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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
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番外編1章40話/いちばん最初のサトーさん(17)

 事の推移は驚くほど呆気なかった。俺たちはサトーに言われた通りの配置に就いた。門には通過するときに残してきた我が部員が二人、元からの衛兵が二人、居た。六人で三〇人ぐらいのレイダーと戦わねばならない。俺と高木先輩は意気込んだ。なんだかあのときみたいですねと俺は苦笑した。今度は馬鹿なマネするんじゃねェぞと高木先輩は喉を鳴らして笑った。俺たちは間もなくレイダーと激突した。門は敢えて開け放してあった。(開けておかないと敵がこの位置の攻略に乗り出さないかもしれない。いまは一秒でも長く敵の数を分散させておかねばならない。大体、門と言いながら粗末なものだから集中攻撃されたら長くは持たない)


 門の前は傾斜の急な丘である。門を潜れば市街へと続く狭い坂道であった。俺たちはこの坂道で敵を迎え撃った。俺たちの方が奴らより物理的にも精神的にも高い位置を占めていた。有利に戦えた。丘を駆け上ってきた後の敵は息が切れてるしな。それに、実のところ、レイダーどもは単体で見ればそう強くなかった。


 荒くれ者――レイダーたちはああ見えて戦闘経験が少ない者もいる。数で襲いかかるのが基本の連中だから、キャラバンを攻撃する際など、戦闘に参加しない、しているフリをする者、それらが存在するからだ。(そもそもレイダーが大挙して押し寄せるとその姿を見ただけで逃げ出す護衛も多い)


 数か。レイダーと俺たちのように街暮らしをしているPCの数の差は圧倒的だ。一〇対一か? それ以上かもしれない。ご存知の通り街には大人口を養う余裕がない。城壁やら何やらのお陰で、今回のような特例、レイダーが組織化して戦いを挑んでくるようなことがない場合、少数の精鋭だけで守りが固められていたということもある。


 俺たちは最初の三〇人をまず大過なく潰した。戦闘開始から四五分程が経過していた。六人とも疲れていた。まだ戦える状態ではあった。全身が返り血でべっとりだった。大小、様々な手傷を、俺も高木先輩も他の四人も受けていたが、敵は俺たちの流したものの数十倍の血を流していた。


 捕虜を取る余裕は乏しかった。明らかに戦意を喪失した者、逃げる者、それら以外は殺した。嫌な感触を手に感じながら内臓をぶち抜く度、


『俺は命の尊さを知っているはずなのに』と、今更のように、俺は何かに苛まれた。それが何かを深く吟味する余裕はなかった。或いはそのことが俺の将来を決定付けたのかもしれない。


 本来であればこの次、一五人ぐらいが押し寄せてくるのを退ければ、俺たちは持ち場を離れて良かったはずだ。そうもいかなかった。なまじ俺と高木先輩が活躍し過ぎた。アイツらを生かしておくな。アイツらを殺せばそれなりの褒美を後で出すぞ。このような命令を、奴らにも命令系統があるらしい、指揮というよりも音頭を取っていたレイダーが発した。その声に釣られて敵は刻一刻と増え続けた。


 ある意味ではラッキーだった。俺たちの方の負担が増えれば? 他の方面の負担が減る。最強戦力で(自分で最強とか言うのも何だけれども)可能な限り多くの敵を誘引、拘束、そうしておくことは常に価値があるとサトーも語っていた。『目の前の敵に囚われて大局が見渡せなくなるのはコチラにとって歓迎されるべき事態よ』と。問題はその規模が予想以上だったことだ。


 百人――ぐらいだったろうか。もっといたかもしれない。気が付けば俺たちの視界は、地面が三で敵が七だ、レイダーどもに覆い尽くされていた。一人一人が如何に弱かろうと、数の暴力、俺たちは次第に押され始めた。敵の勢いに飲まれて坂道から城門の外へと引き摺り出された。危うく包囲されて殺されるところだった。


「花見盛!」と、高木先輩が俺を呼んだ。俺はあるレイダーの首筋に人体から分泌された脂で切れ味の落ちた斧を叩き込んでいるところだった。奴は命乞いをしていた。戦意を完全に喪失していた。興奮していた俺は何の躊躇いもなく奴を殺した。正確には徐々に殺した。一撃で奴は死ななかった。首を折られてもまだ生きていた。変な方向に曲がって、バネか何かのように変形している奴の首を、俺は踵で踏み潰した。まだ死んでいないかもしれない。背中を見せると逆に殺されるかもしれない。一三〇度ぐらい右に曲がっている奴の首を、俺は、思い切り蹴り飛ばした。折れた骨が皮膚を突き破って露わになった。これで安心だ。俺はホッとした。


