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8章22話(那須城崎)


「ウンコちゃんやん……」


 どないしよか。ウチは困った。手に持つのみならず腰のベルトと頭に被った円筒帽と飾帯の間にまで大枚の書類を差し込んだこの姿、家族には見せられない。


「すいません、那須城崎さん」一年生がこの世で起きる全てのネズミ講やオレオレ詐欺やインサイダー取引は自分が原因なのだとばかりに謝った。勤勉だけが取り柄の彼を必要以上に罵倒するのは趣味ではない。ウチはまあまあええわなんとかするからと出来もしないことを言って慰めた。


 ンジョール=ヌ会戦は正規の戦争ではない。分類としては内戦だが、それにしても突発的というか、なし崩し的というか、こうなるべくしてなったのではなく、なっちゃったのでやっちゃってます――的な戦争であるらしい。ウチは専門家やないからわからへん。


 国内外における政治的混乱があるのはわかる。その混乱に惹起される形で軍の指揮系統も麻痺している。からには兵站機能や活動も正常ではない。


 例えば兵站司令部だ。ラデンプールのとき、ウチら師団兵站部は行軍にあわせて、ダイキリから接収したアチコチの兵站司令部と連携、行く先々の物資集積場から必要なものを必要なだけ受け取れた。それがいまはない。この県にも兵站司令部そのものはあるけれどもウチらに友好的ではない。


 一方、圏内の随所に設けられた物資集積場はブルー・カラーの集まりだけあってウチらに協力してくれるところも多い。多いものの、兵站司令部によって指揮統括されていない彼らは好き勝手、やりたい放題、一方的に大量の物資をこのンジョール=ヌの周辺に送り込んできた。(勘違い男かっちゅうねん)


 まず物資の到着する場所が物資集積場ごとに、しかも一回毎に異なる。


 ひとつの便で送られてくる箱が五〇あったとして、その中身が箱ごとにバラバラだったりする。更に箱の中身と内容表が一致しない。


 どうみても現状では必要のない物品がダーッと送られてきたりもする。


 兵站に限らずなぜ司令部なるものが必要なのか、ウチはこれまで理解してこなかったけども、いや、今日、余すところなく完璧に理解したわ。こういうことやったんやね。なるほどなあ。アレやな。砕けた言い方をしてしまえばいわゆる幹事みたいなもんなんやな。『○月○日に○○居酒屋で○○の打ち上げをします。○○日までに参加不参加を教えてください。予算は○○○○円です。当日の集合場所と時間は○○です。会社から行く人は○○線を使うと便利ですよ。わかったかアホども』


「で」ウチは両頬を掌で叩いた。ウチらが居るのは司令部の丘を下って森を抜けて一キロほどにある野原だった。臨時の軍物資集積場をウチらはココに設置している。


 気が早く秋めきつつある草花をへし折って大量の木箱が積まれていた。箱の城だ。算数で出てくる『これは何個の積み木で出来ているでしょう?』を思い出してくれればええ。あれが何個も何十個も連結しとる。


 本来であれば物資のジャンルごと(弾薬ならば弾薬)に箱を積み分けて縄張りしたりするべきなのだろうが、先に言ったような理由でそれもできず、そもそも人手が足りていない。ウチら反乱軍兵站部が使える輜重兵(兵站に従事する兵)と馬車とは一個大隊程度しかおらなんだ。


 なけなしの一個大隊も随意に扱えるわけではない。これまた先に言ったことが原因だった。アッチに届けられたらしい砲弾を回収するために、またコッチに届けられた医療品を回収するために、中隊ごとに分割して使用しているのである。のみならず、砲兵部隊は後備が足りていないらしいので、そちらに貸し出したりもしているからさあ大変、この戦いが終わればウチらの物資運搬能力は壊滅的なところまで落ち込む。勝ったとして、相手の人馬を吸収できたとして、ロホーヒルヒやなにやらまで帰還できるのか。否、人だけなら帰せる。だが、銃や砲や今後のための財産となると無茶なのではないか。


