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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
2章『腐敗、不自由、それと暴力』
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2章7話/The Times They Are not A-Changin'


「お疲れ様です」会議室を出るなり待っていた古が言った。


「早速ですが、この一時間後に別の予定がありますのでまず執務室でお着替えを願います。親会社との会談ですので不用意な発言はされませんように。外泊の可能性も考えてお荷物は纏めておきました。それからこの書類にサインをお願いできますか」


「どの書類だ。――ああ、この程度ならお前が代筆してくれていい。そうだ、さっきまですっかり忘れてたんだが参謀次長の誕生日が近い。あの人、この時勢でも贈り物だけはしておかないと機嫌を悪くする。何か見繕っておいてくれ」


「それなら既にお送りしました。次長はこのところ前衛芸術に凝ってらっしゃるとのことでしたのでその類を。それと、明日の部長会議で使う資料はいま作成しております。会議室の確保とセッティングは間違いなく行いました。明日と言えば、明日の朝にもまたお話しますが、神々廻軍務副局長から先程ご連絡がありまして、明日の一三時頃にコチラへ参られるそうです。車の手配はしました。一ニ時頃に私、玄関まで迎えに出ますので」


「お前はまるで女王様の鏡だな。鏡よ鏡よ鏡さん、私が次にしなければならないことはなんでしょう」


 己は歩きながら煙草を咥えた。長いことポケットの中に入れておいたのですっかり折れ曲がっている。古が火を着けてくれた。礼を言う。彼女は「会議は如何でしたか」と尋ねてきた。己は「時間の無駄だ」と吐き捨てた。


 我がモヒートの戦争準備は次のようにして遂行される。まず、敵国との緊張が高まった時点で準戦時体制へと移行する。と、同時に緊張具合に応じた動員(NPCへの召集令状の送付)が開始される。平時、地域の治安維持組織でしかない各旅団には定数の五割程度しか兵が配置されていない。一〇割を雇用し続ける財源がないからだ。例外は国境付近での日常的な小競り合いや地方NPC反乱に備えて編成されている各種独立部隊だけである。


 いざ戦争が不可避――と思われた段階で戦時態勢に移る。軍と総本営が設置される。


 軍は平時には存在しない部隊編制で出征する全旅団を統べる。総本営は会長を軸に軍幹部と内閣によって構成される最高戦争指導会議と言って差し支えない。今回の場合、総本営はついこの二日前に設置された。


 オンラインでやりとりしていては様々な不都合があるから、ということで、総本営会議はリアルでのみ行われる。議場は連合生徒会館だ。連日、繰り返される会議の度に学校と会館と自宅とを行き来していては身が持たないから、総本営の主要構成員は連合生徒会に住み着いていた。己とても例外ではない。かつて、大企業の保養所だったこの建物にはそれだけのキャパシティがある。(ちなみに学校の方は、まあ、疎かとは言わないまでも、“代返屋”に頼っている。近年、特にウチのような学校は、出席点よりもテストの点数を重く評価するので、欠席が増え過ぎなければなんとでもなる。この辺りは低学歴どもが羨ましい。奴らは在籍さえしていれば、大抵の悪事は見逃されて、三年で卒業証書を手に出来るのだから)


 ……先ごろまで己が参加していたのがまさに総本営会議だった。秀才揃いかと思いきや三分の一は使い物にならない。親が有名私学経営者だからというだけで大臣に勅任されたあの野郎はこう言った。『俺は戦争のことも政治のこともさっぱりわからんのだからね、仕事は次官に任せてあるんだ。おい、次官! 早く来い! いやー、仕事のできる奴だが鈍いんで困ってるよ。ところで飲み物、貰える? 平気平気、ビールはアルコールじゃないから。度数的に考えて』


 厳しい選抜試験を経てのみ任官できる官僚の長――各省の事務次官は有能である。はずが、ある次官はさして専門的でもない質問に対して答弁できなかった。『その件については大臣がアレをコレでして。それで、あの、アレなコレでアレなんですよ』


