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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
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番外編1章35話/いちばん最初のサトーさん(12)


 後に、ブラスペというゲームの性質を本格的に、且つ、永久的に変化させてしまったと語られる八月末がジワジワと近付いてきていた。俺たちは諸々の作業に忙殺されていた。新たに結ばれた三都市同盟が、ただでさえ最近は忙しいってのに、俺たちの書類仕事を二倍か三倍に嵩増しした為だった。俺たちはせっかくの夏休みの半ば以上を部室や自室のベッドの上で過ごした。何日か寝ずに過ごさねばならないこともあった。(様々な企画や調整が都市間で行われる度に、制作せねばならない書類、その書類を共有せねばならない部署、それらが無限に増え続けた。仕事が増えればミスが増える。ミスが増えれば仕事が更に増える。幸せだね。つい一ヶ月前まで、俺たちはアームカバーを着けて働いてる役所のおっさんたちを給料泥棒とか馬鹿にしてたが、いや本当に失礼しました、このところは尊敬し始めている。それぐらいには仕事が辛い)


 サトーの計画の進捗は上々だった。あの会議の直後、中村は即座にレイダーたちと繋がっている商人らを特定した。少なくとも表向きはそうサトーに告げた。白々しい話ではある。しかし、必要な白々しさでもある。サトーはその商人らを活用してラザッペ脅威論を地域のレイダー共にばら撒いた。商人たちの中には井納らも含まれていた。井納らは全く悪びれない様子で己の職務を淡々と遂行した。


 井納らがレイダーと繋がっていた。その事実を中村がどのようにして追跡したかの詳細は不明である。或いは井納らが自発的に告白したのかもしれない。何れにせよ、リベッジ商会とその愉快な仲間たちがレイダー被害を過大に報告していた事実は、少なくとも中村には特定されてしまった。そのはずだ。彼程の人物であれば、一連の流れ、そこに登場する固有名詞、それらの繋がりから、その程度のことは容易に推理するはずである。


 それでも彼は、現時点ではだが、サトーに対して何らかの圧力を掛けてくる素振りすら見せない。一件落着となったところで裏切られる可能性も捨てきれないが、恐らく、純粋な殺し合いになったとき、サトーに勝てないことを把握しているのだ。性格的に潔癖なところがあるようにも見受けられるし、今後、中村に関してはそれほど警戒しなくてもいいかもしれない。あくまでもそれほど――であり、無警戒では困るが、とりあえず、無駄に寝首を掻かれる心配をする必要はない。やつはサトーが勝ち続けている限りは味方だろう。なんとシビアな。


 心配なのは薔薇だ。はいはいと、サトーに言われるがままに行動している彼は、そのうちラデンプールとやらを開墾して、その結果、我がダババネルよりも力をつけるかもしれない。全ての同盟は将来的には破られるものであるとサトーは語った。永続する同盟はまずもってない。薔薇たちを牽制するプランをサトーはいまのうちから考えているようだ。


『もしも』俺はある夕飯の席で尋ねた。ミートボール・スパゲッティがその日の主食だった。我が家ではテーブルの中央にどーんと大皿を置く。その大皿に主食だの主菜だのをてんこ盛りにしてある。各員が好きな分だけ手元の小皿にそれを取り分けて食べる。


『計画が失敗したらどうするんだ。みんな無駄になるよな? 対薔薇っていうか、リッテルトの計画は』


『まあね』サトーは両手にフォークを持っていた。そのフォークを両方ともパスタの山にぶっ刺した。ぐるぐると、おいそんなに食べられるのか、大量のパスタを巻き上げる。フォークの柄には可愛いウサギの絵が描かれている。


『でも、無駄になるかも知れない計画でも、必要なものは必要なもの、そうでしょ? 雨が降るかもしれないからと言って、デートの日、どこをどう巡るか考えていないと痛い目を見るものよ。考えてませんでしたなんて言い訳は通用しない。第一、いまから考えておかないと、事が始まった後から考えても遅いんだから』


『まあそれはそうだ。ところで、君、デートしたことあるのか』


『はあ?』サトーの手が止まった。『あるわけ――』


『あるわけ?』俺は我ながら気持ち悪い笑い方をした。


『あるわよ』サトーは一抱えもあるパスタを小皿に移した『それは。それはもう。五億回ぐらい』


『五億回ね。君、いま、一六歳だろ? 確か一年って三〇〇〇万秒ぐらいだったよな。ってことは、ええと、君は二週間に一度ぐらいデートしてることになるな。生まれた直後から。そいつは凄い』


 サトーはキシャーとか言って暴れた。その反動で奴の皿からミート・ボールが飛翔した。行儀が悪い? 知ったことか。壁や床が汚れるよりはマシだと俺はフォークを閃かせた。フォークの先端がミート・ボールをぶにゅっと捕捉した。勝ったと思った。壁にシミを作らなくて済む。シミが出来ると掃除代が高いんだわ。


