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銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア  作者: K@e:Dё
9章『銃剣突撃する怒れる低学歴と悩める高学歴のファンタジア』
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9章5話/ラスト・バトル

 下りた夜の帳は厚く、一寸先は闇、勤しまれている月と星の営みもこの森の中までは照らさない。


 しかし、アチコチで光が瞬く。それはカンテラの火であった。


 サトーが快進撃を続けていた当時のことだ。己は詳しいんだ。彼女は夜行軍中の相手に奇襲を仕

掛けることがしばしばだった。


 夜行軍、解説するまでもなく夜に行軍するそれは、リスクばかりが先行してメリットが少ない。為に現在のブラスペではまず行えない。当時は違った。ゲーム黎明期、まだまだ飽きっぽい視聴者を繋ぎ止めるため、各国の軍事責任者たちは心を砕いた。一秒でも早く開戦を。一秒でも早く戦場に。一秒でも早く敵を殺せ。(このため、ゲーム黎明期にはぽんぽん過労死者が出たとも言われている。正確な統計が出ていないので人数や割合は求められないが、昼は勉強、夜はゲームではそうもなる。当時、ブラスペで作った実績の評価がまだまだ甘く、サトーレベルならまだしも、よほど努力しなければ狙いの大学に合格できなかったことも一因である)


 だが、サトーとて万能ではない。彼女は辛辣ではあった。わざわざ期末テストが近い時期を選んで開戦、ひいひい言っている敵を夜中に奇襲、下手をすると自分たちは学校を休んでまで敵の戦力を削りに行った。学校には偽の診断書を提出しておく。風邪で休みます。テストはまた今度に。それぐらいのことをしてくれる外国人闇医者は幾らでもいる。――ちなみに、まさにゲーム的で個人的には面白いと思うサトーのこの戦法は、現在、リーグ・レギュレーションで禁止されている。『学校行事や学生ならではの事情を逆手に取ってはならないか。いやあ、面倒な時代になったね。昔は言ったもん勝ちだったからなあ』


 しかし、ここまでしても、一度辺りの夜襲で敵に与えられるダメージは少なかった。夜だから見通しが効かない。フレンドリー・ファイアが多発した。また、夜襲はそもそも難易度が高い。敵の捕捉が(ラデンプールのときのように)難しい上、基本、相手よりも少ない戦力で待ち伏せすることになるから、よほど上手に兵を手懐けないと脱走が起きる。或いは、そこまで行かなくとも、焦った奴が音を出したり、先走って攻撃して、計画を台無しにしてしまうことがある。で、無論、当時のプレイヤーの質と量は今より遥かに劣る。今ですら質と量、共に足りていないのに、あの頃にどうやって完全な夜襲を完成させようというのか。


 困り果てたサトーは天才的で壊滅的で場当たり的な解決法を示した。マスケット銃の先にカンテラ(ランタン)をぶら下げて戦う部隊を創設したのだ。


 夜襲の折、プレイヤーの比率が高いこのカンテラ部隊は、使えるものは何でも利用してまず敵を捕捉する。それから敵の進路の正面に潜伏する。それとは別に敵の側面を取れる位置に本命の部隊を配置しておく。敵との距離が詰まった時点でカンテラ部隊は着灯する。敵は驚く。反撃する。と、同時に側面の部隊が敵を叩く。カンテラの火は敵が何処に居るかの目安となる。また、カンテラの部隊が敵の攻撃を引き受けてくれるから、と、本命部隊の兵の心にはかなりの余裕が生まれる。


 そう、――カンテラの部隊――、キラー・エリート連隊は殺しのプロである。同時に、殺されることのプロでもあった。彼らは敵と味方に効率的な死を量産する、ある意味で最も戦術的な部隊であった。その辺りが妹の七導館々々を気に入った所以なのだろうとも思う。


 伝説に拠れば、――キラー・エリートは練達の将兵で埋め尽くされた。最初、中隊であった部隊はやがて連隊を構成するだけの人員を得た。結果、夜襲伏撃に関してはキラー・エリートのみで事が足りるようになった。キラー・エリートは実に百を超える夜襲戦術のパターンを確立、誰にも真似できるはずがないそれを巧みに運用して、サトーがこのゲームに君臨していた三年間だけで、自分たちの八倍に相当する敵(一・五個師団)を殲滅したという。(勿論、彼らはこの他、通常の会戦にも動員されており、そこで挙げた戦果も並大抵のものではない。彼らが低学歴部隊であるにも関わらず特別扱いされていたのも頷ける)


 流石に近日では、如何に保守的なモヒートであろうが、戦力の無駄遣いということでキラー・エリートがカンテラ戦術を採ることは滅多にない。――はずだった。記録上では。しかし、奴らめ、この慣れ方を見るにそうではないのだ。嘘の報告書を書いてやがったな。この一五年間、小競り合いの度に動員されては、何回かに一度の割合で鯨蝋に火を着けてきたに相違ない。顧問がサトーだからな。あの女、自分の発明したものに拘りが強そうだ。


