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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
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番外編1章12話/前哨戦(3)


 つい三日前まで部員たちからサトーに対する評判は最低だった。というよりも、最初から微妙だったものが徐々に最低へと近付いて行った。


 そもそも第一印象が悪かった。


 ダババネルは前方を河川(ミネデ川)、後方を山林(グラペ山)に守られており、天然の要塞、俺とサトーがそうしたように船を使うか、それか山間の細い道を通る以外にアクセスする手段はない。基本的に後者は採用されない。それほどに道が狭く、崩れ易く、並の人間では太刀打ちできない猛獣が徘徊している上、深く茂る木々のために暗いのだった。(それでも、なにを好き好んでか、あの山の中で暮らしているNPCどもも存在はしている。平和的接触はいまに至るまで出来ていない。彼らは部外者を極端に嫌っている。しかも、妙に好戦的で、よほど謙るか、彼らに分の良い取り引きを持ち掛けなけれれば攻撃を仕掛けてくる)


 兎に角、このような地理的な条件のため、ダババネル、その玄関口は港――と俺たちは呼んでいる。実のところまあ船着き場というか桟橋というかそのような規模のショボいもの――になる。あの日、仲間たちはその船着き場で俺とサトーを待っていた。部員が勢揃いしていた。彼らの周辺では交易のためミネデ川を行き来している帆船が何隻か停泊していた。全長一六メートル、高さ六メートルの図体は、それでいてたった二人のプレイヤーによって操作されている。乗り込んている船員NPCたちが上流の町から持ち込んだブサイクな形状の木箱、主に鉱石類の入っているそれを荷揚げしており、狭い港の中は活気があった。


 極々原始的な手漕ぎの船、それから先に降りた俺はサトーに手を貸そうとした。ところに俺の肩越しに別の手がサトーに差し伸べられた。部長の手だった。


「よく来てくれた」と、部長は元来が不機嫌そうな顔に精一杯の笑顔を作っていた。


「ああ」サトーはすげなかった。彼女は俺の手も部長の手も借りずに船から降りた。それでいて着地に失敗した。転びそうになった。副部長が慌てて手を貸した。


 どうも、と、サトーは常識的な感謝を副部長に述べたが、礼儀の上からであることが見え透いた口調だった。場の空気は既に凍りついていた。『こんな奴が俺たちを助けに来てくれた救世主だと?』


 愛想を良くしろとまでは言わない。しかし、もっと普通に振る舞えないのか。


 だから、その空気を彼なりに改善しようとしてくれたのだと思う、高木先輩は敢えて馴れ馴れしくサトーの肩を抱きに行った。で、先に語った如くの顛末となった。俺は後頭部を掻いた。一触即発の気配をなんとかするべく副部長と分担して皆んなを宥めた。流石に傭兵集団、血の気が強い、彼らを『まあまあまあ』と言い聞かせるのには苦労した。副部長はただでさえ出来つつある円形ハゲが悪化しないかを気にしていた。


 柘榴のところを辞したサトーは市庁舎の一室を占拠した。図書室と呼ばれている部屋だった。尤も、図書と呼べるものは殆どない。紙資源がまだ貴重だからというのもあるが、それ以上に、本とか資料とかいうものが、このゲーム内、余り著されていなかったのである。だってそうじゃないか? なんでゲームの中で著作なんてしなければならないんだ。第一、その暇もない。なんなら文章力もない。印刷技術なんてのもないから、流通させるなら写本を作らなきゃならないし、ああ、流通経路の確保だって大変だ。


 一応、“殆ど”であって全くではなかった。プレイヤーの中でも奇特な連中の著したものが何冊かだけあった。主にゲーム内で普及している、普及しつつある、その手の技術を伝えたり保管するための本だった。サトーはまずそれらを読み耽った。学校を休み、ゲームに没頭して、彼女の部屋と化した大して広くもない図書室に立て籠もり、壁一面の明り取り用の窓を板で塞いで、暗いところで――。


