9章7話/われらの時代(或いは何を言うかではなく何を言わないかの時代)
――――――――『フルダイブゲームで勝負した男たち~涙と汗と努力の六〇〇日間~』(民明書房刊) より抜粋の対談
『なるほど。大変だったんですね、開発』
大倉『そうなんですよね。もう、追い込みの時期になるとバンバン人が倒れちゃって……。ハハハ。予定通りにリリース出来たのはビックリです。自分たちでも、え? なんで? なんで? なんで間に合ったの? って。顔、見合わせちゃったぐらいの。それに、さっきも言ったんだけど、最近って優秀な人はみんな外国に出ますからね。人材がどんどん流出していくのを見るのは辛かった』
『それは。でも、その苦労あるから多くの人に遊んで貰えた』
大倉『まあ、苦労って言っちゃっていいかはわからないですよ。仕事ですからね。僕は昔からああいうゲームを作るのが夢で。その夢にみんなを付き合わせた感じだから。あっ、だから、うん、みんなにとっては苦労だったかもしれないですね。ごめんね、みんな』
『あんな感じでゲームが遊ばれることは想定してたんですか?』
大倉『ブラスペ? してない、してない、してない。だって僕はもっとファンタジーチックなの想像してたんですよ。遊び方』
『不本意なんです?』
大倉『いやいやいや、そういうわけでもないの。ないんです。ただ、なんていうか、僕は、つまりブランク・スペースっていう名前には、自由な発想でやってくれ! ぜひ! っていう意味合いを込めたんですよね。自分的には。小さな国家がひとつの大陸に犇めき合う訳だ。でもって、その国家はユニークな運営をされてるっていうね。ゲームならではの。そのためのファンタジー要素なんかも本当は追加で用意してたんだけど。ドラゴンとかさ。それが、現実の枠組みを持ち込んだかー、っていうね。なんていうか、だから、むしろ感心した。僕が想定していたのはあんな大型で本格的な官僚国家がゲーム内に誕生するとか、そういうことではなかったんだよね。それに、ホラ、高校生が主に遊ぶって話だったから。ビックリしたなぁ』
『高校生があれだけの組織を維持できるのは凄い』
大倉『っていうか、組織できたのがまず凄い。普通、いや普通なんて言い方をしたら悪いけど、役職を与えたとして、普通、でも、高校生はその通りにはやらないよね。だって、明日から内閣官房長官をやれとか言われてやれる? やれないよ。――とは思った。ああ、でも前提が間違ってるのかな』
『前提』
大倉『前提。いまのコがゲームするのは進路のためとお金のため。そのためなら、つまり、やるでしょ。やる努力はやるでしょ』
『ああー』
大倉『今時って現実的にならざるを得ないのかもしれない。高校生だって、色々と、まあ、あるわけでしょ。昔よりずっと人の生活は便利になったけど、そのせいで面倒になったことってあって、その割を食うのは何時も若者っていうか。だって、ボクらの時代、夜中に連絡とか来なかったじゃない。ポーンと。手軽には』
『待ち合わせするときとか大変でしたよね』
大倉『だった。だった。だったねぇ。そうですなのよね。そうですなの。どこどこの駅の柱に何時とか言ってさ。あったわけです。それが、いまは夜中に連絡が来てね、返事が出来ないとハブにされたりするの。近年、若者、えーと、殊にブラスペのメーン・プレイヤーである高校生は大人びてるっていうか、高校生って言っても僕らの時代の高校生とは違う。進歩してるのか、進化してるのか、見方によっては可哀想でもある。そもそもさ、今時はネット社会、なんにでもイイネとかファボとか、とにかく着くでしょ。評価が。自分が回りからどう見られてるかを漠然と気にする時代は終わったんだろうね。どれだけ多くの評価を集められるかの時代が来た。いまどき、恐ろしいことに、僕らは他人から無関心でいられることが感覚ではなく数字と表示で理解できるんだ。実感としてあるんだ。それは多感な時期の子供たちにどれだけの影響を与えるだろう。大人ですら狂いそうになるのにね。自分が他人から興味を持たれていない、面白みがない、そう思うことは……って、なんでこんな話をしてるんだっけ?』
