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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
2章『腐敗、不自由、それと暴力』
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2章6話/労基に訴えた方がいいって


 総勢六〇〇〇名から成る旅団――その司令部には作戦、兵站、訓練、情報、総務、法務、人事、衛生、施設の九部が置かれる。


 例えば、作戦部は来たるべき戦争において我が旅団がどのような行動を取るべきかなどについて計画している。いざ、戦地に赴いたとき、私はその計画を参考にして兵をどのように動かすか決断するのだ。


 士官級PC、特に司令官(旅団以上の指揮官はこう呼ばれる)の職責は陣頭に立って戦うことではない。各部の参謀(幕僚)の意見を基に旅団の採るべき行動を決断することにある。その決断が敵味方の生死に関わるのだから『決めるだけなら誰にでも出来る』というわけにはいかない。大体、一秒ごとに変わる戦局に合わせてどの意見や計画を参考にすべきか判断するだけでも難しい。


 とはいえ、いまの私の仕事はそれほどヒロイックでない。出征していないとき、即ち、ゲーム・プレイの大部分は散文的な書類仕事で終わってしまう。


 私が示した大方針に則って――『次の戦争で第ニ旅団はこういう役割を与えられました。私はその役割をこうこうこういう風に果たそうと思います』――参謀長たる剣橋氏が各部署の業務内容を立案する。


 私が査読して許可したそれが各部署で、参謀長を相談役に実施される。このとき、各部署間、及び司令部と隷下部隊間の連絡や会議進行は副参謀長が受け持つ。やがて、完成した仕事が書類の形で私のところへ届く。私はその書類内容が私の求めているものと合致しているか否かを確認する。していればいい。していないならば、どこをどのように直すべきか会議の場や書面などで伝えて返却する。


 これのみならず、旅団長日誌も書かねばならないし、今日は何をどれぐらい演習で使いましたとか、誰が倒れましたとかいう報告書などが私の執務机に舞い込んでくる。数にして最低でも日にニ〇〇枚の書類、一枚を処理するのにニ分を使うとしても四〇〇分であるから、学校が退けた瞬間からゲームにログインしても深夜まで掛かる。かてて加えて、旅団長ともなれば諸々の会議だの懇親会だのパーティだの各種メディアからの取材だのに参加しなければならない。どこかへ出ていけば必ず笑われるとかセクハラされるとかもする。『おい、噂の旅団長が来たぞ』


 私は音を上げなかった。むしろ、笑われれば笑われるほど、嘲られれば嘲られるほどにやる気が増した。見ていろよ。見ていろよ。いまにきっと。


 ただし、旅団運営の全てが円滑という訳でもない。第一、このペポピテ駐屯地に赴任してきた日からして酷かった。演習場に整列した一個連隊に――旅団は原則として連隊ごとに違う市に駐屯する――着任挨拶を終えた後、私を出迎えたプレイヤーは六名だけだった。


 参謀長の剣橋京太郎(けんばしきょうたろう)、副参謀長の黒歌〆嘉(くろうたしめか)、主席作戦参謀(作戦部長)の冬景色(ふゆげしき)暁顕(あきたか)、工兵大隊長の宵待理早(よいまちりさ)、主席副官の吉永千代(よしながちょ)、それに第三ニマスケット銃兵連隊長の夏川七夕(なつかわたなばた)らである(敬称略)。他の参謀や部隊長らはどうしたのか、と、そう尋ねると夏川さんが教えてくれた。放送禁止用語やエフワードまで混じっていたその内容を要約すると次のようになる。


『お前が殺しが大好きなのもその経験が豊富なのも調べた。だから戦場と演習場では言うことを聞いてやらないこともない。お前が決定的に間違っていなければ。だが日常的な業務は違う。低学歴のお前にはわからないような難しいことだらけだからだ。相談事は全て参謀長に持ち込む。お前に敬意を払うのも嫌だ。我々を更迭したいなら軍務省に掛け合って好きにしろ。我々はお前がロリコンの会長の愛人なのも知ってる。お前の要求は飲まれるだろうが、そうすれば第ニ旅団も崩壊するからな』