 サトーは俺たちと語らうつもりはないようだった。二日したら出てくると彼女は宣言した。図書室は内側から鍵が掛けられてしまった。引きこもりの娘を持った親というのはこういう気分なんだろうか。俺は、この計画を推進した張本人だ、朝と昼と夜の度に図書室の前に食事を運び、扉の外から『生きてるか』と尋ねた。返事はなかった。リアルの方で、チャット・アプリを使ってコンタクトを取ろうにも、このときは既読すらつかない始末で、既にこの段階で部員たちの中には『アイツは要らないんじゃないか』と言い出す者があった。


 擁護派は少なかった。その主要な人物は意外なことに高木先輩だった。彼はサトーが柘榴に啖呵を切ったことが気に入ったらしい。あのとき、椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がった彼は嫌がるサトーの手を無理に取って『アンタは最高だ』と快哉を叫んだ。(高木先輩は前から柘榴のような連中を『前に出ないで後ろから煩いクズども』などと評していた。クライアント相手にそれはどうスかね。彼らは戦闘員でもないわけだし。ま、高木先輩だからな。よくしたもので、柘榴達も、高木先輩を筆頭に俺らのことを『殺し屋で戦争屋で金食い虫のグズども』と馬鹿にしているらしい。はっきり言えば嫌っている。用済みになったらポイするつもりだろう)


 しかし、高木先輩は“声こそでかいけれど”の典型例である。彼が『アレはやる女だ』などと主張したところで誰もがハイソウデスカとはならない。むしろ、サトーを擁護する高木先輩、彼に対する日常的な不満――なにしろ彼は粗暴なので被害を受けたことのある部員は少なくなかった――がサトーに対する悪評を増させた。


 部が分裂、派閥化、ともすると対立にまで仲違いしなかったのは、部長の鶴の一声のためだった。


「我々はもうサトーに賭けたんだ。いまさら退けはしない」


 自らもプライドをへし折られた、でなくとも好感を抱けるはずもないであろう相手に、部長はどこまでも大人の対応を貫いた。シビれるね。彼女にはここまで部を引っ張ってきたきたという実績と人望とがある。部員たちはとりあえず反感を胸の中に取り下げた。


 サトーは予告通り二日で出てきた。すると、今度は俺に、この部でいちばんこの世界に通暁しているのは誰か? などと、わざわざあまり使わない言葉を使って尋ねやがった。俺だからいいさ。でもな。わかるだろ。いま、部員はピリピリしていて、お前が変な言葉を使うだけでも反感を抱かれるんだぞ。――というようなアドバイスは聞き流された。結局、俺は出納や“ダババネル”との交渉を仕切っている加藤先輩を、サトーに紹介した。


 なにをどうすれば二日でああなるんだ。台風が立て続けに六回ぐらい通過したのか? 


 サトーは散らかしまくった部屋の中を照らす唯一の窓を開け放ち、その枠に座って、近隣の村から調達した不味い酒を飲みながら加藤先輩と語らった。語らいは一度に数時間、一週間以上も続き、俺も必ずそれに同席した。サトーがそう求めたのだった。理由を尋ねると呆れた。『闇討ちされても嫌だから』である。俺が闇討ちしたらどうするつもりなのかね。


 加藤先輩とサトーの話は大体が次のようなものだった。


「この世界は滅茶苦茶ね。ひとつの技術が中世かと思えば別の技術は古代だったりする。それどころか原始の部分すらある。地域差も大きいみたいだし。突出して進歩している技術とそうでない技術の差が激しい過ぎる」


「プレイヤーが積極的に介入する技術ばかりが伸びる傾向にあるからな。特に娯楽とか、文化系のものは遅れがちだがね。“歴史”として捉えるからいけないんだ。“スキル制のゲーム”だと認識してくれ。だから差が出る」


「はいはい。ちなみに、そもそも技術発達はどのようにして行われてるの?」


「ある程度まで技術が円熟したと思われる段階をゲームの側で判定しているようだ。いい感じに円熟してると判定されると、あるとき、NPCが新技術を発明したと慌て出すか、それか、どこからともなく新技術を引っさげた商人NPCが現れることもある。また、極端な例だが、専門知識のあるプレイヤーが技術の発展を無視して新技術を開発してしまうこともある。例えば鉄だが、コレはある物凄く偏った趣味のプレイヤーがゲーム開始から三ヶ月半ほどで精錬に成功した」


