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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
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番外編1章17話/前哨戦(8)


 ひとつの問題が終わったかと思えば次の問題が生じる。よくあることだ。ひとつを解決したら三つの問題が生じることすら世の中にはある。それで打ち拉がれてしまうと問題への対処効率が落ちる。大人になる――とは、目の前の現実から受けるダメージを最小限に留められるようになることを指す。少なくともそれを意識できるようになることを指す。俺はそう考えている。


 しかし、まァ、だとしても、最小限に留めたところで今回のダメージは大きかった。俺はマジかよと呟いた。呆然としていた。乱戦の中で人質を取られるとは。取られたのが部長と高木先輩であることについては疑問を差し挟む余地がない。二人は負傷していた。だからそれは論理として理解できる。受け入れられる。俺が問題にしているのは人質を取られたという事態そのものであった。


 なんとかしなくては。セオリー通りならばダババネルに身代金の請求が来るだろう。俺たちはそれを払えるか? ダババネルに立て替えて貰うか? サトーを嫌っている柘榴が承諾するか? したとしてどんな条件を設定される? 部長と高木先輩を喪うわけにはいかない。二人はウチの部の中心メンバーだ。否、高木先輩だけならまだ判断の天秤はどちらにでも傾けられる。最悪の場合は見捨ててもいい。諸々のアフター・ケアさえ出来るならば。例えば『俺が捕まっても見捨てられるんだ』とか部員たちに不安を抱かせないのであれば。(高木先輩本人は常日頃から“負担を仲間たちに掛けるぐらいならそのときは殺してくれ”と公言している。それが虚勢であっても彼は虚勢を貫く。そういう人だ。馬鹿かもしれない。馬鹿でも漢だ)


 部長は駄目だ。部長はウチの大黒柱だ。今度のサトーの件でも俺はそれを再認識している。彼女が居なくなればウチの部は空中分解する。


 待て。待て待て待て。俺はなんでレイダーどもがセオリーに従う前提で話を進めているのだ? 奴らがそんなにお利口か? このゲーム、そういうところまで作りこんであるってんで、連中、部長をぶち犯すかもしれない。その弾みで彼女は殺されるかもしれない。と、なれば高木先輩もタダでは済まない。身代金を払ったところで引き渡されるのは死体かもしれない。


 どうすればいい。俺は斧を落としていたことにようやく気が付いた。場全体が俺と同じで弛緩した空気に包まれていた。だから、


「お前がっ!」と、誰かが怒鳴ったとき、俺の反応は何テンポか遅れた。視線を声の主に据えてからは急激に自我を取り戻した。場の空気が一息に張り詰めた。俺は待てよオイと叫んだ。藤川という同級生がサトーを羽交い締めにしていた。彼女の首筋にナイフを押し当てている。彼は真赤な顔で近付くなと俺に警告した。サトーは水槽のガラスに写り込んだ自分を見詰める人のように冷たい目をしていた。


「やめろ」


 俺は奴の警告を無視した。ゆっくりと歩み寄る。藤川はキッと俺を睨んだ。サトーの身体を揺さぶる。俺は彼に近付くのを断念した。俺と藤川たちの距離は三〇メートル程だった。藤川の周囲に屯していた他の部員たちは金縛りにあったようだった。数人は藤川に向けて“やっちまえ”という目線を向けていた。可哀想にあちらの高校の連中は顔色が失せていた。仲間を連れて逃げ出そうとしている者もあった。そいつに藤川が動くなと命じた。命令は履行された。


「コイツが悪いんだ」藤川は歯軋りの音を立たせた。「コイツさえいなければこんなことにはならなかった。部長たちはもう帰ってくるかわからない。花見盛、そのぐらいのことはお前にもわかるだろう? コイツが悪いんだ。何もかもコイツが悪い。殺させてくれ」


 藤川は律儀で常識的な男だ。サトーに対しても、それは悪感情は抱いていたろうが、公然と罵倒したことはなかった。或いは目立たない男と言っても良かった。それがこうまで激するとは。意外である。その一方、奴はマトモであるがゆえに罪悪感に囚われている。この状況でサトーを殺させてくれなんて俺に許可を求める必要がどこにある? ないだろう? 言葉は悪いが責任転嫁、自分の心と精神を守るべく、奴は無意識にそれをやっている。交渉の余地がある。ないのであればもうサトーは死んでいる。


 俺は落ち着けと身振り手振りを交えながら言った。そう言っている俺自身が二律背反を感じていた。こうなったからにはサトーを殺しても誰も文句は言わないのではないか。サトー以外は。駄目だ。そんなことをしても何にもならない。自分たちのなんとなくの満足感のために誰かを殺していいもんか。いいこちゃんぶりやがって。畜生め。だけど、そうだろ、それが真実だろう? 