 ……連中の奇襲に遭ってからそろそろニ〇分ほどが経過する。護衛中隊は正面で灯ったランタンに目を奪われた。その間に正面と側面から散々に叩かれた。反撃することもままならなかった。それだけ敵の攻撃は素早かった。固まっていては皆殺しにされる。吉田は部隊を小隊単位に分けた。全滅しても上等、敵に狙いを絞らせないで己だけを逃がす。そのつもりだったようだが、どうも、敵の目は欺けていないらしい。


 己と古を逃がすべく吉田たちが囮になってからは八分程が経過している。奴が苦労して工面してくれた一〇名の護衛兵、その半分は気が付いたときには消えていた。視界内でいきなりカンテラが灯る――意識していても目を向けてしまう。動きが止まる。そちらに反撃してしまう――かと思うと、茂みや木立の陰から少数の敵が飛び出してくる。連中、一人一殺を達成するなりサッサと消える。そして、また予想だにしないところでカンテラがパッと輝く。


 いまもそうだ。己たちの進む獣道の先でカンテラが灯った。右側から物音がしたからそちらを見た。何もない暗闇だけがあった。そのスキを突いて敵は左側から襲いかかってきた。奇跡的に反撃に成功した兵がいたが――やっているゲームが違うとしか思えない――敵はスライディングで弾丸を交わした。そんなのアリか。シルエットからして女だろう敵はヒノモト刀を振るった。刃が暗い中でも妖しく燦めいた。


 椿の花の落ちるのを見たことがあるか?


 椿の花は首から落ちる。それと全く同じだ。二人同時、兵の首が綺麗に撥ねられた。女は血払いしながらどこかへ駆け去った。女の逃げたのとは別のところでカンテラが灯った。物音がした。護衛兵は全滅していた。物音の方へ目を向けてしまいそうになったところで古が己に飛びかかった。抱き合うようにして地面に倒れた。頭上を弾丸が過ぎ去っていく。古は己を抱いたまま地面を転がった。雨の後、まだ乾いていない泥の中をグチャグチャになりながら転がって、己たちはある茂みに隠れた。


「また囲まれつつありますね」と、肩で息をしながら古が言った。


「そうらしい」と、己はようやくのことで彼女の胸元から抜け出した。男としての本能も今度ばかりは鳴りを潜めていた。むしろ豊満な胸は妹を連想させて嫌だった。己はぐったりと地面に倒れた。別に何が見えるわけでもない。汗と泥で体が急激に冷えてきた。


 その場に座り込んだ古は何やらガサゴソと物音を立て始めた。心許ない、小さなピストルに装填しているのだった。


「お前」己はとうに逃げ切ることなど諦めている。というか、最初から逃げ切ることではなく殺されることを望んでいる。


「なにをしてるんだ」


「恋と戦争です」古はあっけからんと答えた。


 己は呆れた。「正気か?」


「本気です」古は淡々とした態度を崩そうともしない。


「お前、この状況で座布団を集めてどうするつもりだ」


「一〇枚集めたときの景品は貴方で構いません」


「訳がわからん」


「貴方には母性本能をくすぐられるのです」


「そうですか」


「そうです」


「本音を言うなら己はもう動きたくない」己は彼女をどうしても失望させたかった。


「なんだかとても疲れた。見たかった絵でも見てとっととくたばりたい気分だ」


「妹さんが待っていますよ」古は態度を変えない。


「その話はあまり聞きたくない」


「ゴネるとキスしますよ」


 己は舌打ちした。「してみろよ」


 された。両頬に手を添えられて。片手は銃を持ったままで。ファーストですかと尋ねられたから正直に違うと答えた。妹と遊びでしたことがあった。


「こんなときぐらい優しい嘘をつけないのですか」古は座ったまま己の脇腹を蹴り飛ばした。器用な奴だ。


「さ、行ってください。私は平気です。ぼんくら男を借金取りから守るのも婦人の仕事ですから。それに、貴方のためにもう何人も死んでいます。ここで貴方のワガママをきくわけにはいきません。貴方にとって、先輩にとって、これは自殺の旅かもしれませんが、私たちにとっては仕事なのです。その辺りをご斟酌頂けますか、馬鹿野郎」


「言いたいことを言うじゃないか」


「たまにそうするとスカッとしますよ」


 茂みから蹴り出された己の周囲で銃声が飛び交った。顔の横を弾丸が貫いていった。古の呟きが己の耳を打った。「さて、姉さん相手ですか」と彼女は言っていた。なんだか楽しげであった。長年の鬱憤を晴らすかのようでもあった。 