「鉄。どのような鉄? 隕鉄とか?」


「キチンと炉を自作したらしい。ルッペ炉――だったかな。で、精錬しているところをあるNPCに目撃された翌日から、ゲーム内世界のあちこちでNPCが精錬を行うようになったとされてる。噂だ。或いは伝説だな。信憑性はある。ただし、証拠はない」


「なんというか、色々と、リアルを売りにしている割に雑ね」


「リアルというのは感触のことだよ、サトー。物に触れればその触感がする。食べれば味がする。ニオイもする。プレイヤーが農業をするのであれば、いくらか補正はあるにせよ、実際に鍬だ鋤だを使わねばならない」


「ああ、それは確かにそうね。世界観設定がリアルとは誰も言っていない」


「“リアル”と“リアリティ”は区別せねばならないところだとは思う、実際」


「そうね。――とりあえず、つまり、技術発展についての詳しいプロセスには不明なところも多い、と」


「そういうことになる。残念だがね。ちなみに技術の上限も不明だ。噂によると、このゲーム、いつか魔法が実装されるかもしれないそうで、おそらく行って近世だろうという話ではある。産業革命までは到達しないだろうと」


「魔法ね。産業革命も魔法みたいなものでしょうけどね。何れにしても技術ツリーがこれだけチグハグだと色々と不都合だわ。そのうち()()()()()。ところで、市民を武装させることってできないの?」


「まず無理だな。NPCはとても命を惜しむ。戦闘をやらせようとすると普通は逃げる。やらせようとした者が過去にいなかった訳じゃない」


「ふむふむ。ファランクスみたいな運用法なら? 密集させて固めて運用。監視して」


「それならなんとかなるかもしれない。が、武器代がまず足りないと思う。“ダババネル”ば武器代を払うのであれば破産する」


破産(バンカロータ)ね」


「NPCに自弁させようものなら、連中、夜逃げするだろうな。彼らは自分の故郷とかこの町とかに対する愛着も薄い。神も信じない。戦闘に駆り立てるのは難しい」


「そういえば戦闘の度に捕虜を取ってるのよね。あれはどうしてるの?」


「基本的には身代金を請求して、それを払うようであれば、敵側に返す」


「お優しい」


「まあな。俺たちだって後味の悪いことはしたくない。殺した敵は現実に死ぬかもしれないんだからな。身代金が支払われない場合は懐柔を試みる。それで駄目なときは已むを得ないから殺す。武器や防具などは頂くことにしている。それに、金はな、幾らあっても良い。というよりも幾らあっても足りていない。それが只今の状況だ」


「オーケー。ねえ、ところで、武器と言えば、貴方たちは皆んなが思い思いに好きな武器を使ってるわよね?」


「そうだな。コレを使おうという取り決めはしていない。恐らくどこの組織でもほとんどそうだ。統一しているところは珍しい」


「飛び道具ってどれぐらい発展してるの。ああ、調べてくれた?」


「調べた。ここから北にある大都市“ラザッペ”周辺には火縄銃を取り扱ってるNPC商人が出没するそうだ。君の言ってた通り、高い上に扱い辛く、更にラザッペに金を落とすのを、前に色々あってね、他都市の人間は好まないから、誰も買わないがね。火薬もほぼ同様だ。飛び道具は基本的には弓。とはいえあまり使われることはない。クロス・ボウも発展していない。コストの問題だ。一発辺り安くても、――ゲーム内通貨だと通じないかもしれないから、悪いから円で言わせて貰うと、そうだな、五、いや、六〇〇〇円ぐらいはするか。NPCから買うか腕の良い職人から仕入れるしかないからな。もったいなくて撃てない」


「弓は射手を育成するコストもあるものね」


「まさに。ブラスペ世界に本当の意味での武芸者はいない。剣でも槍でも振り回しておけばそれなりに脅威だが、弓はな、百発百中になるまでに何年も訓練が必要だ。それに、弓を引く力、君ならご存知だろう、あれは並大抵のものではない。ウチでバンバン連射することができるのは花見盛くらいだ。それか高木か。二人とも弓に向いてる性格ではない」


