番外編1章9話/ここから始まる物語
「意外とまともそうじゃない」と、サトーは感心したように言った。彼女自身の出で立ちはまともではなかった。麻製の粗末な上下を身に付けている。童話に出てくる村の牧人のようだ。どんな美人でも着飾らねば埋もれる。突出した美貌を持っていたところで、結局、人間の雰囲気は総合的な印象で決まるのであった。
「もっとショボいのかと思ってたわ。精々が環濠集落的なものなのかと。アレはどちらかというと都市国家ね。意外だわ」
「ご挨拶だな」俺は後頭部を掻いた。「アレでもこの世界での俺たちの家なんだ。あんまり貶さないでくれ」
「そう。じゃあ訂正するわ。とても、そう、アナタたちには分相応なところね」
俺は苦笑した。向かいに座るサトーも苦笑した。俺たちの乗っている小さな木船は間もなく対岸へ着こうとしていた。今日の河の流れは穏やかだった。船は殆ど揺れなかった。船頭の腕が良いのもあるだろう。滔々と流れる水の上を吹き渡る風は南から来ていた。(南からの風は暖かい愛の歌を歌っている。心地が良い)
「なあ」対岸に聳える高い城門を眺めながら俺は尋ねた。城門の向こうからは白い煙と黒い煙とがモクモクと上がっている。
「そういえば、お前さんはどうして戦争なんかに詳しいんだ? 趣味か」
「趣味」サトーは眉根を寄せた。不服らしい。「私は道楽者でも趣味人でもないわ。いや、趣味的な戦争好きかもしれないけど、本気で興味があるの。軍事に」
俺は純粋な好奇心から重ねて尋ねた。「へえ。またどうして」
「父の影響よ」
サトーはこともなげに答えた。この話題を長引かせるのは危険だなと俺は判断した。サトーの“こともなげ”はわざとそうしている風に思われたからだった。
「ところで」サトーは俺に先駆けて話題を切り替えた。
「なんだい」
読みが外れていなかったなという安堵感が俺にはあった。無論、そんな読みが当たっていたどころで何の自慢にもならない。同年代とはいえ女性相手に配慮の欠けた話をした。相手に話題を変えさせねばならなかった。判断は正確でも気が利かなかった。快感だけが胸に募った。プライベートに深く立ち入れるほど俺たちはまだ親しくない。
損な性格だ。俺は自己分析した。交渉の場でならどれだけ図々しくても許される。コチラの意見を通す為ならば相手の人格を貶めることすら正当化される。俺はそう信じている。一方、味方になってくれたオンナノコとの何気ない会話、それで相手を不愉快にさせるのがこんなにもシンドい。なんなんだ。俺の人格は分裂でもしているのか?
まあいいさ。まあいい。何事もそうなっているからそうなっているんだ。トートロジーさ。受け入れるしかない。
「もちろんあの中だけで生活も経済も完結してないでしょ?」サトーは高さ七メートル半にもなる我が家の壁を指差している。「特に生産活動」
「ああ。それはな。ウチの町――俺たちはアレを町と呼んでいる――は加工が専門なんだ」
「加工。あの煙がそれか。どういった手の加工?」
「金属だ。加工の対価に食い扶持を得ている」
「なるほどね。だからこの立地。産業用水か。ああ、元は農業用水?」
「ご明察」
「完全な灌漑?」
「ですとも。天水でやってる町もあるけど、基本的には。ちなみに、ウチもこのご時世になるまでは農業の方をむしろメインに据えていた。途中から金属加工に鞍替えしたんだ。最初からいつかは金属加工でやっていこうとは思ってたみたいだがな、上の人は」
俺は俺にはわからない世界の話だよとアピールするために両手を広げた。
「単純に、農業生産力が日増しに増えてるお陰で町ごとの役割分担が成立したってこともあるがね。農業やらずとも食ってけるようになるまでは、加工専門だなんて、とてもとても」
「ああそう」サトーはふんふんと鼻を鳴らした。「その様子なら政治的な繋がりは垂直そうね。――金属加工ってどの程度の?」
「多分、君が思っている以上に。一度、定住に成功してまずまずの生活をしていると、後はNPCが文化と技術のレベルをガンガン上げていくように設計されているんだ。半年前に火の使い方を覚えたような連中が、いま、当然のようにフル・プレート・アーマーを作ってる」
「ゲームね」サトーはむしろ好意的に笑った。
「ゲームさ」俺は頷いた。「他に知りたいことはあるか?」
「山程。ただし、時間が無いから、質問をひとつに絞るわ」
「どうぞご自由に。どんな質問がしたいんだ、姫」
「あそこには戦争に必要なものがどれだけ揃ってるの?」
「具体的には?」
「チーズに牛肉にコーヒーにチョコレートにアップルパイにウィスキー、それに少しの知恵と正しい意味での勇気、最後に火薬よ」