次章予告
『悪かったね。予想以上に長い話になって。もっと手短に済ませるつもりだったんだ。だが、ま、わかるだろ? 懐古主義者なんてこんなもんさ。思い出話をするのは楽しい。現在に不満を抱いていれば尚の事ね。思い出なんてどうしようもないものさ。日に日に美化されていく。あの時代は良かったなんて俺も語るようになった。年を取った。実際にはあの時代と現代で何が変わった訳でもない。いや、あの時代にはあの時代の良い悪いがあった。いまにはいまの良い悪いがある。俺たちは自分たちの生きたあの時代の良さだけを切り取ってダイアモンドのように崇拝している。
君から、最初、サトーの話を知りたいと手紙を受け取ったとき、実は話すかどうか迷った。
世間で言われているな人物とサトーはぜんぜん違う。違っただろ。彼女を取り巻いていた環境も。恐らく君が抱いていた幻想や理想や先入観とも。
俺はね、あんなことになってからも、或いはなったからこそ、サトーのイメージだけは高潔に保っておきたいと……、ワガママだな。
ま、でも、それがあの特別展に俺が大量の、サトーの写真だの映像だのを寄せた理由なんだ。俺がこういう生き方をしている理由なんだ。
全ては昔のことだ。
もうどうしようもない過去だ。
取り返しがつかない過去だ。
俺はそれと折り合いをつけて生きているつもりだ。恐らくサトーもそうだろう。
しかし、現実には、多分、いや、全然、折り合いなんてつけられていない。
いまでもサトーの夢を見る。
サトーは居なくなった。あれからいろいろなことがあった。最初に言ったようにサトーは俺が殺した。責任を取るという形で。少なくともゲーム内では。ゲームの外では俺たちの仲間が、藤川が、アイツを七導館々々高校の屋上から突き落とした。俺たちを裏切ったと。信じていたのにと。そう叫びながら。
他の部員についての話もしたい。が、それを始めると若い君の貴重な時間をまだまだ無限に潰してしまうことになる。
もし知りたいというならば、俺はそれを本心では望んでいない気もするんだが、これから言う住所を訪ねてくれ。俺は表面上ではそれを望んでいるから。
本当の本当に話はこれで以上だ。じゃ、執筆活動、頑張ってくれ。俺は七導館々々高校のOBだからな。あの学校に在籍していたことを個人的には誇りにしているぐらいだ。君の在籍している文芸部とはついぞ縁が無かった訳だが、ま、それでもな、他人な気はしないよ。職業が似たようなもんだしな。何かあったら気軽に連絡をくれ』
……気軽に連絡をくれと言われた。だから気軽に連絡をした。住所を訪ねてくれとも言われた。だから訪ねた。理論武装の上では私は無敵だ。
でも、まあ、なんというか、とりあえず手土産に地元の銘菓を持ってきたものの、はてさて、これで良かったやら。考えてみれば私は女子高生だ。向こうは一八年前に男子高校生だった人である。犯罪とか噂されないだろうか。援助で交際で春を鬻ぐ感じの女だと思われたらばどうしよう。そのときはそのときか。割り切る他にない。
どんな悪い噂を流されようとも――――
「あの」私はインターホンを押して名乗った。「蕪城です。七導館々々高校の。文学部の。お約束通り参りました。サトーのお話を聞きに」
――――芸術のためなら安いものだ。