「ふんむ。クロス・ボウは?」


「作ろうと思えば作れるんだろうがな。というか、作れる技術を持ってる町はあると思うんだが、公開はされていない。実用化もされていない」


「あるらしいことが分かるならそれでいいわ。クロス・ボウがあるってことは()()()()()()()()()は存在しているんでしょうから。ところで、武器が遅れている割に防具全般は発達してるわね。フルプレートアーマーなんてあるんでしょ。クロス・ボウとかがないなら天下を取りそうなものだけど。ま、それもお金がないからと」


「そうだ。それに、君、あれは格好いいからな。視聴者も喜ぶしな」


「ああ……」


「そういうことだ」


 サトーを下調べもせずにゲームへ入ってきた馬鹿な女と謗ることはできない。野球チームの練習風景が中継されないのと同じだ。ゲームの内政部分についてはあまり視聴者に伝わらないようになっている。解説しているサイトや書籍も乏しい。(そもそも解説してくれるような熱心なファン層がまだ形成されていない)


 加藤先輩との話し合いで欲しいだけの情報を集めたサトーは、そのまま加藤先輩と俺とを引き連れて、今度は“ダババネル”の周辺を歩き回るようになった。“ダババネル”の周辺地図があまりに不正確なのでそれを訂正したい――という理由からだった。


 ある日は対岸の森を散策した。その入念さと言ったら無かった。グラペ山にも分け入った。あるときなど雨の中の登山を強行して、加藤先輩と俺、それと荷物持ちに着いてきてくれた三人の仲間は遭難しかけた。遭難していれば全滅していたかもしれない。


 ここに至ってもサトーは彼女がいまなにしているのかについて語ろうとしなかった。当初の計画からして『計画開始は必要な下準備が終わってから』ということではあった。しかし、いつまで待てばいいのか? せめてその説明をと求めていた層が遭難騒ぎでついに爆発した。それに便乗するように高木先輩もサトー擁護派から弾劾派へ転身した。先輩はこれまでサトーの行いを『俺たちにはわからんようなことに頭を使ってんだろ』で許してきた。サトー個人であればそのスタイルをいましばらく貫けたかもしれない。部員を巻き込んだのが悪かった。粗暴で悪辣な彼がそれでも部に残っているのは仲間思いだからであった。(俺は嫌われてるけどな)


 彼らは部長を取り囲んだ。むしろ部長が悪いというような口吻の者もいた。俺は部長ではなく俺をせめてくれ――と、彼らを宥めようとした。現にサトーを招き入れた責任者は俺だと思っていた。彼らは聴く耳を持たなかった。サトー闇討ちが現実味を帯びた。


 それでも、最終的にサトーが仲間から殺されずに済んだのは、部長が部員に頭まで下げて見せたからであった。彼女はすまないと言った。それはサトーを雇用したことに対する謝罪ではなかった。皆んなを憤らせて申し訳ないという謝罪だった。なんとかサトーともう少し対話してみるからと彼女は皆んなに約束した。全員はそれで、一応、なんとかギリギリのところで踏みとどまった。


 無論、――それまでも部長はしばしばサトーと交友しようと試みていたのである。サトーの側がそれを払い除けた。何が気に入らないのだろうか? それすらもわからない。俺や加藤先輩にはまずまず口を効くだけにサトーは尻軽女だ説も部内で飛び交った。否、部内どころか、顔に泥を塗られた形になった柘榴以下、“ダババネル”の運営側までもがサトーに対して不信感を抱くようになっていた。『奴は寝て食べて寝て食べてだ。食料も貴重だというのに。金まで払ったのに! 本当は無能なのではないか? 俺たちは騙されているのではないか?』


 ……サトーがゲーム・プレイを開始して一ヶ月が過ぎた。一年の中で最も空の青い季節が始まった。サトーは周辺で起きている自分を焦点とする出来事に、表向き、全く関心を示していなかった。遭難騒ぎがあってからも“ダババネル”周辺を何人かで練り歩いていた。俺は何度か血走った目でサトーの背中を見つめる同僚の肩を叩かねばならなかった。


 

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