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8章26話(夏川)


 正面からの平押しで順当に磨り潰す。


 点を食い破ってそこから穴を広げる。然る後、その穴を通して後続を敵司令部へと送り込む。突破戦の常套手段だ。


 最初の穴は私と私の指揮している集成第ニ大隊が穿つ。抉じ開けるのも私がやる。損害に見舞われるのも私が引き受けよう。美味しいところを部下にくれてやるのも旅団長の役目だ。尤も、左右来宮の首だけは私が貰う。それ以外の功績は第一大隊長と彼の第一大隊にくれてやる。


 敵はおよそ二個中隊(というか一個中隊を欠いた一個大隊)の工兵だろうと推定される。工兵など物の数ではない。彼らは正規の戦闘教育を受けていない。彼らの職務はあくまでも架橋、築城、坑道掘削などの野戦工事だ。戦闘工兵と呼ばれる兵種ですら、その役割は敵前における工事活動、例えば敵の設置した鉄条網を破壊することなどにある。(無論、それはそれで勇敢な仕事だ。敵の防御射撃を浴びながら斧やナタを振るうのだから。しかし、模型部のエースを連れてきたところでバレー部のエースにはなれない。道理だ)


 私は大隊縦列の先頭に立った。大隊を横列に組み直す時間はない。我が護衛部隊はもはや風前の灯、そこへ再編成を終えた第一五連隊残兵が合流したところで何ほどのことがあるか。このまま敵へ突っ込んで、どれだけ兵とプレイヤーが死んでも構うものか、私自身ですら駒に過ぎない、あの工兵どもをつわものどもの夢にしてやる。


「突撃開始のタイミングは貴方に委ねるわ。突撃開始までは突撃開始線にて待機すること。ただし敵砲に注意。無いとは思うけど伏兵にも。それらの出現したる場合には大隊長の権限で行動。あくまでも優先されるべきはとにかく敵司令部を叩くこと。いい?」


「了解しました。ご武運を」と、第一大隊長が私を送り出した。


 サーベルでは銃剣相手に不利だ。リーチが違い過ぎる。指揮官は銃を持たないの通例を無視して、死体から回収したモヒート製のマスケットを握った。装填されている。部下たちにも装填させた。右腕を振り上げる。大隊に突撃準備を下命した。右腕を振り下ろす。揃えられた右手の指先は五〇〇メートルほど向こうで窖に籠もっている工兵どもを指し示していた。私が蛮声を張り上げる。将兵が蛮声を張り上げる。土を後方へ蹴り上げて走り出す。更に蛮声を張り上げる。空気が肌を切る。一度、肌に柔らかく張り付いてから鋭く肌を切る。縦列は走りながら横へ適度に広がっていく。


 窖の中でセコい横列を組んでいた工兵たちが発砲した。我が戦列で倒れたものは数名だ。死体を踏み砕きながら前進する。一分後に敵がまた発砲した。今度は十数名が倒れた。もう一射撃ぐらいは覚悟せねばならない。ならないけれども、てんで下手ね、敵の防御射撃は狙いも密度も中途半端だ。コチラの前進の勢いは一ナノメートルも損なわれていない。却って、敵の射撃で仲間を撃たれた将兵が興奮している。「よくも低学歴どもめッ!」


 ま、――芸術系の高校から参加している者が多いだろうから、アレは低学歴ではないのだけれど、こういうときは語呂や語感が大切だ。低学歴どもを殺せ、と、私は怒鳴った。殺せのコールが隊列とも呼べない隊列の至るところで連鎖した。まるでライブ会場だ。素晴らしい一体感だ。この戦場はこれから低学歴を殺して殺して殺しまくる野外ロック・フェスの場となる。なるのだろう。させるのだ。そうなるように演出するのが私の仕事だ。さあ、心臓の止まりそうな、実際に止めたり止められたりする、素敵なショーを始めよう。最初の曲は皆殺しのロックンロールだ。ノッてるかい?


