番外編1章33話/いちばん最初のサトーさん(10)
集まったのは総勢で三二名、ウェジャイア、ラザッペ、リッテルト、それに我がダババネルの首脳陣であった。彼らの引き連れてきた護衛らは別室で厚いもてなしを受けている。無論、可能な限りのもてなし、不味い酒と煙草ぐらいなもので、連中からすればさぞ退屈な待機時間だろう。このゲーム内で嗜好品が発達する日は来るのだろうか?
会議室に置かれているのは先日までの長机ではなかった。円卓である。これは、今回、招集された四人がそれぞれ同格であることを示すため――だそうだ。『机の並べ方なんて下らない話で揉めたくないもの。そうでしょ?』とサトーは語った。俺にはよくわからない。結局、座長のサトーが出入り口から最も遠い席を占めていることも、俺の混乱に拍車をかけた。まあいい。些末なことだ。サトーのやることに、一々、ツッコミや質問を挟んでいては身が持たない。
「それで」ウェジャイアの首魁である中村が言った。堂々たる魁偉である。「今回の議題はレイダー対策とそのための組織構成だそうだが」
「まさに」サトーは頷いた。「お集まり頂いた四都市、それらが力を合わせさえすれば、いま、各都市が頭を悩ませているレイダーに対応するのはそう難しいことではないわ。計画は事前に話した通りのもので。実際、有益で有効な計画であることは、多分、ご理解いただけたでしょう。というか、ご理解いただけたからこそ集まったんだと思うけど」
「最近」と、挙手したのはリッテルトの市長である薔薇であった。変な名前だ。名前に反して顔立ちは凡庸極まる。何も印象に残らないのだった。強いて言うならば鼻が平均よりも大きい。「レイダーどもは奇妙なほどに活性化していますからね。先月に比べて我が町のキャラバンは一・四倍もの被害を被っている」
俺は鼻の頭を掻いた。俺と加藤先輩は二人してサトーの背後に立っていた。同様に中村、薔薇、それにもう一人、ラザッペのドンを自称する磯辺の背後にも何人もの付き人が立っている。そのうちの数名が俺の様子を見た。別に何を疑われたわけでもなさそうだった。ホッとした。磯辺は沈黙を守っている。海の生き物のようにムッツリとした顔をしていた。チョウチンアンコウにも似ている。体格もな。
「特に我が町は」薔薇が続けた。
「自警団が弱い。傭兵もね、ホラ、まあ、腕に覚えがある連中は限りがありますし。ココとか他の町ほどに防御設備が整っている訳でもない。――四都市同盟でしたっけ? 賛成ですね」
「我々は全面的には頷き兼ねる」
中村が唸った。「お互いのために兵力を出し合う。これは良い。資金を各自が拠出する。金銭は流通するべきものだ。だからそれも良かろう。物資も喜んで我々は出す。サトー君、君が“ダババネル”を取得した手管、それについても私は疑念を抱いていない。はっきり言ってしまうが、クーデター、その計画性、周到さ、スキのなさ、称賛に値する。素晴らしい。私にはとてもできない。柘榴氏は日に日に増長していたしな。彼を取り除いてくれたことには感謝すら覚えているので、そう、君等を責めるつもりもない。むしろ感情的には尊敬すらしている。ただし、関税の完全撤廃やキャラバンやプレイヤーや市民の往来の自由化などについては絶対に御免被る」
サトーは肩を竦めた。最近、俺の癖が移ったらしい。「その辺りの妥協や調整はこれから求めるとして、磯辺氏のご意見は?」
「論外だな」磯辺はそれまで閉じていた目をカッと開いた。「中村の言うことの最後の部分が理由だ。中村、お前は美辞麗句が好きなようだが、私はそうではないぞ。はっきり言ってこの件は無益だ。少なくとも私の都市にとっては。ラザッペは一〇〇〇の人口を抱えている。貴様らとは格が違う。それでも一応、来てくれと願われたので、礼儀の上、或いは何か役立つ情報や取引が出来るかと来てみたが、残念だ、面白味がない。先に拝見した計画も陳腐だった」
サトーが目を細めた。中村は四角い顎を撫でた。薔薇は各都市の代表者たちの顔を等分に見渡した。それぞれに風格があった。この程度の“探り”ではとても狼狽えない。流石と言えばそうだった。何十人ものプレイヤーを束ねている彼らだ。胆力と能力は人後に落ちない。
……ダババネルは、かつても語ったけれども、金属加工で成り立っている町だ。商業で潤っている。金に余裕がある。だから俺たちのような傭兵を抱えられている。一方、食料生産に限度があるし、レイダーらに優先的に狙われているし、そういうこともあって、中々どうして、人口拡大や増産に裂けるリソースがない。
ウェジャイアはどうだろうか。各都市の中間点、いわゆる中継貿易拠点として発達したこの都市は商人気質のプレイヤーが集まっていて、それだけにダババネルを遥かに超える資金力を持つ。噂に依れば、否、事実として、もちろん公にはしていないものの、一部のレイダーと取引がある。しかし、それだけに将来に不安が、つまりレイダーどもとの共生関係が限界になったとき、または他の都市に恨みを買ったときが怖い。彼らが抱えている傭兵は、俺たちが柘榴たちに従っていたのより更に深刻な意味で、中村たちに好意を抱いていないからだ。彼らはウェジャイアの資金力にだけ興味を持っている。