「殺してやる」藤川は妙な角度に首を傾けた。「サッパリとは殺さない。コイツはゆっくりといたぶって殺す。キチンと殺す。時間を掛けて殺す。嬲って殺す。殺してから腐るまで見ていてやる。残った骨は肉をしゃぶってから火にくべてやる。野犬にくれてやる。殺してやる」


 藤川は目に涙を湛えた。ナイフを握る手が震えていた。俺は藤川に悟られないようにそれを確認した。悟られると、アイツ、強がって暴挙に出るかもしれない。見透かされたショックというのもある。凡そ計画的でない殺人、突発的な殺人、つまり世の中で起きている殺人の八割までは、いまの藤川のような一過性の興奮で遂行される。


 冷ましてやればいい。あの様子なら冷ませる。俺は脳内で知恵の輪を解いた。奴をクール・ダウンさせるための論法を思いついたところで、


「ねえ」サトーが余計なことを口走りやがった。「殺すなら早く済ませてくれない?」


 馬鹿野郎――――!


 腸が煮えくり返った。馬鹿野郎め。何だそれは。このシチュエーションが飲み込めていないのか。なんなんだ。シチュエーション・コメディか? お前がそのセリフを口走ったことで画面の前の視聴者の皆様は大笑いってか? いまのセリフが笑い所だと視聴者にわからせるためにラフ・トラックを流そうか? 台無しだ。台無しだ。藤川はポカンとした。それから歯を食い縛った。台無しだ。もうこうなれば説得など効かない。サトーめ。自分から殺せと頼み込む被害者がいるか。イカれてるのか。それとも恐怖でまともな判断力を失っているのか。畜生め。訴えてやる。法定代理人を呼べ。


 藤川のナイフがサトーの首に食い込んだ。サトーは微かに眉を動かした。切られたところからツーッと血が流れた。刃を伝って藤川の手が赤く濡れた。奴はそれで再び逡巡した。手が止まった。拳から赤い雫が地面に落ちた。俺は間髪入れずに話を始めようとした。サトーは俺より早かった。


「やらないの? いま、あなたの大切な部長は同じような目に遭っているでしょうけど、彼女を連れ去った連中なら手加減しないでしょうね。躊躇いも」


 今度こそ藤川は殺意を漲らせた。侮辱されたという印象も――印象ではないな。事実だ――殺意を助長した。俺は走ろうとした。どうせ間に合わない。だからと言って何もしないよりかはマシだ。自己満足か? 偽善か? 自分は何かをしましたよアピールか? 痛々しいな。どうだっていい。悩んでいる暇が惜しい。 


 藤川の手に奴の満身の力が込められた瞬間、サトーは唐突に呟いた。


「あなたがそうやって無駄な時間を使っている間に、助けられるものも助けられなくなるのよ」


 サトーが流す血の量が増えている。苦痛の量も増えているはずだ。なのに彼女は表情を変えない。藤川のナイフはサトーの頸動脈付近で踏み留まっている。あと数ミリだ。


「なんだと?」藤川は震える声で尋ねた。口の端が痙攣していた。汗が酷かった。「なんと言った?」


「時間が無くなるから早くしろって言ってるの」


「なんだとって訊いてるんだ!」


「貴方、お馬鹿でしょう?」サトーはさらりと言ってのけた。「それともここに居る全員がお馬鹿?」


「命が惜しいのか」藤川の声は音階を踏み外している。高い。


「別に」


「部長を助けられる?」


「まあ」


「嘘だ。お前にそんな能力があるとは思えない」


「だから好きにすればいいわ。――ところで、花見盛君」


 俺はサトーと藤川によほど接近していた。藤川は嘘だ嘘だ嘘だと繰り返して呟いていた。他の仲間たちはざわめいている。サトーの声だけが凛としていた。俺ですら緊張していた。俺ですらか。まあいいさ。俺ですらだ。恐怖を覚えてもいた。どうすればそんな胆力が身に付くのか。サトーの示している態度は異常だ。


