番外編1章11話/前哨戦(2)
「サトーの姉御はどうしたい?」
昼下がり、男どもで寄ってたかって部室をコーディネートしていると、高木先輩が現れた。右手にコンビニの大袋を持っていた。差し入れかなと思ったけれども違った。彼は朝から飲まず食わずで働かされている俺たちの前で、悠然と、鬼畜、畜生、後ろから昔の女に刺されろ、その袋から取り出した缶チューハイのプルタブを開けた。プシュッと小気味の良い音がした。缶の表面はジットリと冷たい汗を掻いていた。俺たちは全員揃って生唾を飲んだ。
俺たちは一五人いた。三年生を除いた男子全員だった。以前と変わらない人数だった。どいつもこいつもタンクトップ一枚になっていてすら汗だくであった。なにしろ夏が始まっていた。窓を開けていても部室は蒸し暑かった。俺たちは喉を鳴らしてレモン味のアルコールを煽る先輩を殺意と羨望の入り混じった眼差しで見守った。ある者など口の端から涎を垂らしていた。ある者など先輩を殴り飛ばしてでも酒を自分のものにしたい、その強い欲望を抑えるべく、ズボンの生地を破りかねない勢いで引っ掴んでいた。
「ッカァー!」三五〇ミリ缶をほぼ一息に飲み干した先輩は満足げに唸り飛ばした。天高く突き上げられた缶を握る左手、強く閉じられた瞼、八の字の眉、ゾクゾクと痙攣する項の辺りなどからその旨さが伝わってきた。俺たちは本気で先輩を殺しちまおうかと集団思考した。
「で」先輩はゲップをしながら缶を握り潰した。「サトーの姉御はどうしたい?」
「まだ連絡が取れてません」
俺は仲間を代表して答えた。緊迫感の弛緩した一同は各々の仕事に戻っていた。部室の中は文化祭のときよろしく折り紙だの風船だのテープだので飾られつつあった。
「取れてないだあ?」高木先輩は眦を決した。「なんでだ。このパーティはサトーの姉御の歓迎会なんだぞ。主賓が来ないでどーするってんだ、ああ? 三日前から連絡はしとけって言っておいたろうがよゥ。どうしてたんだ。その辺りは」
「メッセージは送りましたよ。既読もついた。しかし、返事がない」
「どーなってんだ、そりゃあ」
「どーなってんだって言われましてもね」俺は肩を竦めた。
「言われましてもねじゃねェんだよ」
高木先輩は俺に軽いロー・キックをかました。「花見盛ィ、お前、姉御の住所を知ってたよな? いざとなればお迎えにあがれ。えーか」
「えーかって言われましてもね。サトー本人が来たくないとかならどうすればいいんです」
「来たくないと仰っても呼べ!」先輩は一喝した。
「無茶な……」
「無茶じゃねェ!」高木先輩は再び俺にロー・キックを見舞った。「コレは俺たちからの感謝と謝意の現れだぞ。是が非でも受け取って頂かにゃ」
俺は往生した。先輩のことを押し付けがましい男だとは思わなかった。俺自身もまたサトーに礼を言いたかったからである。出来ればサトーと打ち解けたいとも思っていた。俺はやってみるだけやってみますと先輩に言った。あの方は俺たちの命の恩人なんだからなと先輩は俺の眉間に人差し指を突きつけながら言った。