 私は素直にその要求を受け入れた。反対してサボタージュされるよりかはマシである。


 それに、これも戦略単位を預かる身としての、ひとつのポーズだろうとも考えた。部隊長だの司令官だのというものは常に気を配っていなければならない。何にかと言えば、それは言葉遣いであり、態度であり、部下の人品についてなどでもある。


 早い話、司令官とはモチベーターを兼ねねばならない。部下の仕事が優れていれば褒めてやる。そうでなければ叱るなり処罰を下すなりする。しかし、褒めるにせよ、怒るにせよ、ただ美辞麗句を連ねて、ただ罵倒すればいい訳ではない。その方法によって結果は自ずから変わってくる。


 要は『キチンとしなさい!』と正面から怒鳴るのが有効な部下も居れば、『少しだらしないですよ』と婉曲に諭すのが有効な部下も居り、ともすると自分で自分のミスに気が付くまで放っておくのが有効な部下すら居る――という、簡単だが、いざやるとなると面倒な話である。(また、叱るにしても注意で済ますにしても、例えば“お前に物を教えてやる”という風な言い方では、それがどれだけ有益なアドバイスでも受け入れられる筈がない。同様に、これは私も頻繁に勘違いしてしまうのだが、相手に注意することと論破することと冷笑することとは違うということも弁えていなければならないだろう。上司であり、部下よりも立場が高いということは、相手を自分の流儀に従わせていいことを意味しない。むしろ逆である。自分が部下の流儀に合わせつつ〆るべきところはキチンと〆ることが理想の上司像だと思われる)


 もしも相手によって叱り方や褒め方を変えず、自分の常識で(又は自分が楽な方法で)物を言ったのでは、部下達の思うところは次の一点に尽きてしまう。『なんだコイツ。なんでコイツのために働かなあかんねん。あほらし』


 こうなると部隊の業務処理能力は低下する。処理能力が低下すれば軍隊としての行動がだらしなくなる。だらしなくなれば戦場で被る損害が大きくなる。換言するならば死人が増える。誰も得をしない。この状態の部隊を蘇らせるには規律を強化する他にないが、規律はそれを強化すればするだけ、部下を保守的に、つまり叱られないことを優先して仕事をするようにしてしまうから、やはり誰も得をしない。


 そういう意味で、私は、この早い段階で“仕事さえキチンとしてくれるなら過度に干渉しませんよ”、――その姿勢を提示しておこうと思ったのである。ある種の自己紹介であった。


 とはいえ、私が激昂することを期待していたのだろう、夏川さんの三白眼は不満げな色をたたえた。彼女は私に好意的なのではなかった。ただ、その、高学歴一同からの要求を突きつけるために私を待っていたのだった。だから話が終わるなり『出ていっていい?』と尋ねた。『あんたと同じ空気を吸っていると――』


『病気になる?』


 私に台詞を先取りされた彼女は旅団長室の壁を蹴り飛ばした。壁に掛けられていたシカの剥製が震えた。ぶ厚い軍靴を履いていてどうすればそうなるのか、夏川さんは小指あたりを強かに打ったらしい。『くっ』と呻いて半ベソで去った。


 剣橋さんが教えてくれたところによれば彼女は情緒不安定で有名らしい。


『前、リアルで会ったときなんですがね、電子レンジにぶちギレてたことがありましたぐらいで』


『電子レンジですか。電子レンジね』


『書かれていた時間通りに温めたのに中が冷たかったとかで。嘘つき! なんて、泣きながら電子レンジに縋り付いてたんですぜ。あんたまで私を騙すのかって。ドラッグストアの中だったんで慌てましたよ』


 正直、夏川さんは嫌いでない。私に協力してくれる参謀らもだ。高学歴だけど嫌いではない。それどころか、『女性が虐められてるのを見て見ぬフリをするのは辛いもんですからなあ』と述懐した剣橋さんには敬愛すら覚える。尤も、彼が私に味方してくれるのは別の事情、――情に厚いというのは嘘ではないとしても、元より彼は出世コースの途上にあり、“そのうち中央に戻る野郎”として第二旅団幕僚部の中で浮いていたというのもある。私に味方して間接的に会長にごまをする方が得をするという訳だ。クレバーですね。