「なんだ?」俺は生唾を飲んでから尋ねた。


「その足元にある奴よ」と、サトーは顎をシャクった。首から血が噴き出した。俺はゾッとした。怖くて目線を外した。足元には馬車から飛んできたらしい木箱が転がっていた。中身は葉巻だった。プレイヤーよりもNPCのための嗜好品であった。サトーはそれを一本ばかり寄越せと言ってきた。俺はどうすればいいかわからなかった。おいと藤川に呼び掛けた。藤川はサトーの首筋からナイフを外した。刃に着いた血を服で拭う。羽交い締めを解きはしない。


「任せる」と藤川は言った。それで俺はサトーの要求に従った。火を着けるのは手間だった。マッチが発明されていないからだった。(葉巻の箱に付随する火打石、火打金、それに消し炭を利用した原始的な着火法を用いねばならない)


 サトーの出血は派手だった。ただし、派手なだけで、命がどうこうという怪我ではなかった。放っておいても血は止まるだろう。


「ありがとう」サトーは咥え煙草で礼を述べた。「花見盛君、彼の名前は?」


「藤川だ」サトーはこの期に及んで藤川を刺激しないようにしている。(俺を介して藤川と話をしようとしている上、話し方が丸くなっている)


「藤川君。ついでに地図を見ても?」


「……。……。……。花見盛、見せてやれ」


 俺は懐に手を伸ばした。そこに折り畳んだ地図を入れてあるからだった。サトーは違う違うと苦笑した。自分の服の懐に自分用の地図が入っていると宣う。俺は――失礼して――彼女の胸元を弄った。果たして地図はそこにあった。中身は俺の持っているものよりも遥かに精密だった。


「ここのところ歩き回ってたのと、加藤君、それに他のキャラバンから聞いた情報を纏めたものよ。この峠を降りると対岸にもうひとつ丘があるの。わかる?」


「待て」俺は地図と地形を照合した。概ねの位置を把握するのにも苦労した。周辺の地形が入り組んでいる上、地図が細か過ぎるので、どこをどう見ればいいのかの判断に迷ったからだった。サトーの言っている丘を地図上で見付けた。振り向く。木々の間からその存在を確かめた。


「見付けた。あった。丘の向こうがまた嫌な峠になっている」


「うん。ところで、その丘はこの場所を見下ろすのに丁度良い高さと位置なの。それもわかる?」


「この地図をみんな覚えてるのか?」


「いいから」


「ああ、――――。そうだな。わかる。目視でも地図でもそうなっている」


「襲ってきた奴らはそこにオタクの部長と彼を連れて行くわ」


 藤川が俺に目で合図した。俺は頷いた。会話権を委ねるということだった。「何故だ?」


「交渉のため。彼らがキャラバンを襲うのは荷物が欲しいからでしょう。彼ら、荷物と人質を交換しようって提案してくるわ。この量の荷物なら、あくまでも加藤君の言っていた身代金相場が正しければだけど、身代金よりも実入りが良い」


「それはわかる気がする。しかし、わざわざ丘の上を取る理由は? 人質を取った時点で俺たちと交渉を始めても良かったはずだ」


「いいえ。駄目ね。それだと駄目。不安定な峠で奇襲。不意打ち。それで何時もなら勝てるんでしょうけど、今日は違った。敵も無視出来ない損害を受けた。なろうことならば一矢を報いたいはず。あの丘からならコチラの挙動を観測できるわ。よく注意していればという注釈がつくけれど、アイツら、山に慣れているようだし」


 サトーは唇をモニュモニュと動かした。葉巻から灰が散った。


「敵からすれば我々がどんな行動を取るか読めない。助けを呼ぶ? キレて敵を捜索する? でも、引き返すってことはまずないでしょ。だから状況を把握するために高所を取る。得た情報を元に可能であればもういちど襲撃してくる気でしょうね。それが成功すれば荷物に加えて身代金、それも二人分以上の身代金が手に入って、しかも仲間の敵討ちも出来る。もし襲撃が無理でも適当なところで待ち伏せてから交渉すればいい。というか、そもそも、貴方たちが交渉に応じそうか否かというのを確認するためにも、あの丘に陣取る必要があるの。あるでしょ。あんだすたん?」


