表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
150/239

番外編1章22話/権上かなで


 こんなところまで遠路遥々、何をしに来たの、彼は? なに? いまになって私に何らかの責任問題を追及しに来たとかなの? どんと来い。きやがりなさい。どんな手で迫ってこようと私は無敵よ。完璧なの。私のしたことは全てに弁解が成立し得るわ。喩え、私のした特定の発言の一部を私の意図しない風に文脈を無視して切り抜いて解釈されて(早口)――(息継ぎ)――すら、私は自分の無実を証明できるわ(ドヤ顔)。


 本当に? 最初にボケナスとか言っちゃった件については? 照れてたとはまさか言えない。ボケナスに限らず言葉の節々がささくれだつ件については? そういう単語を混ぜないと死んでしまう癖が抜けないからでしょ。それを真に受けられても私の至らなさが問題と申しますか。ああ、いや、もう、だから、いや、そうじゃなくて。


 テンパるな。落ち着け。いきなり花見盛君が来たところで何程のことがある。落ち着きなさい。


 無理だわ。テンパるわ。なに? なんなの? なんでウチまで来たの? こわっ。どういうアレ? 何が望み? 金? まさか宗教勧誘ではないでしょうね。私は空飛ぶスパゲッティ・モンスター教だから改宗は難しいんだけれども。駄目ですか。そうですか。(世界三大宗教にも数えられる某宗教の祈りの言葉)。


 ああ、情けない。私はピヤングの箱を落としそうになった。つい数秒前まで“ビジネス・ライクな関係でいい。彼らは私に従っていればいい”とか言っていた癖に。自分の一貫性の無さにはたまらない。畢竟、彼らを前にすると罪悪感に押し潰されそうになる。弁解? しなくていいわ。ただ私を責めてくれればいいの。囲んでゲバ棒とかで殴って殺してくれればいいわ。貴方たちを利用してごめんなさい。ごめんなさい? それを言えればどれだけ楽か。


 あのとき、馬車の荷台から救い出されたとき、私がどれだけ彼らに感謝しようとしたことか。どれだけありがとうと伝えたかったことか。いやいや、その前、最初に部長殿のしてくれた挨拶を無礙にしたことがどれだけ心苦しかったことか。何度、勇気を出して、あのときはと話を切り出してみようと思ったことか。ああ、ほら、ほら見ろ、いつの間にやら弁解を始めてるじゃない。アンタは、だから、自分の罪が軽くなるならなんでもするんでしょ? 最終的には自分が可愛いだけなんでしょ? 父親を愛してた健気な娘を演じていたかっただけなんでしょ? 同情されたかったんでしょ? 優しくして欲しかったんでしょ? 


 本当は寂しかったんでしょ?


 でも人は裏切るから。簡単に掌を返すから。そう、その意味から言えば、花見盛君もあの程度のことで私に対する好悪の念を逆転させようとしている。掌返しは悪よ。好きだったものを嫌いになるのは悪いことなの。嫌いだったものを好きになるのはそれ以上に悪いわ。私の価値観ではそうなっているの。そうなっているんだから罪悪感なんて無視しなさい。悪いのはアイツらよ。


「――――花見盛君、何しに来たの?」


 アンタ、なにやってんの? 居留守でもなんでも使っていれば良かったじゃない。コチラから話しかけに行かねば、彼、諦めて帰ったかもなのに。


「ああ、サトー、居たか。良かった」と、花見盛君は言った。安堵した様子だった。肩で息をしていた。随分と急いでやってきたらしい。私にそんなことされる価値なんてないのに。


「高木先輩が煩くてな」扉の向こうにいても花見盛君が肩を竦めたのがわかった。私は割と彼のその癖が好きだった。「是が非でもお前を連れてこいって言うんだよ。悪いんだが、ンマー、なんだ、支度をしてくれないか? 来てくれ。きっと楽しいぞ」


「言ったでしょ」私はベッドの上で胡座をかいたまま応えた。「行かないわ。興味ないの。放っておいて」


「そう言うな。皆んな、お前に会いたがってるし、礼を言いたいと思ってるんだ。この前のことでな」


 無意識の内に焼きそばを掻き混ぜていたことに気が付いた。ニチャニチャと嫌な音がしていた。砕けた麺がピンク色に染まっていた。何故か無性にムカついた私は、


「帰って」と、麺を無手勝流に頬張った。外に聴こえるぐらいズルルルと音を立てて麺を啜った。壁を殴りたかった。殴った。手が痛い。


 それぐらいで帰る花見盛君ではない。彼は苦笑した。


「なんだな。今日は機嫌が悪いな?」


「あらやだ。良くってよ。知らないわ。何時だってこんなものよ」


「そうかね。特に今日はアレな感じがするが、ま、そう主張するならそれはいい。どうしても来ないか?」


 私は沈黙した。部屋の前からフッと花見盛君の気配が消えた。私の胸が締め付けられた。咳き込んだ。啜った麺が喉に詰まったのだった。ベッドの上に転がっていたペット・ボトルを掴んだ。キャップを毟り取るように開けた。中身がアレでないことを冷静に確認してから飲んだ。古いスポーツ・ドリンクだった。雨の降った後のまだ乾いていない土のような味がした。(私は土を食べさせられたことが何度かあった)


