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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
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番外編1章13話/前哨戦(4)


 一日、サトーは思いも寄らないことを言い出した。“ダババネル”を出発して“ウェジャイア”という町までおよそ二日半の行程、それに『私も着いていくわ』と言うのである。いきなりのことに部員たちは動揺した。サトーがついに重い腰を上げるのかと胸を撫で下ろす部員のいる一方で、いやいやアイツは俺たちを裏切って道中で何かをしでかすに違いないぞ――などと疑う部員もいた。無論、サトーは彼らを歯牙にも掛けなかった。当然のように秘密主義を変えもしなかった。部長のどうして着いていきたいんだという質問にサトーが答えて曰く、


『あなた達が知る必要はないわ』


 おかげで一悶着あった。元々、今回の旅は護衛の旅、小さなキャラバンを護衛するのが目的で、随行する人数も八名であった。その八名の中に高木先輩が含まれていたのが不味かった。彼はそんなこと言う奴と組みたくなんてねェと喚き散らした。結末から述べると、本来であればこの程度の仕事には随伴しない部長、彼女が八人に加わることで高木先輩は妥協した。妥協させられた。


 かと思った直後、サトーは余計なことを言った。『それと花見盛君も連れて行くわ。彼が居ないと背中が怖いから』


 二悶着目だ。勘弁して欲しいよ。否、実際、俺はサトーを信じるべきかどうかについて、俺自身ですらよくわからなくなっていた。彼女は確かに優秀だろう。以前、俺は彼女に交渉で勝った。口先で勝ちはした。けれども、それは彼女が、ひいては彼女の頭脳が俺より劣っていることを意味しない。なにしろ俺は彼女が練った緻密な計画を知っている。そういう意味で、要するに能力という意味では、俺は彼女を信用している。(どういうわけか勘違いしている部員もいた。“サトーを言い負かせるほど頭が回るんだから花見盛さんがアレとかコレをしたらいい”とか宣う輩だ。間違うな。あくまでも俺は俺の得意分野で彼女に勝ったに過ぎない。彼女の得意分野に俺が踏み込めば逆のことが起きるだけだ。誰しも万能にはなれない。絶対的な知識量の差もある。卓球部のエースがバレー部のエース・アタッカーとバレー勝負して負けたとしても、それはどうしようもないだろ?)


 しかし、人柄についてはどうか。傲岸不遜、傍若無人、唯我独尊、昔の暴走族が特攻服に書いていたような四文字熟語の数々、そんな彼女に従うのには心理的な抵抗が萌し始めていた。それでも彼女の求めに応じたのは、応じ続けているのは、応じ続けていたのは、再三、語っている通り、俺が彼女を招いたというその一事に因った。


 もしもだ。俺は空想する。サトーが最初に接触してきたのが俺でなくて他の部員だとしたらどうだったろうか。俺はサトーを熱心に批判していたのではないか。批判どころではなかったかもしれない。揶揄していたか。貶めていたか。わからない。人間など立場次第でどうにでもなる。ポジション・トークという言葉を思い出せ。


 そういう考えであるから、俺は、日々、サトー、それどころか部長にすら言葉と態度を選ばなくなりつつある仲間たちをさほど苦々しく思わなかった。そんなもんだろうなと思っていた。達観しているのではない。諦めているのでもない。理解しているのでもないかもしれないが、受け入れないよりかはずっとマシだと自分に言い聞かせていた。


 ふと疑問に思った。サトーは俺の心情をどこまで理解しているのだろうか。正直、いざとなれば、俺は未だに得体の知れない美少女よりも身近なクズ野郎どもとそこそこなギャルたちを守る。部外者など見捨てて仲間たちを守るだろう。彼女は俺が彼女の背をどんなときでも律儀に守ると、まさか信じているのだろうか? そもそも彼女は、そういえば、どうして俺を頼りにしてきているのか?


「さあ。それも貴方が知る必要のないことよ」


 ある夜、馬車の中でサトーは俺の疑問にそう答えた。キャラバンは五台の馬車から成立していた。どれも七五〇キロほどを積載できる中型の馬車だった。道は具合が悪かった。町と町を繋ぐ街道は市民と衛星的居住地の住民、それに我々のような傭兵らによって建設されたはいいものの、その手入れが全くと言って良いほどされていない。そこまで手が回らないからだった。乱雑に積まれた木箱の間に居候のように座っていると、頻繁に、尻の方から酷く突き上げられた。身体が浮くことすらあった。荷台を覆う幌のアチコチに穴が開いていた。仰げば三日月が覗けた。サトーは何を話してもその三日月を横に倒したような不景気な目で俺を見返してきた。星と馬車に括り付けてあるランタン以外の明かりがない視界はどこまでも暗かった。まるで世界そのものが冷凍されているようだった。――


 事件は二日目の早朝に起きた。


 白白明け、ある峠道をキャラバンは走っていた。それは昨日まで使っていた街道から分岐する支道のひとつだった。


 件の街道はその中途のアチコチを河川によって切断されており、その河川が時によると、例えば大雨の後とかだが、氾濫する。氾濫すると舗装の充分でない街道は簡単に壊れてしまう。使えなくなる。支道はそういうときの補助的な役割――迂回路として機能するように設計されていた。ただし、補助的な役割という語句が指し示す如く、その完成度は街道のそれよりも更に数段、低く、よほどのことがないと使われない。少なくとも好んで使われることはない。


 今回、我々が文字通りの茨の道を歩んだのは、このところ街道の方で立て続けにキャラバンが襲われていたからだった。念には念を入れて――である。


 事故でもあれば大変だ。荷物、俺たちの評判、それにキャラの命まで失われかねない。本当ならばログ・アウトしてぐっすりと素敵な夢を見たいところだが、まあ仕事ですからね、俺たちは夜を徹して馬車の劣悪なサスペンションに耐え続けていた。峠は標高が高いだけあって寒かった。深い色の緑がギッチリとしているのも寒さを煽った。支道は幾つもの連続するヘアピン・カーブを描きながら緩やかに峠を降りるところへ差し掛かっていた。


 ところで、先頭の一台を牽引していた馬が嘶いた。馬車を牽引していた四頭の馬は忽ち混乱に陥った。すると『車は急に止まれない』の法則に則って衝突事故が起きる。俺と部長とサトーが乗り込んでいた四台目の馬車は玉突きに巻き込まれずに済んだ。これまた狂乱に陥った馬たちが御者の命令を無視したからだった。


 馬たちは下のヘアピン・カーブへ繋がる斜面に飛び込んだ。断崖でもない。絶壁でもない。緩やかではある。しかし、馬車の通れるような角度ではない。まして太い楓の木の幹が数十センチ間隔で並んでいた。



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