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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
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番外編1章18話/前哨戦(9)


 その丘の標高は八〇メートル程だった。斜面は急だった。というよりも、急な斜面をわざわざ選んだのであった。斜面を覆うのはブナの林だった。


 緑が深い。日光が届かない。地面の水捌けも悪い。何時に降ったかもわからないような雨で未だに保湿されている土は軟弱だった。踏み込むと足跡がくっきりと残る。取り込み忘れた洗濯物のようなニオイが立ち込める。滲み出た水分が靴の裏を濡らす。気を抜くと滑る。滑れば後ろに続く仲間たちを巻き込んでドミノ倒しになる。俺こそ軟弱な男だと呼ばれてしまうだろう。よろしくない。軟弱と呼ばれた男は生きていけない。


 ……万が一、敵が俺たちに先駆けて移動していたとしても、或いは前々から監視を配置していたとしても、この林が俺たちの身を隠してくれる。


「まあ」と、サトーは行動開始前に注釈を入れた。


「先に移動されていることは貴方たちが迅速ならばまず無いわ。監視を先行配置しておくこともまずないでしょう。さっきのは一人でも多く投入したい戦闘だったし、そもそも状況がこうまで流動的になることを事前に想定していたかどうか。していたかもしれないわね。でも、していたとしても、そう、監視を置いてもその監視役との連絡に手間が必要な訳だし。即時連絡が取り合えないなら分散配置はただの愚よ。そのはず。それぐらいには頭が回る敵だわ。というか、考えてみれば、万全な監視体制があるのであれば、さっき、私が羽交い締めにされて、わざわざ仲違いしてたタイミング、それを逃すはずがない。逃したということは監視はない。最悪の場合、あったとしても機能していない。だから安心しておいて。斜面を行くのは一応の用心よ。心配しないでいいから」


 安心できない要素もあった。サトーの存在そのものだった。俺たちは、まるで運動会だ、二列に並んでこの斜面を登っているけれども、サトーは滑落しそうになった。使用キャラクターが育っていないのも問題なのだろう。しかし、それ以上に彼女自身の運動神経が壊滅的に悪いからだった。


 俺はそのことを以前の山歩きから承知していた。それで、先頭を歩くと言ってきかないサトーを諭して、前から二列目に妥協させた。隣は俺が固めた。付き合いたてのカップルのように肩を並べて歩いた。サトーはSNSに彼氏とのデートの画像をアップロードする性格ではないよな? と、俺は関係のないことを考えたりもした。そうでもしないと気が逸るからだった。(サトーがSNSにあんなことやこんなことを書く性格ならばそれはそれで見てみたい。何週間ぐらいでアカウント名が“別れました”になるのだろうか。まさかお揃いのペア・リングを交換するとか、腕に彼のイニシャルをタトゥーで入れるとか、そういう性格ではないよな。サトーはどうせ鍵垢だ。病み垢ですとか書いてあるに違いない)


 いっそ背負っちまうか。サトーが六度目に転びそうになったところで俺は考えた。反対されても力づくでとか。無理か。辞めておいた。サトーはプライドの高い女だ。転びそうになって手を差し伸べられることにすら、本来、抵抗があるに違いない。確証はないよ? 彼女は無表情を崩さないからな。あくまでも俺の推理だ。乏しい情報と彼女の放つ“気配”とかいう、そういう怪しげなものを統合して考えた憶測に過ぎない。


 ま、プライドのとかそういうことを気にしている場合ではないさ。人の命がかかっている。それを奪い合おうとしているんだから。だけれども、そこを妥協させたり、譲歩を求めた場合、サトーは癇癪を起こす気がした。俺はそれぐらいには彼女について詳しくなっていた。彼女が、いま、そうなれば俺たちは終わりだ。まずサトーへの評価を改めたわけではない仲間たちが爆発するだろう。


 サトーは手や膝を無数に擦り剥いた。鼻を中心に顔中を泥んこ塗れになりながらついに丘を登りきった。木に凭れて肩で息をする姿は美しくすらあった。一日を終えた後の肉体労働者の姿にも似ていた。手にビールの缶を握ったらコレはCMの映像になりそうだなと俺は思った。


 丘の上を我が部の手練たちが注意深く観察した。丘の上の幅は広かった。樹木に取り囲まれた広場のようなところがあった。敵はどの木陰にもその広場にもいなかった。サトーはその広場付近に敵がやってくるだろうと推察した。疲れていても彼女の頭脳の回転は衰えなかった。彼女はメンバーを三人ずつの集団に分けた。


「よくもまあこれだけ相性がわかるな?」と、俺はサトーに耳打ちした。班の人事バランスは異常に良かった。我が部とて完璧な一枚岩ではない。派閥のようなものもある。部員同士の仲が悪いこともある。“がんがんいこうぜ”もいれば“いのちだいじに”もいる。サトーはそれらを知悉しているとしか思えなかった。


 で、実際にそうだった。彼女はこともなげに「私も遊んでた訳じゃないのよ」と答えた。サトー自身は俺と藤川と班を組んだ。それぞれの班は広場を取り囲むように分散配置された。班ごとの間隔もサトーが決めた。配置に着く前は間隔なんて適当でいいと思っていた。着いてから直感的に理解した。お互いにお互いの死角を補うように配置されている。隣までの距離がそれぞれの班の機動力に応じて――足の遅い連中なら近く。速い奴らならば速く。何かあればカバーしあえるように――設定されていた。想定外のことが起きてもこれならば平気だ。 


 ははあ。俺は司令塔とかいうものの重要性をこのとき初めて理解したかもしれなかった。賢いリーダーがいるとこうなるのか。なるほどな。俺たちならこんな配置を考えるのには何十分か掛かる。サトーなら数十秒だ。否、そもそも班ごとの配置や間隔を気にするべきだという発想があったかどうか。


 やがて、――丘を登ってくる男たちの無作法な足音、低い話し声、それに笑い声が聴こえてきた。俺たちは固唾を呑んだ。攻撃の開始などはサトーが全権を預かっていた。いまや嫌われ者の彼女のこと能力について誰も疑わないようになっていたからだった。(数分前は誰も信じていなかったというのに)


 俺と藤川とサトーは広場全体を見渡せる、ある大樹の根本に伏せていた。地面から不規則に突き出ているごん太の根の陰に身を潜めている。根は茂みの中に没してもいた。敵からはコチラが見えない。俺はここでもサトーの恋人のように彼女の隣に寝そべっていた。だからわかった。


 サトーが震えていた。




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