 黒歌さんは明朗にして快活で人懐っこい。どこへ行っても笑顔、無尽蔵のスタミナで各部署や会議を監督しに行っては活躍している。ただ、その根本だけが黒い金髪がどうしてもプリンに思われてならない。あと、まあ、なんですか、軍服にアップリケだの刺繍だのを施すのは服務規定違反なんですが、それについては大目に見ましょう。どうでもいいですよね、服装なんてね。


 冬景色氏は感情があるのかないのか分からない。蛇顔の彼は何時だって無表情だ。彼と黒歌さんと剣橋さんは幼馴染であるという。


 宵待さんは会議の場などで顔を合わせると何かにつけ気が利く。ヒノモトナデシコの鑑――と言ったら時代錯誤なのだろうが、三歩、男性の後を遅れて着いていくような人ではある。一点、気に懸かるのは、彼女が浮かべる笑みがどうも悪戯っぽいことだ。ただまあ、芸術高校に通う彼女のような、およそ低学歴とか高学歴とか判定し辛い人々は得てしてそういう笑い方をする傾向にある。他人に対する冷徹な観察が彼女らのインスピレーションに繋がるのだ。


 吉永さんはなんと形容すればいいのか。典型的ツンデレ顔の彼女は『貴女は会長の秘書じゃなかったでしたっけ』と尋ねると『監視役?』と答えるような人物である。ちなみに彼女は鳳凰院高校の特待生であって、特待生はそうでない学生らから敬意を以て接せられるべし、と、モヒート法は定めている。故に彼女は私を含む、この旅団にいる全員に対してタメ口を使う。逆に我々は彼女に敬語を使わねばならない。


 七導館々々の生き残りたちは――頂は私の次席副官となった。花村君は旅団長附き従卒、言ってしまえば私専属の雑用係だ。最後の一人、普段、なかなかゲームへログインしない須藤さんは私の護衛役なのだけれども、いまのところいちども現れていない。彼のモットーは『やりたいときにだけゲームをやる』であった。それに彼、ゲームとは別にやっている本業で年がら年中、暇がない。


 現場経験の豊富な頂には次席訓練幕僚(訓練部次長)を兼任させた。と、いうのは、兵の訓練内容立案を統括する訓練部長が怠慢なのだった。能力がないわけではない。むしろ、あり過ぎるからこそ『なんで俺が訓練なんだよ』という不満を抱いているのだった。


 このゲームは三年間しかプレイできない上に各職の業務内容が複雑である。故に各人、指揮官であればその業務内容だけを専門的に学ぶ。総合職的な教育をしていたら素人が素人を指揮するような羽目になりかねないからだった。主席訓練幕僚も本来は作戦幕僚としての教育を受けてきたが、今回、どうしようもない人手不足から不本意な仕事を押し付けられるに至ったらしい。


 無論、だからといって主席訓練幕僚は頂(低学歴)が彼の仕事を侵すのを歓迎しなかったが、それは黒歌さんに頑張って説得して貰った。私もある秘策を弄した。


 表立っての説得を黒歌さんに任せたのは、それが彼女の職分であるということもあるが、ある種の政治力学を考慮してのことだった。


 言うまでもなく、上司と部下という間柄には絶妙な力関係がある。上司は命ずる。部下はそれに服従せねばならない。不本意な業務を仰せ付けられた部下の気持ちは『ふざけんなよ』以外にはあり得ない。ましてここは軍隊の真似事をする組織である。自分や他人の将来を奪ったり、奪われたり、高ストレスなそれを上司の命令の下に遂行する。並の組織に比べて上役に対する不平不満が募り易い。


 通常であれば、あの手この手で部下からの人気を勝ち取る、『コイツに逆らうと不味い』という不安を植え付ける、様々な手段でそれらの不満は対策並びに解決される。されるべきである。


 しかし、私は私自身であるという理由で、初対面より以前から部下に嫌われていた。で、あるならば、どうして私自身が彼等の説得に赴かねばならないのか。赴いたところで問題が拗れるだけに決まっている。お互いに不愉快な思いをするだけだ。(特に主席訓練幕僚はどうにもプライドが高い性格のようだから、低学歴である私にあれこれと仕事上の注文を付けられたら、むしろ不貞腐れて、前に増して怠けた仕事をする可能性が否めない)


