表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
162/239

番外編1章34話/いちばん最初のサトーさん(11)


 ダババネルが俺たちの――というよりもサトーのものになって以来、変わったことは幾つもある。わけても特筆すべきなのは文書主義の萌芽だろう。


 コレまでダババネルは割となあなあで運営されてきた。学生たちが、三人寄れば文殊の知恵、合同で運営してきたとはいえ、このゲームにおける内政と外交は(現状においては)おままごとに過ぎない。至らない点が幾らでもある。特に同じ顔触れが延々と組織の上層部に居座り続けるという権力構造、コレが内輪感、言ってしまえば『まあこれやっておけばいいだろう』の雰囲気を醸させていた。


 例えば鉄鉱石をある町から買い付けたとする。


 このとき、その鉄鉱石は何のために必要なのか、どこからどれぐらい買うのか、予算はどこから出すのか、何時までに必要なのか、実際に手に入ったのは何時か、誰がこの件の責任者だったのか? このようなことは記録されているべきである。当然だ。人間の脳など曖昧なもので、昨日の夕飯も覚えていない俺たちが、どうして一年前に買った品物の詳細を覚えていられるだろう。詳細を覚えていないと何が起きるか。同じ物を繰り返して買ってしまうかもしれない。それが必要ならばいい。不必要なら単なる浪費になる。(サトー曰く、真正のアホは『取っておけばいいじゃん』と真顔で語るそうだ。購入した物資は保管しておかねばならない。適切に保管するにはスペースが必要だ。そのスペースが無ければ作らねばならない。スペースを管理する人間も必要だ。馬鹿は保管にも莫大なコストが掛かることを理解しない。“冷蔵庫にだって電気代は掛かるし入れておいた食品も腐ることがあるでしょ”とサトーはこの話を結んだ)


 で、もしも不必要な浪費をしてしまったらどうするか。本来であればその当事者は処罰されて然るべきだろう。しかし、文書が、言い換えれば証拠がない。証拠が無ければ罰することはできない。否、そもそも当事者とそれを裁くべき人間が親しければ、或いは当事者の知人や友人と裁くべき人間が親しければ――固定化されたメンバーは互いに親しくなるものだ――、まあ次は気をつけてくれとか言って、その件を不問にしてしまうことも有り得る。そして、その不問にしたこともまた文書に残らない。誰が仕事が出来るのか。できないのか。ソレが印象で決まってしまうことに繋がる。繋がれば組織は腐敗する。適切な人材を適切な配置に就けられない組織はまともに動作しない。組織とは適切な新陳代謝と反省がなされてこそなのだとサトーは語った。


 文書に残すことの最大のメリットは組織の効率化である(らしい)。過去の失敗を克明に記録しておくことでその再発を防止することができる。後から振り返って、次回、同じようなことをするときの無駄を省略することも可能になる。サトーはダババネル運営に携わるあらゆることを文書に残すよう規定した。他の何事よりも彼女はこの点を強く推進した。


 とはいえ、無論、何事も完璧な形で始まるものはない。ダババネル運営に携わる各校はこの数週間に渡って酷く混乱している。長く続けてきた習慣を改めるときには凄まじい苦労を伴うものだ。サトーが制作した書類のテンプレートを守らない、内容に不備がある、ヒノモト語が怪しい、主観が混じっている、ほぼ全部が主観である、ギャル文字で書かれている、とりあえず記録しておけばいいんだろ? とばかりに、まるで夏休みの宿題の絵日記だ、何日も経ってから曖昧な記憶を頼りに書かれた報告書が提出されてきたこともある。作られた書類を共有するのも簡単なことではないから、その過程で生じる無数のトラブル、それらに関する苦情や意見も相次いでいる。


 サトーは辛抱強かった。少なくとも表向きは。我が家に居るときは俺を相手に、


『アイツら救い難い馬鹿だわ』とか、


『アイツら信じられない馬鹿だわ』とか、


『アイツら度し難い馬鹿だわ』とか、


 色々と言ってソファとかベッドで足をばたつかせたり、なんなら俺にクッションとか枕を投げつけてくるんだけれども、ま、とりあえず、各校に手厳しい意見をぶつけることはない。次からはキチンとするようにとこれも文書で勧告している。感情的な文言を書きなぐってしまうときは加藤先輩に代筆を頼んでいた。賢い。


 あのサトーがここまで下手に出る理由は単純なことだった。各校は我々がダババネルの権力を奪取したことをとりあえず受け入れている。俺たちを公に批判する材料がないからである。俺たちを打倒するための武力を保有していないからでもある。サトーが、柘榴のときと比べて、遥かに強い発言権を各校に認めたこともあるだろう。まして、サトーは柘榴がやるやると言いながらついに実行しなかった親会社との待遇改善交渉を始めてもいた。


