8章24話(夏川)
暴力でさえ、音楽に彩られれば高貴なものに見えなくもない。――
このままでは敵の方が先に我が戦列を突破してくる。業を煮やした私は司令部を参謀長に委ねて前線に合流していた。
右翼第一戦列を任していたのは第一五戦列歩兵連隊であった。連隊長は無能ではなかった。元より無能者が連隊長になどなれるはずがない。そのはずだ。そうであれ。
しかし、突破を目的としているにも関わらず、彼の采配は慎重に過ぎた。低学歴が相手だからだった。自分たちの、高学歴のモノサシでは行動の意図や次の手が測定しきれず、つい後手に回ってしまうのである。士気の差もあった。敵の勢いに飲まれるとでも言えばいいのだろうか? 左右来宮軍はどれだけ銃砲で叩かれてもまんじりともしない。薄気味が悪い。まるで人間でないものを相手にしているようだ。第一五戦列歩兵連隊は敵右翼に対して優位に立ちながらも勝ちきれなかった。
合流したにせよ連隊長の指揮権を奪うことはできない。それが出来るのは彼が度し難いほど無能であった場合、軍規に違反した場合、精神に異常を来した場合である。かといって、彼の戦闘指導方針を一から訂正していく時間的余裕もなかった。
そこで、事前に法務部と相談をしてきたのだ、第一五戦列歩兵連隊長には狂って貰うことにした。
“戦果に乏しい前線を激励しにきた”私は彼にあらんかぎりの罵倒をぶつけた。全人格を否定した。彼は怒った。腰のサーベルに手を掛けた。そこを兵に捕縛させた。第一五戦列歩兵連隊の指揮権は規定に則って同連隊参謀長に移譲された。ところが参謀長には連隊指揮の経験がない。また、この状況を解決できるだけの指揮能力もない。そこで参謀長は熟考の上、偶然にもこの場に居合わせた私に第一五戦列歩兵連隊の指揮権を預けることにした。私は逡巡したものの参謀長の意見に同意、旅団司令部にここまでの一連の流れと司令部運営を任せる旨の伝令を出した。――戦後、戦闘経過報告にはこう書かれることになる。実際、一五連隊長がサーベルに手を掛けたところまでは事実だ。
一五連隊長は特殊な戦場において一時的に興奮し過ぎてしまっただけだ。送られた後方で頭が冷えた暁には本来の任務に復帰できる。
敵は精強だった。戦えば戦うほど私は一五連隊長に同情した。敵には数的な不利を補って余りあるだけの迫力があった。我が兵はその迫力に気合い負けして、射撃戦の最中、弾丸が飛んでくるわけでもないのに、しばしば戦列を乱した。そこまで行かずとも指揮官の命令を無視して、当たりもしなければ効果もない、勝手に発砲する者が続出した。意味もなく蛮声を張り上げて隣近所の兵を却って怯えさせる者もいた。
参謀長によれば、敵は最初からこうだったのではない、最初から士気旺盛ではあったが、前連隊長が敵連隊長を狙撃させた時点からおかしくなったのだ――ということだった。あの連隊長、敵を恐れる余り、禁忌を犯したのか。それとも部下を守るためか。どちらでもいい。いずれにせよ、積極的にプレイヤーを狙うとは。
それが裏目に出たわけだ。高学歴は勝つためならばどんな手でも使う。そう判断したこの場所の低学歴どもは怒り狂った。自分たちが撃たれることよりも敵を殺すことに没頭するようになった。
私は司令部要員まで使って戦列の維持と補強に努めた。下士官のように振る舞わねばならなくなった高学歴どもは滑稽だった。しかし、とにかく効果は上がった。誰も見ていないときに比べれば戦列の結束力は大きく増した。
砲による潤沢な援護の下で行われる統制の取れた射撃、それを幾度も幾度も地道に繰り返した。
私は各大隊本部を駆けずり回った。各大隊らに命じて射撃目標を可能な限り一点に集約した。敵の有能な士官か下士官の固まっている辺りに。ピンポイントではバレる。それとなく。『しかし連隊長、どれが有能な低学歴の豚野郎ですか? 自分たちにはわからないであります』
結果、ようやくのことで戦意の衰えた敵戦列を突破したのは、我が左翼が潰走してから八分遅れのことだった。