番外編1章5話/いうべき
サトーの提案について飲み込むためには俺たちの――七導館々々高校競技ゲーム部の置かれている現状、それを説明せねばならない。そして、それを説明するためには俺たちのプレイしているゲーム内環境を理解して貰わねばならない。迂遠だな。しかし、急がば回れという諺もあるわけだし、こればかりは已むを得ない。
さて、俺たちのプレイしているゲーム・タイトルは“ブランク・スペース・オンライン”といった。略してブラスペだな。
周知の如く経済不況、バイトして稼いだ金で学費を贖い、飯を食う種にも困っている高校生の弱みに付け込む形で、昨年、発足されたE・SPORTS連盟は俺たちにプロ・ライセンスをばら撒いた。『働き口がない? 収入が少ない? ゲームでマネタイズしよう! 安心! 安全! 最高!』
ブラスペは、そのE・SPORTS連盟がプロ競技として指定した一番最初のタイトルのひとつで、人気の方は、まあ、そうだなァ、言ってしまえば中の中だ。人によっては中の下と評価するかもしれない。しかも、その中の下の人気すらこの数ヶ月で確立したものだった。
勘違いしてはならない。ブラスペは面白いゲームさ。仮想現実内の広大な世界を自由に探検、冒険、開拓して、自分たちの国家を成立させる。その国家同士で絡む。必要があれば戦争にもなる。平時は外交と内政に従事する。そう、――コンセプト通りにプレイできるならば面白いゲームなんだ。なんだろうと思うよ。
ブラスペはリアルを追求し過ぎている。例えばゲーム内の俺たちは飯を食わねばならない。食わなければ驚くほど簡単に死ぬ。ゲーム内の世界を生きるNPCだってそうだ。普通のゲームならどうだろうか。狩猟をするにせよ、農業をするにせよ、色々と手段はあるわな。一度の狩りで何十日分の食料を確保することもできるだろう。季節ごとに使い切れないほどの穀物を量産することもだ。それがブラスペにはない。
ブラスペでは、そうさな、もし農業に従事しようと考えたとき、まず予定される農耕地の本格的な開墾と土壌改善から取り組まねばならないようなケースが多い。その土壌改善も一筋縄では行かない。何をどうすればいいのか? についてはある程度のヒント、ゲーム側からの補佐、補正などを受けることが出来るが、基本的には手探り、それか予備知識を要求される。それも専門的な予備知識をだ。(農業高校の生徒でも連れて来いってか)
考えて頂戴よ。高校生たちがだね? 寄ってたかってだね? 森林を切り拓いてだね? 焼畑とかしてだね? 土いじり、園芸ゴッコ、長年の苦労の末にようやく麦の安定栽培に成功しましたなんてゲームを誰が好んで視聴するかね? 実績解除:鋤を開発できるようになったとか表示されて視聴者が喜ぶかね。――ああ、はいはい、そうですか。好きにしてよ。鋤だけに。良かったね。畜生め。そんな感じだろ?
否、それはニッチな需要はあるでしょうよ。でもね、それだけは商売にならない。視聴が求めてるのは血だ。刺激だ。闘争だ。
つまり、プロが残酷な見世物としてプレイする場合(長い下積みを経て国家を成立させることが困難である場合)、ブラスペ世界は徹底的に定住に向かない。定住に向かないのであれば国家の成立するはずがない。誰もが季節に応じて移動する動物を追跡して暮らす。国家とはとても呼べないような小集団で行動する。故に起きる戦闘の規模も微妙なものになってしまう。戦闘の目的だって猟場や獲物を巡っての浪漫もヘッタクレもないようなものだ。
競技ブラスペにおいて、プレイヤーは内政だの戦争だの以前にまず生き延びるために行動せねばならない。素敵だね。何がブラスペだ。原始人オンラインに改名しやがれっての。先進国でプレイされているゲームとは思えない。開発者は何を考えてこんなゲームを作ったのか。
否、否、否、悪いのはゲーム開発者ではない。凡そE・SPORTS向きではないタイトルをE・SPORTSに指定した連盟が悪い。履き違えないようにしよう。悪かった。
……ところで、しかし、プレイしてる連中の中には変態もいてね。
ブラスペのサービス開始から一年と数ヶ月が経過している。なんとまあ、果てしない努力と犠牲の賜物、幾つかの高校はついに定住できる拠点を成立させるに至った。(尚、ブラスペは原則的に高校の部単位でプレイする。部はスポンサーとなってくれる親会社と契約している。親会社は複数の部と契約している)
で、そうなったらばどうなったでしょーか。決まってる。各校、挙ってそれらの拠点を襲撃するという蛮行に走り、これが大迫力、ゲームの人気は高まったけれど、プレイヤーのモラルは下落した。(最初の一年の厳しい生活でプレイヤーたちはストレスを溜めていた。それを発散するためにも暴力が過激になった。とても放送できないような真似をするプレイヤーも最近では少なくない)
結果、拠点側も防衛戦力を必要とし始めるようになった。無論、拠点側は農業生産で手一杯、戦うだけの余力がないから――あるのであればそもそも襲撃されていない――、ここに専門家の誕生する価値が生まれた。
傭兵である。
我が七導館々々もその傭兵集団であった。