『大倉さん、熱血なところがありますよね』
大倉『あるかなあ? ないないない。僕、見ての通りの軟弱眼鏡ですよ』
『でも真面目ですよね』
大倉『うーん……。じゃ、そういうことで』
『もう少しこれ系の話、しましょうか』
大倉『あ、いいですか』
『いいですよ』
大倉『お言葉に甘えちゃおうかな。こういう機会、僕、あんまりないので。この辺りね、文明論みたいになっちゃうけど、何時でも他人に見られてるっていう意識は子供を変えてるとは思うんですよ。ある意味、みんな、自分自身を演じることに慣れてきている。キャラを作ることにね。だから、ポッと、こう、ゲームの中でも必要な役割を演じられるのかなと思わなくもない。それに、まあ、その、あの、言いたくないんだけど、この国の経済的な問題、それに地震、台風、いろいろあった世代だからね。子供の頃にあれだけ体験してると子供ではいられないのかも』
『とにかく、いまの子たちは昔とは違いますよね』
大倉『そう。だから古い価値観はアップデートされていくべきなんだろうね』
『なんでも古くなるとですね』
大倉『うん。最初はそれでよかったのかもしれない。問題なかったんだよね。たまに僕も勘違いする。最初から古かったものはない。徐々に古くなっていく。それを忘れてしまうとまた、一方的にアレなことを言い出す人になるっていうか……』
『でも、最初に見たものが至高ってのはあるじゃないですか』
大倉『そうなのよね。それが厄介なんですよね。偉そうに話したクセに、僕、なんでいまの子はあんな名作をプレイしてないの? とか、思うもん』
『ありますありますあります。ウチの編集部の新人もドラゴン・ファンタジーを知らなかった』
大倉『えーっ! ドラファンは知ってるでしょ。国民的ゲームだよ。そりゃあ、あんなことになって、新作、でなくなったけど』
『本当に知らなかったんですって』
大倉『へぇ……ってね、うん、だから、こういう風に、ま、つまり、僕らは抱いてるわけですよ。格好いい言葉を使うけど、人様相手に勝手な偏見と先入観と期待と思い込み、固定観念ですよ、言ってしまえば幻想を抱いている。高校生ならこういう人々のはずだ。自分たちがそうだったように。世間に存在する普遍的な高校生がそうであるように。或いは世間に存在する普遍的だとされているビジョンがそうであるように。ドラファンが誰もが知ってるゲームだって感じで。面白いのは、面白いっていうと語弊があるかもだけど、近年はその幻想が表層化されてるっていうか、自分の中の幻想を表に出す人が増えている』
『時代ですね』
大倉『時代だよォ』
『それこそ昔よりずっと便利になったから』
大倉『うん。ひとつのイメージが明確に大多数の他人と共有できるようになったから。自分はこう思う。君等はどうだ。それを発信しやすくなったからじゃないかな。昔は黙っていた人が声を出すようになった。昔は見えなかった人が見えるようになった。昔よりも自分を正しいと思う機会が増えた。もちろん、全て、いま挙げたことの逆になっちゃった人もいるし、いま挙げたことが必ずしも悪いわけではないけど』
『自己顕示欲なのかな。エコー・チェンバーって言葉もあります』
大倉『あー、なんだっけ。あれだっけ。色んな人に共感されていくウチに自分が正しいと思えるみたいな』
『ですです』
大倉『あるよね。だから、……ブラスペの流行っていうのはさ、その、もっとぶっちゃけちゃうと、低学歴がどうだ、高学歴がどうだ、っていうのであれだけイザコザがあってさ、そのイザコザが視聴者にはひとつの娯楽になってるっていうのも含めて、まさに現代だからだと思うの。あとニ〇年、まあ技術的にアレだから、例えば普通のMMOとして、フルダイブではなくてね? ブラスペがリリースされてたらさ。ローンチされてたら、多分、こんなに盛り上がらなかったと思う。そもそもヒノモトが傾いてね。情報化が進んでいてね。E・SPORTSっていうのが始まってさ。学歴格差があってさ。ブラスペが発売されてだね。あ、サトーってのが出てきたぞ。凄いぞ。次々と高学歴が出てきたぞ。それに負けじと低学歴が出てきたぞ。高学歴は頼りになるぞ。低学歴は駄目だな。いやいや低学歴が凄いんだ。高学歴は威張ってるだけだ。――この時代でないと無理だったことだとは思う。早くても遅くてもいけなかったんじゃないかな。何もかもが。ある意味、奇跡的に全てが噛み合ったからこそのブームですよ』
