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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
番外編1章『いちばん最初のサトーさん』
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番外編1章7話/真の一大事は


 途次(みちすがら)、ちょうど良いところにコンビニがあったので寄った。俺はホッと一息を吐いた。程なく蝉の愛を語り始める季節だった。何匹の蝉が愛を語るだけでキスをせずに死んでいくのだろうか。身体は汗で濡れそぼっていた。ワイシャツを絞れば大変なことになりそうだった。髪の毛を切ろうかなと少しだけ迷った。


 店内はさして冷房されているわけでもなかった。ヘイセイ末期の連続震災以来、稼働する原発、各種発電所、それらが減少している為、電気は、あんれまあ、“大切にね”と言われるまでもなく大切にせねばならなくなった。このまま復興が続かないのであれば、我が国、数年で冷房を使える家庭イコール富裕層ということになるそうだけれども――時代だな。そうならないことを祈るよ。


 時代か。時代と言えば、その象徴はまさにこの光景ではあるまいか?


「年齢確認ボタンのタッチをお願いします」と、俺は可愛い店員さんに頼まれた。タッチした。店員さんは大陸から来たらしかった。顔立ちと発音の微妙な違和感からそう思われた。店員さんは俺の購入した銀色のビール六缶(〆て一八〇〇円なり)を丁寧に袋詰した。


 ……高校生でも酒と煙草が許される。允に素晴らしい法改正だ。移民を受け入れる。これも素晴らしい法改正だ。しかし、弊害も多い。当然だろ?


 店を出ると大気はムアッとしていた。昼間からコンビニの前で屯、喫煙所で馬鹿騒ぎをしながら酒とツマミに舌鼓を打っている不良高校生ども、それらを横目に見ながら口の中で何かをモガモガと呟く大人たち、ヒノモト人店員が犯したならば見逃される些細なミスを『これだから外国人は』と詰問する神様(おきゃくさま)たち、世の中は今日も今日とてこんなことに満ちている。そういえば、さっき、スマホに通知があって、何かと思って確認してみると人身事故の通知だった。三件、立て続けにあったらしい。高校生と老老介護に疲れた親子だそうだ。


 店の有線ラジオが『若年層の投票率があまりに低いことを受けて云々』とか報道しているのを背に受けながら、俺は先を急いだ。


 目的地までは三〇分も歩いた。それは閑静な住宅街の中に突然という感じで俺の目の前に現れた。周囲の町とさっぱり釣り合いの取れていないその建物どもはスタディ・フロンティアとかいう恥ずかしい名前の、しかし、国立の高校の校舎群であった。


 いや、驚いた。驚いたである。だってな? あるか? こんな校舎があるか? 


 五階建て、真四角、コクボウソーショーの本庁舎だと教えられたら信じそうな校舎、それがしかも五つも六つも林立している。それぞれの建物は空中廊下で結ばれていた。馬鹿か。馬鹿なのか。国は何に金を使っているんだ。税金泥棒だと謗られるのも理解できる気がするぞ。


 無論、そのような建物がズラッと並んでいるからには、敷地の広さにも驚かされた。緑の少ないのにも驚かされた。敷地内を白衣姿の老若男女が彷徨いているのにも驚かされた。(後で知った話だが、はあ、この学校には幾つかの研究機関が抱き合わせになっているとかで、連中はその手の職員だという)


 生徒寮もシャレオツだった。メタボリズム建築とかいうらしい。これまた真四角の、どことなくドラム型の洗濯機にも似ている構造物、それが不規則に折り重なって出来ている。子供がレゴ・ブロックで築いた城のように縦長で不安定な形状をしていた。


 俄には信じがたいが、このドラム型の構造物はそれそのものが独立したユニットだそうで、古くなれば取り外して新しいものに交換できる――という。マジでレゴ・ブロックじゃあないか。形を変えるのも思いのままだそうだ。男の子の浪漫だね。


 尤も、それはあくまでも理論上の話、特定のユニットだけを交換すると全体のバランスが崩れる恐れがある。バランスが崩れると建物そのものが崩れる。従って、実際に交換されたことは過去に一度もないらしい。『理論上は行けるはずだからやらせてください!』が罷り通るのはアニメの中だけか。


 笑い事で済まされない話もある。


 スタディ・フロンティア高校は、つい先日、開校からニ〇周年を迎えたそうだ。それに伴って全校舎の補修工事が行われた。寮には施されなかった。何故か。その特異過ぎる建築様式のために手直しすることができないのだった。


「ボロいな」外見とは裏腹に寮の内部は全くこの一言に尽きた。“未来感“とでも言うべきだろうか。昔の特撮モノに出て来る地球防衛軍の秘密基地のような内装である。その内装のアチコチが壊れている。掃除こそされているが、したところで落ちない汚れ、それに全館が包まれていた。各部屋のシャワーとトイレの使用禁止を告げる旨の張り紙が狭い階段のあちこちにされてもいた。


 その部屋は最上階の端にあった。潜水艦に備え付けられているような丸窓の着いた扉にはメタリック塗装の表札がついていた。権上と書かれていた。はてと思った。それでもインターホンを押した。鳴らなかった。ノックした。返事がない。再びノックした。返事がない。強くノックした。部屋の中で何かの軋む音がした。


