番外編1章38話/いちばん最初のサトーさん(15)
ラザッペがどのようにして莫大な富と武力をその内部に集積したか。それは、丁度いまの我々に似ている、近隣の都市との同盟を悪用してのことだった。
何時だか触れたようにラザッペは最初期に成立した都市である。その時点で他のあらゆる都市よりも、生産力、ノウハウ蓄積、それらで優越している。ラザッペはそれらを背景に、ウェジャイア等、地域の都市に対して同盟関係を結ぶことを求めた。ラザッペは彼らに知識や武力を提供する。その見返りとして彼らはラザッペに資金や物資を上納する。更に有事に備えてラザッペも出資する共同金庫を設ける。また、あくまでも同盟関係だから、ラザッペ主導ではあるものの、資金の使い道や同盟の方針などについては各都市の代表者の合意の上に決定される。ああ、そうそう、同盟関係にある各都市が連絡し易いように、共同金庫の金は、いちばん最初は道路整備に使おうじゃないか。(ちなみに我らの根付いている地域にはラザッペ、ダババネル、ウェジャイア、それにリッテルトの他に五つの都市がある。どれも人口一五〇人程度の小勢である)
道路整備――俺たちがあの馬車事件のときに使った街道を思い返せば一目瞭然であるように、ラザッペは約束を守らなかった。彼らはまず共同金庫を私的に利用した。それで武力を蓄えた。ラザッペに異見するものに関してはその武力で訴えた。かくして同盟会議はラザッペの私物と化した。あらゆる意思決定においてラザッペの思想と主張が優先されるようになった。彼らは幾つかの衛星的居住地を各都市から拠出させる、運河をラザッペ保有のものと定めるなど、それはそれはやりたい放題の限りを尽くした。我がダババネルも自分たちで発見して開拓しつつあった鉱山の所有権を剥奪されたりしている。
あまりにあまりである。都市同士の最初の戦争が勃発するかと思われた矢先、ラザッペは急に態度を改めた。指導者が変わったからだった。それまでの強硬路線を貫いていた的山からまだ話のわかる磯辺へと。磯辺は語った。我々も反省している。的山は部を追われた。ラザッペから去った。同盟は解散する。お詫びもする。それで今度の件はとりあえずどうか。
都市同士が結託して挑んだとしてもラザッペに勝てるかどうかであった。各都市は渋々ながらその請願に応じた。結局、彼らに支払われたお詫びなるものは、かつて彼らが拠出した金額の数分の、或いは十数分の一に過ぎなかったが、まあ一部でも戻ってきたんだからいいだろう――と、彼らは満足した。してしまった。
要するにそこまでがラザッペの計画だったのである。的山は最初から捨て駒であった。ラザッペはこのようにして勢力を拡大した。その報いを彼らは受けている。誰も同情していない。俺も。サトーも。中村も。薔薇も。我が部員たちも。レイダーたちはハナから同情などするつもりもない。
正々堂々たる正面決戦であれば、いまでも、ラザッペはレイダーなどに負けないだろう。ラザッペの装備はレイダーに遥かに勝る。人数で負けていても練度に差がある。ラザッペの傭兵はこのゲーム内で、ほぼ唯一、飛び道具で武装していることでも知られていた。
だが集合したレイダーたち、ひとつに纏まるはずがないとされていた連中、彼らの想定外の行動がラザッペを滅ぼそうとしている。かつての星が地に落ちる。その現場を俺は目撃しているのだ。立ち会っているのである。俄に興奮すらした。(中村のような、実際にラザッペの醜悪な行動を目撃した者は、俺とはまた別の意味で興奮している)
……二八日七時、サトーと我が七導館々々高校を主力とする約八〇名はラザッペに向かった。
ラザッペは包囲下にあった。昨晩の段階では、それはまだぜんぜん完成していなかった。だからこそ市民たちも逃げられた。レイダーたちは早起きらしくてね。日の出と共に活動を開始した彼らはラザッペの城壁を囲繞した。ラザッペは内部に残った僅かな自警団だけで踏ん張っている。しかし、壁を突破されるのは時間の問題だろう。俺たちは、現場に到着したとき、城壁の一部が炎上しているのを見た。高い梯子がラザッペの壁に掛けられつつあるのも見た。その梯子を登るレイダーを壁の上からPCが必死に槍で突き刺していた。突き刺しても突き刺しても次が出てくる。あるレイダーは地面をほじくり返していた。坑道を掘って、どこから手に入れたやら、いや全く謎だな、実に謎だ、本当に謎だ、爆薬で以て下から壁を吹き飛ばす魂胆らしい。
ところで、――包囲とは難しいものらしい。相手に数倍する戦力があってもそう簡単に行える訳ではない。その理由はこうこうこうであるからとサトーは俺たちに説明した。してくれた。半分も理解できなかった。ただし、原理は分かる。レイダーどもは数百からいる。しかし、数百しかいない。全周一キロにもなる都市を包囲するには人数が足りない。層の薄いところが出来てしまう。