 溜息を漏らした。これでいい。切なさなんて感じなくていい。と、思っていたら、


「サトー」と、花見盛君が再出現した。私はホッとした。ホッとした自分が憎かった。それでまた麺を啜った。すると、まるで漫才ね、喉に詰まった。土の味のする飲み物を重ねて飲んだ。酷く咳き込んだ。


「平気か?」花見盛君は笑っていた。「どうした。喉に詰まらせたか。なんか食ってるだろ」


「うるさい」私は唸った。「帰りなさいって言ってるでしょ。というか、帰ったんじゃないの?」


「ああ? 俺が? いや? って、ああ、――良く見てるな。違うよ」


 この寮は壁が薄い。隣の部屋のドアが開けられる音がした。隣に暮らしているのは馬鹿でマヌケでアホの二年生だ。彼女がどうもありがとうございましたとか花見盛君に言っているのが聴こえた。花見盛君はいえいえとか応じていた。ビニールの擦れる音もした。おいしょとか馬鹿でマヌケでアホの二年生が呻いたのもわかった。どうも、花見盛君、重い荷物を持ってあげたとか、そういうことらしい。


 謎の嫉妬と劣等感を隣の馬鹿でマヌケでアホに感じた。花見盛君も花見君でしょ。私を連れに来たのになにを他の奴に、って、ええい、そんなことはどうでもいい。


 大体ね、私は彼がね、嫌いなのよね。人が良すぎるのよ。裏で何を考えてるかわかったもんじゃないわ。人が他人に親切にする理由なんて決まっているもの。恩を売ろうとしているんだわ。私に、彼、恩を売りつけて、それを後で高値で返して貰おうって考えてるのよ。そうに違いないわ。あんなヒゲロン毛は死ねばいいのよ。そう。死ねばいい。豆腐のカドに頭でもぶつけて死ねばいいの。彼がもっと私を明確に拒絶してくれれば、畜生め、私だって色々と悩まずに済んだでしょうに。


「花見盛君」私はどういう訳か泣きそうだった。「最後には十八番(オハコ)をやるつもりでしょう」


「十八番って?」


「交渉よ。また前みたいに論理パズルを組み立てるんだわ。それで私を無理にでもパーティに連れ出そうって寸法でしょう。見え見えだわ」


「しないよ。どうしても来たくないって言うなら本当に帰る。高木先輩には、ま、適当を言うさ」


「……。……。……。そもそも表に出るような服、私、持ってないわ」


「ハッ。なに? なんだ? そんなこと気にしてたのか?」


 気にしてるわけないでしょバカ。


「いいさ。それなら買いに行こう。帰り道、知り合いのやってるブティックがあってね」


 行くわけないでしょバカ。


「おーい、サトー、平気か?」


 平気なわけないでしょバカ。


「……。……。……。私、あんまりお金を持ってないから」


「いいさ。それなら貸す。むしろ買って差し上げてもいいぐらいなんだがな」


「花見盛君からお金を借りると利率が高いから嫌よ」


「ンなもんは設定しないさ。いや、設定しても複利にはしないよ」


「笑えないわね」


「君よりかは笑えるジョークを言ってるつもりだぜ」


「ねえ」


「なんだ? 来る気になったか?」


「黙って」


「悪かった。悪かった。悪かった。なんだ?」


「なんでそこまで良くしてくれるの?」


「はあ?」心底、花見盛君は驚いたようだった。半瞬間の沈黙の後で彼は笑い出した。床を転げ回る勢いで笑っていた。私は焦った。どうして彼が驚いたのか、笑っているのか、理解できないから焦った。ピヤングを胸に抱えるようにしてその場でキョロキョロした。立ち上がった。まだ花見盛君は笑っていた。私はその場でグルグルと回転した。ベッドのスプリングがギシギシと鳴った。


 花見盛君は一分近くかそれ以上も笑っていた。ようやく彼が、ヒーヒーと笑いの残滓を残しながらではあるけれども、会話が出来るだけの理性を取り戻したとき、私は右手にヤカン、左手にマクラを持って、それでベッドの上を駆け回っていた。ピヤングの箱はどこかへ消え失せていた。