「誰?」マジック・ミラーになっている丸窓の向こうから女の声で尋ねられた。


「俺だ」なんだか通い夫のようで極まりが悪い。「入れてくれ」


「合言葉は」


「なんだそりゃ。聞いてないぞ」


「合言葉」


「……。……。……。ジーク・ジオン!」


「入りなさい」鍵が開いた。コレでいいのか。


 サトーの部屋は散らかっていた。昔のSF映画とか漫画とかに出てきた未来都市の家みたいな内装である。変な形の備え付けベッドとかキッチンとかさ。六畳は不思議な空間だった。


 そのアチコチに脱ぎ散らかした下着だの、本だの、丸めた衣服だの、何か得体の知れない物が描きつけられたキャンパスだの、学校の教科書だの、動きそうもない昔のアーケード格闘ゲームの筐体だの、アクション・マンのフィギュアだのが転がっていた。足の踏み場もない。


「適当に座って」


 サトーは寝間着姿だった。ダボダボのワイシャツを下着の上に身に着けているだけだ。いまのいままで寝ていたらしい。目を擦っている。彼女はベッドに座り込んだ。ベッドの上も乱雑だった。モデル・ガンとかミリタリー系の雑誌とかガムダンのプラモデルとかが散乱していた。そんなところでよくもまあお休みになられますな。


「そのままでいいのか」俺はアーケード筐体の椅子に狙いを定めた。椅子の上には本が積まれていた。銀河で英雄がどうとか皇国がどうとか砂漠がなんらたとかいう戦記物ばかりだった。でなければ歴史かオカルトの本だった。俺は本を抱えた。どこへ退けようか迷った。


「そこらに投げとけばいいわ」サトーは欠伸を噛み殺した。「ところで、そのままでいいのかって?」


「服」俺は足元を見た。そこにも本が積んであった。風が吹けば倒れそうな積み方だった。已むを得ない。その上に持っている本を重ねた。緊張の一瞬だった。俺とサトーは固唾を飲んだ。本の塔は幸いにも崩れなかった。俺たちは胸を撫で下ろした。


「服なんてどうでもいいわ」サトーは気を取り直した。「別に見たければ見せてあげるわよ」


「それはまた。大盤振る舞いだな」


「飼い猫に裸を見られて悔しがる女はいないでしょ」


「悲しいね」俺はアーケード筐体の液晶を撫でた。埃に塗れていた。レバーに引っ掛けてあったブラジャーを手にしてみた。それを指でクルクル回した。サトーは本当に無関心そうだった。何してるのとすら訊かれない。割と頭のおかしな女だとは思っていた。ここまでとは考えていなかった。


「そうだ」俺は手土産の袋を差し出した。「これ良ければ」


「あら。これはどうも」


 サトーは恭しく袋を受け取った。中を検めた。目の色が変わった。野獣のようにビールのパックを開封した。喉を鳴らして一本を立ち所に飲み干した。なんだお前。


「ちょっと酒が切れてたもので」と、サトーは、普段は若いものに嫌われているが、いざ仕事に入ると達人芸を発揮する老職人みたようなことを言った。事実、酒を飲む前と後ではサトーの目の開き方はぜんぜん違った。先程までは眠たげだった。いまはパッチリとしている。俺は呆れた。


 本題に入らねばならない。しかし、その前にクッションが要るだろう。そう判断した俺は適当な話題を選んだ。


「権上というのは?」


「私の本名だけど」サトーは二缶目に取り掛かっていた。


「サトーじゃないんだな」


「まあ。ハンドル・ネームね。ネット上でも使ってる奴よ」


「なぜサトーなんて名前を?」俺は真空波動拳のコマンドを打ちながら尋ねた。


「別に。なんでもよかったのよ。矢立、八手、東堂、スミシー、それか田中か佐藤か。最終的に、私は辛党だし、サトーでいいかと思って」


「なんで辛党だとサトーになるんだ?」


「その辺りに辞書があると思うわ」サトーは俺の足元を指差した。


「好きに使っていいわよ。なんでも教えて貰うだけでなくて、自分で調べることもしないと、バカになるわ。それでも駄目ならまた訊きなさい。教えてあげるから」


 俺は肩を竦めた。サトーは六本パックは高かったでしょと逆に質問してきた。安いもんさと俺は答えた。コンビニで買ったのとサトーは更に質した。現代の楽園だよと俺は嘯いた。後数年で無くなるかもしれない楽園だけどねとサトーは苦笑した。


「コンビニが無くなる? 現代人は生きていけなくなるな」


「代わりのものが直ぐに出てくるわよ」


「なんだ。まさかアレか。ドローン空輸か。本当の意味で何でも通販出来る時代が来ると? まさか何処にでも行けるドアが開発されるとは思ってないよな」


「薬局」


「は?」俺は面食らった。「薬局?」


「最近、お弁当とか売り始めた薬局があるでしょ」サトーは片手にビールを持ったままベッドの上を漁った。どこからともなくタコの足が出てきた。齧り付く。


「アレが流行ると思ってるから。私は。そうなればコンビニの時代も終わりよ」


「……。……。……。わかった。そうだな。そうかもしれない。君には先見の明があるんだな」


「ええ」サトーは冷笑した。「私、頭がいいから」


「そうだな」俺は苦笑した。「頭がいい。――で、その頭の良い君のしてくれた提案についてなんだが……」




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