そこを俺たちは食い破った。食い破れた背景にはダババネルの特産品が関係していることについても述べておく。
ダババネルの特産品とはなんだろう? 金属加工に関連することはお分かり頂けると思う。強い武器か。違う。強い防具か。違う。それならば鋼の心か? まさかまさか。正解は車軸だ。馬車の車輪と車輪を接続しているあの軸棒だ。
車軸は心棒とも呼ばれるように、馬車の自重や走行時の負荷を受け止めている重要な部品だ。コレが無ければ馬車は走行できない。無しで走行しようとすればどうなるか。荷重に耐えかねた車輪が瞬く間に吹き飛ぶだろう。否、そもそも車輪がそれぞれ別の方向を向いてしまう。車輪をある方向へ固定するためにも車軸は欠かせない。
俺はこのところダババネルの書類仕事を決裁するようになって、つまり製造部門との連絡もするようになって、初めて知った。車軸の加工は、あんな棒なのだから簡単そうだと思っていたのだけれども、実のところ、それはそれは高度な技術らしい。
まず強度の問題がある。車軸には耐久力がなければならない。なければどうなるか。走行中、ちょっとした段差や溝や弾みで折れてしまう。折れてしまえばスリップ事故に繋がる。かといって強度が有り過ぎるのも問題だ。ある程度の弾性(柔らかさ)も必要になってくる。さもなければ荷重に耐えられる最終的な回数が減ってしまう。言ってしまえば寿命が短くなる。寿命が短いものは商品として成立しない。(金儲け主義的な物品をヒノモト人はやたら嫌悪する傾向もある。自分たちがやる分にはいい。他人がやるのは許さない)
だから、まず、理想的な強度と弾性を計算するのに高い数学的能力が必要になる。もちろんその計算はどのような馬車に搭載される車軸か、それ毎にも異なる。馬車の用途、例えば軍用、輸送用、輸送用ならば何トンを輸送したいか、それにも依存する。どのような道を走行する馬車かも関係するだろう。
で、計算から導き出された理想的な強度と弾性を持つ車軸、これを作るには、なにしろそれだけ硬いものを加工してあんな滑らかな棒に仕立て上げるのだから、高い加工技術を必要とする。研磨技術もだ。
もし車軸が一ミリでも細ければ? 太ければ? 強度と弾性が変わってしまう。現実には数ミリ、数センチ、それぐらいの誤差があってもいいように計算されているそうだが、それにしても職人技が求められるのは変わらない。(この辺り、やはりブラスペは拘っていて、ゲーム側からの補正は最低限しか受けられない。一応、NPCに任せていても車軸は作れる。ただし、作れるだけ、その精度は微妙なものになってしまう。人間がしっかりと計算した数値をNPCに伝達してやる必要がある。その上で彼らがサボらないように見張る必要がある。のみならず、金属加工が上手な、理想的な数値を理想的な形に変えるのが上手なNPCを発掘してくることも求められる。自分たちで金属加工が出来るならば話は別だけれども)
今回、サトーと俺たちが使用した馬車は、積載重量は少ないものの、速度に拘った試作品だった。速度の秘訣がまさに車軸であった。新製品のコレは従来の一・三倍の速度、自重、負荷、それまでに難なく耐えられる。(馬車本体にも秘密がないわけでもないらしいが、その辺りは中村たちの領分、俺は詳しく知らない)
磯辺たちは俺たちを嫌っている。それは間違いない。しかし現場で戦っている連中はどうだろうか。
俺たちはレイダーをぶっち切った。追い縋ってくるものは容赦なくぶちのめした。俺たちが到着したラザッペで最も小さな通用門、それだけにレイダーの攻撃が小規模で済んでいたその場所を守っていた自警団員たちは、俺たちを心強い援軍だと思った。彼らは俺たちを歓迎した。俺たちはまんまとラザッペ内に侵入した。
「サトーだと!?」
ラザッペの市庁舎に乗り込んだ俺たちを、そういうの凄くいいね、磯辺は驚きで迎えた。彼と共に市長室で頭を抱えていた数人の男女も血相を変えた。
「何をしに来た。いや、そもそもどうやって入った」
磯辺は強がった。その根性だけは認めてやってもいい。「我々は忙しい」
「見ればわかるわ。貴方じゃないんだから」
サトーは冷笑した。「どうもお困りのように見えるけど」
「貴様らの世話になどならない!」
磯辺は床を蹴った。ダババネルとそう変わらない石材製である。「私たちは自分たちで現状を打開できる」
「ああ」サトーは懐から葉巻を取り出した。「そう。――本当に? 貴方はそう思っているかもしれないけど、他の人たちは?」
俺は人が悪いなと苦笑しながらサトーの葉巻に火を着けた。(ところでサトーはメンソール党である。普通のタバコを吸うと“きゃほっ!”とか、お前のどこからそんな可愛い声が出るのか、変に咽る。葉巻は肺まで入れない。だから噎せない。とはいえ味は嫌いなはずだ。嫌いな葉巻をどうして吸うのか。吸っていると偉そうで強そうに見えるかららしい。つまり、サトーがこのゲーム内で葉巻を吸うときは、誰かに対して示威行動を取っていることを意味する)
