番外編1章15話/前哨戦(6)
七面倒なことになった。
事故の衝撃から全員が立ち直るまでは早かった。初期からブラスペをプレイしている勢はこの程度ではへこたれない。もっと凄惨な現場を幾らでも経験してきている。(へこたれた者は片端から死ぬか引退するか河岸を変えた。もっとハッピーで残酷でないゲームだって探せばある。金になるかは知らないけどな)
問題はそこではない。まずは事故原因を追求すべき派と急いでキャラバンを復旧すべき派で意見対立が起きたのであった。
追求すべき派は語る。この事故で一人のプレイヤーが死んだ。先頭馬車を操縦していた御者だ。運転のミスが事故の原因ならば彼の死の責任は彼本人に課せられるであろう。しかし、七導館々々高校の生徒の怠慢が原因であれば話は違う。損壊した荷物の分を含めて賠償責任も生じる。
このように、追求すべき派は御者たちの高校の生徒が中心だった。中心というだけで何人かは復旧すべき派であるのが面白い。面白くないか。
復旧すべき派は語る。この事故は間もなく周囲の略奪者どもに嗅ぎ付けられるだろう。もたもたしていては襲われる。撃退することは出来るかもしれない。しかし、広範囲に散らばってしまった荷物を守り切ることは難しい。現場を保存するなどと悠長なことは言っていられまい。いますぐにキャラバンを再編して目的地を目指すべきだ。
第三勢力もあった。それは高木先輩など七導館々々高校の生徒の一部たちによる不正規な勢力で、『サトーのせいで悪運が舞い込んだんだ』と、主張する輩たちだった。サトーに対して一度でもあのような悪意を抱いてしまったからには、俺、もうコイツらを遠くから眺めてヘラヘラしている訳にはいかない。贖罪のためにも口を慎めと戒めた。なにをしてるんだか。格好悪い気もする。贖罪のため? コレが贖罪になっているのか。その根拠は何だ。自己満足ではないか。そもそも“サトーに悪意を抱いてしまったからには”という論法がどうして有効なのか。何をしたところでお前はアイツらと同罪だ。同罪か。そもそも同罪ってなんだ。サトーには何の責任も無いのか。マジでか。アイツが最初から友好的だったならば、ココで七導館々々高校は一致団結、とりあえず復旧の方針で事が進んでいるのではないか。余計な不和のせいで議論が混乱している節は間違いなくある訳で――
全く。やめよう。もうやめよう。やってしまったことはやってしまったことだ。してしまったことはしてしまったことだ。するべきことはするべきことだ。どうにもならない。自己嫌悪を重ねても時間の無駄だ。
「花見盛」
部長が呼んだ。苦しそうだった。議論が紛糾している事故現場の中心から、幾らか、離れたところで、彼女は木箱を椅子代わりに座っていた。
「平気ですか?」俺は屈んで彼女に目線を合わせた。俺の屈強な身体は馬車から飛び降りたぐらいでは傷一つ付いていなかった。――とまでは言い過ぎだけれども、アチコチを擦り剥いたぐらいで、そう派手な怪我はしていない。
「平気だ」彼女は右腕を骨折していた。とりあえず布で繃帯はしている。そのほかにも大量の擦過傷や打撲などを負っているが、とりあえず、命に別条はない。
部長が助かった理由はサトーに求められた。俺が部長に蹴り飛ばされて馬車から跳ね出るのに前後して、サトーの奴、部長の方にその無駄に長い腕を差し伸べていたのだ。サトーの指と部長の指は危ういところで絡んだ。激しい負荷のためにサトーも手首を脱臼したが、まあ、それはもう繋ぎ直したし、いやはや、素晴らしいね、これだから百合は最高さってか?