 まあええ。そんなことはどうだってええ。いま対処せんとあかんのはそれやない。先送りや。


「どれが問題やって?」


「コチラです」


 一年生がウチを導いた。木箱を肩に担いだ男たち、箱の中身を検品や仕分けする男たち、砲兵部隊や前線の連隊から物資を受け取りにやってきた馬車たち、それに物資を積み込む男たち――が頗る無秩序に行き交っている。交通整理を担う憲兵がいないからだった。ウチらは何度か衝突事故を起こしそうになりながら目的地に到着した。


 そこは木箱の城にあって例外的な場所だった。場所によると天まで届けとばかりに積まれている木箱が、基本、地面に放り出されている。箱の封印は毟り取るように剥がされていた。中身は砲弾、届くそばから砲兵がくれくれくれくれと持っていくものだった。


 数個の届きたてホヤホヤな箱が隔離されている。いまもひっきりなしにやってきている砲兵後備たちもその箱には手を着けない。


「あー」それらの箱の中身を確認してウチはハアと溜息を吐いた。


「これってなんやっけ? 砲弾の名前」


「キャニスター弾です」


「出処は」


「河川艦隊の投棄した物資、アレを回収と仕分けに出した第一分遣中隊です」


「本当なら円弾と榴弾が送られてくるはずだったんやな?」


「そうです。検品ミスか発注のミスか」一年生はまた自分が悪いのだとばかりに泣きそうになった。


「ええねんて。ええんえて。キミが悪いわけやないんやから。――わかった。ちょっと司令部、行ってくるわ。ここ頼む。砲兵が来たら残っとる砲弾、キミの判断で差配しててええ。まあ、言うてもうほとんど無いけどな、ハッハッハッ」


 ウチは一年の胸を握り拳で叩いてやると走り出した。えらいこっちゃ。キャニスター弾てなんやねん。散弾やっけ。至近距離で使う奴やったかな。騎兵を追っ払うためとかに。ひー。そんなもん送ってきてどないすんねん。円弾と榴弾が無いと左翼を押し込まれて突破されてまうやろ。皆殺しやで。おー、こわ。


 ただでさえ砲弾の数が足りていないのだ。否、あることにはそれはある。しかし、それがココまで充分に届いていない。輸送効率が悪い。ということは無いと一般だ。


 梱包と積込みの問題だろう。


 ネット通販から身を立てた身だけに痛いほどわかる。輸送時、梱包ほど気を遣わねばならないものはない。下手な梱包をすれば内容物が壊れる。かといって詰め方に拘ると箱の中にひとつのものしか入らなくなる。量を運べない。また、梱包が雑であっても過剰であっても、中身を取り出すときの手間が増える。そして、その手間は砲兵などにとっては致命的な手間となる。砲撃間隔がその分だけ遅れるからだ。


 だからこそ軍隊では『物資の梱包方法』に至るまでマニュアル化されているのだが――あれを最初に見たときは感動やったな――、それを徹底させる高学歴(輜重指揮官)が不足しているのだ。


 馬車への積み込み方も粗い。箱が五つあったとする。正しい積み込み方をすれば五つ全てが入る。悪い摘み方をすれば三つしか入らない。この悪い方をウチの軍隊はやっている。やってしまっている。当然、これにもマニュアルがあるが、守られていない。原因は梱包と同じだ。


 (ちなみに今回の場合、木箱の規格についても問題になっていた。軍で使われる木箱は砲や銃以上に徹底した規格管理の上で作られている。要するにどの木箱も同じ形で同じ寸法をしている。でなければマニュアルが意味を為さなくなるからだ。ところが、いま、我が軍に送り込まれてくる木箱の三割は、どういうわけか規格品でない、形も寸法もバラバラなものだった)


 この辺りに差があるのだとウチは思った。敵は県知事だとかから融通してもらった少数の物資を巧みに無駄なく運用しとる。それで問題なく戦えとる。物資の総量ではアチラを遥かに優越しとるはずのウチらがこのザマや。どれだけモノがあってもそれを使うモノの問題ちうことやな、つまりは。システムの差や。構築の差や。


 ああ、なんでウチがこないなことせえへんとあかんねん!


 嘘やな。ホンマに嘘やで。何が”苦労は買ってでもしろ”や。買うだけ買って満足して何の役にも立たんもんあるやろ。アレが苦労やで。あー、しんど。 

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