでラデンプールの開拓は可能なのか。倒しても倒してもまた次が現れるのではないか。アレコレと、ゲーム外から専門的な知識を持つ他校の生徒まで連れ込んで話し合いがなされて、最終的な結論は一〇月一三日に出た。


 なんにしても難民を腹に抱えたままでは身動きが出来ない。また、ラデンプールへの将来的な移住については、既に難民らにそれとなく通達されている。かてて加えて、報告によれば木製とか石製の刀だ槍だ、略奪や採取や狩猟を生活基盤としているような蛮族に敗北する三都市同盟であれば、この先、市民たちに見限られることは必定である。


 NPCどもを討伐するべし。可及的速やかに。かくて師は起こされた。


 起こされたはいいが、冒頭で語った如く、それはそれは散々なことになっている。





 


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