 しかし、それでもダババネルの政情は不安定である。過去の生温い環境を忘れられない者はいる。口には出さないけれども柘榴たちとの昔日を偲んでサトーを嫌っている者もいるだろう。いま、急激な白色テロを進めると、せっかく手に入れた町を手放さねばならなくなるかもしれない。反乱まで行かずともサボタージュでも組織は滅ぶ。


 どうせ数ヶ月もすれば文書は自然と累積する。累積した文書からサトーに非協力的な連中を炙り出すことができる。仕事態度とか能率の悪さを理由にダババネルから追い出せる。サトーはひとつの改革で何十個かの得を同時に得ようとしている。(もちろん人材は湧いて出てこない。追い出し過ぎると組織が回らなくなる。馬鹿だろうと非協力的だろうと程度に寄っては活用せねばならないだろう)


「これを見てくれる?」と、いま、サトーが俺から受け取って中村と薔薇に差し出したのも、こういった経緯で制作された書類であった。


 偉そうに語っておいて何だが、実のところ、我が七導館々々にもなあなあはあった。それほど厳密な組織があった訳ではないから、信賞必罰、それについてはむしろ的確に行われていた。誰かが誰かを庇って面倒なことに発展することもなかった。シビアな生活を送ってきた武闘派集団だからかもしれない。問題は文書だった。


 何時、何処で、どんな仕事をしたか。それぐらいの記録は取ってあった。誰がどれぐらいの怪我をしたかとか、どれぐらいの物資を使ったとかも、まあ、それなりには記録してあった。それなりに過ぎない。そのせいで要らない武器や食料を買い込んだこともあった。にも関わらず、まあ笑い話にしてしまえばいいかと、それを問題視することはなかった。そのせいで誰かが死んだ訳ではないからだった。一度の金額がそう多くなかったからかもしれない。(後からサトーに指摘されて無駄遣いの合計額を試算してみると、あらまあ、全員が慄然とした。塵も積もれば山となる)


 俺たちからして文書制作には慣れていない。しかし、言い出した者が模範となるべきなのは当たり前なので、我が部員たちは黙々とやるべきことをやっている。一人辺りの労働時間はダババネル奪取前の平均の一・二倍にもなった。一・二倍だぞ。そんなもんかと思うかも知れないが、八時間なら一二時間になる訳で、これは笑って済まされる話ではない。思えば、こういう徒労感、要するに給料の割にあっていない仕事量こそが、ダババネルで文書主義が採用されていなかった最大の理由かもしれない。誰がゲーム内で事務仕事に明け暮れたいと望むだろうか。(ちなみに俺は他の町の行政方式に詳しくない。だから“ダババネルでは~”と範囲を限定して話している。他の町で文書主義が採用されているか否かは定かではない。ま、されていたとしてもウチほど厳格化はされていないだろうとは思う)


 もしもサトーが今後、ダババネルの外にも勢力を広げていくようなことがあれば、このゲーム、過労死者を量産するのではあるまいか。そんなことはないか。どうだろうか。わからない。


「コレはこの一ヶ月、レイダーが出た箇所、その被害規模などを纏めたものよ。ウチで独自に作って他の町には共有していないものだから、恐らく、貴方たちにも新鮮な情報だと思うけど」


「コレはまた緻密な」薔薇(しょうび)は円卓の中央に投げ出された書類に目線を落としている。


「こうしてみるとウェジャイアの周辺で特に被害が増えてるんですね。リベッジ商会は憐れになるほど攻撃されている」


「失礼だが」頻りに感心している薔薇とは対照的に中村は落ち着いていた。


「この情報が正しいという根拠は?」


「商会に尋ねて貰うしかないわね。それでも信頼できないというならご自由に。ただし、貴方たち自身が実感していることを否定するのは不毛だと思うわ」


「なるほど」中村は面白そうに笑った。「確かに。あいわかった。この情報を信じよう。それで?」


「レイダー被害は、さっき薔薇君も言っていたけれど、我々の把握しているだけでも先月比で一・六四倍にもなっているわ。恐るべきスピードで増加している。これは何故か。レイダーたちが我々の輸送路をほぼ完全に把握しつつあるからでしょうね。使える道は限られているし。誰かがレイダーどもに情報を売っているかもしれないし」


 中村の表情筋はピクリともしなかった。サトーはそれをさりげなく横目で確認していた。薔薇は鼻の頭を掻いていた。アイツが、多分、この三人の中では最も駆け引きが巧い男だろうなと俺は見込んでいた。