 だがそれも束の間である。城門が閉められつつあった。俺はそちらへ駆けた。何人ものレイダーたちが続いた。俺はスライディングで城門の中に滑り込んだ。地面との摩擦で布越しにも関わらず手足が傷付いた。いまさらそんな掠り傷がどうしたというのか。


 城門に、俺を追いかけてきたレイダーどもが相次いでタックルをかました。先に触れたように粗末な門、城門とは言うけれども鉄格子、それでしかない。レイダーたちは蛮声を挙げながらその鉄格子を各々の武器で殴打している。稼げて五分だな。


 俺は覚悟を決めた。流石にコレはと思った。俺たちがこの場を死守すべき時間は後二五分も残っていた。俺は生き残っていた仲間たちに目配せした。俺と高木先輩を含めて三人と半人だった。半人とはどういうことか。下半身を千切られていた。モツを露出した状態でまだ生きている。上半身だけで地面をあーとかうーとか呻きながら這っていた。俺はその様子を奇妙に落ち着いた様子で眺めた。アドレナリンが分泌されていた。ニオイとか痛みとか五感のほとんどが麻痺していた。(哀れな仲間にトドメを刺してやるという発想はこのときなかった)


「花見盛」と、高木先輩はまるで突進する直前のイノシシのような様子で言った。


「はい」俺は頷いた。「こうなったからにはどこまでもご一緒しますよ。男で恐縮ですけどな」


「馬鹿を抜かせ!」高木先輩はレイダーどもがゾンビのように門に群がっているのを尻目に俺を詰った。


「お前は行け。お前はサトーの姉御のために必要な男だ。ここは俺が持たせる」


 はあ。俺はむしろ呆気に取られた。僅かな間を置いて怒りがこみ上げてきた。なんだと? アンタ、ハルコンネのとき、俺に向けた言葉と示した態度を思い出せ。アンタはどうなんだ。アンタだってサトーに、俺たちに、必要な存在だ。格好つけるんじゃあない。


「駄目だ」高木先輩は効かない気の弟をどやすときのようだった。


「状況が状況だ。あの頃とは話が違う。あの時はお前が死んでも周りが悲しむだけで済んだ。いまは違う。お前が死ぬと何千とかいう人間が酷い目に遭う。それがわからねェのか?」


 俺はたじろいだ。その観点を俺はすっかり見失っていた。サトーは未だにアレコレと気難しい。やつを操縦できるのは確かに俺だけだ。サトーはいまや俺たちのリーダーではない。俺や中村や薔薇たちのリーダーだ。何百というPCを従えている。PCには家族が居る。それらを全て合算すれば何千という数字も過小ではない。


 しかし、――俺はエゴを貫いた。しかし、そんな、顔も見たことのない連中のことなんて気にしてられない。そんな奴らより貴方の方が大切だ。そのときの俺はそう思った。それが正解だと信じて疑わなかった。


「花見盛」と、高木先輩は意外な表情を閃かせた。元旦にだけ逢えて沢山のお年玉をくれる遠縁のオジサンのように、柔和に、見たこともないほど優しく微笑んだのだった。


 俺は何事かとたじろいだ。油断した。高木先輩はそのスキに俺の腹をぶん殴った。ゲロを吐くかと思った。実際に吐いた。効いた。胃が痺れている。その痺れが全身に広がる。動けない。


 高木先輩は久保田という仲間に、生き残っている衛兵と二人で、俺を担いでいくように言い付けた。久保田は数度、俺、高木先輩、その間に視線を走らせた。結局、涙を飲んで先輩の言う通りにした。衛兵は当たり籤を引いたとばかりに喜んでいた。「お前のところの先輩は格好良いな」と頻りに俺の顔を覗き込んで言った。黙れ。黙れ。騙され。ふざけんな。


 俺は二人を振り払おうとして振り払えず、肩を抱かれて歩かされながら、首だけで振り向いた。高木先輩は我が部で最強の剣士だ。彼はグレート・ソードを構えていた。映画に出てくる武士のようだった。落ち着いたものだ。避けられない死と失業の恐怖を微塵も感じさせない。勇姿の姿だった。門を挟んで敵と正面から向かい合っている。俺は彼を、心底、尊敬した。


 その尊敬もしばらくして崩れた。俺が二人に連れられてある曲がり角を曲がるとき、高木先輩が視界から消えるまさにそのとき、ついに門が崩れた。敵が高木先輩に殺到した。先輩は雄叫びをあげるだろう。俺はそう予想した。そして敵の大部分を蹴散らすだろう。道連れにするだろう。