ならばリッテルトはどうか。話にならない。リッテルトは農業都市である。故に大規模な人口を涵養することが可能で、なるほど、磯辺が一〇〇〇人の人口だとか自慢していたが、リッテルトのそれは一五〇〇を超える。我が町やウェジャイアに穀類を売り捌くことでそれなりに手荒く儲けている。ただし、その広い領土、及び、農業向けの土地――平野にどーんと位置していることもあって、レイダー共に攻められたとき、防御力が足りないのである。
この三者たちの間において、サトーが提示した都市間同盟、それは確かに有効なのであろう。そう思う。それぞれにメリットがある。欠点を相互に補い合うことが可能になるからだ。ダババネルはリッテルトからより安く手早く穀類を入手できるようになる。リッテルトは防御力を、ウェジャイアはレイダーたちを脚切りにしても品物を売りつける、買い付ける、なんであれば巻き上げる相手に困らなくなるのだ。中村の指摘したデメリット? 賛成できない点? あれは交渉術だ。同盟がより自分たちに有利な形で結べるように威圧しているのだ。それだけに過ぎない。(商人国家にとって関税の撤廃はともかく、より自由に人々が行き来できるようになる、その点は絶対にプラスである。というよりも、それを規制する方へ強く主張することは自分たちの後ろ暗い部分を世間に知られたくないと主張することに繋がりかねない。中村は馬鹿ではない。それとわかっていてあの手札を切ってきたのは、多分、何か理由があってのことだ。もしかして彼は俺たちの狙いに気がついているのかもしれない)
ラザッペは――ラザッペは最も早く成立した町のひとつであり、ある悪どい手法を用いたこともあって、商業、工業、農業に至るまで、全てがバランス良く発達している。ミネデ川の上流に位置していることもあって交通の便も良い。我々と同様、川を背後にしていて、しかも人工的に拵えた丘の上に町を形成しているから、守備も堅い。古くから付き合いのあるキャラバン、商人、傭兵、それらもプレイヤーとノン・プレイヤーを問わず多く、我々と対等な同盟を結ぶことは、ラザッペにとって余り有益ではない。むしろ格下の町を勢い付かせることになる。勢い付けばラザッペの地域最強の座が脅かされてしまう。地元では負けたことがない不良みたいなもんさ。ラザッペからしたら求めているのは臣従、そこまで言わなくても彼らに助力を乞うことであって、『いっしょにがんばろうね!』ではない。
「話を聞いてなかったの?」サトーは貴方は馬鹿ねと顔に出しながら言った。
「レイダーの被害は日に日に強まっている。ラザッペもそのうちどうなるかわからない。いまはよくても最終的にどうなるかわからない。それとも頭を垂れて欲しいの? そういう性格? お願いしますと願ったらはいわかりましたと賛成してくれる?」
「君は」磯辺もまた不愉快さを顔に出した。「下品だぞ。それは本気で言っているのかね? 私への嫌味か?」
「驚いたわね」サトーはまた肩を竦めた。「凄い理解力をお持ちで。そう。よくわかったわね。それがわかるのにこの同盟の有益さがわからないの、ぼく? 頭は平気? 並の頭があれば私の言葉に怒るよりも同盟の価値に気が付くはずなんだけど。貴方、随分と偏った頭をしているのね」
俺は苦笑を堪えた。加藤先輩もだ。室内がざわめいた。付き人たちが不安そうな視線を交換した。磯辺が円卓の表面を叩いた。実に無駄な時間だったと彼は早くも過去形を使った。帰るならご自由にとサトーは磯辺を煽った。ただし、と、サトーは背中を向けた磯辺に釘を差すように、
「もしコレでラザッペに何かあっても、私、責任は取らないわよ。いいわね? 貴方たちを助けない。貴方たちが助けてくれと言って来ても。よほどの条件と譲歩がなければ。いいわね? 承知した? 把握した? オーケー?」
「心得た」磯辺は背中を向けたまま声帯を強く震わせた。「失礼する」
磯辺は扉を蹴破るようにして退室した。付き人らがペコペコしてから後を追った。サトーはヘラヘラと笑った。中村が溜息を吐いた。やはり彼は俺たちの狙いを理解しているようだ。否、薔薇もかもしれない。彼は面白そうにニタニタしていた。サトーは円卓の上に足を投げ出した。楽にしてと二人の都市責任者らに言った。中村は足を組んだ。薔薇は口元を撫でた。彼らの付き人は困惑していた。
「さて」サトーは椅子に背中を預けた。椅子が傾いた。俺はそれを後ろから支えた。コイツならすってんころりんと転びかねない。
「というわけで、これから三都市同盟の具体的な話をしていこうと思うんだけど、まずは先に貴方達に話したレイダー殲滅のための計画、同盟の概要、全て忘れて頂戴。お察しの通り――ラザッペにはとっとと滅んで貰うわ。で、その対価としてレイダーを潰す。よろしくて?」