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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編2章『七導館々々高校文学部』
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番外編2章1話/失われたときを求めて(蕪城)

 五歳のときのことだ。“サンタクロースは居ないんだよ”と力説して友達の花子ちゃんを泣かせた。悪気は無かった。悪びれもしなかった。事実としてサンタクロースは実在しない。嘘の存在だ。嘘は悪いことだ。それは嘘だよと教えてあげることの何が悪いの? 


 いや、誤解しないで欲しいのは、いまの私は空気が読める。『今年はサンタさんにお医者さんゴッコ・セットを貰うの!』とか言っている年齢一桁のオコチャマが目前に居たとしましょう。それを捕まえて騙されてはいけないわ、あれは大人の陰謀よ、資本主義社会の生んだ奇形の伝説よ、どの玩具屋さんも経営が厳しくてクリスマスと年末の商戦はそれはもう必死、貴女の欲しがってる玩具もその産物でしかなくて貴女みたいな子供が欲しがるようにデザインされてて、それに乗っかるのはだからつまり大人の思う壺というか、ああ、そうそう、そういえばどれだけ憧れててもこんなこともわからない貴女の頭の出来ではお医者さんにはなれないと思うけど、――とかなんとか言ったりはしない。思っても口に出したりはしない。(もしかしなくても私はこのように性格が悪い)


 ただ、私はこう思っている。


 嘘は良くない。


 母は私にそう教えた。父もだ。幼稚園の先生もだ。一番、最初に教わった人生の掟らしきものがそれだったと記憶している。


 その掟を破ると母は悲しむ。父は怒る。幼稚園の先生は面倒そうにする。私は彼らに思い悩んで欲しくなかった。否、私だって聖人君子ではないから、それは打算や下心もあった。素直でイイコだと褒められたくもあった。オネショした事実を隠蔽してお仕置きされるのもご免だったし。頭をゲンコツで両側から挟まれてグリグリされると痛いのよね。父も母も普通の人、つまりは躾の範囲を僅かに超える暴力を振るうことに躊躇はしなかったし、時として個人的なストレスや鬱憤から子供を叱ることがあったから。


『詩乃』と、母は私が嘘を吐いたときに、切なそうに言った。


『貴女が嘘を吐くと私はこんな風に泣いてしまうの。我慢ならないのよ。ママを泣かせないで。あったことは隠さずに言いなさい』


『詩乃』と、父は私が嘘を吐いたときに、まず私を折檻して、それから泣く私を膝の上に抱き上げて言った。


『お前が嘘を吐くと父さんは辛い。我慢ならない。父さんを辛くさせないでくれ。あったことは隠さずに言いなさい』


 いまにして考えてみれば、彼ら、私のことなんて考えていなかった。そうだ。嘘を吐かれると自分が不愉快になるから嘘を吐くのはやめなさい。そう教えていたと分かる。その意味からしても彼らは普通の人だ。それに育てて貰った恩がある。さも真実らしく私に嘘を刷り込んだ張本人たちであるにしても、彼らを嫌いになるのは難しい。寒い夜の日に私を抱きしめてくれた二人のぬくもりをどうして忘れられるだろう。


 それでも。だとしても。だからこそ。八歳のある日、私は父に、母が知らないお兄さんと遊びに出掛けたことを告げた。そのお出掛けには私も同行していた。だから細かいところまで私は父に漏らさず伝えた。父と母は大喧嘩をした。父は母を殴った。母は私の手を引いて家を飛び出した。それから例の若いお兄さんのところへ駆け込んだ。翌日の夕方になるまで母はお兄さんに明らかに女としての態度で接して、媚び、娘の親権がどうとか、それで養育費がどうとか、そればかりを話し込んでいた。子供だから分からないと思ったのだろう。