『視聴者の盛り上がり、凄いですよね。それも時代。現代だからこそ』
大倉『そうです。高校生を特に槍玉に挙げたけど、大人だって、夜中に仕事の連絡が来れば疲れる。そして、それは現実に起きる。ともすると毎日のようにね。ただでさえ毎朝さ、とんでもない超満員の、時間通りに来ない――これも幻想だよね。昔は時間通りに来たからいまも同じようであるべきだっていう――電車に揺られて仕事へ行ってさ。人手不足で四苦八苦してさ。深夜まで働く。疲れてミスすれば、なんていうか、いい時代に生まれた上司に頭ごなしに叱られる訳だよね。で、頑張ってミスせずにやることやっても給料は低い。残業代も出ない。ストレス社会です。それは、まあ、過激な娯楽が欲しくなるというか、色んな人と口喧嘩したくなるというか、他人の誤りを指摘したくなるというか、何かを主張せずにはいられないというか、その土台としてブラスペは好適というか、ネタの宝庫というか……。でも、それはプレイヤーも一緒なのかな』
『そういうことは発売前には全く予想しなかった』
大倉『ニュータイプでもエスパーでもないから。というか、そうだなあ、言っちゃうか。僕はよく尋ねられるんです。なんでこのゲームは白兵戦ばっかりやらせるのか、って』
『なんでなんですか?』
大倉『その方がいいでしょ。顔も見えない相手と罵り合う時代じゃない。せめて顔が見えればと思った。向こうにいる相手が誰かわかるような作りで、殴る感触もその手に伝われば……と、そう思った。なんかサイコパスっぽいけど。それがある種の、こう、あー、恥ずかしいんだけど、ゲームしてて学べるものってあるじゃない? ブラスペでは白兵戦とリアルに拘ることがそれだと思ったんです。僕はこのゲームをファンタジーにしたかった。ファンタジーの中で、残酷さをゲームとして受けいられるようなゲームの中で、それを通じてリアルを楽しんで欲しかった。だって、リアル過ぎるゲームの中でリアルを学ぶって、それは泥沼じゃない。昼ドラですよ。でも、視聴者からすると、その昼ドラさ加減が面白い、と』
『大倉さんは現代をどういう時代だと思っておられるんです?』
大倉『僕の好きな作家の先生は、まあ、もう昔の本だけど、現代とは自殺の欲求に耐える時代だって書いてらっしゃったんです。自殺する機会なんてアチコチに転がっている。でも、――っていう。僕は、現代とは、どれだけ上品でいられるかの時代だと思う。僕らは時代に品性を試されている』
(この後、編集部は大倉に『フルダイブ技術の完成が人類の技術進歩を大幅に足止めしているという説についてどう思うか?』などの質問を重ねる。ちなみに大倉総監督の意見は『あると思う。家も、彼女も、彼氏も、美味しい食べ物だって、旅行にすら、いまどきはゲームで済ませられるんだし。なんならタイム・スリップすらヴァーチャルでは可能なんだよ。これから技術は伸び悩むよ』と答えた。
なお、大倉馳夫氏はニ〇ニ六年に肺癌で惜しまれながらも亡くなった。まだ四九歳だった。更に語るのであれば、死後二年が経過したところで、生前、大倉氏の部下だった数人が彼からパワハラを受けたことを暴露した。暴露はSNS上で行われた。『仕事が遅れると罵声を浴びせられました』
大倉氏を擁護する声もあった。しかし、それは彼を叩く声よりも小さかった。
以来、大倉氏への評価は次のように変わり、やがて固定された。『優しい人だと思ってたのに。嘘だったなんて悲しい! 騙されてた!』)