 ホッと胸を撫で下ろした、直後、にゅるっと、こう、にゅるっと、三ツ又が滑った。ミート・ボールの表面をぬらぬらと覆っていた肉汁のせいだった。ミート・ボールが天高く跳ね上がった。サトーの目がキラリと光った。サトーはドヤ顔でフォークを振るった。ミート・ボールの落ちてくるのとはてんで違うところ、虚空を、奴のフォークは突き刺した。ミート・ボールはサトーの頭の上に落ちた。サトーはフォークを突き出した姿勢のまま硬直した。俺も硬直した。数秒、遅れて俺は腹を抱えて笑い出した。サトーがムッとした。彼女は机をバンバンと、まるで昔のスポ根アニメに出てくる野球狂の親父みたいに叩きながら、


『どれもこれも花見盛君がいけないんだわ!』などと、支離滅裂な、しかし奇妙に愛らしい文句を言った。頭にミート・ボールを乗せたまま。


『わかったわかった』


 俺はサトーの顔がミート・ソースよりも赤くなっているのを楽しみながら手で奴を制した。『そう怒るな』


『賠償を』サトーは頭の上のミート・ボールを指で摘んだ。ティッシュで頭を拭いている。『要求するわ』


『賠償』俺はテーブルの上に置いてあったワイン・ボトルを手にした。『これ飲むか?』


『飲む』サトーはティッシュにミート・ボールを包んだ。ゴミ箱に捨てる。捨ててからハッとした。

『じゃなくて、その程度では賠償にならないわ。もっと真心を込めて』


『真心ね』俺は足の高いグラスにワインを注いだ。赤だった。『じゃあ、そうだな、なんだ、適当に思いついたんだが』


『はにほ?』サトーはパスタをむしゃむしゃと頬張っていた。ハムスターかお前は。


『色々と一段落したらデートに行こう』


 サトーは凄まじい勢いで噎せた。俺はワイン・グラスを差し出した。サトーは受け取ったそれを勢い良く傾けた。勢いが良過ぎた。サトーはまた噎せた。奴の鼻からワインが噴き出た。サトーの手からワイン・グラスが落ちた。俺はあっと思った。拾うにはサトーの位置が遠過ぎた。床に落ちたグラスが砕けた。その音で、自分で落としたんだけれども、驚いたサトーは身を竦めた。派手に竦めたもんだから今度は椅子が傾いた。奴は椅子ごと、背中から、床に倒れ込んで悲鳴をあげた。なんだこりゃあ。ピタゴラ的装置か? 呆れながらも俺はサトーを助け起こした。怪我はないかと尋ねた。無いとサトーは答えた。奴は頭からパスタを被っていた。


 ごめんなさい――と、サトーは酷くしおらしい様子で、床を片付けている俺に言った。手伝いがしたいという申し出は有り難く断っていた。サトー自身はとりあえずソファの上に避難させていた。地面に置いておくと何をしでかすかわからない奴だ。何時も椅子の上に座ってるぐらいが丁度いい。(って、さっきは椅子の上に座ってるのに何かしでかしたな)


 俺は別にいいよと答えた。実際、別に良かった。何なら壁にシミを作ってくれても別に良かった。


『でも』と、言ったサトーの語尾は消え入るようだった。


『なんだ?』俺はトイレット・ペーパーと雑巾と掃除機を駆使してほぼほぼ掃除を終えていた。


『思い出の家を傷つけちゃ悪いでしょ』


 そんなこと気にしてたのか。俺は苦笑した。『悪いと思ってるなら、尚更、付き合って貰うかな。デートに。どこへ行きたい?』


『どこへでも良いけど。本当にいいの』


『だから気にするなって。俺はナンパな男さ』


『……。……。……。ありがとう』


 サトーは手と手を忙しく擦り合わせながら、俯き加減に、そう言った。『ねえ、じゃあ、その、ごめんなさい、流れに任せてお願いさせて貰うんだけど』


『いいよ』俺はワイヤレスの掃除機を手にしたまま肩を竦めた。『なんだ?』


『行きたいところはないわ。でも、行きたい日はある』


『なんだそれは。全国デート記念日とか?』


『誕生日。私の。近いの』


『はあ。それは。お前にも誕生日があるんだな』


『あるに決まってるでしょ』サトーは唇を尖らせた。


『じゃ、その日にしよう。その日までに計画が終わればな』


『終わるわ。終わらせるわ』サトーは手をグーパーしながら頷いた。


 ――そして、現に、計画はサトーの誕生日より数日、先駆けて終わりつつあった。




 昔話もそろそろ終わりだ。




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