 ランナーズ・ハイになった。撃ってこいと思う。もっと撃ってこい。息が切れる。最初は辛かった。いまは愉快でたまらない。肺がしぼむ。胸がキュッと締め付けられるようになる。快感だ。痛いのが快感だ。撃ってこい。銃を握る手がヌルヌルする。地面を踏みつける度に体中で汗が弾ける。汗が湯気になる。その湯気がズボンやシャツの中に閉じ込められる。蒸れる。アドレナリンとフェロモンの濃い体臭が巻き散らかされる。それは私の前後左右を走る者たちからも発されていた。濡れる。瞳孔が開いた。発砲音がした。敵陣が深い白煙に包まれた。私の左右で兵が倒れた。私自身、肩の肉を少しばかり吹き飛ばされた。だからどうした。突撃を続ける。


 敵陣に取り付いた。積み上げられている土嚢を夢中で乗り越えた。敵は怯えていた。怯えていないのもいた。彼らは地面に膝を着いて、まるでファランクスね、槍衾を形成していた。私より先に土嚢を乗り越えた二人がそれに刺し殺された。一人はプレイヤーだった。


 私自身、既に興奮で何がなんだかわからなくなっている。槍衾の中に強引に身を捻り込んだ。肩や腿を幾度か浅く突かれた。痛かった。それでもただ我武者羅によくもやりやがったな――と、敵の一人の胸を銃剣で突いた。かいしんのいちげきだった。銃剣は敵の心臓に吸い込まれるように命中した。銃剣の先で破れた心臓がまだ脈打っているのがわかる。指を絡めて手を繋いだ相手の脈がわかるようにわかる。


 どぐん、どぐん、どぐん、そのリズムに合わせて胸の穴から血がドバドバと噴き出た。その光景を目の当たりにした私は生唾を飲んだ。このゲームを初めてから一年以上、何度かプレイヤーを殺したが、これほど満足の行く殺しは他になかった。私は続けざまに三人を葬った。楽しかった。命乞いをする奴に「みっともないと思わないの?」と尋ねるのは特に楽しかった。抵抗できない相手を殴り倒すことほど面白いことがこの世に他にあるか? いいや、ない。世間でマウントの取り合いが流行するわけだ。


 橋頭堡はこうして確保された。そこを足掛かりに続々と我が兵は敵陣に乗り込んだ。戒めてあった発砲を私は解禁した。発砲音の度に敵が一人、死んだ。一人、死ぬごとに敵二人が逃げ出した。逃げもせず殺されもしなかった敵兵は陣地の奥へ後退した。


 敵陣は意外と縦深(縦の深さ)があった。二重三重のバリケードが敷いてあった。それぞれに少数ながらも兵が配置されていた。関係ない。突撃する。敵の防御射撃を浴びる。土嚢や木箱を乗り越える。馬車の影で指揮を採っていたプレイヤーを刺し殺す。また突撃する。防御射撃を浴びる。ラグビーの試合展開のようでもある。少しずつ進む。少しずつ押し返される。また少しずつ進む。


 五人を殺したところで唐突に冷静さを取り戻した私は部下を掌握、我ながらまずまず的確な指揮を行った。具体的には敵陣の弱点を探した。そこへ総力を効率的に叩きつけた。指揮に専念し始めると、人間なんてこんなものか、それとも私だけがこんなにどうしようもないのか、命乞いをしている連中が奇妙なほど憐れに感じられた。気怠い午後に体調が悪くなって保健室で寝ているような、そんな気分になった。カーテンに囲まれたベッドに横たわって白い天井を意味もなく見詰める――。


 戦闘開始から三五分、我が大隊は四重の敵陣の最深部まで貫徹した。最後の白兵戦が行われている。


 敵工兵は三割近い戦力をこの短時間で奪われたにも関わらず、或いは奪われたからこそ、戦意旺盛、潰走しない。しかし、流石に将兵の絶対数と練度が違う、敵はもはやまともな指揮能力を喪失しつつあった。現在進行系の白兵戦が終了次第、まともな反撃を行うことはおろか、隊形を保つことすらできなくなるだろう。


「あ」――勝利を掌で包んだ。それを実感した。後は落とさないように握り締めるだけだ。


 そんなとき、私は兵と兵と兵と兵と兵と兵と兵が数メートル四方の狭い空間で殺し合う雑踏の中で、この女と出会した。「夏川さんじゃないですか。こんなところで会うなんて珍しいですね。どうかしましたか。お買い物ですか?」


「宵待」と、私は彼女の名を呼んだ。別に親しいわけではなかった。名前と顔が一致する程度の間柄だった。彼女の声と態度は私の神経を逆撫でするものだった。

 

 

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