 違った。


 高木先輩は敵の奔流に飲まれる前に剣を捨ててしまった。あーあとでも言うかのように天を仰いだ。失禁していた。俺は彼の断末魔をこの耳で聴いた。何時までも忘れられない断末魔だ。『助けてくれ』と彼は叫んだ。叫びながらリンチされたようだった。散々に苛め抜かれてから殺されたに違いない。悪夢だった。


 悪夢はそれだけでなかった。尚も続いた。


 俺らはなんとかレイダーどもに追い付かれる前に仲間達と合流した。手筈通りであれば、仲間達、俺らと合流する直前まで街中から必要な物資を掻き集めているはずだった。俺たちと合流した時点でようやく脱出用の馬車の準備が終わりつつあるはずだったのだ。


 準備が終わっていた。俺たちと彼らはラザッペの中央広場で合流した。昨日まで出ていた屋台や出店の残骸が色濃く残るそこに、仲間たちの馬車は、疾うに出発準備を終えていた。


「どうしたんだ!」と、その班の長は俺たちの様子に目を丸くした。こっちは予定より早く作業が終わったんだ。それでお前たちを呼び出そうと伝令まで出したんだぞ。彼はそう言った。伝令はリッテルトから参加している傭兵だった。慣れない町で行方不明になったか。いきなり恐怖に駆られて逃げたか。それとも侵入してきたレイダーに殺されたか。どうして七導館々々高校の部員を伝令として使わなかったんだと抗議する気にもなれなかった。


 俺は呆然とした。乾いた笑いが出た。高木先輩は無駄死にか。そうか。そういうこともあるよな。畜生め。畜生め。誰を呪えばいい? 俺は自分を呪うことにした。そうするしかなかった。誰に責任を転嫁しても不毛だった。


 ……そして、最後の悪夢が、サトーの放ったこの言葉だった。


「高木君も」と、奴は、俺が高木先輩の最期を語った後で呟いた。(俺は高木先輩が最後まで勇敢に戦ったと虚偽を申告した。そうすることが正しいと思った。実際にどうだかはわからなかった。高木先輩を傷付けただけかもしれない。そもそも俺は正しいことなんてしたことがあるのだろうか)


「最期の最期で役に立たなかったわね」


「何だと?」と、俺は口にしなかった。口よりも先に手が動いた。俺はサトーの襟首を締め上げていた。全身の筋肉が浮き出るほどの力を指先に込めていた。体温が一気に高まるのを自覚していた。米上に浮かんだ血管がヒクヒクしている。いまにも切れそうだ。なんだか他人事のようにも感じられた。


「もういちど言え。言ってみろ」


 我ながらなんて声を出しているのか。サトーは怯えていなかった。ただキョトンとしていた。俺はその顔を見るとまず自分がこんなことをしているのが嫌になった。それからサトーを痛く憎んだ。そんな顔をすれば許して貰えると思ってるのか? 思ってるんだろ。お前は卑怯な女だよ。俺たちを最終的には駒としてしか見てないんじゃないのか。なあ? どうなんだ? なあ? サトー、なあ、おい、なあ。俺たちはお前にとっての何だ。お前はなんてことを言ったのか理解しているのか。


 言ったじゃないか。俺たちは仲間だと。俺たちの為になることがしたいと。俺たちに感謝していると。


 どのお前が本当のお前なんだ。


 お前はサトーか? 権上かなでか? 両者の間には大き過ぎる差があるように思われた。


 サトーは降ろしなさいとキツい口調で言った。俺は従った。日和ったのではない。腸が煮えくり返っていた。サトーをぶち殺してやりたい気分だった。けれども、その場には俺とサトー以外にも無数の目があって、このような諍いを起こしている場合でもなかった。


 サトーは懐から葉巻を収めた袋を取り出した。内の一本を咥えた。火を着けなさいと俺に命じた。唇が震えていた。葉巻も痙攣していた。


 俺は奴の言う通りにしてやった。


 ……周囲には武装したNPCたちが屯していた。俺たちに注目していた彼らは、俺が目線をパッと向けると、視線を逸した。人工無脳相手にどうしようもない殺意を抱いた俺は小さな男だろうか。


 高くなったのは背だけだよ。大きくなったのは身体だけだよ。


 俺は、久し振りに、彼女のことを思い出して泣きそうになった。




 

 二〇二〇年八月二八日の朝八時二六分――――。


 サトー率いる軍団とレイダー軍団は、後にロホーヒルヒと呼ばれる都市の建設される名もない平野で激突する。 

 


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