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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
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番外編1章41話/その日……

 

 その日の天候は悪かった。というよりもサトーはわざわざ天候の悪くなるであろう日を決戦の日に選んだのだった。『この辺りは増水すると街道が壊れることが珍しくない。あの馬車の事件のときに貴方はそう教えてくれたわね?』


 選んだと言ってしまうのは簡単だ。そう簡単に選べるのであれば苦労はない。サトーは戦いに先立ってあの手この手を弄していた。弄していたね。まあいいさ。とにかくアチコチから情報を掻き集めていた。なにしろ気象観測用の人工衛星は勿論、この世界には天気図とか気圧配置図のようなものはなく、それらを推定できる人材にも事欠いている。地域のNPCから寄せられた、


『この時期だと何日ぐらい雨が降らないのが普通だ』


『この辺りの平均気温はこれぐらいだ(NPCは気温という概念を理解していない節があるので正確には“この辺りの平均気温は服を着ていると暑いぐらいだ”とかいう文言だった)』


『霧が出る時間帯は何時頃が多い。こうこうこういう環境下では出やすいようだ』


 このような玉石混交極まりない情報を精査、分析、時間の許す限り実地で確認して、サトーはこの日を決戦の日だと定めた。(元々サトーは気象学の本を何冊か紐解いていた。この数週間で更に何冊かを読み込んでいた。『ゲームの中は中世でも現実の世界は二〇二〇年なんだもの。先の知識を活かせるなら活かした方がいいに決まってるわ』とアイツは得意げにしていた)


『いい加減でそろそろ私のタスクも限界ね』と、サトーがダババネルの周辺地図に何やら書き込みをしながら言っていたのを思い出す。


『情報を集める。それが正しいかを確かめる。分析する。更にそれら一連の流れを再確認する。とてもでないけれど、私、一人でやり続ける自信がもうないわ。この先、戦いの規模は日一日と大きくなるでしょうし。花見盛君たちも何時までも書類も書いて剣を振り回して、どっちもやるってのは、キツイでしょう。人数が足りてきたら色々と分業にしないといけないわね』


 構想は建設的だ。聞いた当時はそうしてくれと、疲れていたこともあって、一も二もなく賛成した。いまになって何だか苦虫を噛み潰したような気分になる。この先ね。戦いの規模は日一日と大きくなる――か。そうか。そうなんだな。ご立派だね。一度の戦いで何人が死ぬようになるんだ。一人か。二人か。三人か。四人か。五人か。百人か。千人か。ああ、俺はなんて情けない男なんだ。


 ……平野は開けていた。


 レイダー軍団約一〇〇〇名が一堂に会する様子を、俺たちは、一・五キロ先から具に観察することが出来た。視界を遮るものはそう多くなかった。疎らな木々と悪戯に野を駆ける野獣たちぐらいだった。その野獣の姿たちも時を経るにつれて少なくなった。平野を取り囲むようにしている森からは、異変の気配、それを敏感に察知した鳥たちが断続的に羽ばたいた。彼らは何処へ去るのだろう。南か。北か。


 現実と連動しているブラスペの季節は夏の盛、俺たちは立っているだけで滲み出る脂汗と、それとは別に恐怖から湧き出る冷や汗とに全身をびっちょりと濡らしていた。この界隈は湿度が酷い。ぬるま湯に使っているような気がする。シャツやズボンは汗を吸って肌に吸い付いていた。気持ちが悪い。掌にまでべっとりとした汗が浮かんでいる。反射的にズボンで拭おうとして後悔した。

 

『サトーが居る限り我々は邪魔され続ける。サトーを倒せば我が世の春を謳歌出来る』――ラザッペから、それはもう素直に、俺達を追撃してきたレイダー軍団は、大雑把に二、三〇〇人ずつの集団に分かれて布陣していた。サトーに言わせればテキトーの布陣ということになる。


 戦力を均等になるように中央、左翼、右翼と振り分けているけれども、それは純粋な戦力分散の愚だ――と、サトーは嘲笑したのだった。俺は、普段であれば楽しいか子供らしいなと思うその笑いを、決して好意的には受け止めなかった。