「なあ、サトー、なあ」


 花見盛君は諧謔味を含んだ声で訊いてきた。「いいかな。逆に教えてくれないか。お前、なんでそんなに俺たちを避ける?」


「質問に質問で返さないで。それをやるとテスト零点なの知らないの」


「知らないね。知っていたとしてもどうだっていいんだ。教えてくれないか」


「なんでそんなことが気になるの?」


「お前、あのとき、震えてたじゃないか」


「それが?」私の声も震えていた。


「俺はずっと勘違いしていたのさ。お前、やりたくてああやってるんだと思ってた。いや、悪いな、言われたくないことかもしれんけどね、俺は言うよ。お前、不器用だろ。意外と。だからこうしてるんだ。ここで粘ってるんだ。もちろん本当に嫌だったら帰るってのは嘘じゃないがね? でも、お前が行きたいって思ってるのに、それでも口では行きたくないって言ってるんだとしたらだ、なあ、俺はお前を連れて行くために何でもしなきゃならないって思うんだわな」


「どうして」


「だから、そりゃあ、お前に助けて貰ったからさ。そのお礼をしたいからさ。それで理由には充分だと俺は思う」


 最悪ね。私は思った。ヤカンと枕は放り投げた。部屋のどこかで何かが崩落した。それこそどうでもよかった。なんで貴方はそうもストレートに思っていることが言えるのかしら。やっぱり死ねばいいのよ。貴方は死ねばいい。それから私も死ぬわ。だから先に死んで。貴方が死んで。まず貴方が死んで。二日ぐらいしたら後を追いかけるわ。追いかけるかもしれない。気が向いたら。


「昔」私は泣いていた。格好が悪い。そういえば部屋の鍵は開いている。花見盛君はそれを知っているはずだった。どうして入って来ないのだろう。頭に来る。


「昔、嫌なことがあったの。だから人が嫌いなのよ。これでいい? 帰ってくれる?」


「わかった」花見盛君は何度か口をモゴモゴさせた。存在しないガムを噛んでいるようだった。「帰る。でもな、サトー、その前にひとつだけいいか」


「許可しなくても言うでしょ」


「違いない。サトー、なあ、でもな、サトー、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことはお前だってわかってるだろ?」


 カッとなった。貴方には関係ないでしょと私は怒鳴った。何も知らない癖にとも叫んだ。花見盛君はしばらく間を置いてから悪かったと柔らかい発音で言った。部屋の前から人の気配が消えた。私は膝から崩折れた。シクシクと泣いた。どうして泣いているのかはわからなかった。わからないことだらけだった。


 ……三〇分は泣いていた。泣いても泣いても気分は暗いままだった。日はついに落ちた。部屋の中は真暗になった。窓枠に飾ったモビルスーツの色は量産機カラーに戻っていた。住宅街の中にある寮だけあって窓からはご近所さんたちの営みが伺えた。街は輝いていた。明かりの着いている全ての家で幸せな家庭がそれらしい支障もなく運行されているのだろうか? 誰にでも悩みがあるなんて本当なのだろうか? あるとしてその悩みは私より深刻なのだろうか? 比べることに何の意味があるのだろうか? 私なんて生きていていいのだろうか?


 私は服を着替えた。余所行きの服が不足しているのは事実だった。制服に着替えたのだった。何をしているのだろう。ベッドにチョコンと――自分でチョコンとなんて形容をするな。気持ち悪い――座った。二〇分ぐらいボーッとしていた。


 訳も分からず部屋の戸を開けた。狭い廊下は薄暗かった。私の部屋の前の天井照明は切れかかっている。チカチカしていた。そのチカチカを興味深そうに見上げている青年がいた。廊下に座り込んでいる彼は目が隠れるぐらい前髪が長かった。無精髭が似合っているようで似合っていなかった。


「ここの蛍光灯、変えた方がいいと思うが、どうだ?」


「管理人さんに言って」


「ああ。言っとくよ。でもヨボヨボだからなあ。換えとくよ。そのうち」


「管理人さんに逢ったことあるの」


「さっきね」


「なんでトドメを刺さなかったの。あんな役に立たない管理人はいるだけ無駄よ」


「キツいこと言うなあ」


 花見盛君は核心に触れなかった。私はまた泣きそうになった。だから上を向いた。名曲は嘘だとわかった。涙は上を向いていても溢れる。


「サトー」と、花見盛君は座ったまま呟いた。「ごめんな」


 私は鼻を啜った。目元を制服の袖で擦った。それからふん! と、鼻を鳴らした。 


「今度だけは許してあげるわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