 急な改組と移転に追いつけていないのだろう、会館の廊下にはコピー機や寝袋や食料品の箱や使い古されたパソコンや過労で倒れた学生などが転がっている。ぶつかったりコケたりしないように歩くだけでも大変だ。アチラからもコチラからも人が走ってくる。


 どこの廊下も種々雑多な話で一杯だ。業務の話のみならず『そんなことだと何処へ行っても通用しないぞ』と一年生を脅している奴がいる。『自分の仕事が終わったなら他人を手伝うか仕事を探さんかい!』とか怒鳴っている奴もいる。かと思えば『ここはええからみんな休んで……』という奴がいる。それに素直に従う奴がいる。『そういうわけには』と拒む奴がいる。素直な奴を見て『どうしてああいうことができるんだ』と零す奴がいる。拒む奴を見て『アイツのせいで休みが消えた』と愚痴る奴がいる。休んでと言った奴に対して『なんで善人アピールするのかねえ』と陰口を叩く奴までいた。表面上、それらの陰口に同調しながら内心で目の前の野郎をケチョンケチョンにしている奴もいるだろう。


『っていうかさ、俺らなんかこれ以上に大変なことに耐えて来たんだからさ』の声はどこでも聴こえた。彼らはともすると、臆面もなく『お前のためを思って言ってるんだ』をそれらしい顔で振りかざす。そう言われた連中の八割までは感動したフリをしながら心の中で舌を出す。


 残り二割、どうしようもなく善良な連中は『あの人も本当はいい人なんだ』などと思い出す。それまで抱いていた個人への悪評や組織への疑問を『自分が未熟だからいけないんだ』と消し去るべく努力を始める。彼らはそのうち『いまの自分があるのはあの人やあの辛い経験のおかげだ』と思い込み、自らの受けた教育をそのまま部下へ繰り返す。時に、本当にこのやり方が正しいのか、と葛藤したところで結局のところやり方を変えるようなことはしない。だって、自分はこれで成功したから。――そういう連鎖に嫌気の差した風紀委員気取りがアチコチに出没している。『悪口はやめろ』とか『そういう考え方はやめろ』と彼らは命令して周り、それに従わない連中に出会すと『なんでこんな簡単なことができないんだ!』と暴れ出す。


 己は咥え煙草のまま古から受け取った缶コーヒーを飲んだ。不味くはない。美味くもない。ただ苦い。九割を飲んだところで、その中へ残りがミリ単位になった煙草を落とすした。割り当てられた執務室に戻る。狭いが機能的なそこには達人が来ていた。「よう」と挨拶する。「やあ」と返された。


 野郎は面白いものを手にしていた。コンビーフの缶だ。あの、その缶を開ける為に使う鍵みたいなモノはなんて名前なのだろうか? あれを使ってクルクルと開封される缶を見ていると己はたまらなくコンビーフを買いたくなった。缶の中身は別に要らない。ただあのクルクルを己もやりたい。


「い」達人は吃った。コンビーフをはむつく。「忙しそうだね」


「お前だって忙しいはずだ」


「第五旅団は参謀長が凄い人だから副参謀長なんてやることがないんだよ」


「か」


「挨拶だけでもと思って来たんだけど邪魔だったかな」


「お前が邪魔なはずがない」


 己は古に手伝って貰って着替えを始めた。「最近はろくでもないことばかり目につくんで草臥れている。お前と話せて嬉しいよ。病院へは?」


「このあと行くよ。ところで、そのネクタイ、少し派手じゃない?」


「そうでしょうか。そうかもしれませんね。コチラにしますか」


「なんでもいい。――いや、やっぱりそっちにしよう。でもこっちもいいか? あ、やっぱりあれにしよう」


 礼服のまま机に向かう。堆く積まれた書類は大魔王の城にも見えた。出発までにはまだニ五分程あった。少し片付けてから行かねばなるまい。



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