 俺は顎を撫でた。無精髭がジョリジョリしていた。「深読みし過ぎでは?」


「敵の襲撃は堂に入っていた。奇襲が出来るというだけでも頭が良い。待ち伏せは頭と神経を使うから。仕掛けてきた場所も悪くなかったでしょ。百戦錬磨の貴方たちが苦戦した程度には。事故原因だって敵の細工に違いないわ。損害が大きくなった時点で人質を取って逃げるという柔軟性もある。深読みではないわ」


 俺は感心していた。


 サトーが藤川に殺されそうになった。それでいて無抵抗だった。むしろ藤川を挑発した。寸手のところでこの流れに持ち込んだ。それは何故か。このように場を支配するためだったのだ。誰にも邪魔されずに自分の話をする。そのタイミングを自分を嫌っている連中から取るにはああするしかなかった。(サトーが『良いアイデアがあるからちょっと聞いて』と言い出したところで総員がスルーしたろう。意外なところで持ち出したからこそ全員が何となく話を聴く気になった。これこそ不意打ちだ)


 加えて、サトーが微塵も焦っていないことにも驚いていた。


 サトーの言っていること、推測、丘の上がどうたら――は、考えてみたら頷けることだ。俺には導けない結論である。仮説である。この場に居る他の誰にも導けないかもしれない。しかし、世界中でサトーにだけ導けるかと問われれば、無論、それは違う。俺たちも時間と判断材料さえ充分にあれば同じ結論に達したかもしれない。


 そうだ。時間なのである。この状況、“受けるダメージを最小限に留めねばならない状況”で、サトーはまさに受けるダメージを最小限に留めた。びくともしなかった。


 これだけのことが立て続けに起きれば普通は焦る。頭が回らなくなる。本来ならば簡単にこなせるはずの仕事すらできなくなる。彼女は日頃と変わらない速度で頭を回転させた。日頃と変わらない時間しか要さずに考えを纏めた。(無論、身内を攫われた俺たちに比べて、サトーの受ける精神的ショックが少なかったことは差っ引かねばならないにせよ、大したものだ)


 コイツは尋常ではない。俺はサトーに対する恐怖を忘れた。かといって尊敬もしなかった。なんだか気味が悪くなってきた。どういう育ちをすればこんな高校生に?


「藤川」俺はとにかく言った。「放してやれ」


 藤川は、不承不承という風ではあるが、サトーを開放した。藤川がそうしたことでサトーに食って掛かる者はいなくなった。ここまでがサトーの計算通りに違いない。


「で、どうすればいいんだ?」


 自然と俺はサトーに指示を仰いだ。


「先に丘へ。逆に待ち伏せましょう」


「奴らはもう先へ行っているのに?」


「その前に“お楽しみ”タイムがあるわ。彼らはコチラが彼らの意図を読んでることなんて気が付いていない。彼らのリーダーの頭が良ければ良いほど部下にまず息抜きさせようと考えるはずだし。“お楽しみ”以外にもあちらだって仲間の傷の手当なんかをしなければならないから。急げばなんとかなるわ。先手を取れる」


「……。藤川、負傷者は?」


 俺は敢えて藤川に尋ねた。藤川は頭を振った。軽傷者は居た。動けないとか動かせないほどの重傷者は居なかった。


 いま、仲間たちは呆気に取られている。なんとかなるかもしれないという希望にサトーへの憎悪を忘れている。けれども、そんな気分は長続きしない。いまのうちに方針を決めてしまわねばならない。俺は機を逃したくなかった。俺は行くぞと仲間たちを促した。仲間たちはそれぞれの方法でそれを承諾した。サトーはあちらの高校にも同行を求めた。「ここに荷物は置いておいて平気。貴方たちだけをここに残すことは危険過ぎるから」と彼女は語った。相手の高校の暫定的なリーダー格――さっき逃げようとした奴だ。そういえば事故原因を執拗に追求していた奴でもある――は渋った。最終的には納得した。


 サトーは俺たちの準備が出来るまで馬車の荷台に引っ込んだ。傷の手当をするとか言っていた。手伝おうかと尋ねたら要らないと跳ね除けられた。態度がいつものに戻っていた。





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