「なんだと?」磯辺は目を細めた。「他の人たちは?」
彼はハッとした。彼のお仲間たちは暗い目で磯辺を見詰めていた。この男があの四都市同盟を蹴ったから俺たちはこんな目に遭っているのではないか。この男は増長している。ラザッペの力を過信した。もっと別の道もあったはずなのに。彼らの目はそう物語っていた。磯辺は全身にびっしりと冷や汗を浮かべた。このまま行けば、彼、仲間の手で葬られるのは明らかだった。
かくして磯辺は頭を垂れた。サトーに。俺たちに。自らの部下どもに。俺も部員たちも別にそれを面白いと思わなかった。自分たちをコケにした馬鹿が痛い目に遭う。ざまあみろとは思う。思うけれども、それ以上の快感を覚えるほどに、俺たちは幼稚ではなかった。そうありたかった。
磯辺はダババネルに対して支援を求める旨の文書を認めさせられた。彼はかつてサトーの『支援する場合はよほど割の良い条件を飲んで貰う』に『心得た』と返事をしてしまっている。だから文書の中には、支援の引き換えにラザッペはダババネルに対して様々な物品を提供する、かつてせしめた鉱山も即時返還する、戦後もあれこれと便宜を図る、これらの内容が含まれていた。
「これで準備は整ったわ」と、サトーは言った。別に満足げでもなかった。準備が整っただけに過ぎないからだった。サトーは磯辺の文書を受け取るなり、その場で、レイダーどもとの密約を破棄する旨を宣言した。
約束はそう簡単には破れない。
人と人の約束ですらそうなのだ。たかし君はつよし君のところへ遊びに行く約束をしました。でもやっぱり行けないと直前になってキャンセルしました。その次の約束もたかし君はドタキャンしました。またその次もです。つよし君はどうするでしょうか? 決まっている。たかし君と絶交する。友達関係ならいい。これが借金の支払いならどうだろう。会社の取引ならばどうだ。破産する。倒産する。どんな約束でも破るのには理由が必要になる。逆に言えば理由さえあれば約束は破っても良い。
特にブラスペはショーである。視聴者が存在する。理由もなく無闇に約束事を破るプレイヤーを視聴者はそう好んで推さない。ルール化されている訳ではないが、同盟とか、そういうものを解除するのには正当な理由が必要となる。ゲーム全体の評判にも関わるからだ。あのゲームをプレイしているのは柄の悪い高校生だと噂されたら視聴者が減ってしまう。視聴者を減らしかねないプレイヤーとの契約を親会社は継続しない。(今回は密約ということで視聴者は知らないが、破られた側、レイダーどもが世間に言いふらす恐れがある。そのときのために理由付けが必要になる)
鉱山をダババネルに即時返還する。その鉱山はどこにある。レイダーが本拠地のひとつとして利用している。レイダーどもはダババネルの所有物を不法に占拠している。密約には次のように規定されている。『三都市同盟が保有する、保有して妥当である、然るべき領土に対して侵略行為が行われた場合にもやはり中立状態を放棄する』
「ここからは素早く予定通りに行動するわ。なに、レイダーどもも、いつかはと思っていたにせよ、我々がこんなに早く裏切るとは思ってなかったはずだもの。混乱してるはずよ。するはずよ。安心して。私の言う通りに行動してくれるように」
サトーは磯辺のデスクの上にそうするのが当然だとばかりに座り込んだ。葉巻を吹かしながら、
「私と加藤君はこの場で少し雑用。屋敷君はこれから私の言う書類をこの庁舎の中から集めるように」
「井端君たちの班は北西街区担当。そこに商人たちが持ち出せなかった大量の火縄銃と火薬が眠ってるわ。持ち出せるだけ持ち出して。作業が終了し次第、先に離脱してくれて構わないから。合流地点は覚えてる? あ、そう。それじゃあ行動開始。駆け足!」
「高木君は班の指揮権を夏川さんに譲渡。夏川さんはいま直ぐに南大門に。レイダーたちに突破を許さないで。二時間で撤退。藤川君たちも夏川さんと一緒に行動するように。よろしく。急いで」
「残りはリッテルトからの応援組と一緒に屋上。槍でも弓でも何でも使ってレイダーの侵入を阻止。後から私も行くわ。とりあえず三〇分は持たせて。敵を倒すよりも敵の梯子を狙うように。ああ、それと、坑道は無視。これから二時間じゃ完成しないから。走って」
「花見盛君と高木君は二人でさっきの門――いちばん小さな通用門へ。人数が足りてないわ。二時間、二人だけで支えて貰う。構わないわね?」
否が応はない。俺と高木先輩は頷いた。サトーは、別れ際、俺の肩を叩いた。ハルコンネの英雄とやらの実力を見せて貰うわねと言わなくていいことを言った。