 我が軍はどうか。我が軍だと? 俺たちの総戦力は二五〇にも達していないはずだ。それで軍などと呼べるのか。


 呼べるのである。俺たちは実勢九〇〇人程であった。マジックだ。種も仕掛けもある。種と仕掛けしかない。そのトリックは単純である。


 NPCどもが武装して戦列に加わっているのだった。


『NPCは命が惜しい。命を何よりも大事にする。前にそう加藤君から教わったわ。ならば、命を守るために戦うしか無い状況であれば? 逃げることは出来ない。戦うしかない。そう信じ込ませることが出来れば?』


 サトーは以前からそのような仮説を唱えていた。彼女にそのアイデアを与えたのはダババネルの後背を守るグラペ山だった。正確にはそこに住まう原住NPC達だった。


 定説では『NPCは命が惜しむ』とされる。その割には積極的に戦闘に励むNPCもいる。特定の地域に住まう特定のNPCにだけ付与された特性だろうか。サトーは、中村たちを通じて、過去数ヶ月、各都市で起きたトラブルの詳細を集めた。


 ほら、サトーが隠蔽した例の事故、リッテルトから運ばれてくるはずだった物資が事故で――云々とかな。ああいう事件に巻き込まれたNPCはどのような態度を示すか。それをサトーは知りたがった。調べた結果、大抵のNPCは、自分の命や立場が危険に晒されている場合、割と簡単に武器を手にすることがわかった。『そうでなければこの地域に人の手が入るまでに野獣にNPCたちが食い尽くされてるに決まっているし』とサトーはしたり顔で語ったものだ。


 かくして戦列に加わったNPCども――これまで戦力として期待できないと目されていた彼らは、いま、農具だの槍だの、とにかくリーチに長けた武器らしきものを手にずらりと並んでいる。彼らの大半はラザッペかその衛星的居住地からダババネルに逃げ込んできた者たちだった。サトーが、昨日の朝、打った演説で以て彼らは殺意に燃えている。レイダーを殺してラザッペを奪い返す。殺される前に殺す。そうしなければ自分たちに未来はないと疑っていないのだった。


 ああ、否、彼らが戦力として期待できないという点は以前と何ら変わらない。なにしろ彼らはレイダーの雑魚どもよりも更に戦闘経験で劣る。農作業だので膂力こそ発達しているが、武器の扱いには慣れておらず、一対一なら絶対にレイダーに勝てない。ならば数で勝負するしかないが、現状、ご覧の通り、その数も敵の方が多い。


 それだけではない。俺達がラザッペで暴れている間、彼らはこの平野を目指して、徒歩でエッチラオッチラと移動していた。その疲れの色も未だに濃い。


 だからこそ長物を持たせてある。


 彼らは我がダババネルとウェジャイアが誇る馬車、それを横並びにした列――馬車城塞牴牾(ターボルもどき)とサトーは命名している――の陰に密集して隠れている。その馬車と馬車の隙間から手にした長物をレイダーどもの方に向けて突き出していた。(彼らの手にしている武器もまたラザッペからごっそり頂戴したものだ)


 槍衾である。サトーは彼らにそれを形成して維持することだけを求めている。近付かれさえしなければ絶対に勝てると彼女は断言していた。


 この数週間、俺たちが積んでいた演習の内容のひとつは、このような状況下でNPCを督戦することにあった。


 彼らは戦意に燃えているように思える。NPCの中には妻だの家族だのをレイダーに奪われた者もいる。そういう奴らは割と真面目に士気が高い。しかし、いざ戦闘が始まってしまえば、恐らくNPCの大半が士気を喪失する。殺到するレイダーの津波に震え上がる。武器を捨てて逃げようとする。


 俺たちがそれを見張る。牽制する。持ち場を離れたものは俺たちが殺すと言い付けてある。実際、持ち場を離れた奴は、見せしめとして殺す。それで全体のモラルを保つ。戦闘を無理にでも継続させる。武闘派集団、ヤクザ、俺は自分のことを過去、そう形容してきたが、まさか本当にそういう存在になるとはな。味方すら恫喝して使いこなす側になるとは。(ところでサトーが俺たち七導館々々に徹底させた班制度はここでも役に立った。人間を従えることに慣れた俺たちだ。いまさらNPCを手懐けるのは容易い)


