番外編1章4話/今はの際に
長居しても別に怒られない。ドリンク・バーがある。ポテトだのソーセージだのの皆んなでつまめる軽食ならばまずまず安い。
ファミレスは廃れない。ファミレスは俺たち学生の家だ。(それはこの先、ヒノモト経済がもっと悪化するというならば話が違うだろうが、まさかそんなこともあるまい。これ以上の景気後退は亡国を意味するそうだ。俺には亡国がどういうものだかわからない。けれども、流石にな、これ以上、酷いことになるってことはないだろう。いまですら地獄のような世界だというのに。今年の失業率は知ってるだろ? 政治家だの官僚だのだってそう捨てたものではないはずだ)
俺たち八人は四人掛けのテーブルを二つ合体させた上で専有していた。その上座にドーンと座った部長が訝しげに唸っていた。店内は老若男女で程々に混んでいた。有線で流れるBGMは最新のアイドル・ソングだった。店の外と内とでは世界が違うように思われた。誰にでも現実を忘れる時間は必要ということなのだろうか?
「サトーなんて名前のプレイヤーは聞いたことないぞ」
部長は腕を組んでいた。たわわに実ったマスク・メロンがその腕に乗っていた。少し腕を動かすだけでぷるんと震える。素晴らしい弾力だった。俺はその弾力にどこまでも感心していた。
「自分も調べて見ましたがね」俺はケチャップとマヨネーズの容器を手にしていた。「サトーって名前はプレイヤー年鑑になかった。公式サイトにもです」
「じゃ」部長はリム・レスの眼鏡を光らせた。かきあげた前髪のために露わになっている額も光った。「なにか。プレイヤーでないのか、ソイツは。アレか。ファンか。熱心なファンか。熱心で迷惑なファンか」
「どうですかね。でも、言っていることはそう的外れでないような気もしますがね」
部長はンムムムムと呻いた。俺は自分用の小皿にケチャップとマヨネーズを垂らした。混ぜる。ソイツに、運ばれてきたばかり、揚げたてのポテトをなすりつけて齧れば、おお、舌を痺れさせるキレのいい酸味の奥に甘みが隠れている。食感はホクホクとしていた。女の趣味とは正反対に俺は芋が好きだった。
「花見盛さん」俺の向かいに座った荒木が小さく手を挙げた。荒木の隣には井端が密着するように座っている。のみならず、荒木は井端の肩に頭を預けてのほほんとしていた。人目も憚らずによくやるよ。手まで繋いじゃって。
「実は私、あんまり詳しく事情を聞いてないんスけど」
眼鏡、丈の短いスカート、フリフリの服、ニー・ソックス、猫みたいな口元、ストレートで黒ロングの髪、オタサーの姫みたいな格好の荒木である。「昨日は何があったんスか? みんなで会議しないといけないことってなんスか?」
「部長」俺は口元を紙ナプキンで拭った。「俺、集合を掛けるならキチンと事前に事情説明をしてくれって言いましたよね」
「したよ」部長は目を逸した。ストローの飲み口を噛んでいる。
「なんでアンタはそう適当なことばかりするんですか。そのうち愛想を尽かされますよ」
「尽かされたら死んでやる。お前ら、みんな、私を自殺に追い込んだって、一生、後悔すればいいんだ」
「拗ねないでくださいよ」
「拗ねてない」部長はストローに息を吹き入れた。コーラの中で泡がゴボゴボと生じた。眉間にシワを寄せる部長は少しだけ可愛いなと思った。俺はなんとか事故を装って彼女のマスク・メロンを揉めないものかと考えた。いっそ注文するか。しちまうか。でも、ココ、ファミレスだからな。ファミレスでマスク・メロンは扱っていないだろう。
俺は部長のクールな横顔に見惚れた。部長は唇を尖らせた。その部長の隣に座っていた副部長が乾いた笑いを漏らした。過ぎたことは仕方ないさと彼は建設的なことを言った。そうですねと俺は同意した。
「何がそうですねだ」部長は舌打ち混じりに食って掛かった。
「まあまあ」副部長は仲裁した。「とりあえず話を進めようよ」
草臥れたサラリーマンのようにしか見えない副部長はハハハと苦笑した。これほどほうれい線のクッキリしている高校生を俺は他に知らない。彼は酷く痩せていた。時偶、咳き込むと何分もそうしていることがあるので、そのうち死ぬのではないか、死ぬとすればいまのうちに生命保険に加入させておくべきではないのか――このような不謹慎なジョークが部員の間ではやりとりされていた。それぐらいには俺たちは親しかった。
「実は昨日、サトーとかいう女がいきなり部室にやってきてだな」
俺は一同を見渡しながら話を始めた。荒木の隣で赤くなっている井端はおむすび頭のおデブちゃんだった。知らない奴が見れば荒木に騙されてると勘違いするだろう。
「俺にこれを突きつけてきたんだ」
俺は制服の胸ポケットからひとつのUSBメモリを取り出した。