 蹴り出されたところでそのまま立ち止まっていてもよかったはずだ。己はどうして走り出したのだろう。どこを走っていても定期的にカンテラの灯が網膜を焼いた。己はわけもわからないまま叫んだ。あるときは木の根に躓いて転んだ。あるときは藪を通り抜けて体中を枝だの葉だのの尖ったもので切られた。あるときは三人の兵から殺してやるぞと怒鳴られながら全力で走った。


 森を抜けたところで力尽きた。倒れた。足元は水溜まりだった。盛大に水が跳ねた。どれだけ力を入れようとしても膝が笑っていて立ち上がれない。一呼吸、するたびに気管から洞窟を通り抜ける風のような音が――ゼエヒュウと――する。ついに相見えた星と月の光は弱々しかった。雨が降る寸前であった。


 眼鏡にヒビが入っている。だから視界もヒビ割れている。咳き込みながら己は懐を漁った。吉田は葉巻の袋を己に預けていた。その中から取り出した一本を咥えた。己は周囲を取り囲みつつある何十人かになあと話しかけた。咳が酷くなった。どいつもこいつも銃の先にカンテラを括り付けていた。火は灯されていない。カンテラは温かみのない金属質な光をチカチカと放っていた。表面に露のビッシリと浮かんでいるものもある。


「誰か、火を持ってないか。不味いことにマッチを落とした」


 一瞬、静寂が辺りを満たした。己がキラー・エリートを売ったという噂はモヒート中に広まっている。敵意だけが返ってきた。ある数人は明確に己を殺すべく近付いてきた。己は溜息を吐いた。熱い。それなのに体の芯が冷え切っていた。


「諸君!」と、男性的だが、その割に質そのものは高い声が響いた。


「まろうどだ。リロードでもてなせ。銃剣ではなくて。逃亡対策だけすれば充分だ」


 お互いに顔の見えるところまで近付いていた敵PC、その動きが硬直した。彼らは更に数秒を躊躇ってから、あくまでも己の方を向きつつ、後退した。本当に再装填を始める。


「マッチなら俺が持っている」夜中の美術館のように静かな包囲網から一人が歩み出た。先程の声の高い男だった。賢い野獣のような顔立ちだった。狼か犬か。その類だ。或いは人に応じて狼と犬を使い分けるのかもしれない。


「おもしろきこともなき世の中を自分勝手に好き放題やって面白いと言い張っている俺の名は寿々㐂家、初めましてだなァ?」


「ああ」己は掠れた声で応じた。「名は聞く」


「ここまで辿り着くとは思っていなかった」


 寿々㐂家は銃を小脇に抱えた。懐から取り出したマッチを擦る。暗闇の中に浮かび上がった彼は八重歯を剥き出しに笑っていた。


「残念ながらコレで俺たちのゲームは終わりだ」寿々㐂家は己の煙草に火を着けながら言った。「ココまで辿り着くまでにお前を始末できたならば俺たちの勝ち。お前の死体は俺たちが貰う。遊ぶ。しかし、ココまで来たからには、もうお前は俺たちの獲物ではない」


「殺さないのか?」。肺の奥まで煙を吸い込むと盛大に咽た。


「殺したいがな。お前にはわかるまい。ようやく手に入れた仲間。居場所。安心。そういうものをお前は奪った。俺たちから。無残に。容赦なく。打ち合わせもなく。事前連絡もな。だが、それが戦争だ。理解はしている。お前だって仕事だろう? 九割までは恨んでいる。一割は同情している。だから殺さない。少なくとも俺たちは」


 寿々㐂家はマッチを水溜まりに落とす。「一応、誰何する。お前の名前は? 間違いがあったらいけねえからな」


「己は」煙草は血の味がした。「己は左右来宮――」


 こんなものをどうして己は吸い続けているのだろう。ワルっぽくなりたいからさ。己が、あの母にそれほど期待されるような息子ではないと分かってほしかったんだ。叱られるでもいいから婆様に相手して欲しかった。親父と共通の隠し事も欲しかったんだ。『左京、実は父さん、禁煙してるって母さんに言ってたけどありゃあ嘘なんだ。特に一人になってからは我慢できなくてね』


「――左京」と、人の名乗りをアイツは勝手に乗っ取った。


 寿々㐂家たちが一斉に背筋を伸ばした。包囲の一部が粛々と解かれる。出来上がった花道を悠然と歩きながら妹は続けた。


「駐屯軍総司令官。元・参謀本部兵站部長。甘木というアカウントを使っていたこともある。当時は私の師団で兵站部長をやっていました。所属は鳳凰院大学付属高校二年特進クラス。特待生についてはその提示を受けながらも断った。鳳凰院の特待生は名誉称号のようなものなので。出席番号は五番。そして、私の兄です。その呆れたヘビー・スモーカーぶりからしても間違いないありませんね?」


 己は葉巻を噛み千切りながら返事をした。「よく知ってるな」


「違います」妹は言下に否定した。「よく覚えてるんですよ」


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