 無論、それだけではない。槍衾はサトーが語っているようにあくまでも敵を接近させないための手段だ。敵の戦力は違う手法で削ぐ。正面からぶつかれば数の勝負、それこそ高木先輩がそうであったように、敵に飲まれて揉みくちゃにされる。後には骨もぺんぺん草も残るまい。


 俺たちが重ねてきた演習には火縄銃の扱い方が含まれていた。今度の戦いを勝利に導くという決戦兵器がコレである。


 数を揃えるのが財政的な事情で難しい。のであれば、火事場泥棒、奪ってしまえばよろしい。サトーがラザッペから回収させた火縄銃は二〇〇挺に及んだ。火薬もトン単位で掠め取ってきている。主に俺を始め七導館々々高校、それからリッテルトの傭兵らに分配されたこの銃は、それは馬鹿みたいに重く、馬鹿みたいに長く、馬鹿みたいに取り回しが悪かった。全長一九〇センチ、重量一二キロ、口径は二二・二ミリだそうだ。――それって凄いのか?


 このように俺たちが火縄銃について知っていることは極めて限定されている。詳しいことを覚えるだけの時間が無かったからだ。サトーは俺たちに、なにしろ実物が無いから、木で作った模造銃を与えて、日に最低でも二度、その扱い方をくどくどと説明した。どうしてそこまで繰り返して説明するのか。尋ねてみると、


『取り扱いを間違えると全滅するからに決まってるでしょ』


 そう、火縄銃は大量の火薬を使って鉛玉を撃ち出す兵器だ。只今、俺たちは車列の右翼、敵左翼と向き合うような形で、ほぼ男ばかり二〇〇人で肩を並べている。その周囲には火薬を詰めた樽だの桶だのが点在していた。その火薬に着火するための火は、火縄というように、炎上している縄を用いる。その縄の扱いを少しでもしくじれば? 火薬に引火する。引火すればどうなるか。『ボンバーマン』とサトーは俺たちを戒めた。ゲーム開始直後の無敵タイムを利用した自爆戦術なんて使いたくもない。


 さて、肩を並べてと言ったものの、俺たち、割と距離を置いて並んでいた。俺と隣の藤川の間にはもう一人ぐらいは身を捩じ込める気がする。


 火縄銃はまともに当たらない。だから密集して使用する。俺たちはそのような説明も受けていた。で、あるにも関わらずこれだけの距離が俺たちの間に存在するのは、それも事故防止を防ぐためだった。火の用心だ。マッチ一本どころか火花ひとつが俺たちをあの世まで綺麗に吹き飛ばしかねない。(事故や行動の妨げにならないようこの周辺には槍衾隊が配置されていない。俺たちだけの庭だ)


「花見盛君」あちこちを点検して回っていたサトーが俺のところへやってきた。微妙に顔色が青い。いまの空模様よりも彼女の口振りは重かった。


「どうした」我ながら愚問だったなと思う。どう考えてもコイツが俺のところへ来た理由はひとつだ。何時までもこんな突慳貪な態度を取っていても仕方ない。俺は肩を竦めた。悪かったよという合図だった。サトーは露骨にホッとした。俺は未だに胸の奥にサトーに対する怒りの火が燻っているのを感じてはいた。しかし、それを表に出すような局面でないことは疑いようがなかった。


「また後でね。もう戦いは始まるわ。安心して。勝つから」


 サトーは微笑んだ。俺は苦笑を返した。サトーは目を細めた。僅かに切なげだった。俺はこのときだけ、唯一、サトーの安心してを信じていなかった。信じたくなかった。サトーが失敗することをすら望んでいたかもしれない。酷い男だ。


 俺たちは火縄銃を射撃可能状態まで持っていった。


 まず用意してある火縄――太さ七ミリで長さ二メートルの巻いてある竹縄に着火する。着火方法は葉巻に火を灯すときと同様だ。(ちなみに火縄は着火しやすいように加工されている。具体的には鍋で煮込んだ硝子の中に浸してある。浸した後は天日干しだ。重ねて言えば、縄の表面に白い結晶、つまり硝子の結晶が残っているものは粗悪な縄であるので扱いに注意せねばならない。いまの俺のようにな。結晶は縄を振り回すとか地面に叩きつけるとかして除去する。でないと火を着けたときに火花がパチパチして危ない)