 そこで黒歌さんだ。彼女を通して主席訓練幕僚と会話することで、“私にもそれぐらいの配慮は出来る”、その事実を彼に伝えた。この事実は、転じて、“いざとなれば私にも考えがある。その考えを実効に移すぐらいの頭はある”ことを意味する。賢い彼にはそれが良く飲み込めた筈だ。


 高学歴は高学歴を維持するために出世を望む。前途に多難を抱えるような真似は好まない。私が会長の愛人だとかいう噂もあるからには、主席訓練幕僚としては、私のことをどれだけ悪し様に評価していても、私に逆らう訳にはいかない。


 この方法の素晴らしい点はもうひとつある。黒歌さんを事実上の人質に出来る点だ。私の使い走りとして動き回るのだから、元より私に与した時点で他の幕僚からの心象が悪くなっていたこともあり、彼女は“低学歴に味方する異端児”として見られることになる。


 黒歌さんの身柄を守りたいのであれば、剣橋参謀長にしても冬景色君にしても、私のために全力で働くしかない。少ない味方に心変わりされる不安がグッと減る。(どんなに素晴らしい人柄を備えていようとも、信頼はともかく、信用するのは難しい)


 なんにしろ、どんな作戦であれ実際に戦うのは兵だ。彼らの練度は高ければ高いほど良い。理想は常に叶わないものであるにせよ、一定のレベルに達していなければお話にならない。


 頂の働きぶりは猛烈と言ってよかった。別に特別な訓練計画を組んだ訳でもない。ただ、されていて然るべきだったのにされていなかったもの、それらを現場に乗り込んで徹底的に実施させたのである。誰にでも出来ることではない。少なくとも水準より二倍か三倍か勤勉で、目端が利き、陰口や嫌味や皮肉に怯まないだけの胆力が必要な仕事であった。(面白みのない言い方をするならば“面倒なことを面倒だと思わずにやり続けられる才能”が彼女にはあった)


「この分なら」


 剣橋さんが言った。演習を終えて、私は剣橋さんたちを旅団長室へ招いていた。彼はココが我が家であるかの如く振る舞っており、どっかりと椅子に座って、手にしたティー・カップの中身をふうふう吹いている。プレイヤー・アバターは飲食を欲するのだった。休息も適度に与えねばならない。


「兵はなんとか無難に仕上がるでしょうな。あれだけ訓練計画が遅延していたにも関わらず。お見事です」


「貴方と黒歌さんと頂の功績です。私は何もしていません」


「そうですかね。まあ褒められたと喜んでおきましょうか」


 彼は恐る恐る紅茶の表面を舐めて「熱い!」と唸った。それで手元が狂った。幾らかの紅茶が彼の太ももに溢れた。「熱い!」


 それまで、無心無表情無差別、紅茶に砂糖をドバドバ入れる冬景色氏を、


「そんなに入れたら病気になっちゃうってば!」


 などと窘めていた黒歌さんが「京太郎もお馬鹿をやってるし!」と呆れた。剣橋さんの零した紅茶は宵待さんがハンカチで拭った。その宵待さんへ向けられる黒歌さんの目線は微妙なものだった。ちょっとした凄みがあったようにも思われる。


「いやいやどうもすみません」と剣橋さんは会釈した。


「馬鹿なんだから気をつけてくださいね」と宵待さんは微笑んだ。


「そうそう馬鹿なんだから。って、それウチの参謀長だから!」と黒歌さんは完璧なノリツッコミを見せた。先程の凄みのようなものはすっかり消えていた。


 それらの様子を眺めて笑う吉永女史は優しげである。冬景色氏は監視の目が緩んだスキに砂糖の投入を再開した。


 私も紅茶に口を着けた。花村君の淹れたその紅茶は異様な味がした。部屋の隅、つくねんとしていた花村君が目を輝かして私を見ている。『どうですか? どうですか? 美味しいですか?』


 可愛い後輩を悲しませるわけにはいかない。頂の『コッソリ淹れ直しましょうか』は謝絶した。カップを傾けた私は笑顔になった。笑うしかない味ですわコレは。私は声を絞り出して吉永女史を呼んだ。「はいな」と応える彼女に幾つか仕事をお願いする。我々は漫才をするために集まったのではない。色々と討議するべき事柄があるから集まったのだ。


 副官業務は彼女の前職(秘書業務)に似ている。どういうことをするのかと言えば――




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