サトーが部長を助けていなければどうなっていたろう。サトーが悪い派は割とガチ目に彼女をリンチしていたかもしれない。(尚、サトーが鈍くなければそもそも部長はピンチに陥っていなかったということで、部員どもは彼女を再評価したりはしていなかった。よせばいいのに、サトーはその事実を自ら周りに打ち明けた)
「とっととしないと襲われるぞ。レイダーどもはこの辺りにも網を張っているはずだ。この状況だと奇襲を食らう」
「ええ。ただ、連中、あの御者たちですが、仲間を死なされたっていうんで、ヒート・アップしてますから」
議論の輪では議論に使うべきでない感情的な言葉、罵声、罵声、罵声、それに罵声と罵声が飛び交っていた。その輪の外側を囲む高木先輩が俺と部長たちの方を睨んでいた。というよりも、俺と部長たちの後ろに隠れるようにしているサトーを睨んでいるのであった。サトーは何とも言えない脱力した表情をしていた。放心状態なのかもしれない。そういえばコイツは屈強でもなければ初期プレイヤー勢でもないんだった。
「サトー」と、俺は部長に断って、少し声を掛けてみた。「生きてるか?」
「まあ」と、サトーは焦点の合わない目をしたまま応えた。入れ直したばかりの右手をプラプラさせていた。骨を入れ直したときは痛いとか何だとか文句をぶつくさするだけの気力があったのにな。
「とりあえず反応できているならばいいとしますか。で、どうします、部長? アイデアがありますか」
「無いからお前に話しかけた」
部長は尖り気味な犬歯を露わにした。笑ったのではない。悔しげにがるるると唸った。「求めているアイデアはわかるな?」
「出来れば戦闘を回避できる手。それも、ウチの部が責任をおっ被されないように回避できる手。それですね」
「そうだ」部長は頷いた。「あるか」
俺は肩を竦めた。難題ですねと応じた。副部長か加藤を連れてくるべきだったなと部長は肩を落とした。そうすればとりあえずこの場で揉めることはなかったろう。
そこで、ジッと立ち尽くしていた高木先輩が急に肩を大きく上下させると、ドシドシと俺たちの方へ大股で歩み寄ってきた。
「部長!」
「高木。大きな声を出すな」
「それどころじゃありゃあせんよ、コイツは。アイツら、あの学校の奴ら、話がわからねェ。強情っぱりだ。いま調べても何がわかるわけでもねェってのに」
「落ち着け、高木」
「俺は落ち着いてますよ!」
落ち着いている人間はそのように叫ばない。「部長、部長、部長、アイツらを、俺たちはアイツらをいっそ見捨てちまうべきだ。いや、斬っちまうべきかも。わかるでしょう? アイツらに付き合えばココで全滅だ。足の早いレイダーどもならもうこの付近に展開してやがるかもしれねェ。この辺りだってアイツらの狩場です。いっそ何もかも事故ってことにすればいい。お宝は俺たちが頂いて――」
「先輩、それだと――」
「うるせェ、青二才、テメェは黙ってろ!」
高木先輩は俺の胸倉を掴んだ。太い腕から容易に連想される馬鹿力だった。彼は俺に対する怒気を呼び水に、
「大体な!」俺の胸倉を掴んだままサトーを指差した。
「テメェがいけねェんだ! テメェが! テメェさえいなけりゃあ部長が怪我をすることはなかった! いや、テメェさえいなけりゃあ、事故がそもそも起きてなかったんだ! そうに違いねェ。怪しいぞ。お前、怪しいぞ。わかってんだ。俺にはわかってんだ。お前は敵のスパイなんだろ、エエ?」
暴論である。俺は俺の襟元で震えている高木先輩の手に自分の手を重ねた。高木先輩は触れるなと怒鳴った。
「好き嫌いで誰かの素性を決めつけても仕方ないでしょう。それに、先輩は時間を問題にしていたのに、わざわざサトーを非難して、時間を無駄にするんですか?」
「時間の無駄!?」高木先輩は目を剥いた。「時間の無駄ってのはこの一ヶ月のことだ! 俺たちは何をした!? この女が何をしてくれた!? 何が進展して何が解決して何が俺たちにとっての利益になったってえんだ!? 金まで払ってんだぞ、コッチは。期待させるだけさせやがって。そもそも、頭脳労働担当だってンなら、まさに、いま、こういう状況でこそ、そのお偉い頭脳って奴を」
フル活用してみせやがれとは、高木先輩は言い切ることはできなかった。彼は俺を突き飛ばした。俺はシュッという空気が切り裂かれる音を聴いた。続いて顔面に生暖かい血を浴びた。トンコツを煮込み始めたときのようなニオイが嗅覚を埋め尽くした。高木先輩が呻いた。彼は肩に矢を食らっていた。
俺は慌ててサトーの方へ駆けた。高木先輩に難詰されてもボーッとしていた彼女を押し倒した。直後、それまでサトーの頭があった辺りを矢が貫いた。議論をしていた連中の方でも悲鳴が立て続けにあがった。言わんことではない。あちらの高校の生徒が一人、矢に射抜かれて地面に倒れて、それでワーワーと叫んでいた。他の生徒は慌てている。我が部の生徒たちが彼らを遮蔽物の陰に引っ張り込んでいた。
畜生め。早い。早い。素早い。もう敵が来たのか。“足の早いレイダーどもなら”というレベルではない。――早過ぎないか?
俺はサトーを組み敷いたまま部長の方を確認した。ゾッとした。高木先輩が動けない部長の盾になっていた。彼は肩の他に膝と腹に一発ずつ、矢を受けていた。口の端からも血を流していた。それでいて不敵な笑みを浮かべていた。上等じゃねェかと彼は吐き捨てた。
……ヘアピン・カーブ、見通しの効かない向こう、上下から敵がワーッと鬨の声をあげながら現れた。敵はコチラより少しばかり多いようだった。