「プレイヤーは新規に増え続けている。僅かずつではあるけど。彼らが合流するのは町よりもレイダーが多い。成り上がるのがそっちの方が楽だしね。なにしろ町はもう身内意識でガチガチに固まっているから。そうでしょ。ああ、別に貴方たちを批判している訳ではないのよ。仲間内で盛り上がってる町と外様でもチャンスのあるレイダー。常連しかいない居酒屋かチェーン店かみたいなもんね」


「この状況下では町を新たに〇から作るのも難しいですしね」と、薔薇は合いの手を入れた。


「大きくなる前にレイダーどもに食い潰される。それに各町が、先行者利益ですね、それぞれ専門分野があるから、残っているニッチな産業で食べていくのも難しい。このまま行けばレイダーは無尽蔵に増える訳ですか」


「いつかは我々よりも。そうね。まさに。だからいまの段階で手を打っておく必要がある。ただし、奴らを根絶やしにするためには、まず奴らをひとつの集団にまとめさせねばならない。散発的な戦闘や山狩りでは意味がない。戦争をせねばならない。そのためにラザッペを生贄に捧げるわ。それで素晴らしい明日をアドバンス召喚する」


「具体的にはどうやるのだ?」中村があくまでも控え目に尋ねた。


「情報を流すわ。アレコレと。ラザッペがレイダー対策を進めているとか、このところ金銭収入が劇的に増えてるとか、そういう情報をレイダーたちに。それで団結して貰う。勿論、ラザッペにもレイダーたちが団結してラザッペを襲おうとしていると、これもニセの情報を流す。両者を潰し合わせる。最後に美味しいところを頂く。戦いについては心配しないで。また詳しく説明するけど、私を信頼してくれて、まあ、多分、いいと思うわ」


「ふンむ。悪くない。悪くないな。ラザッペには例の件で怨みもあるしな。しかし、情報を流す、コレはどのようにしてだね」


「貴方たちは商人でしょ」サトーは敢えて遠回しな表現を使った。「その辺りは貴方たちに任せたいわね。専門分野でしょう。貴方たちの町にも探せばレイダー絡みの仕事をしている連中がいる。違う? そういう連中を探して協力させて。ノウハウはこっちが提供するから」


「……。……。……。」中村は溜息を漏らした。僅かに息の吐き方が荒かった。


「交渉が巧いな。良いだろう。引き受けた。ただし、レイダーどもを討伐した暁には、色々と要求させて貰うぞ。もう過去の轍を踏むのは嫌なので、約束を文書にもして貰う。構わないだろうな?」


「構わない。詳しい話は後でね。オタクはウチに糧秣を、ああ、食料とか、それに人馬も供出して欲しいんだけど、それでいい?」


 薔薇は両手を挙げた。「その程度のことで平和が手に入るなら。ウチはずーっと侵略に苦しめられてますからね。――ああ、そうだ、ウチに並べられる手札はね、サトーさん、東に農地向けの、凄く良い土地を見付けたんですよ。僕らはラデンプールって呼んでるんですけどね。その情報ぐらいです」


「充分よ」サトーは頷いた。「それじゃあ次の話に移りましょう」


 話はサクサクと進んだ。各都市が同盟を結ぶことを約束する、その調印までが、この日のうちに手早く済んだ。よくもやるもんだなあと俺は呆れた。


 白状すると、レイダー被害、これは一・六倍も増えていないのである。サトーに、あの手この手、脅迫、懐柔、それに買収されたリベッジ商会とその影響下にある各キャラバンが被害を過大に報告している。のみならず喧伝している。レイダー対策を、現状、無理にする必要はどこにもない。それは何時かはしなければならないだろう。しかし、いまではない。


 一方、サトーにとっては、俺たちにとってはいましかない。時間が経てば、その他の町が独自に金属を加工を始めてしまう、俺たち七導館々々よりも強力な戦力を保有しまう、もしかするとサトーよりも頭の切れる者が現れる可能性もある。ここで地域のイニシアチブを確保しておく必要がある。せっかく手に入れた町だ。発展させてこそである。


 或いは薔薇も中村もサトーの演出に気が付いているのかもしれない。気が付いていたとしても、薔薇は現実的に現状を改善する方法が他になく、中村は弱味を握られている以上、サトーに協力するしかない。(現実に、協力して計画が成功すれば大きな利益を得られることも、無論、無視できない要素ではある)


 全てがサトーの掌の上で転がり始めた。とんでもない詐欺だよなあと思う。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