 次に銃を垂直に立てる。薬莢とか早合とか呼ばれるらしい便利な装置はまだ発明されていない。そこで足元付近に置かれた桶にスコップのような器具を突き刺す。掬うべき火薬は一五グラムだと指示されている。


 一五グラムね。俺は乾いた唇を舐めた。正確に一五グラムを計量することは難しい。目分量だ。せめてスコップにここまで火薬を入れたら一五グラムだとか線でも入っていれば。スコップそのものが急造品なのだ。已むを得ない。


 掬った火薬を銃口の中に落とし込む。幾らか零した。これで目分量が狂った。これぐらいか? と、感覚で見積もった量を追加する。大丈夫だろうか。火薬が多いと銃身が爆ぜるとか聞いていた。裂けて花のように咲いた銃身、それに身体を貫かれて死ぬのは、いやはや、絶対に避けたい。余りにも情緒がない。


 銃身内から火薬を少しだけ掌に移した。少なければ少ないでいろいろな問題が生じる。上手く火薬が燃焼しない可能性も考慮せねばならない。俺は地団駄を踏み掛けた。どうするか。どうするか。どうするか。本来であればサトーに相談するべきだ。現に藤川や久保田やジェフはそうしている。俺はサトーに声を掛けようとした。一度は手まで挙げかけた。止めた。畜生め。


 結局、減らした分を元に戻した。


 次に弾丸、極めて不格好な、悪の惑星みたいにゴツゴツした、粗悪なそれを銃口に押し当てる。銃身の下に収められた槊杖を引き抜く。それで弾丸を銃身の奥に押し込む。


 弾丸の形状が形状である。綺麗な球形に整形するには技術が足りていなさ過ぎる。だから押し込むのだ。アイスピックで氷をぶち割るときよりかは僅かに繊細な手付きで。レディを扱うときよりは些か乱暴に。さもなければ弾丸が奥まで入りきらない。(動作原理上、弾丸が奥まで入っていないと不発になってしまう。不発まで行かずともひょろひょろ弾が撃ち出されることになる)


 弾丸と銃身が擦れ合う。嫌な音がする。黒板を爪で引っ掻いているようだ。火花が出たらどうしよう。ゾッとする。火薬は摩擦熱では引火しない。火花であればあるかないかの火花でも簡単に引火する。攻撃の準備のはずなのになんでこんなに緊張せねばならないのか。攻撃の準備だからか。


 槊杖を元の位置に戻す。これが難しい。刀を鞘に収めるようなものだ。何度か舌打ちせねばならなかった。


 射撃準備はまだ完了しない。引金の上部に存在する火皿に今度は五グラムほどの口薬を盛る。これは、俺の場合、スコップでなく指を使った方が正確に計量できる。まさか料理の知識が役立つとはな。火薬小匙一杯で人が料理できるとは。


 尚、口薬とは粒上の火薬――黒色火薬を薬研に入れて擦ったものである。粉状になっている。粒の状態よりも火が着き易いのが特徴だ。


 火皿の屋根である火蓋を閉じる。これで火薬を湿気や水気から守るのだ。


 火皿と火蓋の脇を固める火鋏と呼ばれる装置――クリップに火縄を挟む。射撃準備はこれで終わりだ。後は必要なときに火蓋を切る(開ける)。それから引金を引く。すると火縄が火皿に接触する。火皿の口薬が燃焼する。火皿内部に設けられた導火穴から火花が銃身内部へ飛ぶ。銃身内部の火薬が燃焼する。


 で、狭い空間で黒色火薬が燃焼したことで爆発的に生じたエネルギー、それが鉛の弾丸を亜音速で撃ち出す。相手に当たる。相手は死ぬ。火皿に盛る火薬が特別なそれ(口薬)なのは、以上の一連の流れを確実に成立させるためである。