 母は泣ける映画を連続で四時間ぐらい見た。目を赤く腫れ上がらせた。それから、私に、絶対にお父さんにだけは今日のことは内緒よと言い含めて、家に帰った。父は母を心配していたようだ。母はビジネス・ホテルに昨日は泊まって、狭いところでジッとしていたら私が悪かったことがわかって、後生だから許して欲しいと父に縋り付いた。父は父で俺が悪かったよとか言った。私は迷った。どんな馬鹿でも理解できた。ここで真実を語ればどうなるか。


 結局、一七歳の私は父と二人で生活しており、その父はかれこれ一〇年近くも鬱病に苦しんでいる。父は私を娘として取り扱わない。同居している嫌なガキだと思っている。それでも構わない。私は趣味として小説を書き始めた。執筆に没頭すると寝食を忘れるぐらいには没頭している。


 毎晩、父は向精神薬を砕いて溶かしたとんでもない焼酎を飲みながら、


『真実よりも心地良い嘘の方が何倍もマシなのさ。なあ、詩乃、もう小説なんて書くのは辞めろ。父さんはもう沢山だ』


 私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。


 ……そんな私がサトー展とかいうのに行った。別に行きたくて行った訳ではない。第一、そのデパートの中に入った美術館で催されている特別展の存在を、私は現地へ行くまで知らなかった。それどころではない。サトーとかいう名前すらその日の数日前になって知った。私をその展示に連れて行った友達から教えられたのである。『サトー知らないってマジ? 嘘でしょ。有名人だよ。嘘でしょ。高校生で知らないってないわー』


 嘘じゃない。嘘じゃないから。嘘じゃないもん。ああもう。畜生め。人が人をぶち殺して回るゲームなんて残酷なだけじゃない。嫌いよ、ああいうの。あ、ちなみにこういうのを同族嫌悪と呼びます。他人を傷付ける残酷な行為を好んでるのは私の方って、それ、いちばん言われてるから。よろしく。はい。


 必然、私は、だからサトー展にそれほどの興味を持たなかった。展示内容を見て廻っている間も生欠伸ばかりしていた。


 気付きは突然に私の頭を過ぎった。


 最初はあれと思った。続けて不愉快になった。展示を見終えて満足している友達に頼み込んで――『ええーっ。どうしたの。そんなに気に入ったの。あたしはもういいや。ここで待ってるから。いってらー』――、展示内容を初めから見直した。仔細に。入念に。余す所なく。疑惑は直ぐに確信へと変わった。


 嘘だ。


 この展示会、嘘だ。


 サトーって人はこんな人じゃない。絶対に違う。この展示会では彼女を格好の良い英雄として紹介している。でもその実態がそうであったとはとても信じられない。


 相変わらず私は彼女と彼女がプレイしていたブランクなんらたとかいうゲームには食指が動かなかった。ただ、その嘘を人々が喜んで受け入れていることに非常な苦痛を感じた。だからなに。人々を啓発してやろうとかそういうことなの。私は何様なのかしら。そもそも人々に苦痛を感じるって。なにそれ。お気持ち警察か何かなの。もうやめときなさい。貴女が勝手に推理した真実らしきものが仮に事実だったとして、仮によ? 仮に。妄想である可能性は高いけど。でも仮に事実だったとして。それを人に伝えて何が起きる訳でもないし、まず、そう、証拠がないでしょ。証拠がなければ人はそう簡単に貴女の話なんて信じないわよ。まさかその証拠を探すとか言い出さないでしょうね。骨が折れるわよ。いや、いやいやいや、いやいや、というか、そもそも証拠のしっぽを掴むのも無理でしょ。徒労よ。やめときなさい。そろそろアンタもまともな暮らしを始めるべきよ。高校生らしく過ごせばそれでいいじゃない。とりあえずタピッときなさいって。タピッときなさいって。ね?


 ――で、それから三週間後の今日、私はここにいる。サトーの過去を詳しく知っているという花見盛さんのお宅である。サトーの真実とかいうものを追い掛けて。嘘は良くないものだから。


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