 サトーの予言は今日も今日とて的中した。


 敵はサトーが戦いが始まると俺に告げた数分後に動き始めた。動き始めたと言っても単純な動きだった。左翼、中央、右翼――それぞれが息を合わせて前進してくる。否、息を合わせられていたのは最初の何十秒かだ。隊列を維持するということはよほど難しいと聞いている。敵はぐちゃぐちゃな奔流となって俺たちに突進してきた。だからこそ迫力があった。


 俺たちの隊列の各所で、プレイヤーたち、怒声をあげた。断末魔も幾つか響いた。俺はその方を見なかった。逃げようとしたNPCが処刑されたのである。見たくもない。(なお、リッテルトからサトーのところへ教えを請いに来たのは五八名に過ぎない。過ぎないが、彼らはサトーから教わった技術をリッテルトに持ち帰っている。そこでまた別のプレイヤーに技術を又教えしていた。サトーにも他にやるべき仕事があり、教えられる人数に限界があるからこその措置で、その精度や正確性には不安が拭えなかったが、とりあえず致命的なミスはまだ起きていない)


 俺は生唾を飲んだ。敵との距離が迫る。迫る。迫る。


 この火縄銃は重くて長い。だから一脚銃架と呼ばれるY字の棒を使用している。カメラで言うと三脚だ。地面に突き立てた銃架のY字の股の部分に銃身を預けているのである。


 バランスを取るのが難しい。あれほど練習したのに。木の棒と鉄では感覚があまりに違い過ぎる。相変わらずの手汗で指がニチャニチャする。ともすると銃を落としそうになる。再び生唾を飲む。落ち着けと念じる。落ち着かない。心臓が跳ねる。汗の量が一秒ごとに多くなってきている。


 思えば、――当然のように受け止めているが、俺は、いま、なんて数の敵と相対しているんだ。


 ついこの間までの戦いは多くて数十人同士の戦いだった。それが間を飛ばして千人? 千人だと? 馬鹿げている。どんなインフレだ。少年漫画じゃないぞ。怖いな。畜生め。あんな量のレイダーを見たことはない。怖い。今でも背中に、後生大事に、背負っている斧を抜きたい。そちらのほうがこんな筒より遥かに役に立つ気がする。


 愚痴っている間にも敵は近付いてきている。なあと俺は俺の真後ろに立っているサトーを盗み見た。まだなのか。そろそろ撃っていいんじゃないか。わかってはいる。四〇メートルまで撃ってはならない。それぐらいで撃たねば当たらない。しかし、コレは、だから、拷問じゃないか? 精神的拷問だ。忍耐力を試されている。俺が童貞を勢いに任せて捨ててしまった夜のようだ。ああ、畜生、なるたけ思い出さないでいようとしていることを。畜生め。思い出してしまった。下半身に、こんなときなのに、妙な疼きを覚えた。背筋がゾクゾクする。自分が荒い息を吐いていることにようやく気が付いた。口元が歪む。興奮しているんだ。武者震いだ。そういうことにしよう。


「そろそろね。火蓋を開けて」と、サトーが言った。俺たちは言われるがままに火蓋を開けた。サトーは傍らの夏川先輩と加藤先輩と分担して全員が火蓋を開けたのを確認した。


 夏川先輩か。高木先輩との付き合いの長い彼女であるが、気丈と評するべきか、訃報に触れても全く動じなかった。むしろ荒れる俺を『いい加減にしておけ』と窘めた。

 

 俺は正気ではない。その自覚がある。彼女を『薄情な女だ』と思うだなどと。


「狙え」


 俺たちはコチラへ向けて切り込もうとしている敵の群れに照準した。銅を狙う。下腹辺りだ。反動やら何やらで狙いが上に逸れるからである。やることと考えることがあるのはなんて素晴らしいんだ。じっと敵を待つ恐怖に勝ること百万倍だな。畜生め。やっぱりアレだな。ずっと火薬を込めていたいぜ。ずっと狙いを定めていられたらどれだけ気楽やら。


 敵との距離が詰まった。奴らの白目と黒目が見分けられる距離だ。俺は固唾を飲んだ。サトーが撃て! と、号令した。俺たちは引き金を引いた。――――


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